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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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230/289

230話 エルフ薬品工房騒動のその後

最後の部分が漏れていたので追加しました。

 冒険者たちの取りつく島のない様子に、初めのうちは従業員エルフを擁護していたエルフの長も、会合の終盤には人族との確執を主張するのをやめ、城下町へ出てくる者たちの教育の徹底を約束したそうだ。



「おそらく、冒険者に依頼を請けてもらえんようになったら困ると考えたんじゃろう。エルフの自警団では手に負えん魔物討伐や、里で採れん素材採集の依頼なんぞがあるからのぅ」


「あっ、そういえばエルフやドワーフの冒険者はいませんね。もしかして、彼らは冒険者ギルドに入れないんですか?」


「ああ、そうじゃよ。少数部族の連中は庇護を求めて来た時に魔族国へ組み込まれることを望まんかった。正式な魔族ではないからいろいろと制限があるんじゃ」


「冒険者はあちこち移動して冒険するからなぁ。商業ギルドは登録できるけど、自分たちの里と城下町でしか商業活動できねーって話だし。やっぱ移動関係の制限は多いんじゃねーの?」



 デモンリンガの説明を受けた時に、エルフ族、ドワーフ族、妖精族は魔族国へ組み込まれるのを望まなかったので、魔族と区別するために色付きのデモンリンガを付与されたという話を聞いた覚えがある。彼ら少数部族にはデモンリンガ以外にも魔族の四部族とは区別があるみたいだ。

 冒険者は広範囲の行動の自由を持つ職業なだけに、部族長の推薦状を得た者しか冒険者ギルドに登録できない。魔族の場合でもそうなのだから、自ら望んで正式な魔族とならなかった少数部族が冒険者になれないのは仕方ないことなんだろう。

 他にも、少数部族は公的機関の職員になれないとか、魔族軍に入れないといった制限があるらしい。それでも学術関係は門戸が開かれているようで、学校は魔族と同じように長の許可があれば入学できるし、秀でている分野があれば研究院に入ることもできるそうだ。

 魔族の半数近くが学校に行かないことを考えると、少数部族の待遇は決して悪くないと言える。

 ただし、それはエルフとドワーフに限った話で、妖精族は基本的に里から出ることを禁じられているという。妖精族は悪戯好きでよく問題を起こすからだそうで、これは仕方ないだろう。


 エルフは狩りや調合、ドワーフは金属加工や木工の腕前を買われていて、城下町でいくつか工房や店を開いている。

 里で採れない素材や鉱物は城下町で仕入れるか、冒険者ギルドに採集や採掘の依頼を出して入手するしかない。エルフの得意な薬品関連の商売において、冒険者は単なる顧客以上に重要な存在なのだ。

 エルフの長が会合の途中で矛を収めたのはその辺りが理由だろう。ヨエルは、自分たちの置かれた立場の危うさに気付いたんじゃないか、とも言った。

 今回の件で一部の冒険者が薬品工房を切る動きに出たのは工房への信頼が揺らいだからだが、これがエルフ全体への不信に繋がったら、武器や防具など他業種の工房までダメージを負いかねない。

 ましてや、冒険者たちのこの動きが商人にまで広がったらどうなる? 冒険者と違って商人たちは命こそかかっていないが、商品に対する信頼が揺らいだとなれば冒険者よりシビアな対応をする可能性は十分にある。


 結局、問題の従業員はエルフの里へ戻されたそうだ。

 軽い気持ちで嫌がらせしたんだろうけど、随分と高くついてしまったね……。



「会合の後でメシュヴィツが言っておったが、スミレちゃんはそもそも魔族国に亡命してきた身じゃ。人族の国から逃げてきた者が何で敵になる。むしろお前たちと同じ被害者の立場じゃろうに」


「第一、部族がどーのって言うなら、スミレは元人族でも今は正式な魔族だっつーの。あいつらが入れねー聖地にスミレは行ってるんだぜ?」


「まあの。じゃが、スミレちゃんの立場に触れるとエルフらは更に感情的になる可能性があった。工房長やベテラン従業員まで意固地になられては面倒じゃから、会合では口にしとらん。正式な魔族との区別はあるが、彼らも魔族国の民じゃ。公平に対処せねばならんて」


「わかってるって。そーゆーわけだから、お前は何もなかったよーな顔してろよ。雑貨屋の方針は目立たないこと優先だろ? ただでさえ今は出入り禁止令が出てるせいで元人族のお前は注目されやすいんだ。気を付けろよ」



 ミルドに念を押されて、わたしは大人しく頷いた。

 確かにそうだ。イスフェルト軍の前に現れた聖女の噂がどれくらい魔族国に入ってくるかわからない今、下手に動いて目立つのは避けなければ。

 それに、人族とエルフの問題にまで発展して、保護者に出張ってもらわなきゃいけないような事態になるのも絶対に避けたい。

 うん。しばらくは本気で大人しくしておこう。飲みに行くのは当分お預けだ。

 それにしても、本当に大事になってしまったんだなぁ……。



「作れない薬が出るって話でしたけど、冒険に支障はないんですか? 確か、エルフにしか作れない薬ありましたよね?」


「『エルフの~』が頭に付くシリーズじゃな。作れんようになる薬がそれかどうかは知らんぞ。じゃが、どちらにしろ高い薬じゃから上位ランクにしか買えん。魔物からドロップするし、難易度は高めじゃがダンジョンの宝箱からも出る。中堅以下の冒険者もそこまで困らんじゃろ」


「犬族はさっそく全員で取りに行ったらしーぜ。しばらく流行るんじゃねーの?」



 実際、エルフの回復薬や特殊回復薬はわたしが納品しているから、城も魔族軍も研究院もすぐに困ることはないと思う。

 もちろん、ネトゲアイテムなので安定の「普通で標準的」な品質だから、高品質なものが必要となれば調合レベルの高いエルフ製の薬が求められるだろうけど。



 わたしには直接関係ないとはいえ薬に関することなので、夜になってからレイグラーフに伝言で今回の件を報告した。

 その時に、エルフとドワーフと妖精族が正式に魔族国へ組み込まれる場合は、精霊族の一種族になる予定だったとレイグラーフが教えてくれた。

 魔人族は単一部族だし、竜人族は四種族だけだから他の種族が混ざるのは難しいだろう。彼らの特質を考えれば確かに精霊族に組み込むのが一番収まりが良さそうだ。

 でも、エルフは豊かな森を、ドワーフは鉱山を人族に奪われた。それに近い土地を魔族国内に与えられたとはいえ、借り物の地。元の土地への思いを絶ち切れないのも無理はないと思う。

 魔族は遥か昔に部族同士の対立を乗り越えて魔族国を建国したことを誇りに思っているから、庇護を求める者を快く受け入れる。魔族は懐が広いけれど、魔族国に組み込まれるのを望まなかった少数部族たちの選択にはあまり共感できないのかもしれない。

 ただ、わたしは島国で長く単一民族でやってきた日本で生まれ育ったから、魔族国に一種族として加入するより、一族であり続けることを選んだ少数部族の気持ちが少しわかるような気がした。

 それに、元の世界でも土地を追われたり国から独立したりと、民族意識が元で起こる問題はいろいろあった。こういう問題は解決が本当に難しいのだ。


 この世界の人族への恨みをわたしにぶつけられるのは迷惑だし、今回事を起こしたエルフの従業員は自業自得だと思う。エルフの薬品工房で起こった騒動も、ミルドたちが言うとおりわたしが口を挟むことじゃない。

 それでも、冒険者たちの薬品工房への信用が回復して早く元どおりになるといいなと思った。




 ミルドとヨエルの来店から二日経って、今度はヤノルスが顔を出した。二人がわたしにエルフの薬品工房の騒動について話したと聞いてやって来たらしい。



「ヤノルスさん、いつもはすぐに情報を教えてくれるのに、何で今回は教えてくれなかったんです?」


「店長には関係のない話だからだが? 必要なところへは適切に情報を落とすが、不要なところへわざわざ落とすことはない。この店関連だとミルドと獣人族Sランクの二人にはすぐに伝えた。何か不満か?」



 むう。わたしには関係ないというのは今はもう納得しているんだけど、うちで起こった事なんだから少しくらい耳に入れてくれたっていいのにと、ちょっとだけ拗ねたくなってしまう。

 まあ、実際その頃はイスフェルトの侵攻関係で頭がいっぱいで、他ごとに構っている余裕はなかったと思うけど。

 でも、ミルドはいいとして、何で獣人族Sランクの二人がうちの店関連で情報を落とす対象になるの? わたしとしては、Sランクならメシュヴィツやイーサクの方が親しいと思ってるんだけど。

 そう疑問に思ったのが顔に出ていたのか、ヤノルスはこう言った。



「暴走を止めるためだ。店長が嫌がらせされたと知ったら、あいつら今こそ恩を返す時だと薬品工房に乗り込んだかもしれんぞ。店長がエルフから逆恨みされないためにも下手に動かない方がいいと言っておいた」


「それは……うう、ありがとうございます」



 そう言われると、確かに止めてもらえて助かったかも。

 というか、恩って、レンタルサービスで延滞と賠償が発生した時に用意しておいた保存庫入りの食事のことだよねぇ。保身のためにしたことだし、いつまでも気にしてくれなくてもいいのに。

 う~ん。いっそのこと何かお手軽なお願い事でもして、恩返し完了ってことにした方がいいのかもしれないなぁ。

 獣人族Sランクの彼らにそんなお手軽に頼めるような事があるか、すぐには思い浮かばないけれど、頭の片隅に置いておこう。


 帰り際、ヤノルスが今夜も夕食はノイマンの食堂へ行くのかと聞いてきた。

 そのつもりだったのでそう答えたら、あんこ菓子の受け渡しがあるのでヤノルスも後で行く予定らしい。

 もし同じタイミングで食堂にいたら一緒に食事しようと言って、ヤノルスは帰っていった。

 エルサとおしゃべりするわたしとヤノルスが同じテーブルにいたら、エルサも接客の合間に話しやすいだろうし、ちょうどいいや。




 そんなわけで、今日はちょっとゆっくりめにノイマンの食堂へ向かった。

 ヤノルスの姿はまだなかったけれど、後で来てもいいように奥のテーブルの入り口が見える方の席を空けておく。



「スミレ、今日は何にする?」


「えっとねー、あっ、白身魚の揚げ物がある! じゃあそれとー」


「はいはい、ジャガイモの揚げ物でしょ」


「うん。あとお酒はノイマンさんにお任せで」


「はいよー。任せろ~」



 今日は貴重な魚介類のメニューの日だった。ラッキー! 久しぶりのフィッシュアンドチップスだよ。嬉しいなぁ。

 それにしても、エルサはわたしの食の好みを把握しすぎじゃないかな。さすがノイマンの食堂の看板娘!


 そのエルサが料理を運んできたついでに耳元でこそっと囁いた。



「ねえ。ちょっと話したいことがあるから、お店が終わるまで待ってて欲しいんだけど、時間ある?」


「ん、いいよ。ヤノルスさんも今日来るんでしょ? 居合わせたら一緒に食べようって話になってるから、ちょうどいいや。ゆっくり食べながら待ってるね」


「あらそうなの。じゃあ、よろしくね」



 そう言うと、エルサはすすーっとテーブルから離れて行った。

 ヤノルスはあんこ菓子の受け渡しだと言っていたけれど、今の様子だとエルサは彼が来ることを知らなかったんだろうか。

 想い人とわたしが食事の約束をしていたのが気に入らないって風でもなかったし……。


 まあ、それは置いといて。今は全力でフィッシュアンドチップスをいただきますよーっ!

 白身魚のフライにタルタルソースをたっぷりつけて食べる。ふあぁ、衣がサックサクで中はふんわり~。ポテトはホクホク~。

 あーんど、ノイマンの選んだお酒はエール。産地は柑橘系樹性精霊族の里だそうで、ホップと柑橘系の華やかでいい香りがする。冷えてないけど、キレがあってうまーい!

 くふふっ、あぁ~至福だなぁ。

ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます。

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