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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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227話 冒険者たちの話とヘッグルンドの想い

 祝勝会の翌日、わたしはいつものように離宮の庭でクランツとジョギングや訓練をして過ごした。

 イスフェルトの侵攻に関しては魔族軍内でも情報を制限しているそうで、離宮の警護の兵士らはたぶん昨日の出来事についてまだ何も知らされていないと思う。でも、一応念のため、昨日に引き続き何事もなかったかのように振る舞っている。

 昼前にはブルーノから伝言が飛んできて、ピットフォールと『落雷』の効果が切れたと知らせてくれた。死傷者は出ていないようだと聞いて胸を撫で下ろす。

 攻撃魔術も魔法も威嚇の範囲で収められたようだ。あまり効果が強すぎても困ると思って、いつものようにエレメンタルを意識したり精霊に力添えを頼んだりはしなかったのだけど、それで良かったみたい。

 逃げる兵士らが将棋倒しになることもなかったし、良かった。ホッとしたよ。



 きっぱりと絶縁宣言したからか、どこかにわだかまっていた苦い思いや無念がなくなった。憑き物が落ちたっていうのはこういう感じなのかな。

 それは良かったんだけど、何だか気が抜けてしまって、店を開けてからも客がいない時はぼーっとしている。

 まあ、Xデーが決まってからは何かと緊張が続いていたので、ちょっとばかり気が緩むのも仕方ないとは思う。

 二、三日くらいのんびりしてもいいか、なんて考えていたら、ドアベルが鳴ってヨエルが店に入ってきた。おや、ミルドも一緒だ。



「いらっしゃーい。二人とも、お茶飲みます?」


「頼めるかのぅ」


「オレもー」



 最近はミルドだけじゃなくヤノルスやヨエル、メシュヴィツやサロモといった常連の冒険者たちも来店するとお茶を飲んでいく。

 冒険者の話を聞くのはわたしの楽しみの一つだ。彼らの話題や関心事は市井の魔族たちとは少し違っているから、面白い話や意外な情報が聞けたりする。

 特に、採集専門Aランクのヨエルは採集や素材の話もしてくれるので、薬学をかじっている身としては貴重な知見を得られるとても贅沢な機会だ。


 お茶を淹れながら彼らの会話に耳を傾ける。現在発令中だという霧の森と人族エリアへの立ち入り禁止の話だった。どうやら数日前に冒険者ギルドで告知されたらしい。

 二、三十年に一度人族の国が侵攻を仕掛けてくるそうで、念のため毎回数週間冒険者や商人の立ち入りを禁じているのだとか。

 お茶を出しつつ話に加わる。



「霧の森はともかく、人族エリアの出入りを禁じられたところで冒険には影響ねーけどな。依頼がまったくないわけじゃねーしダンジョンも一応あるけど、あんまり行く冒険者いねーだろ」


「採集ではたまに行くぞ。魔素がないエリアでもあるから、魔素を含まん素材が採れるんでの。物によっては重宝するんじゃ」



 ヨエルの話によると、調合によっては純粋に素材の持つ薬効のみを使いたいこともあるようで、そういう場合はエレメンタルの影響が邪魔になるらしい。

 そういえば、『魔物避け香』の材料となるヨモギは魔素のない土地に生える。そのため人族エリアだけに分布しているんだけど、アレも魔素を含まない素材なんだろうか。

 『魔物避け香』のレシピはまだ公開されていない。公開されたらヨモギの需要が出て、採集に行く冒険者が増えるかもしれないなぁ。そうなる前に今回の侵攻が終わって良かった。

 わたしは『魔物避け香』のレシピの権利を放棄していて、レシピ公開の判断などもすべて魔王たちにお任せしている。今回の騒動のほとぼりが冷めて、聖女の噂が消えるまでレシピは公開されないかもしれないな……。



 ヨエルの話は今日も面白かった。やっぱり調合は面白いなぁと改めて思う。

 そのせいか、のんびり過ごすつもりだったのに、夜になったらつい調合を始めてしまった。

 あと一つ残っている実績解除をしても調合を続けるかどうかは未定だけど、知識を蓄えておいて損はないし、またヨエルの話を聞きたいな。

 それにしても、ヨエルもミルドも人族の侵攻には全然関心がなさそうだった。

 わたしの出身地だから話を聞かせてくれたのか、それとも単に二、三十年に一度の立ち入り禁止令が珍しいから話しただけなのかはわからない。でも、どちらにしろ、城下町や冒険者にとってはその程度の話題なんだろう。

 彼らの無関心さにはだいぶ安心させられたので、ブルーノにメモで報告しておいた。『報告ご苦労』と簡素な返事だったけど、ブルーノたちも少しは安心してくれたらいいなと思う。


 そんなことをぼんやりと思い出しながら、薬研をごりごりする。

 年が明けてからはなかなか落ち着いて調合できなかったけれど、ゴタゴタも片付いたし、また腰を据えて実績解除を目指そう。




 雑貨屋の営業や調合修業は通常どおりとして、読書はちょっと趣向を変えてみようかと考えている。

 星の日の定休日の今日は、本屋で読み終えた本を売り新しく本をゲットするつもりだ。

 本屋の店員にこの一年でよく売れた本の上位五冊を紹介してもらい、そのうち店頭にあった四冊を買った。

 物語が二冊、そしてもう二冊は意外なことに学術書だった。建築関係と水に関する調査報告らしい。建築の方はインテリアがメインで、水の方は水質調査というより、利き酒のような味の品質を評価したもののようだ。

 魔族の多くはこういうのに関心があるのか~。誰かと共通の話題になるといいな。

 

 本をゲットしたのでカフェへ向かう。

 小さな広場に入ると、真っ先にスイーツスタンドへ。お茶を飲んでいく常連客が増えてお菓子の消費量も増えているのだ。

 特に獣人族はよく食べるし、犬族はレンタルの関係で複数人で来店することが多いので、最近はここで保存庫三つ分のスイーツを購入している。それでも一週間もつかどうかギリギリだ。

 そろそろ自分でも作った方がいいかもね……。シナモンロールでも作ろうか。シナモンロールならパンだからお菓子よりも食べ応えがあるし、安価で作るのも簡単だ。

 それに何といっても新しいメニューだ。却って喜ばれるかもしれない。よし、帰りにマッツのパン屋に寄ってパン生地を買っていこう。


 買いだめのとは別に今日のお茶請けにセムラを買うと、今度は喫茶スタンドに向かう。

 スイーツを見繕ったらヘッグルンドお勧めの紅茶を、更にカフェでネレムのコーヒーを二杯飲みつつ読書。最後に喫茶スタンドでミントミルクをテイクアウトして帰る、というのがここでのいつものパターンだ。

 今日もそのつもりだったのだけれども。



「なあ、ドローテアさんって彼氏いるのか?」



 ヘッグルンドがいきなり返答に困るようなことを聞いてきた。

 ちょ、御年900歳のドローテアさんの恋バナなんて、いくら親しくしてもらってるとは言えわたしが知るわけないだろうに、何という無茶ぶり!



「へっ? いえ、聞いたことないです」


「本当か?」


「だって、ドローテアさんシネーラ着てるじゃないですか。アレは恋愛お断りの印なんでしょ? わたし、あの家に引っ越して七か月近く経ちますけど、シネーラ以外を着てるドローテアさんなんて見たことないですよ」



 シネーラを着ていても彼氏の有無を疑われるとか、勘弁して欲しい。恋愛お断りのアピールになると聞いたから、わたしはシネーラを着ているというのに。

 じゃなきゃ、格式が高く上品と見なされるこの服をわざわざ着たりしないよ。わたしカジュアル派だもん。



「それはそうなんだが……。じゃあ元カレは?」


「そっちはチラッとだけ聞いたことがありますけど……言いませんよ?」



 以前お茶会でドローテアがファンヌにコーヒーを淹れてくれた時に、前のパートナーがコーヒー好きだったと聞いた。その人が亡くなっていることも。

 寂しい思い出話を聞いてしんみりしたのを覚えているので、ホイホイと話す気にはなれなくてすっぱりお断りした。

 ただ、不満そうな顔をするだろうなと思っていたのに、意外なことにヘッグルンドは眉を下げてシュンとしてしまった。

 ……何なの?



「どうかしましたか?」


「オレの想いは迷惑だろうか」


「へ……、ええっ!?」



 ちょっと待って欲しい。

 ヘッグルンドが長年ドローテアに憧れていたのは知っている。その熱烈っぷりに時々呆れることもあるけれど、推しへの憧れやリスペクトが駄々洩れになってしまうのは、まあわかる。

 赤の精霊祭の本祭りの日、オーグレーン屋敷で行われる竜人族の新年を祝う集いに二人で参加したのも知っている。帰ってきたところで会ってドローテアがお茶に誘ってくれたけれど、ヘッグルンドがドローテアと二人きりがいいと考えているのが丸わかりだったので遠慮した。

 相変わらずの様子に若干引きつつも、ヘッグルンドがドローテアに向ける好意は純粋に推しに対するものに見えたし、あくまで「同じお茶好きとして」とか「最高のお茶を淹れる先達」に対するものだと思っていた。


 だけど、今の言葉はそうじゃない。でも、まさか。

 だってドローテアは900歳の自称おばあさんだ。確かに素敵な人だよ、おばあさんっていうより単に年上の女性って感じだし。

 え、わたしの早とちり? じゃないよね!?



「あの、もしかして、ドローテアさんに恋しちゃったんですか?」


「悪いかよ」



 ちょっと――ッ!! これってマジな恋愛ってこと?

 というか、わたしに恋愛相談? 誰かへの恋心を聞くくらいならできるけど、ガチな恋愛相談、しかも異性のなんて無理だよ! 

 恋愛意欲の低いわたしに何聞いちゃってるの!?



「いや、そうじゃないですけど、かなり年の差がありそうな気がするので、ちょっとビックリしたというか」


「年の差があったら何だっていうんだよ。550歳くらい、よくあるだろ」



 そうだった。魔族は寿命が長いから、パートナーとの年齢差を気にしないんだっけ。年齢差が800歳なんてことも普通にあると聞いている。

 地球の感覚で考えたら駄目なのは頭では理解しているんだけど、やっぱり驚いてしまう。それに。



「……年齢的に、あまり長く一緒にいられないんじゃないかって思うんですけど、そういうのは気にならないんですか?」



 踏み込みすぎかなと思いつつも、つい聞いてしまった。

 もともと恋愛意欲が低いというのもあるけれど、わたしがそれなりに魔族社会に馴染んでも魔族との恋愛を前向きに考えられない理由の一つが、この「長く一緒にいられない」という点で、わたしの中でとても大きなウェイトを占めている。

 そのことを、実はメシュヴィツとの飲み会で恋愛談義をした時に自覚した。


 先に死んで、相手を悲しませるのは嫌だ。

 ドローテアは前のパートナーが亡くなった後、寂しくてしばらくコーヒーの香りを漂わせていた時期もあったと言っていた。今でも何となくコーヒーを手元に置く癖が残っていると聞いて、しんみりしたのを覚えている。

 寿命の長い魔族同士ですらそうなるのに、魔族と比べて圧倒的に寿命の短い元人族のわたしは間違いなく相手に「一緒に過ごした時間よりわたしがこの世を去った後の時間の方が圧倒的に長い」という苦しみを与えてしまう。


 だけど、わたしのネガティブな問いをヘッグルンドは一蹴した。



「そりゃ、いつか必ず死別する時が来るだろう。だから何だ、そんな理由で相手への想いを抑えられるのか? 愛しい相手と一緒にいられる時間が残り少ないなら、オレは一瞬だって無駄にしたくないぞ」


「ヘッグルンドさんはそれでいいかもしれないけど、残していく側の気持ちは」


「じゃあ、あんたは自分が残される側だったら、好きな相手に苦しませたくないからと言われて納得するのか? オレは一緒にいられないことより辛いことなんてないと思うけどな」



 ヘッグルンドの強い言葉に、わたしは返す言葉を失った。

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