222話 宰相と四方の騎士
四方の騎士が人垣をかき分けて進み、宰相はその後ろに続きながら兵士たちに向けて必死に声を張り上げてきたらしい。
そして、ついに彼らは最前列を抜けてわたしの前に立った。四方の騎士らがすかさず魔王に向けて武器を構え、宰相の脇を固める。宰相はこちらを仰ぎ見ながら胡散臭い笑顔を浮かべると、恭しく両手を差し出した。
「聖女様! よくぞお戻りに──」
「黙れ」
聖女と呼び掛けられた瞬間、ゾワッと全身に震えが走った。
暴露用動画を作る時に散々この連中の顔は見た。胸を焼くような嫌悪感に苛まれはしたものの、それでも当時の自分を振り返るくらいの余裕はあったのに。
連中をリアルで目の前にし、聖女と呼ばれた途端、召喚された時の絶望感と暴力への恐怖が一瞬で蘇る。
反射的に「黙れ」と言ったが、声が震えているのが自分でもわかった。それに気付いたのか、四方の騎士たちがニヤリと笑う。こいつら、相変わらず顔はいいけど性格悪いな。
聖女を召喚する時に魔法陣の四方を守る、それが四方の騎士だとされている。でも今は召喚した聖女を懐柔する要員としての役割の方がメインなんじゃないかと思う。
四人ともルックスだけは良いせいかやたらと自信満々で、召喚当初、わたしが反抗的な態度を取る前は流し目や気取った笑顔などがうざかったのを覚えている。
タイプの違う四人のイケメンをあてがい、ちやほやして逆ハーレム状態で聖女を取り込んでしまえば、あとはいくらでも魔力や聖女の力を好きなようにできたんだろう。イスフェルトのやり口には反吐が出る。
聖女をそんな風に扱うヤツらなんかに、絶対に負けたくない。
「聖女様におかれましてはご機嫌麗しく。我ら四方の騎士、御身をお守りすべく参上いたしました」
四方の騎士の一人がわたしに声を掛けてきた。
……誰がわたしの身を守るって? 反抗するわたしを最初に殴ったのはお前じゃないか。
生まれて初めて人に殴られたショックは肉体的にも精神的にも大きくて、そしてそれは今も変わらなくて、またこいつに殴られたらって考えたら、やっぱり怖いと思ってしまう。
こいつもそれをわかっていて、わたしを威圧しようとしているんだろう。でも。
怖がるな。こんなヤツに屈するもんか。
気障ったらしい笑みを浮かべてるけど、フン、こっちはクランツやイーサクでイケメンなんか見慣れてるんだよ! ていうか、イケメン度ならクランツとイーサクの方が勝ってるし!
何が四方の騎士だ。騎士と呼べるような気高さなんか欠片もないくせに。
わたしの声が少し震えたくらいで、なめるなよ。
「サンダー!!」
右腕をバッと振り上げて呪文を唱えた。バリバリバリッという轟音と共に、雷が五人に向けて落ちる。直後、バシーンと大きな音がして、宰相と四方の騎士はもちろん、その周囲にいた兵士らも吹き飛んだ。
わたしは無詠唱で魔術を起動できるし、起動時には余分な動作をしないようレイグラーフから指導を受けてきたけれど、今日は敢えて詠唱と動きを入れるようにとレイグラーフから言われている。魔術や魔法を行使したのはわたしだと明確にし、わたしの意思で攻撃しているのだと知らしめるためだ。
焦げ臭さが辺りに漂っている。でも見たところ、吹き飛ばされた連中は何とか動けているようだし、おそらくそこそこの感電と衝撃だけで済んだのだろう。
魔王を見上げたら少し目を細めた。やはり魔王が雷をそらして衝撃を和らげてくれたみたいだ。音はすごかったから、もしかしたら威力を弱めつつ、でも轟音はそのままに、なんて細かい操作までしているのかもしれない。
わたしが自分たちに向かって攻撃魔術を放つとは思っていなかったのか、宰相と四方の騎士は驚愕と焦りの表情を浮かべている。
確かにわたしはこれまで直接的に彼らを害そうとしたことはない。蹴ったり殴り返したりしたことはあるし、アナイアレーションで聖女召喚の魔法陣と城の一部を破壊したものの、それ以外は呪詛の言葉を吐きながら自裁しただけだ。
でも暴行を受けた時だってネトゲ仕様を把握してなかったから魔法も魔術も使わなかっただけで、自分に反抗の手段があると知っていたら絶対ためらわずに使っていた。
聖女だから誰にでも無条件に慈愛を振りまくとでも思っているんだろうか。だとしたら馬鹿すぎる。人から故郷を取り上げた挙句暴力まで振るっておいて、自分たちが慈愛の対象になるわけがないだろうに。
呆れた視線を投げ掛けて、ふと気付いた。
よく見たら五人とも眉毛と髪の一部がチリチリになっている。立派に整えられていた宰相の髭はかなり貧相になってしまった。
プッ。兵士たちの前だっていうのに、威厳も何もあったもんじゃないな。騎士たちもご自慢のイケメンぶりが台無しだ。
思わず笑いそうになったけれど、気合いで踏み止まり表情を引き締める。
でも、おかげで恐怖感が薄れて気分も上向いた。ついでに良さげな演出も思い付いたし、ちょっと試してみようかな。
「よくわたくしの前に顔を出せたものだ。この恥知らずどもが」
悪役令嬢モードより冷酷さをワンランク上げた表情と口調に切り替え、弱めに『荒天』を掛けた。
晴れ渡っていた空がにわかに曇りだし、風が吹き始める。攻撃魔術を放った直後だから、かなり不穏な雰囲気になるんじゃないだろうか。
わたしの怒りゲージとリンクしているように見えたら、きっと効果大だ。
「狼藉の数々、断じて許さぬ。この場で制裁を下してくれよう」
そのセリフを合図に、魔王が宰相と四方の騎士の周囲に結界を張る……と思っていたら、何故か五人の体が宙に浮いた。
あれ? 打ち合わせではワイバーンの離発着場で使う防風の結界を張ってもらうことになっていたはずなんだけど、透明な球体の中に閉じ込められているように見える。
そう考えていたら、球体が一気に上空へと上昇した!?
ギャアアア!という叫び声が聞こえたけれどそれも一瞬で、あっという間に球体は見えなくなる。
え、ちょ……魔王ってば、一体どんだけ上まで上げちゃったの!?
前の方にいて一部始終を見ていたイスフェルト兵たちがパニクりだした。無理もないことだと思うけど、このままパニックが伝染していけば平地内が阿鼻叫喚の地獄絵図状態になってしまう。
早く兵士らを平地から追い出して密集度を下げないと。せっかく無駄な侵攻で兵が命を落とすのを防ごうとしたのに、こんなことで命を落とすことになったら目も当てられない。
「イスフェルト兵に告ぐ。制裁の邪魔だ、さっさとここから去れ。死にたくなければ……二度とわたくしに関わろうとするのではないぞ」
冷たい視線を兵士らに向けながら、低い声で傲然と言い放つ。そして『恐怖』を弱めに掛けた。
既にパニクっている者たちもいる状態だから必要ない気もしたけれど、イスフェルトの民たちが聖女の帰還を諦めるように仕向けたい。そのためにも、わたしの言葉によって恐怖が増幅したと全兵士に認識させた方がいいと考えたからだ。
そして、打ち合わせにはなかったけれど、わたしに続いて魔王もイスフェルト兵に意向を告げた。
「魔素の循環異常は引き続き我ら魔族が面倒を見る。放置すれば世界中に害をもたらす故、これまでどおり人族の領域であっても手当てしてやろう。だが、魔物を間引くのはやめだ。イスフェルトがこの者を泣かせた罰だと思え。二度と霧の森へは入るなよ。今までのような温い戦闘で済むとは思わぬことだ」
魔王にまで脅されて、さすがにちょっとイスフェルト兵が気の毒になってきた。
でも手は緩めないよ。だってあなたたち、さっきはわたしが言うことを「嘘だ」と否定していたし、「魔王に洗脳されてる」とも言っていたからね。それに、死にたくなければ霧の森に入らない方がいいのは事実だし。
叫び声を上げながら駆け出す兵士たちの背中をそっと押すように、『衝撃波』を緩く掛ける。
林の方に向かって走っていってもらわないと困るからね。皆、ちゃんと駐屯地が置かれている村へ向かうんだよ~。
兵士のほとんどがイ軍平地から去った。残りも混み合っているだけで、もうじきすべての兵士がいなくなるだろう。
そうなった頃合いで、ブルーノのチャットが流れる。
『そろそろいいんじゃねぇか』
「ブルーノさんが、そろそろいいんじゃないかって言ってます」
「では下ろすか」
……ものっすごいスピードで透明な球体が降りてきた。地面に衝突しそうな勢いで、見ているわたしまでビビったくらいだ。
当然、中にいた五人はもう悲惨な状態で。
魔王がここまでするとは思ってなかったので、ちょっと驚いた。カシュパルが冗談で言ったように、マジでキレてしまったんだろうか。
変化チームの三人もイ軍平地へ入る時は結構乱暴だったし……。
まあ、わたしもイラッとしていきなりサンダーをブッ放してしまったから、人のことは言えないけどね!
文字数が若干少なめですが、何とか木曜日に投稿できてホッとしてます(笑)
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