216話 ピットフォール作戦の実地検証
仕事が立て込んできました。年内は投稿が不定期になるかもしれません。
カシュパルが合流すると、ブルーノたち三人はわたしから受け取った『隠遁薬』を飲み、わたしは自分に『透明化』を掛けた。
人族エリアの端とはいえ、上空に上がれば遠くから青竜の姿を見られないとも限らない。長居するつもりはないものの、余計な偵察を引き寄せたら面倒だ。姿を隠しておくに越したことはない。
わたしたちはカシュパルの背に乗るとイ軍平地の上空へと移動した。眼下に広がる平地を見下ろす。
「そこの林を抜けた先に村がある。イスフェルト軍はいつもその村に駐屯地を設けていた。部隊ごとに村を出発し、この平地で休憩してから霧の森へ入っていく。行軍時の部隊編成はだいたい一万ずつ。ここには物資も集積されるから、それ以上兵を入れるのは難しいんだろうな」
「物資って食料や水も含みますよね? ピットフォールが解ければすぐ飲食できるとわかってるなら、水とパンの嫌がらせはあんまり効果ないかもなぁ……」
『そこにあると知ってるからこそ、手が届かない辛さってあると思うけど。空腹なんかはその極みな気がするよ。でも、四方の騎士って聖女召喚の魔法陣の四方を守護するのが役目なんだから魔術使えるんじゃない? たぶんウォーターくらい使えるよ。手間だし、放置でいいんじゃないの?』
「カシュパルさんが、四方の騎士はたぶん魔術使えるからウォーターも使える、手間だし放置でいいんじゃないって。それもそうか~。水とパンを与えるの、やめようかなぁ」
「余計な手間は省いた方がいいので賛成です。下手に温情をかけると慈悲深い聖女だと思われかねませんし、あなたが意図する高慢な女性というイメージに合いません。イスフェルトに絶縁を申し渡すんですから、手厳しいくらいで良いかと」
通訳を交えつつ、四人で意見を交わしながら細かいところを詰めていく。
演説を終えたらピットフォールで穴を掘り、宰相と四方の騎士らを堀のような穴でぐるりと囲んで孤立させる。そのためには、イスフェルト兵らを退かせて場所を空けさせなければならない。
わたしの計画案では、まず最初に兵全体に『恐怖』を掛け、直後に『衝撃波』で軽く吹き飛ばすことになっている。恐怖で逃亡を始めた兵士の背中を衝撃波で押す感じで平地を空けさせたい。
「林の方に向かって逃亡するように『衝撃波』を放たねぇとな」
「当日、兵の前に姿を現す時の位置取りが重要になります」
『霧の森を背にする感じか……この辺りでどう?』
「この辺りでどう?って聞いてます」
「物資の集積はここらになるから、もう少し南へ……よし、ここだな。カシュパルは当日ここに降りてくれ。位置をしっかり覚えとけよ」
『了解』
「了解~」
あとは、逃亡した兵士が村に到着して応援を呼んで来るまでにどれくらい掛かるか、それによってピットフォールの効果時間を決める必要がある。
「兵士が村へ到着し、彼らの報告を聞いて応援に出す部隊を編成。それから出発となると、到着するのは最短でも五時間後くらいになるんじゃねぇか。人族エリア内は魔物の襲撃がないから夜間も行軍できるが、状況次第で出発を翌日早朝に延ばす可能性もある」
「う~ん。できれば応援が到着してそれなりに救出作業をしている最中で魔術が解けて、『せっかく救出に来たのに意味なかった』『頑張って損した』みたいな空気がイスフェルト軍の中に生まれたらあの連中への嫌がらせになるかと思ってたんですけど、時間調整が難しくて無理そうですね」
『スミレの嫌がらせ、ショボすぎない? 堀に囲まれた厳しい状態で一晩過ごさせてやりたいところだけど、ピットフォールの魔力消費量にもよるかな。スミレは自分の魔力量を把握できてないんでしょ?』
「あ、そうか。一晩過ごさせたいけどピットフォールの魔力消費量によるって、カシュパルさんが言ってます。わたしは自分の魔力量を把握できてないから」
「確かに。動画の上映がなくなったので魔力消費量は当初の予定よりグッと減るでしょうが、『恐怖』と『衝撃波』の分もありますし、スミレの魔力が減り過ぎるなら、効果時間や穴の規模は無理できません」
「そこらへんはいろいろ試して確認するしかねぇな。隠遁薬もそろそろ切れるし、移動するか」
カシュパルはわたしたち三人を乗せたまま、実地検証の場所へと素早く移動を開始した。
クランツの走行と比べるとカシュパルの飛行は激しい振動がない分かなり楽だ。しっかり掴まってないといけないのは同じだしモフモフ成分はないけれど、筋力不足なわたしには非常にありがたい。
移動した先は、原野というか、見渡す限りの荒野だった。空中散歩の時にこの上空を通過したと聞き、そういえば第四兵団の離発着施設から続く緑のトンネルを抜けた後しばらくはこんな感じの土地が広がっていたことを思い出す。
偵察、哨戒、諜報を担当する第四兵団の施設周辺に里がないのは当然だから、こういう機密性の高い実験をするにはうってつけだ。
しかも、今回はピットフォールの実地検証を含むから穴を掘りまくる。効果が切れれば元に戻るとはいえ、周囲に影響しないか気になっていたんだけど、ここならあまり心配しなくても良さそうで少し気が楽になった。
カシュパルが荒野に降り、わたしたちも背中から降りると思って『とりもち』に魔力を流そうとしたら止められた。高いところから見ないとピットフォールの穴の大きさや深さがわかりづらいから、このままカシュパルの背に乗ったままの方がいいらしい。
「んじゃ、さっそくピットフォールで穴を掘ってみるか。スミレ、お前はどれくらいの大きさの穴を考えている?」
ピットフォールの穴のサイズはデフォルトで直径三メートル、深さ十メートルらしい。
幅三メートルの堀では、材木でも渡せば簡単に救出できてしまう。
「イ軍平地に集積する物資の中に、橋代わりになりそうな長さの材木ってありますか」
「それな。俺も気になったんで調べさせたんだが、イスフェルトで流通している材木は最長で九メートルらしい。それ以上は特注になるそうだ」
「じゃあ、幅十メートルの穴をぐるっと掘って囲んでやれば、ピットフォールの効果が切れるまで救出はほぼ不可能でしょうか」
「材木で橋代わりにする以外だと、ロープや縄ばしごを投げ渡すくらいしか思い付きませんね」
『飛び降りても大丈夫なくらいに布や綿を集めるとか? まあ、現実的じゃないよね。事実上、人族じゃ救出は無理と考えていいでしょ』
ピットフォールの穴の幅は十メートルと決まった。一方で、深さの方はデフォルトの十メートルのままでいいらしい。
おそらく落ちれば怪我は免れないが、下は土だから余程打ち所が悪くなければ死にはしないだろう、とのことだ。
怪我といえば、一万の兵士に『恐怖』を掛けて、逃げ出した兵士らが将棋倒しになったりしないかも気になっている。
レイグラーフに訊ねてみたのだけれど、魔法は解明されてないことが多いので明確な回答は得られなかった。一万という大人数に使用することから、魔力消費量の懸念もあって実験施設で魔物を大量に出して試すことも検討されたそうだが、魔物と人族では『恐怖』の掛かり具合が同じとは限らないからと、結局見送られたらしい。
ただし、将棋倒しについては、次善の策として数回に分けて『恐怖』を掛けることで対応してはどうかと助言をもらえた。確かに、部隊の一番外側から順に逃亡させていけば、逃げる先の林は木がまばらだったから散り散りになりそうだ。将棋倒しの危険は減らせると思う。
『イスフェルト兵が怪我しようがどうでもいいけどさ、一万人に『恐怖』掛けてスミレの魔力がもつのかどうかの方が心配だよ、僕は。そのあと広範囲に『衝撃波』を放って、更にピットフォールを長時間分掛けるんだしさ』
「カシュパルさんが、わたしの魔力がもつか心配だって言ってます」
「実験施設で非常用護身術の訓練をした時の様子からすれば魔力はもつと考えている。それに今思い出したが、魔力の回復速度を上げる『魔力回復』ってのがあっただろ。お前はもともと魔力の回復速度が速いから、あれを使えば多分問題ねぇぞ」
「そういえば、そんなのもありましたね。ブルーノさん、よく覚えてるなぁ。さっすが~」
「わかる範囲でいろいろ試すしかありません。まずはピットフォールから試しませんか」
そこからは、ひたすら試行タイムだった。
バーチャルなウィンドウで魔術の欄を広げ、ピットフォールの使用効果の数値をいじる。
深さはデフォルトの十メートルのまま、幅を十メートルに、効果時間を一分に変更して、指でぐいっと円を描くようにして穴を掘る位置を指定した――つもりだったが失敗。お絵かきソフトで円を描こうとしたら、ペンが超極太すぎて真ん中部分を塗りつぶしてしまったような感じだ。
堀に囲まれた中心部分をちょうどいい大きさにするのが思ったより難しい。何回か繰り返してようやくまともなサイズになったところで、カシュパルに竜化を解いてもらい四人で座ったり寝そべったりしてサイズ感を確認した後、そのサイズで確実に堀のように囲めるよう何度も練習した。
効果時間を一分に設定しているからすぐに効果が切れて地面が元に戻る。ピットフォールは魔術の中でも魔力消費量が少ない方らしいから、ジャンジャン練習できていい。
それはいいんだけど、穴を掘りまくっているせいで土埃がすごい。あっという間に服や髪が埃まみれに……と思ったら、ピットフォールの効果が切れて地面が元に戻る時に土埃になった土まで戻るらしく、何事もなかったかのように服も髪も綺麗になるから不思議だ。魔術ってすごい。
思ったように堀を作れるようになったところで、一旦休憩を挟んで昼食。
その後、『魔力回復』を掛けた上で、試しに効果時間を6時間に設定し直して魔力の消費具合を見てみた。視界の左上隅にある魔力のバーは残り三分の二くらいあるだろうか。『魔力回復』のおかげか、長時間の割りに意外と魔力の減りは少ないようだ。
その状態で、ブルーノは更に広範囲かつ軽めの『衝撃波』を十連発させた。それでも魔力の残量はまだ半分以上ある。
「この調子ならいけそうだな。一万人に『恐怖』を掛けると言っても、これも軽めだ。何とかなるだろ。作戦終了時の魔力残量がかなり少なくなっちまうのは不本意だが……」
「相手は人族です。こちらの戦力を考えれば、脅威になりようがありませんよ」
「そうだよ。ルードがいるんだし、侵攻軍どころかイスフェルトそのものだって墜とせるでしょ。せっかくの機会なんだからブッ潰しちゃえばいいのに」
若干一名、何やら不穏なことを言っていたけれど、それはさておき、この場所はあと数日借りれるそうなので、更に効果時間を長くして何パターンか試した。
魔族はネトゲ仕様のように魔術の各種設定を簡単に変更できないから、一応経過と、本当に指定どおり効果時間がもつのかを確認するつもりらしい。
さすがブルーノ。きっちりしてるなぁ。
そうして、実地検証は無事終了した。
『恐怖』以外はひと通り魔術と魔法を確認できたし、練習もかなりできた。今日の感覚を忘れないよう、しっかり覚えておこう。
皆にこれだけ協力してもらったんだから、当日は絶対成功させなきゃね。
今日はクランツに乗って移動したし、人族エリアでヨモギ採集もした。
これまで受けてきたいろんな講義や訓練の総決算のように感じて、充実感で胸がいっぱいになる。
また少し自信がついた。明日からも頑張ろう!
前書きにも書きましたが、年内は投稿が不定期になるかもしれません。(今回もギリギリでした汗)
できるだけ今までどおり毎週木曜の午前に投稿したいと考えていますが、予告なしに遅れる可能性があります。ご了承ください。
今後も応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。




