217話 ミルドの報告とお祝い
誤字報告ありがとうございます。
イ軍平地の下見から二日後、ブルーノから伝言が届いた。わたしがピットフォールで作った堀はすべて設定した効果時間どおりに消滅したらしい。
カシュパルが風の精霊たちに経過観察を頼んでいたそうで、その報告が出揃ったから知らせてくれたみたいだ。ネトゲの機能を使って魔術を起動しても作戦遂行に支障はないとブルーノに太鼓判を押され、ホッと胸を撫で下ろす。
ピットフォールの効果時間の設定は作戦実行の時間帯により当日ブルーノが判断するので、夜が明けるまで効果がもつよう時間の調整をお願いした。
平地の隣は霧の森。魔物が来ないとも限らない。堀があれば近寄れないが、夜間に効果が切れたら連中は襲われてしまうかもしれない。憎い相手だけど、命を落とされて後味が悪い思いをするのはまっぴらだからね。
《年内の連絡はたぶんこれが最後になる。年が明けてからも何だかんだとバタつくからしばらく会えねぇと思うが、演説の準備はしっかりしておけよ。仕上がり具合が気になるならクランツに見てもらえ》
「わかりました。ブルーノさん、本年中は大変お世話になり、ありがとうございました。どうぞ良い年をお迎えください」
《ハハッ、いきなり改まって何だよ。元の世界の挨拶か? 新しい年もスミレに精霊の加護があるように祈っている。じゃあな》
おお~。魔族の年末の挨拶、初めて聞いたよ!
と言っても、言い回し自体はお祝いや見送りの時にも聞くヤツだ。魔族が相手の幸せを願う場合、基本的に「精霊の加護があるよう祈る」と表現するんだな。
この言い回し、とても魔族っぽいから気に入っていて、機会を見つけては積極的に使っている。年末年始は言う機会が増えそうで嬉しい。
あと数日で今年が終わるからか、今週はこまごまとした消耗品を買い求める客が多い。特に薬や薬代わりになる素材を買いに来る近所の人たちが目につく。魔族国の新年のお祝いは暴飲暴食になりがちなんだろうか。
年末にトラブルが起きないよう今週はレンタルサービスの予約を入れてないこともあり、雑貨屋は割りと暇だったので、少しずつ棚卸しの準備を始めている。
開店当時は既存のピックからの乗り換え需要を見込んで、高級ピックを入れたカトラリーボックスを大量に準備していたが、その乗り換えもほぼ終わり、今はもうそんなに在庫をもつ必要もなくなった。棚卸し前に数が減っていて助かった。
在庫管理を見直しつつ、棚卸しのついでに倉庫とカウンター下の物入れを整理しようか。
必要なら仮想空間のアイテム購入機能を使ってすぐに品出しできるし、どこでもストレージもあるから適当な在庫管理でもあまり問題はないんだけど、自分の店だからか、つい気合いが入ってしまう。
最適なラインを探りつつ、誰かに見られても不自然にならない程度には在庫を抱える。来年はそんな感じでやっていきたい。
夜は相変わらず回復薬や特殊回復薬の調合をして過ごしている。
イ軍平地で採集してきた『ヨモギ』は窓際に吊るして乾燥させている最中だ。精霊たちに面倒を見てくれるよう頼んだので、きっといい具合に仕上げてくれるだろう。
先週、調合レベルが6になった。採集とピットフォール作戦関連で忙しかったのもあるが、レベルアップに時間が掛かるようになってきている。レベルが上がるにつれて必要経験値が多くなるから仕方がない。
来年はどこまでレベルを上げられるだろう。実績解除はいつ来るかな。そんなことを考えながら薬研をごりごりする。
まあ、調合修業は先の長い話だ。根を詰めて調合したって、すぐにレベルが上がるわけじゃない。そろそろおしまいにして寝よう。
片付け始めたところへ、風の精霊がメモを運んで来た。ミルドからだ。
『まだ起きてるか?』
『起きてるよ 何かあった?』
《今、下に来てるんだ。ちょっといいか?》
返事を書いて送ったら、すぐに伝言が返ってきた。
ミルドが下に来てる? こんな時間に?
というか、年内ギリギリまで冒険するって聞いてたけど、いつの間に帰ってきたんだろう。
裏へ回ってくれるよう頼んで、慌ててネトゲ仕様のショートカットを使って装備を変える。Tシャツとショートパンツ姿じゃ不味い。
一瞬でバルボラとヴィヴィに着替え、急いで階段を降りてキッチンのドアの前に立つ。ネトゲのバーチャルなマップを広げ、裏庭の壁の向こうに位置する赤い丸をタップしてキャラ名がミルドであることを確認してからドアを開け、裏庭へ出た。
「ミルド?」
「おう」
「おかえり~」
一応確認してから裏庭と路地の間のドアを開けると、ミルドが立っていた。冒険時の服装のままだから、もしかしたら今帰ってきたところなのかもしれない。
家の中へ招こうとしたらミルドは外でいいと言ったが、夜遅くに外で話してたら近所迷惑だし、巡回班に見られて保護者に報告されたら面倒だ。そう言ってさっさと中へ入ってもらった。
「お茶飲む?」
「いや、いい。報告だけしてすぐ帰る。――オレ、今日Aランクになった」
ニッと笑いながらミルドが言った。
こんな遅い時間に、しかも冒険から帰ってきたその足で、一体何だろうと思ったけど、そうか、ついに――。
「マジで!? うわ、すごい! おめでとうミルド! やったね!!」
思わず手を叩いて飛び上がってしまった。だって嬉しい。
開店準備を始めてから開店後ひと月までの約三か月間、ずっとわたしのサポートのために冒険を中断させてしまっていた。サポート終了後にものすごい勢いで冒険を再開して、がむしゃらに頑張ってたもんね……。
「今日のダンジョン攻略でランクアップに必要な経験値を満たしたんで、ソッコー帰ってきた。メッセージで知らせようかと思ったけど、どーせなら顔見て報告したかったし」
「それでうちへ寄ってくれたの? ありがとう」
くうっ、何て嬉しいことを言ってくれるんだ君は。
ミルドってホントいいヤツ。君と友達になれて本当に嬉しいよわたしは。
今すぐ乾杯して祝いたいけど、さすがに時間が遅い。帰って来たばかりでミルドも疲れてるだろうし。明日一緒に食事してお祝いしようと約束する。
更に、ミルドが明日冒険者ギルドでランクの更新をすると言うので、それに同行させてもらうことにした。
ミルドが正式にAランクに昇格する瞬間を見届けたいし、それに、どうせならその場で契約の更新もしたい。
「契約? 自動更新になっただろ?」
「依頼料の値上げだよ! サポート期間が終わって相談役として契約を更新してもらった時、Aランクになったら二千Dに変更するって約束したじゃない」
「あ~」
ミルドは面倒くさそうな顔で後頭部をボリボリ掻いた。相変わらず依頼料を上げるのは気が進まないらしい。
でも、相談役だけでなく、性能テストや品質保証も「Aランク冒険者ミルド」の名前を出してもらうんだから、依頼料アップは当然だと思う。
「まあ、それがAランクの価値だからしょーがねーか。それで相談役の重みも増すだろーし……。もう二度とお前の店に余計な手出しなんてさせねーから」
ミルドの言葉にちょっと驚いた。
ナータンの件が起こって以来、少しでも牽制になるように相談役の格を上げるべくガツガツ冒険をこなして昇格を急いでいるのは知っていたけれど、そこまで真剣に考えてくれているとは思ってなかったよ。
うう、ミルドの篤い友情にじ~んときた。わたしも何か返したいな。
「ねえ。記念に何かプレゼントしたいんだけど、欲しいものある?」
「お前が一生友達でいてくれたら、それでいーや、オレ」
ちょっ、ミルドがわたしのハートをブチ抜いてくるんですけどッ!?
一瞬照れたけど、すぐに言葉の重さに気付いた。
ミルドはモテる。見た目がチャラいせいか如才ないからかはわからないけれど、一緒に二番街を歩いていると女の人からよく声が掛かるし、彼女っぽい存在も複数いるみたいで、しょっちゅうお泊りしているような話も聞く。
でも、そういう派手な女性関係も実は彼なりの処世術で、本当は女性に対する警戒心がすごく強い。そんなミルドにとって、女友達という存在はきっとわたしが想像する以上に貴重な存在なんだと思う。
そういうポジションに自分が置かれていて、尚且つ、一生その関係を続けたいと望まれるってすごいことだ。
何だか胸がいっぱいになって、ちょっと泣きそうになった。我慢したけど。
へへへと笑って誤魔化そうとしたから、たぶんすごく不細工な顔になってる。でも、ミルドには見られたっていいや。わたしのこういう色気もへったくれもない反応に安心しているところもあるだろうし。
「わたしの方こそお願いしたいよ。ずっと友達でいてね、ミルド」
「おう。んじゃ、そろそろ帰るわ。起きたら連絡する。また明日なー」
「うん、おやすみ」
ミルドが帰った後、着替えてベッドに入ったけれど、もらった言葉の数々が嬉しくて、感情が昂り過ぎてとても寝付けそうになかったので、久しぶりに『鎮静』と『朦朧』をかけて無理矢理寝た。
ふう。明日はミルドとの食事会、どこへ行こうかな。
食事会をどこの店にするかはまったく未定だったのに、思わぬ方向から決まってしまった。
翌日ミルドと共に訪れた冒険者ギルドで、ミルドがAランクの昇格手続きをしている最中、祝いを言いに現れたソルヴェイが飲みに誘ってきたのだ。
「なあ、スミレちゃん。今日新しい樽が入るんだ。良かったら一緒に飲みにいかないか? ミルドもどうだ。ワインならAランク昇格祝いに奢ってやるぜ」
「例のSランク御用達の店か!? 行く行く! スミレ、行こうぜ!」
「うん! ギルド長、よろしくお願いします」
ファミレスでお祝いしようと思ってたら、いきなりセレブの隠れ家的高級お食事処に格上げした感じだ。
予想外の展開でちょっとびっくりだけど、ミルドがめちゃくちゃ喜んでるしギルド長も嬉しそうだから結果オーライかな。以前わたしがギルド長に誘われてあのお店に行ったと話した時、ミルドはすごくうらやましがってたし。
そう思って気楽にホイホイついて行ったら、何と店には竜人族Sランクのメシュヴィツがいて、またもやびっくりさせられた。
何でも、ギルド長からわたしたちをこの店に連れて行くと聞いてメシュヴィツも便乗しようとやって来たらしい。なんでまた。
「ソルヴェイが店長に樽キープの酒を振舞ったと自慢するから、俺も自慢の酒を振舞いたかったんだ。この前の報酬では随分といい酒をもらったからな、お返しだ」
メシュヴィツの樽キープは蒸留酒好きな竜人族らしくブランデーで、さすがSランクの彼が推すだけあってすごくおいしかった。
ブランデーというと何となく甘口なイメージがあったんだけど、この酒は嫌味のない辛口で、喉をすっと通っていく。
香りは豊潤、味わいは淡麗かつまろやかで、すごく大人な感じのお酒だ。ブランデーをあまり飲んだことのないわたしでもわかるくらいにおいしい。
ギルド長の新しい樽キープのワインももちろんおいしくて、これがまたギルド長お勧めのカリッとしたチキンソテーに合う。くふぅ、たまらん!
お酒も料理もゴージャス&デリシャスで、ミルドもすごく満足そうだった。
メシュヴィツとは面識はあってもそこまで親しく言葉を交わしたことはなかったそうだけど、今日の飲み会でだいぶ親交を深められたみたいだ。
ソルヴェイがギルド長を退く時、引き継ぐのはおそらくメシュヴィツになる。次期ギルド長となる彼と個人的に親しくなっておくことは、きっとミルドにとってプラスになるはず。
単にAランク昇格を祝うだけのつもりだったけど、思わぬ収穫だったかも。
ミルドなら、いつか自力でこの店に通う資格を得るだろう。
冒険を続けるミルドに精霊の加護がありますように。
ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます。




