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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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225/289

225話 帰還、そして祝勝会

誤字報告ありがとうございます。

 ゴロゴロと不穏な低音が鳴り響いた後、曇り空にピカッと閃光が走り、ものすごい轟音と共に雷がイスフェルト城に落ちた。

 空気が震え、城の表面がビリビリしているように見えた。建物に触れたら感電するんだろうか。MAXフルパワーの『落雷』マジですごいな。

 あちこちから悲鳴が聞こえてくる。威力と効果時間は最大にしたけれど、範囲は最小にしたから城以外には落ちないはずだ。しばらく様子を見ていれば、無理に城へ出入りしなければ大丈夫だとわかるだろう。

 よし。最後にひと言言って、高笑いしながら去ろうか。

 雷鳴の合間を見計らって声を上げる。



「聖女召喚の魔法陣が破壊された今、もう二度とこの世界に聖女は現れない。聖女を喪失した愚王として、未来永劫謗られるがいいわ」



 頬に手の甲を当て胸を反らし、オーッホッホッホと思い切り高笑いする。

 それを合図にカシュパルが旋回を再開した。声が雷鳴にかき消されないよう魔王が拡声の魔術の音量を上げてくれたのか、わたしの声がよく通る。

 イスフェルト城から離れるまでわたしは高笑いを続けた。

 練習の成果を出し切ってやる。悪役令嬢RPはこれにて完結だよ!




 高笑いは、カシュパルの咆哮が被ってきたところでやめた。

 カシュパルの咆哮、最初のうちはまたもや爆笑だったんだけど、途中から歓喜の咆哮に変わっている。



『あぁ~っ、スミレの『落雷』は相変わらず最高だねー! こんな状況じゃなかったら、思う存分吠えて回転しまくりながら飛ぶんだけどなぁ~』



 そんなチャットが流れてきた。

 竜人族は豪雨や雷雨が大好きで、特に青竜はその傾向が強い。実験施設で天候操作系の魔法をいろいろと試した時も、カシュパルは我慢できないと言って竜化して飛びまくっていた。

 本当に雷が大好きなんだね。


 王都の端まで来てもまだ雷鳴が聞こえていた。王都の人々は今夜はうるさくて眠れないだろう。

 夜になれば昼間より一層落雷は目立つだろうから、城に雷が落ち続けているのが民にも丸わかりだ。竜の目撃情報や演説の音声を聞いた者たちの噂が広がり、あの雷が誰によるものだったか民にも知れ渡る。

 聖女を怒らせ絶縁されたイスフェルト王。いずれ権威も失墜するだろう。

 肩越しに後方を見る。

 高速移動に入るまでの短い間、わたしはイスフェルト城を眺めながら少しばかり物思いに耽った。



 高速移動に入ると、ブルーノが予定変更を告げた。

 当初の計画よりかなり目立つ行動をしたし、時間もかなり長引いている。聖女と同一人物だと思われるのを避けるためにも、わたしはすぐに離宮へ戻った方がいいと判断したらしい。



「スミレとクランツは『戻り石』で離宮へ戻れ。スミレは下働きや警備の兵士に姿を見せてアリバイ作りをしてろ。クランツはスミレを送り届けたらルードヴィグのもとへ戻り、ずっと同行していたように振る舞え。離宮では誰にも姿を見られるなよ」



 クランツは常に『戻り石』を持ち歩いているらしい。離宮勤務用の自室に対となる置き石が置いてあり、いつでも離宮へ移動できるようにしてあるのだとか。

 そんな話、初めて聞いたよ!

 便利そうだから真似しようかなと考えていたら、あくまで非常用だからお前はダメだとブルーノに即禁止された。鬼教官はわたしの考えを読みすぎだと思う。

 仮想空間のアイテム購入機能で『戻り石』を買ってクランツに手渡し、魔王が置き石を受け取る。

 準備が整ったのでクランツと腕を組み、久しぶりにパーティーを組んだ。空中で『戻り石』を使うのは初めてだから、さすがにちょっと緊張するなぁ。



「それでは、お先に失礼しますね」


「ああ」


「今日の祝勝会に俺とカシュパルは出られんが楽しんでおけ」


『ちょっと! 僕も出られないの確定なの!?』


「あはは。じゃあ、お二人とは今度改めて。今日はありがとうございました」



 クランツが『戻り石』を起動する。

 通訳がいなくなったらカシュパルは会話が面倒になるだろうけど、頑張ってね!


 問題なく離宮内のクランツの部屋へと転移できた。見知らぬ簡素な部屋。ここが、クランツの離宮勤務用の部屋か。

 念のため『透明化』してから自分の部屋へ移動する。室内からこちらを見守っていたクランツと頷き合うと、静かにドアを閉めた。

 よし、帰還完了!

 ネトゲのショートカット機能で陽月星色のドレスから着替えると、ファンヌと下働きの女性たちにシナモンロールのアレンジ案を試さないかと誘って、一緒にお菓子作りをした。

 出来上がったドライフルーツ入りのシナモンロールをお供にサンルームでゆっくりとお茶を楽しみつつ、庭を警備する兵士たちにも姿を見せる。

 夕方頃、離宮へ戻ってきたクランツと庭でジョギングしてから訓練もした。

 陽月星色の最高位ドレスを着るような女性が、地面を転がりながら土埃にまみれて訓練なんてするわけがない。

 アリバイ作りも同一人物の否定も概ねOKだと思う。




 祝勝会はいつもの夕食会と何も変わらないような雰囲気を装い、さり気なく行われた。夕食からの参加はレイグラーフとクランツのみで、魔王とスティーグは夕食後のお酒タイムから合流だ。



「何はともあれ、イスフェルトの侵攻は頓挫したようですし、スミレの仕返しは大成功に終わりました。まずは乾杯しましょう!」



 レイグラーフの掛け声に、グラスを掲げて皆で乾杯する。

 口に含んだ白ワインの爽やかな香りが鼻を抜けていく。フルーティーな甘みとほのかな酸味がじんわりと口に広がった。

 ふうぅ、おいしーい! 口当たりがいいからするする飲めてしまう。

 懸案だった一大行事?が無事に終わった解放感もあって、飲み過ぎてしまいそうでヤバイかも。

 まあ、明日も休みだし、今夜も離宮に泊るから多少飲み過ぎたっていいけど。

 二日酔いは回復魔術で瞬殺だしね!



「さあさあ、スミレ! あなたが演説するところを動画で見せてください!」


「いいですけど、笑わないでくださいよ?」


「見せると言っても、スミレさん本人は映ってないんじゃないですかねぇ」


「ああっ! そうでした……私としたことが何たる失態! 国民証付与の儀式に続いて、またしてもスミレの晴れ姿を見損ねるとは……あぁ……」


「まあまあ、ドレス姿は出発前にしっかり見れたからいいじゃないですか」



 スティーグに指摘されたレイグラーフが相変わらずおかしな凹み方をしていた。

 でもまあ、運動会で我が子のスナップを撮りまくる親御さんのようなものなんだろう。これが師匠の愛情表現なのでありがたく頂戴する。



「高笑いのポーズが最高だった、スティーグとレイに見せられないのが残念だとカシュパルが言っていましたが、音声だけでも十分ですよ。大した迫力でしたから」


「うむ」


「へへへ。では始めますよー」



 スクリーン表示にして、まずはイ軍平地に突入するところからピットフォールを掛け終えてイスフェルト城へと向かうところまで動画を流す。

 予想どおり、笑い上戸なスティーグは動画を観ながらくつくつと笑い出した。



《イスフェルトの兵士諸君! わたくしの名はヴァイオレット。あなたがたが奪還すべしと命じられた存在でしてよ》


「ブフッ! く、フフフ……これが悪役令嬢風の台詞ですか、思ったよりパンチが効いてますねぇ……くっくっく」


「いいんですよ、スティーグさん。思い切り笑っても」


「そんなことありません。堂々としていて良いですよ、スミレ。立派な演説です」



 動画が進むにつれて、反発する兵士たちや宰相と四方の騎士が映り出すと徐々にレイグラーフが不快さを滲ませたものの、わたしがサンダーや『落雷』を放ち始めた途端そちらに夢中になった。レイ先生らしすぎる。

 何度か巻き戻して再生させられたり、同行して現地で見たかったと嘆かれたりしたけれど、観終わった時には満足そうな顔をしていたので弟子としては良かったと思った。



 動画の上映も終わり、いい感じに酔いが回ってきたこともあって少しボーッとしていたら、クランツが質問してきた。



「イスフェルト城から離れる時に後ろを見ていましたが、何かありましたか?」


「え? あー、あの時か~。……わたし、結局イスフェルトでは一度も聖女の力を使わなかったな、と思って。まあ、魔族国でだって数える程しか使ったことはないけど」



 イスフェルトで使ったのは攻撃系ばかりだ。サンダーや『落雷』どころか、魔族ですら禁忌の魔術としているアナイアレーションまで使っているというのに。

 わたしを召喚したばかりに、イスフェルトは聖女召喚の魔法陣を失い、永久に聖女の力を得られなくなった。

 あの国にとってわたしは、聖女というよりむしろ悪女とか魔女といった負の存在なんじゃないか。いずれそんな扱いになって語り継がれていくかもしれない。



「そんなことを考えてて――。でも、別にそれでかまわないって思ったの。あの国で自分がどう言われようとどうでもいい。これからは魔族国の民としての自分のことだけを考えようって。そんなことを思ってたんだ」



 そう言ったらクランツは少し眉間にしわを寄せたけれど、酔っぱらったわたしはヘラヘラ笑って見せた。

 心配しなくても大丈夫だよ、クランツ。

 逃げ出したイスフェルト兵は将棋倒しにならずに済んだし、宰相と四方の騎士は魔王が心底ビビらせてくれたし。

 敵と見なした六人は今、片方は暗闇の中で震え、もう片方は雷に怯えている。

 これでもう、わたしは二度とイスフェルトと関わることはない。

 召喚後のイスフェルトでの記憶を、今まで自分にこびり付いていた嫌な感情を、上空を高速移動しながらあの国に全部捨てて来たような心持ちなんだ。



「スミレさん、何だかスッキリした顔をしてますねぇ」


「はい。ちょっとやり過ぎたかなって気はしてますけど、それでも思い切り仕返しして、心底スッキリしました。これも全部皆さんのお力添えがあったからです。本当にありがとうございました」



 ぺこりとお辞儀をしたら、頭がくらりとした。

 う~ん、これはきっと、『酩酊』の状態異常がついてるぞ。

 でも今夜はこのまま酔っぱらっていたいなぁ。




 今日は朝早かったから、祝勝会はそこそこ早い時間にお開きとなった。もう寝ろということらしい。

 最後に魔王が「良い出来だった」と言って、頭をくしゃくしゃと撫でてから帰っていった。へへへ、嬉しいな。

 ほわほわな気分で、わたしは気持ちよく布団にくるまって眠る。



 召喚されて以降のイスフェルトでの記憶はすべて過去のものとなった。

 それと同時に、元の世界のことも、もう戻ることはない、完全に過去のものとして気持ちに折り合いがついてしまった。

 家族や友人のことを懐かしく思い出すことはあっても、もう恋しくて泣くことはないだろう。

 お母さん、兄さん、元気でね。

 わたしもここで元気に生きていくよ。

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