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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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231話 エルサのうれしい報告

「相変わらず、うまそうに食ってるな」


「あ、ヤノルスさん。こんばんはー、どうぞどうぞ」



 ヤノルスがやって来た。店の入り口が見える席を勧めると、周囲にさっと視線を走らせてから腰を下ろす。慣れた場所でも気を抜かないんだよなぁ。

 城下町での暮らしに慣れたせいか、たまに警戒心が緩んでいる自覚があるので、ヤノルスが慣れた場所でも警戒を緩めないのを見て反省することがある。

 そうやって時々気を引き締めているおかげで、店でナータンが暴れたりエルフが難癖つけてきたりした時も素早く対処できたんだと思う。

 わたしの生存戦略の教官はブルーノだけど、身近なお手本はヤノルスだな。



「いらっしゃい。ヤノルスは何にする――って、聞くまでもなさそうね」


「ああ、店長と同じものを頼む」


「キャハハッ、やっぱりそうなるわよね! 今日はまた一段とおいしそうに食べてるから、もうさっきから同じ注文ばっかりよ。お酒も同じのでいい?」


「頼む」



 毎度のことながら、人を食い気ばっかりみたいに言うなぁ。まあいいけど。

 おいしそうに食べているから同じものを食べたくなる、というのはさすがにもう言われ慣れた。

 ふふん、皆わたしと一緒においしいものを食べてハッピーになればいいさ!


 ヤノルスと食事をしながら最近行った冒険の話などを聞く。

 本当は、情報通のヤノルスにイスフェルトの侵攻や聖女の情報が入ってきているか聞いてみたいけれど、藪蛇になるかもしれないのでやめておいた。

 下手に探りを入れて、却って何か突っ込まれたら困る。誤魔化せる気がしない。

 というか、こんな身近に情報収集のスペシャリストがいるんだから、本当に言動には気を付けないとね……。

 幸いなことに、これまでイスフェルトの関わりについてはほとんど口にしてないし、わたしが魔術をバンバン使えることは城下町では誰も知らない。戦闘とは無縁な人物に見えているはず。

 地味服地味メイクだし、もしイスフェルト兵の前に現れた聖女の情報が入ってきたとしても、わたしをよく知っている人ほど聖女とわたしは結び付かないと思う。

 だけど、用心は必要だ。

 しばらくはこまめにネトゲのマップをチェックして、誰かがわたしの周辺を調べていないか注意しておこうかな。





 食堂の営業時間が終わり他の客たちが帰ると、すかさずエルサが保存庫を手にわたしたちのテーブルへやって来た。

 片付けはやっておくからとノイマンが言ってくれたのだ。いい店長だなぁ。



「お待たせ~」



 エルサが手にしていた保存庫をテーブルの上に置く。

 ヤノルスに手渡す分かと思ったら、エルサはあんこ菓子を一つ取り出して皿に載せると、わたしの前に置いた。そのまま黙ってこちらを見ている。

 わたしに試食しろってことなのかな?

 そう訊ねようとしたら、エルサが満面の笑みを浮かべて口を開いた。



「スミレに報告。あんこ菓子のレシピ、完成したわよ!」


「ええ――ッ! マジで!?」



 胸を張って高らかに宣言するエルサの言葉に、思わずヤノルスを見ると黙って頷いた。え、本当に?

 年明けの女子会でレシピ改変に行き詰っているような話をしていたので、その話には触れないようにしていたから知らなかったよ。



「うわーっ、すごいすごい! エルサおめでとう! 良かったね、頑張ってたもんね! やったー!」



 わたしは手を叩いてバンザイして喜んだ。ああエルサにハグしたい!

 でもグッと自重した。だってエルサに想いを寄せているヤノルスがそこにいるから、一応遠慮して…………って、二人ともレシピ完成するまで告白しないと言っていたけど、もう解禁になるのでは?

 そう思ってエルサとヤノルスを交互に見たら、わたしの視線に気付いたのか、二人が顔を見合わせてクスッと笑った。

 ちょ、何その、わかり合ってる感じ。え、もしかして。



「フフ。レシピ完成してヤノルスに試食してもらった直後に告っちゃった」


「ええ――ッ! はやっ!」


「俺は自分から言いたかったんだが、先を越された」



 ぐはっ、頬を染めるエルサがかわいい! こんなエルサを前にして、しかももう彼女になってるっぽいのにニヤけないヤノルスがすごい。ノイマンだったらもうデレデレだろうに。

 いや、それでも普段と比べたら雰囲気は柔らかいかな? 彼女の前では格好つけたいんですね、わかります。

 それにしても、さすが兎の皮をかぶった肉食系女子。狐より先に食らいついたのか……。城下町の魔族女性、ホント強い。



「そっかー。良かったね、二人ともおめでとう! いや~、嬉しい報告が二つも聞けるなんて思わなかったよ」


「スミレはどちらの気持ちも知ってたのね。びっくりしたわよ、二人ともスミレには相手を好きだって話してたなんて。アンタもわたしたちが両想いだってわかった時びっくりしたでしょ」


「そりゃもう、びっくりなんてもんじゃなかったよ。でもエルサには余計なこと言うなって言われてたし、ヤノルスさんの前ではもうすっごく頑張ってニヤけそうになるのを堪えたんだよ」


「店長が何か隠していると見抜けなかったのは不覚だが……。あの時は俺も店長に頼みを聞いてもらえるかどうかで緊張していたからな、仕方ない」



 おお、ヤノルスの鋭い観察力を搔い潜れたとは、わたしもやるじゃないか。

 ヤノルスはわたしに話した時のことを打ち明ける流れで、スティーグのコーディネート案を伏せていた件も打ち明けたそうだ。話を聞いてエルサは少し膨れたらしいけど、近いうちにランヒルドの店に二人で行く予定になっているとかで、機嫌を損ねてはいないみたいだ。良かった。


 思わぬ嬉しい報告にキャッキャしてしまったが、それはともかく、まずは試食してみてよとエルサに言われてあんこ菓子をひと口頬張った。



「ん、ホントだ。雑味がない――っていうか、おいしい。おいしいよコレ。わたしが作ったのより全然味が洗練されてる。やっぱ料理人が作ると違うなぁ」


「ホントに~? お世辞じゃなくて?」


「またまた~。自信あるくせにー」


「エヘッ、まあね~」



 絶賛するわたしにエルサが嬉しそうに微笑んだ。くっ、かわいいかよ。

 それにしても、行き詰ってたみたいだったのに、ついに豆のあく抜きに成功したのか。エルサ、頑張ったなぁ。



「そっか~、茹でこぼしじゃなくて蒸す方法でも豆のあく抜きできたんだね」


「商業ギルドにレシピを登録するまでは伏せて欲しいんだけど、スミレには簡単に教えるわね」



 そう言って、エルサはわたしに新たに生み出した豆のあく抜き方法を教えてくれた。ヤノルスが調達したというエレメンタルが喧嘩しない桶で豆を水に浸けるのに加え、低温でじっくり時間をかけて蒸すことであくが完全に抜けるのだそうだ。

 高温で蒸すのが普通なのに、低温蒸しなんてよく思い付いたなぁ。それに、最適な温度と時間を割り出すのはとても大変だったらしい。

 蒸す温度と時間は内緒ねとエルサはウインクしながら謝ったけど、当然のことだから気にしないと答え、エルサに改めておめでとうと伝えた。

 友達の頑張りが誇らしいよ。


 そして、保存庫のあんこ菓子を二個三個とパクついているヤノルスにも御礼を告げる。彼の協力がなければ、この洗練されたあんこは生まれなかったかもしれないのだから。



「俺は単にあんこ菓子が食べたかっただけだ。当初の目論見の半分は達成できた上にエルサと恋仲にもなれた。礼を言うのは俺の方だ」


「ん、半分? まだ何か残ってるんですか?」


「ヤノルスはあんこ菓子がお店で手軽に買えるようになって欲しいのよ。ね?」


「ああ」



 目の前で展開される、偽装ではない本物の出来立てカップルのやり取りに、久しぶりに「リア充爆発しろ」の文字列が脳内に点滅した。

 ヒューヒュー、お熱いことで。大事な友人たちが幸せになってくれて嬉しいよ、わたしゃ。

 ところが、ニヤけるわたしの前で二人のテンションが少し下がった。



「だが、店を開くとなると大変だ。まず建物が空いていない。特に飲食店となると空き物件が出るまで何年も、いや下手をすると何十年も待たなければならないかもしれないんだ」


「そうなのよねー。そんなわけで、レシピが完成したのはいいんだけど、そこから先はまだ全然見通しが立ってないの」



 建物か……。確か以前、カシュパルにそんな話を聞いたっけ。うちの雑貨屋はこぢんまりとした商いだから住宅用の物件を流用できたけれど、空いてる店舗用物件なんてまずないという話だった。

 ヤノルスのことだから当然店舗の情報収集はしているんだろうけど、城下町の建物は部族の管轄だ。城下町に一番多く魔族を送り出しているのは獣人族らしいし、入居希望者の倍率が高くて空き物件を確保するのは難しいんだろうな。



「あんこ菓子作りは一般的な飲食店と比べるとたいして場所を取らないから、販売のみでイートインなしなら該当物件はそこそこあるんじゃないか?」



 厨房からノイマンがひょいと顔を出してそう言った。お、現役の飲食店経営者が会話に参加してきたぞ。

 新しいレシピが持つ魔族社会での影響力は、レシピ開発者個人だけでなく部族にとっても大きな力となる。その力を最大限に活かしたいと部族の方も考えるだろうから、エルサの場合は優先的に店舗物件を回してもらえる可能性は十分あると、ノイマンは言った。

 飲食業界の事情に詳しいノイマンの言葉には説得力がある。



「ネックになるのはエルサの若さと、料理人の修業だけで店長の修業をしてないってことか。まあ、その辺りは誰かと共同経営にして補うって手もある」


「部族へのアプローチ次第では、最速で物件を手配できるかもしれないのか……なるほどな」


「もしエルサが店を持ったら、ヤノルスはそこで一緒に住むんだろう? お前の方で、誰か部族内に影響力のある知り合いはいないのか? いたら話はかなり楽になると思うぞ」


「俺個人でか……。そこまでの助力を頼むとなると、難しいな」



 そうか、エルサの店舗物件は単なる住居兼用だけでなくて、恋人のヤノルスと同棲する前提になるのか……わーお。じゃなくて。

 ヤノルスとしては誰かに借りを作るのはなるべく避けたいんだろう。ソロの冒険者だから柵を作りたくないというのは何となくわかる。

 弱みを握っているのは何人かいるが、という小さな呟きが聞こえた気がするけれど、聞かなかったことにしよう。

 それよりも。



「あのさ、エルサはあんこ菓子の店を開く方向で本当にいいの? 料理人志望だったんだから、普通の食堂の方が良かったりはしない?」


「それはないわね。レシピを完成させた以上は皆に愛されるお菓子になって欲しいし、商業ギルドに登録するならしっかり売り上げとレシピ開発者の名誉も確保したいわ。普通の料理人はあんこ菓子の店をやり切った後でもできるもの。せっかくのチャンスなんだし、今は欲を出していこうって思ってる」



 エルサはわたしの目を見て力強く言い切った。

 良かった。エルサがあんこ菓子のレシピ改変に取り組むことになったのはわたしが原因だから、エルサの人生を大きく変えてしまうのが不安だった。

 もしエルサが不本意なら何としても止めようと思っていたけれど、エルサがやる気ならむしろ全力で応援したい!



「わたし、獣人族の部族内で影響力のある人に当てがあるよ。エルサとヤノルスさんさえ良ければ協力してもらえるか聞いてみるけど、どうかな」



 思い切って提案してみる。

 もしかしたらヤノルスは嫌がるかもしれないけれど、魔族らしく、まずは自分に出来る手助けを申し出てみよう。


 少し前に頭の隅に置いた案件を、わたしはぐいと引き寄せた。

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