218話 赤の精霊祭2DAYS
誤字報告ありがとうございます。
今日は12月28日。元の世界では大晦日にあたる今年最後の日。
この世界に召喚されてから約十か月経ち、こうして新年を迎えようとしていると思うと何だか感慨深い。
今日明日の二日間は赤の精霊祭で、今日は宵祭り。昼食に“部族長を囲む魔人族と魔王族の食事会”が開催されるので、昼前から離宮に帰ってきている。
魔人族は赤の精霊祭を重視するそうで、いつもの精霊祭でも多忙な魔王と側近のスティーグは更に忙しい。その上、今回はファンヌも里帰りする予定だと聞いていたから食事会を見送ってもいいよと伝えておいたのだけど、三人はわたしのためにしっかり時間を取ってくれた。
「慌ただしくてすみませんねぇ、スミレさん」
「いいえ、忙しいのにありがとうございました。新しい年も皆に精霊の加護があるよう祈ってます」
「お前にも精霊の加護があるよう祈っている。ではまた新しい年に会おう」
予定が立て込んでいる魔王とスティーグの二人は食事が終わるとすぐに退室していった。
慌ただしい食事会ではあったものの、恒例の食事会ができて嬉しかったし、覚えたての年末の挨拶をしっかり三人に伝えられたので満足だ。
そして、わたしも今日はさっさと城下町へ帰るつもりでいる。わたしが離宮にいるとファンヌが里帰りできないからね。
「じゃあね、スミレ。来週のお泊り会でね」
「うん。里帰り楽しんできてね」
さっさと帰るわたしをファンヌも特に引き留めなかった。城下町でわたしが一人心細く過ごすことはないと知っているからだと思うと、独り立ちに向けての頑張りが実ったようで嬉しくなる。
気分良く帰宅したわたしは数日前から準備していた棚卸しに取り掛かった。
昨日売れた分を差し引くだけでいいようにしておいたので作業はさくっと終わり、あとは集計して雑貨屋の今年の収支をまとめるだけ。しかも、仕入れ元は仮想空間のアイテム購入機能だけだし、お金のやり取りはログに残る。雑貨屋の会計はかなり楽だ。
月末に毎月きちんと収支をまとめているので、こちらもそう手間取ることなく集計を終える。わかっていたことだけど、初年度とは思えないくらいの黒字に改めて驚きと共に感嘆のため息が出た。
利益の大半が高級ピックとサバイバル道具類の売上によるものだ。特に高級ピックは最初にミルドがその価値を見出し、ギルド長が後押ししてくれたからここまでの商いになった。得難い助言と助力を得られたわたしはつくづくラッキーだったと思う。
収支結果は今度里帰りした時に保護者達に報告しよう。皆のおかげでこうして独り立ちできましたと改めて感謝を伝えたい。
そんな具合で、夕方までに雑貨屋の仕事は片付いた。後はたっぷり赤の精霊祭を楽しむぞ!
わたしは裏庭で焚火台に火を起こすと、前回の黒の精霊祭の時のようにフォークダンスの曲を口ずさんだ。精霊たちと一緒に焚火台の周囲を周りながら踊り、精霊祭を祝う。精霊たちも飛び跳ねたりクルクル回ったりして嬉しそうだ。
そうやって歌って踊っているうちに、日が傾いて夕暮れが近づいてきた。色づいていく空の色を見て、ふとクランツのことを思い出す。
赤の精霊祭と言っても宵祭りの今日は黒の季節の最終日だ。黒の季節を最重要視するクランツたちビッグホーン族は黒の季節の初日の早朝に一族で日の出を迎え、最終日に日の入りを見送るらしい。今頃クランツは里の皆と一緒に険しい山の斜面に立って、赤く染まる空を見つめているんだろう。
わたしも日の入りを見送ろうかな。
急に思いついて、すぐ実行に移した。だってもうすぐ日が暮れてしまう。
『透明化』を唱えて姿を消し、『移動』で屋根の上に転移する。今日はブルーノが傍にいないから足元には気を付けないと。
屋根の上に上がると、目の前に赤く染まる城下町が広がっていた。
「うわ~」
建物の壁や屋根が夕日に照らされている。通りを歩く人から伸びる影が長い。
ぐるりと周囲を見渡すと、北東にある二番街北の空き地で火が焚かれているのが見えた。焚火のサイズが前回の黒の精霊祭の時より大きい気がする。
赤の精霊祭は火のエレメンタルの勢いが増す赤の季節を祝う祭だから、火の扱いがいつもより手厚いのかもしれない。
夕食の後は空き地まで出掛け、いろんな部族や種族の集会の様子を眺めた。
空き地の中央にある焚火は元の世界で見たキャンプファイアより大きかったと思う。
この焚火は特定の部族や種族のものではないのか、いくつもの集団が火の周りで思い思いに過ごしていた。
そんな集団を遠巻きにしながらわたしも腰を下ろして、揺らめく火をぼんやりと眺める。
大晦日は毎年実家に帰って過ごしていた。
零時を過ぎたら近所のお寺に除夜の鐘を突きに行く。境内には暖を取るために火が焚かれていて、こんな風に火が揺らめいていたっけ。
お母さん、どうしてるかなぁ。肝の太い人だから、わたしの現状を知ったら例えそこが異世界だろうと安心してくれると思うんだけど……。
久しぶりに元の世界のことを思い出してしまった。前回もそうだったけど、精霊祭ってどうもメランコリックになりやすい気がする。
まあ、祭りは非日常だし、たまにはメランコリックに浸るのも心のデトックスと思えばそう悪いものでもないか。
ひと通り空き地の様子を見た後、わたしは一旦帰宅して入浴と仮眠を済ませ、真夜中に再び空地へとやって来た。月明かりの下で静かに幻想的に踊る、草性精霊族の舞を見たかったからだ。
ふわりふわりとバレエのように優雅に踊る彼らの舞を堪能する。わたしには芸術的な素養も嗜好もなかったはずなのに、何故かこの草性精霊族の舞には本当に惹かれる。
今回も彼らが解散するまで延々と舞を見続けた。次の青の精霊祭の時もまた見に来よう。
再び帰宅して仮眠を取り、ネトゲの目覚まし機能で起きると『透明化』と『移動』を使ってまた屋根の上に上がって、今度は初日の出を見た。
う~ん、どこの世界でも見ても、初日の出というのはいいものだなぁ。
何となく手を合わせたくなったのでそうした。この世界では太陽は不変の象徴の一つでおめでたいものという扱いだ。ありがたがっても別におかしくない。
この異世界へ来て約十か月が経ち、初めて新年を迎えた。召喚当初は悲嘆に暮れていたけれど、今はこうして心穏やかで充実した日々を送っている。
もう会えない家族や友人。大好きな魔族の保護者と友人。どちらも比べようのないくらい大事な存在。でも、わたしが生きていく場所はもうこの魔族国で。
わたしはこれからもこの魔族国で幸せに暮らせるだろう。そして、死んだらあの聖地の石壇の上で魔素に返り、循環してこの世界の一部になる。
魔族の皆とずっと一緒にいられると思えば悪くない。
そんなことを考えながら手を合わせた。初日の出に向かって祈る。
「今年も良い年になりますように。皆に精霊の加護がありますように」
この世界で日の出を見るのは実は初めてではなくて、イ軍平地へ下見に行った時も夜明け前から移動していたから一応日の出を目にしてはいたけれど、クランツの背中の上では振動がすごすぎて感慨に浸る余裕もなかったのだ。
フフッ。思い出して少し笑ってしまった。あれはあれで良い思い出だよ。
初日の出を見た後はまたベッドに戻って二度寝を決め込んだ。
お正月といえば朝寝を貪るもの。だらだら寝て、起きたらもうお昼だった。
布団の中で伸びをしてからいつものようにステータス画面を開き、項目を見渡して思わずガバッと飛び起きた。
年齢が33歳になってる! まだ誕生日来てないのに!!
くっ、この世界の年齢は数え年だったのか……。新年早々歳を取るイベントが発生するなんてあんまりだ。32歳の次はそりゃ33歳だけど、心の準備ってものがあるんだよぅ……。うう、辛い。
意気消沈したのでお雑煮代わりに『ラーメン』を食べる。今日はおにぎりもつけてラーメンライスにしよう。炭水化物過多になるけど、これは自分へのお年玉だ。
夕食は『カレーライス』で。お高い日本食アイテムだらけで贅沢すぎる気もするけど、お正月だから許す! 1つ歳も取ったし、おめでとうわたし!
昼食後はまたぶらりと空地へ出掛けたが、パートナー募集中の者たちの部族・種族問わない集いが開かれていたようで、早々に退散してきた。
あの集まり、前回の黒の精霊祭の時も本祭りの午後にやっていた気がする。もし恒例なら、次回から二日目に空地へ近寄るのはやめようかな。
「あら、スミレ! 新年おめでとう」
「わあ、ドローテアさん、新年おめでとうございます――って、あれ? ヘッグルンドさんも!?」
「いたら悪いか。新年おめでとう」
空き地からの帰り道、オーグレーン荘の近くまで来たところで、ドローテアと喫茶スタンド店員のヘッグルンドがオーグレーン屋敷の庭の裏口から出て来るのと鉢合わせた。
何でも、城下町に残っている竜人族の多くはこの日オーグレーン屋敷で開かれる新年を祝う集いに出掛けるらしく、二人はその帰りなんだとか。
「引退してからは参加していなかったのだけれど、ヘッグルンドさんがエスコートするとおっしゃってくださったから久しぶりに参加してみたの。楽しかったわ」
ドローテアの言葉に、ヘッグルンドが嬉しそうな顔でうんうんと頷いている。
エスコートって、それはむしろファンサービスなんじゃないだろうか。
顔を合わせた流れで、この後自宅でヘッグルンドとお茶会するから一緒にどうかとドローテアに誘われたけれど、彼女の背後に立つヘッグルンドが首をブンブン横に振っている。
はいはい、ドローテアさんと二人きりがいいんですねと思いつつ、口には出さずに予定があるからと辞退してあげた。
新年早々ドローテアのお茶を我慢するんだ、感謝していただきたい。
「そうだ。来週お泊り会でファンヌが来ますから、その時にご一緒してもいいですか?」
「あら、それはいいわね。じゃあ、ファンヌに伝えてもらえるかしら。楽しみにしているわね」
うらやましそうな顔してこっちを見たって誘いませんからね~。
ドローテアたちと別れた後は、のんびりと本を読んだり調合して過ごした。
赤の精霊祭の二日間を振り返ると、精霊祭をというよりは魔族国で初めての年末年始を過ごしたという感慨の方が深かった気がする。来年はもう少し赤の精霊祭らしさを見つけたいな。
これでわたしが参加した精霊祭は三つめ。残るは青の精霊祭か、楽しみだ。
昨年の青の精霊祭の時、既にわたしは離宮に住んでいたのだけれど、当時はまだ異世界召喚のショックから立ち直っていない頃で、自室に一人閉じこもっていたから祭りがあったことに気付かなかった。
今年こそは青の精霊祭に参加して、精霊祭をコンプリートしたい。
新しい年が始まった。
イスフェルトが徴兵を再開し、いよいよ侵攻が本格化する。今年は今までとは違うことがいろいろと起こるだろう。
この魔族国で「雑貨屋のスミレ」として生きていくためにも、今の暮らしを守りたい。
まずはイスフェルトを退ける。しっかり気を引き締めていかないとね。
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