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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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229話 薬品工房のエルフの嫌がらせ

 それはまだ新年を迎えて二週間ほど過ぎた頃、イスフェルト侵攻への準備を着々と整える日々を送っている中で起きた。


 初めて来店したその客は、購入した『回復薬(中)』を店内で飲むと、質が悪いだの、中ランクに値しないだのと難癖をつけ始めた。わざわざ他の客が来てから薬を飲み、彼らに聞こえるように声を上げたので、初めからうちの商品を貶めるつもりで来店したんだと思う。

 雑貨屋で扱っているのはネトゲのアイテムで、残念ながら丈夫さという長所以外に特筆する点はない。ごく普通で標準的、それがネトゲアイテムの特徴で、性能テストをしたミルドもそう評価している。調合する薬と違って品質が良くなることもなければ悪くなることもないのに。

 うちの商品にケチをつけるだけなら、いちいち相手にするのも面倒だからスルーしたかもしれない。でも、うちの商品の品質保証をしているのはAランク冒険者のミルドなんだ。友人の評価に傷を付けるような真似をされて黙っているわけにはいかない。

 そこで、それなら商業ギルドを通して研究院に鑑定してもらおう、今からギルドへ行って白黒はっきりつけようじゃないかとわたしが言ったら、相手は急に及び腰になった。公的機関に話を持ち込まれるとは思っていなかったんだろう。

 鑑定されたら言いがかりだったとバレる。有耶無耶にして店から出て行こうとしたので、相手の工房名と名前を呼んでやったら驚いて足を止めた。薬の購入時にデモンリンガで決済するから名前と部族と職業は知られるとしても、工房名まで把握されているとは思わなかったらしい。

 帽子で耳が隠れていたから気付かなかったけれど、決済時にデモンリンガの情報を見て、相手が薬品工房に勤めるエルフだとわかった。ドワーフと同じ亡命組のエルフも人族を嫌っている。念のため相手のステータス画面のスクショを撮り、工房名もしっかりチェックしておいたのだ。


 商品に対する不当な評価を撤回するか、ギルドを通して鑑定するか。どちらも選ばず逃亡するなら営業妨害として巡回班とギルドに訴える。そう告げれば、エルフの客は渋々ながら評価を撤回して足早に店から立ち去った。

 人族の雑貨屋が薬を売っていると聞いてわざわざ嫌がらせに来たのか。エルフは調合が得意らしいし、人族が薬を取り扱うのが気に食わなかったんだろう。もしかすると、薬を本業とするエルフの自分が低品質と主張すれば、こちらが怯んで薬の販売をやめるとでも考えたんだろうか。

 身バレしている上に、逃亡して話を大きくしてしまうのは避けたかったんだろうけど、気まずそうにこそこそ逃げ出すくらいならせこい嫌がらせなんてしなきゃいいのに。

 というか、店内にいる他の客二人は冒険者だ。薬を扱う店や工房にとって冒険者はお得意様だと思うんだけど、あんなところを見られた上に名前も工房名も聞かれて商売に影響すると考えないのかな。

 それとも、冒険者は当然エルフの評価の方を信じると思ってたとか?

 まあ、うちの商品の品質保証をしているのはAランクのミルドだから、中堅冒険者の彼らがどちらを信じるかは彼の思惑どおりにはいかないと思う。



 評価の撤回だけで謝罪がなかったのはムカつくけど、こんな嫌がらせくらいで事を荒立てるのも面倒だ。自力で追い返せたことに満足していたのもあって、後日冒険から戻ってきたミルドに報告して、後はネトゲのイエローリストにエルフを登録しただけで他は特に何もしなかった。

 ミルドの評価に傷をつけたかどうかだけは心配だったんだけど、その場で撤回したなら問題ないとミルドは言ったので、安心してそれきり忘れてしまっていた。何しろ当時はイスフェルトの侵攻に備えてのアレコレで気忙しく、せこいエルフのことなんかいつまでも覚えてられなかったのだ。

 強いて言えば、エルフの店や工房は六番街にあるらしいので、しばらくその辺りへ行くのはやめようと思ったくらいか。市場へ魚介類のスープを食べにいけないのが地味に辛いけど仕方ない。

 保護者や友人たちに話せばきっと腹を立てるだろうし、告げ口みたいになるのも嫌だから誰にも話していない。

 なのに、一体何でトラブルになってたの? 

 相談役のミルドはともかく、どこでヨエルが関係するような問題に発展したんだろう。



「……もしかして、店にいた冒険者二人から広まったんですか?」


「当たり。その日のうちに噂を拾ったヤノルスがオレに知らせてきた」



 うわあ~~。しまった、やっぱり口止めしておくべきだったか~。

 あの二人はまだ二、三度目の来店で、口止めを頼む程親しくないからと躊躇した結果見送ったんだよなぁ。

 中堅の冒険者だから上位ランク程の影響力はないだろうし、あの程度の嫌がらせじゃ話題にならないと思ったんだけど、見誤ったか……反省。



「じゃあ、わたしが報告した時はもうミルドは知ってたってこと? 言ってくれたら良かったのに」


「オレが戻ってきた時には、もうお前と関係ねーとこで問題になってたからなぁ。片が付くまでお前には黙ってよーってことになったんだ」


「むう、わたしだけのけ者かい。うちの店で起こったのにー」


「エルフにとっては元人族のスミレちゃんの存在が原因だったようじゃが、問題の本質はそこではないんでのぅ。スミレちゃんがおるとエルフが感情的になって話がこじれるじゃろうと思って外させてもらったわい。すまんの」


「お前も自分の悪口なんか聞きたくねーだろ?」



 どうでもいい存在に何て言われようと一向に構わないけれど、エルフやドワーフ絡みなら無理もないか。確かにわたしがいたら話がややこしくなるのは目に見えている。かやの外に置かれても仕方ない。

 それにしても、二人の中堅冒険者たちは仲間内で少し話した程度だったらしいのに、その日のうちに話を拾ってきたヤノルスがすごい。さすが情報通。本当にあの人の情報網って一体どうなってるんだろうね?

 で、そのヤノルスから関係各所へ話が伝わったそうなんだけど――。



「関係各所ってどこよ」


「お前と付き合いのあるヤツのとこだろ。オレとヨエルのおっさんに、サロモや常連のSランクとか? あと、たぶんギルド長にも話は回ってる」


「ちょっ、Sランク5人中4人にギルド長って、すっごい大事になってるじゃないの! 何でそんなことに……」


「そんなことって軽く言うけどな、薬の評価を偽るとか、相手によって薬の評価を変える薬屋がいるなんて冒険者にとっちゃ大問題なんだよ。しかもそのエルフが勤める薬品工房は城下町で一、二を争う高品質が売りで、当然扱ってる薬への信用も高かったんだ。その根本が揺らいだら大騒ぎにもなるだろ」



 ああ、やっぱりそうなるのか。

 薬品工房にとって冒険者はお得意様だろうから、商売に影響あるんじゃないかと思っていたけれど、事態はわたしの予想よりもっと深刻だったみたいだ。

 冒険者の何割かがその工房で薬を買わなくなったら、店の売り上げはダメージを受ける。それはうちの雑貨屋も同じなので、他人事ながら想像しただけで胃が痛くなりそうだ。

 そして、薬品工房がダメージを受けるのは売り上げだけじゃなかった。



「今回の件で一番デカいのは、ヨエルのおっさんがその工房への素材の納品をやめたことだよなー。作れない薬とか出てきちまうだろ?」


「まあ、そうじゃろうなぁ」


「ええっ、ヨエルさんが!? うわあ……」



 何と、ヨエルはその薬品工房には素材を売らないことにしたらしい。しかも、その工房の依頼は当分の間一切請けないと冒険者ギルド、商業ギルドに通達したという。

 ヨエルはレイグラーフやカシュパルも名前を知っている程の有能な採集専門Aランクだ。その彼に素材を売ってもらえず、依頼も請けてもらえなくなるなんて、薬品工房にとっては大打撃だろう。

 両ギルドに通達しただけで薬品工房には何も告げなかったそうだが、彼らも商売だからすぐに情報が入ってきたんだろう。工房長からヨエルに事情を聞かせて欲しいと連絡してきたそうだ。

 工房長は何か誤解があるのではないかと思っていたようだけど、ヨエルから事情を聞いて卒倒しかけたらしい。ヨエルだけでなく既に冒険者内で工房の評価がガタ落ちになっていて、上位ランク冒険者の一部も購入を見合わせると言っていると聞いたらそうなるだろう。


 工房長はうちの店に嫌がらせをした従業員から何も聞いてなかったそうで、すぐに従業員から事情を聞き出し、弁明の機会をと会合を申し入れてきたらしい。

 工房側の出席者は工房長にベテラン従業員、そして当事者の従業員。ちなみに、エルフ族直属の工房なので全員エルフだ。更に、事が大きくなっていたのでエルフの長も出席したという。

 冒険者側はヨエルに、Sランクを代表してメシュヴィツとイーサクが出席したらしい。獣人族のSランク二人も出たがったが、彼らは採集や調合には詳しくないので断念したそうだ。

 何その面子。マジで怖い。元会社員としては、こんな会合にやらかした張本人として出席する羽目になった従業員エルフに心底同情する。自業自得とはいえ、軽い気持ちでやっただけだろうにねぇ……。



「従業員の言い分をひと通り聞いたが、スミレちゃんが人族だからの一点張りで話にならんかった。エルフだの人族だのは関係ない。誰よりも品質に厳格でなきゃならん薬屋が、商売敵の評判を下げるために嘘をついたっちゅうのが問題なんじゃ。そんな信用ならん者を使っておる工房に素材を卸せるかい。薬を買う気にならんのも当然じゃろ」


「ああ。冒険の内容によっては薬の効果ありきで攻略を組み立てる時だってあるってーのに、その薬が本当にその効果を保証されるかどーか人によって左右されるなんて冗談じゃねーよ。ったく、そんな薬当てにして冒険できるかっつーの。こっちは命かかってんだぞ」



 Sランクの二人も同じ理由で工房の利用は当面見合わせると言ったそうだ。工房長やベテラン従業員は調合師としての矜持があるからか、冒険者たちの指摘は尤もだと受け入れたらしい。失った信用を取り戻すべく努力すると答えたという。

 一方で、問題の従業員とエルフの長は「冒険者は人族の肩を持つのか」と食い下がったそうだ。

 ちょうど会合の直前にイスフェルトの侵攻絡みで両ギルドから霧の森と人族エリアへの出入り禁止が通達されたこともあって、人族は敵だろうと言い募り、却って冒険者たちの心証を悪くしたのだとか。



「人族は霧の森を越えて来れんからのぅ。直接害を受けとらんから今のところ魔族は人族を敵認定しておらん。わしらにはエルフと人族の確執なんぞ関係ない。魔族は遥か昔に部族同士の対立をやめて魔族国を建国しておるんじゃ。見当違いな主張をされても共感できんわい」



 今回冒険者たちが問題視したのは、薬品工房の者が薬の評価を偽ったことと、相手によって薬の評価を変えたこと。これに尽きる。

 工房が失った信用を取り戻せば元に戻る話なので、そちらが必要な対処をすればいい、というのが冒険者側の見解だ。

 どうするかはすべて工房次第なので一見寛容なように見えるけれど、助言も何も与えないのだから、ある意味とても厳しい態度だと思う。


 それにしても、つい数日前、恋愛方面で細かいことを気にしない、おおらかな魔族の長所をしみじみと感じたばかりなのに、すぐに逆の面を見ることになるとは思わなかったので少し驚いている。

 でも、実際冒険者にとっては切実な問題だ。

 こういう厳しさも魔族の一面としてきちんと受け止めよう。

 そう思った。

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