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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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215話 イ軍平地の下見とヨモギの採集

 新年を迎える赤の精霊祭まであと一週間という陽の日。

 今日はイスフェルトが霧の森に入る前に陣を張る平地――魔族軍ではイ軍平地と呼んでいる――を下見し、更に別の場所でピットフォールなどの実地検証を行う予定だ。夜明け前から行動を始めるため、昨日の閉店後に離宮へ帰って泊まり、今朝に備えた。


 人目につかないよう『透明化』したわたしを肩に担ぐと、離宮を出たクランツはすごいスピードで移動を始めた。転移陣を二つ通過し、どこかの施設を経由してブルーノとの待ち合わせ場所へ到着したらしい。

 離宮の自室からずっと肩に担がれっぱなしで移動してきたわたしは、地面に降ろされた途端しゃがみ込んでしまった。この移動法というか運搬法だと、鍛えてないわたしは頭を上げていられなくてどうしても頭に血が上ってしまう。素早く運んでもらえるのはありがたいのだけれど、なかなかキツイ。

 でもまあ、魔術か魔法で回復すれば済む話なのでどうってことはないと思うあたり、わたしもだいぶ魔族っぽくなってきたと思う。



「何だお前、寝不足か?」


「おはようございます、ブルーノさん。違いますよぅ。頭に血が上って、ちょっとクラクラしてただけです」


「ああ、慣れてないヤツにはキツイか」


「10分超えるとさすがに……。でも回復したので、もう平気です」


「よし、じゃあ行くぞ。クランツ、準備しろ」



 そう。今日は獣化したクランツに乗ってイ軍平地へ移動する。

 クランツの獣化は初めて見るのでめちゃくちゃ楽しみにしていたんだ。頭に血が上ったくらいでとやかく言っている場合じゃない。

 わくわくしているわたしを見てクランツは嫌そうな顔をした。以前、初めてクランツの角を見たわたしが、NGに引っ掛かると知らずに思いっきりかっこいいと褒めまくったことを思い出しているのかもしれない。

 同じ失敗はしないから安心してもらいたいけれど、口に出さない分、顔と態度に出るくらいは許して欲しい。


 そう思っていたのに、一瞬で獣化したクランツの姿を見た瞬間、「おおっ!」とつい声が出てしまった。

 すごくいかつい。ヒト型化している時より更に大きくて立派な角はもちろん、脚周りや肩?のあたりの筋肉がすごい。全身マッチョな羊だ。さすが断崖だらけの高山地帯出身なだけある。

 何故か目付きが悪いけど獣化しているせい? それとも睨まれてるの?と疑問に思っていたら首を低く下げて角を向けられた。どうやら威嚇されているっぽい。

 くう~~ッ、かっこいい!! ヒト型化している時のクランツは美形だけど、獣化している時はザ・野生って感じ。ワイルドぉ~っ!



「ニヤニヤしてねぇでさっさと乗れよ。『とりもち』つけるんだろ?」


「あ、そうだった! クランツ、『とりもち』はどこにつけたらいい?」


『首の付け根に。角には絶対に触らないように』


「重度のNGだからな。うっかりだろうが、異性の獣人族の特徴部分に触っちまったらその場で押し倒されても文句言えねぇぞ」



 クランツの返事がチャットで流れてきた。獣人族のブルーノには言葉が通じているから、通訳がいらなくて楽だ。

 そして、角はお触り厳禁と。掴まりやすそうなんだけど、シャレにならなそうなので大人しく頷いておく。

 クランツの背中に跨がり、とりもちに魔力を流して足を固定する。モフモフに見えたけど、思ったより毛が固い。腹毛ならフカフカだろうか。気になる。

 穏便に腹毛に触れる方法はないかと考えながら、首の付け根にとりもちで持ち手を作った。その様子を見届けてブルーノも獣化する。

 ふおお! モフモフが二体も!!

 しかもカシュパルの背中から見た空中散歩の時よりブルーノが近い! 眼福!!



――そんな風に浮ついていたのが悪かったんだと思う。


 ブルーノの指示で獣化した二人にスピードアップの補助魔術を掛けると、クランツがぶるりと体を震わせてから走り出した。その後ろにブルーノが続く。

 イ軍平地までの移動方法に獣化しての走行を選んだのは、それが一番安全で一番速いからだ。頭ではわかっていたけれど、そのことを今、わたしは身をもって知ることとなった。

 速い! 速いなんてもんじゃない。肩に担いで運ばれるなんて目じゃないくらいの速さだ。風切り音がすごい。しかも。



「うわっ! あだだだだだ!」


『口閉じろ。舌噛むぞ』



 振動がハンパない! クランツが激しく地面を蹴る衝撃がダイレクトにわたしの体に響いてくる。筋肉の動きが速い上に弾力があるせいかわたしの体がバインバイン飛び跳ねて、ちょっと気を抜いたら振り落とされそうだ。

 思わずクランツにしがみつく。競馬の騎手のように背中を丸め、とりもちで作った持ち手とクランツの胴にくっつけた足に力を入れてひたすら踏ん張る。乗馬のように景色を楽しみながら移動、なんて思っていたわけじゃないけど、ここまでハードだとは思っていなかった。

 景色を眺める余裕はないものの、地面付近は視界に入る。どうやら森の中に入ったらしい。たぶん霧の森だろう。

 ああ、握力と足の踏ん張りがきつくなってきた。スタミナの残量を示すバーを見るとだいぶ減っている。スタミナを回復する魔術を掛けて、クランツとブルーノも減っているだろうと思い二人にも掛けた。ついでに体力も回復しておこう。



『お、ありがてえ』


『助かります。何せ今日は重い物を乗せているので』



 憎たらしいことを言うクランツに言い返したかったけど諦めた。

 この状態で口をきくなんて無理。魔術は無詠唱で使えるから助かったよ。



 ふいにクランツのスピードが緩み、やがて止まった。どうやら目的地であるイ軍平地に到着したらしい。周囲を見ると、霧の森を抜けたんだろう、開けた土地が広がっていた。平地の向こう側は林なのか、まばらに木が生えているのが見える。

 獣化を解いたブルーノに降りるよう指示され、とりもちに魔力を流して粘着を解除、クランツの背中から降りた。ああ、揺れない地面がありがたい。それに、足元が固まっているのもすごい安心感がある。

 わたしを降ろすとクランツはサッと獣化を解き、どこかへ駆けていった。へなへなとしゃがみ込むわたしに、霧の森から魔物が出てこないよう魔物避け香を設置しに行ったんだとブルーノが教えてくれた。

 ヨエルから買った魔物避け香の使用情報をブルーノに提供してきた甲斐があったようで、魔族軍では随分と魔族避け香を効率よく効果的に運用できるようになったらしい。役に立てたんだなと嬉しくなる。


 クランツはすぐに戻ってきたので、自分と二人に回復魔術を掛け、スタミナと体力を回復させて立ち上がった。

 今日はスケジュールがタイトなんだし、ここは人族エリアだ。のんびりしてはいられない。



「魔物も人族もいねぇな。カシュパルが来る前に採集を済ませちまうか。スミレ、ついてこい」


「はいっ」



 バーチャルなマップと『生体感知』を展開し、ブルーノの後ろをついて行く。そのわたしの後ろをクランツが警戒しながらついてきた。

 いつものことだけど、前を行くブルーノの背中を追うのも、クランツが背後を守ってくれているのもすごく安心感がある。今日は今までで一番アウェイな場所にいるから、余計にそう感じるのかもしれない。

 いつの間にか夜が明けて、周囲はもうすっかり朝の気配だ。

 前回の侵攻は三十年くらい前だというのに足元の草が短い。イスフェルトは麦の収穫が済んだらすぐに侵攻する予定だったというから、出陣に備えて草刈りでもしたんだろうか。

 平地を横切り林に近づく。平地の端になると草刈りもされてないようで草の丈が長い。濃い緑色に、この匂い――。

 すかさず視線で草をタップすると、『ヨモギ』の表示が現れた。



「ヨモギ発見!」


「よし。俺とクランツが周囲を見ておくから、お前は採集に集中しろ」


「わかりました」



 マップと『生体感知』を解除して採集に取り掛かる。

 元の世界ではヨモギは若葉を食用にしていたようだけど、『薬草大全』によると薬の素材には十分に成長したものを用いるらしい。

 この日のためにレイグラーフに借りておいた鎌をどこでもストレージから取り出し、草刈りの要領で刈っていく。と言っても、わたしに草刈りの経験はない。

 唯一鎌を使ったことがある小学校の稲作体験を思い出しつつ、根本の少し上あたりから刈っていった。刈り取ったひと掴み分を、長いヨモギをひも代わりにして結んでまとめる。陰干しして使うらしいから、こうしておけば後が楽だろう。

 たぶん『ヨモギ』の表示名の脇にある『採集する』をタップすれば、簡単にこの状態になるだろうと思う。ネトゲ仕様を使えば格段に楽だろうけど、それじゃ味気ない。せっかくの機会なんだし、リアルな採集を楽しもう。


 両腕にひと抱え分くらい集まったところで採集を終えた。これだけあれば魔物避け香を作るには十分だと思う。試作というかレイグラーフに渡すためだから、調査できる分だけあればいいだろう。

 まとめたヨモギと鎌をどこでもストレージにしまい、ヨモギ独特の匂いがついた手をウォッシュとクリーンできれいにした。たいていの手洗いはウォッシュでするんだけど、匂いの除去はクリーンの方が適しているらしい。

 獣人族は嗅覚が鋭いからか、ブルーノもクランツもヨモギの匂いを嫌そうにしていた。魔物だけでなく魔族避けにも使えたりして。



 カシュパルの到着までまだしばらく掛かるそうなので、霧の森側の平地の端に移動して休憩がてら軽く朝食を食べることになった。ピクニックではないからシートを広げたりはせず、保存庫とパンを手にそこらに腰を下ろして食べ始める。

 保存庫とパンは出掛ける前にクランツから預かってどこでもストレージに入れておいたもので、魔族軍ではごく一般的な野営食らしい。シチューやスープに固めのパンを浸して食べるのが魔族軍流なんだとか。

 今日のメニューはポークのブラウンシチュー。うん、おいしい。野営でも温かくておいしいものが食べられるのは嬉しいよね。士気に関わるから兵站は重要だ。


 それにしても、ハードな移動に採集、野営食と、今までで一番密度の濃い野外活動をしている気がする。

 本番は演説の日だけど当日はドレスだから行動は限られるし、イスフェルト兵の前に立つのも短時間で済ませるはず。この後魔術と魔法の検証もあると考えると、やはり今日が一番濃密な野外活動デーになるだろう。

 そんなことを考えていたら、ブルーノ宛にカシュパルからメモが届いた。これから城を出るらしい。

 手早く食事の片付けをして、イ軍平地の下見を始める。


 林を通ってくる道は太めで割りとしっかりした造りだ。たぶん行軍用に敷かれたからだろう。一方で、霧の森の中へと続いているのは獣道のような整備されてない細い道だ。どちらの道もイスフェルトから魔族国へ逃亡した時に通ったからよく覚えている。

 ネトゲのマニュアルに霧の森から先は魔物が出ると情報が載っていたので、人族エリアで夜を明かし朝になってから霧の森に入った。あの時散々世話になった魔物避け香の材料を採集しに、再びここを訪れるとは思わなかったな。

 そのヨモギの採集で平地の向こう側の端まで行ったし、地上から見れる範囲の様子はだいたい把握できただろうか。



『あ、見えてきた。スミレ~、来たよー!』


「カシュパルさん、到着したみたいですよ。あっ、あそこだ! お~~い」



 カシュパルの言葉がチャットの文字になって目の前に流れてきた。

 同じフィールドにいればどれだけ離れていてもチャットは届くんだから、ネトゲ仕様は本当に便利だなぁ。


 着陸態勢に入ったカシュパルに向かって、わたしは大きく手を振った。

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