214話 ランヒルドの仕立て屋にて
中央通りの一番街側にあるランヒルドの仕立て屋にやって来た。
昼頃という曖昧な時間指定だったので余裕を見て来たが、この時間ではやはりエルサは来られなかったな。残念に思いつつも、エルサが来られないからこそヤノルスが動いたんだから、むしろ良かったのかもしれない。
そんなことを考えつつ店に入っていくと、ランヒルドがわたしに気付いて迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいませ。お久しぶりですね。もう城下町の暮らしには慣れましたか?」
「はい。お陰様でだいぶ慣れました」
久しぶりにドローテア以外の竜人族女性を見たよ。黒竜のランヒルドも上品で優雅な雰囲気だ。服飾関係なだけあって、洗練されている感じがする。
……グニラおばあちゃん、わたしの周りには高慢な竜人族女性がいないんですけど!? 陽月星記や参考図書の物語には確かにそんな感じの登場人物が何人かいたけど、本当に実在するのかなぁ?
ああでも、そういえばかなり前のことだけど、城の図書室を訪れた時に何度か女性魔族に絡まれたことがある。今から思えば彼女たちの半数以上が赤い目白い肌の竜人族だった。
彼女たちの口調を思い出し、納得する。あれが一般的な竜人族女性なら、確かに高慢と言われても仕方がないわ。
スティーグはまだ来ていなかったが、先に仮縫いを進めておくよう言われていたらしい。ランヒルドと助手に案内された店の奥の小部屋は衝立で区切られていて、手前に応接セットが、奥にはしつけ糸だらけのドレスを掛けたトルソーがあった。
どの生地もキラキラ光っている。これが陽月星色で構成したドレスか……!
元の世界で言うと、外国のアーティストなどのステージ衣装でありそうな華やかでゴージャスなドレスだ。
金、銀、銅色なんていう光沢のある色を組み合わせたら、派手でゴチャゴチャした印象のドレスになるんじゃないかと少し心配していたのだけれど、ものすごく存在感のある煌めきを放ちつつも、意外なことにエレガントな雰囲気もある。
さすが天才スティーグ。しっかり上品にまとめてるなぁ!
さっそく着替えて、仮縫いの作業が始まる。
トルソーに掛かっている時にはわからなかったが、着てみたら魔族国では見たことがないドレスだと気付いて驚いた。
魔族国内にイスフェルト侵攻絡みで聖女の噂が入ってきた時に、魔王に庇護されているという聖女とわたしが同一人物と思われないようにするためにも、特別衣装はシネーラ以外になるとは思っていた。
だけど、まさか未知のドレスがあったとは……。いや、ちょっと待て。このドレス、どこかで見たことがあるような……。
「あの、このドレスはどういう……」
「見たことのないドレスでしょう? スティーグがデザインしたそうですよ。服を見立てるのが得意なのは知っておりましたけれどデザインもするとはねぇ。一点物の仕立てを任せてもらえるなんてやりがいがあるわ。しかも陽月星色のドレスだなんて!」
ランヒルドはホクホク顔をしながらそう言った。
スティーグがデザインしたものを仕立てた……? ネトゲ仕様の縛りから考えると、新しいグラフィックの装備品アイテムができたというのは考えづらい。
たぶん既存のアイテムだと思うけどなぁ。シナモンロールと同じで、単に今まで埋もれていただけなんじゃないかな。
そんなことを考えていたらドアがノックされ、衝立の向こう側で見えないが、どうやらスティーグが案内されて部屋に入ってきたらしい。
衝立越しに挨拶を交わすと、見られてもいいところまで仮縫いの微調整が進んでからスティーグの前に出た。
「やあスミレさん、すごくゴージャスに仕上がってますよ。さすが陽月星色は違いますねぇ。ほらほら、鏡を見てみてください」
「うわっ……、これはちょっと……」
ちょ、顔が地味すぎて衣装に完全に負けてる!
アラサー地味女と自覚はしていても、現実をこうやって見せられるとつらい!
わたしがガーン!と衝撃を受けていると、わたしの背後から鏡を覗き込んでいたスティーグがフォローしてくれた。
「スミレさんは普段はお誘いお断りのための地味メイクですからねぇ。でも大丈夫ですよ。一般の魔族女性のような派手メイクをすれば、このドレスは問題なくスミレさんに似合いますから。このドレスには派手メイクの方が合うというのはわかるでしょう? 私がアドバイスしますからこのドレスを着る時だけは派手メイクしてみませんか? ……今回の場合、普段のスミレさんとのギャップが激しい方がいいですからね」
「ぜひともお願いしますっ!」
スティーグは最後の言葉をわたしだけに聞こえるよう小声でそっと囁いた。
そうだった。今回ゴージャスな特別衣装を着る目的の一つは、噂で入って来る聖女のイメージと雑貨屋のスミレとの乖離を大きくすることなんだから、衣装に負けてるとか顔が地味だとかはどうでもいい。
それでもスティーグがメイクしてくれるなら、絶対またわたしの知らない素敵なわたしを作ってくれるに決まっている。天才に任せておけばいいんだよ。
ランヒルドと助手は、スティーグがメイクを施したわたしがこのドレスを着る姿をものすごく見たがった。気持ちはわかる。でも、スティーグが発注したこのドレスがシークレットな存在だということを彼女たちは心得ているらしく、残念がりつつもすんなり引き下がった。
仮縫いの予定について伝言を交わした時に、ランヒルドの仕立て屋は口が堅いから特別衣装の製作を任せても大丈夫とスティーグは言っていた。それだけ信頼している業者なんだろう。
それに、イスフェルト侵攻や聖女の噂が魔族国内に入ってきたとしても、魔族軍や冒険者はともかく一般の商店や工房に詳細は届かないそうで、ランヒルドたちがわたしを聖女と結びつける可能性はほぼないとカシュパルは見ているそうだ。
スティーグからそう聞いてホッとした半面、上位ランク冒険者とは付き合いが多いので少し心配になった。
……身バレしないためにも、がっつり派手メイクしてもらってこのゴージャスなドレスを着て、堂々と高慢な女性RPができるようにならなければ。演説の練習をもっと頑張らないと!
仮縫いが終わり、衝立の向こうへ着替えに戻る前にスティーグにエルサの絵姿を手渡した。
「スティーグさん、これお願いしていた件のです。良かったら待ってる間に見ておいてください」
「ああ、例の。ヤルシュカを選ぶんでしたね……ふむふむ。彼女は普段どんな色を着ているんですか?」
「暖色系が多いかなぁ。あとは茶系とか」
「オレンジがかった茶色の髪に合わせてるんでしょうねぇ。逆に、着ない色はありますか?」
「ん~、紺とか深緑とかは見たことないですね」
「モノトーンはどうです?」
「黒のスカートとコルセットは持ってますよ。あと――」
そんな感じで衝立を挟んで質問に答えつつ、着替え終わったら小部屋を出た。
スティーグが店内を回って服や生地を選ぶ間、彼の後ろを着いて歩きながらわたしはランヒルドにお願いをした。
スティーグがコーディネートした服を欲しがっている女の友人がいて、彼女にその服を贈りたがっている男の友人がいる。後日ヤノルスという男が店を訪ねて来るから、今日スティーグが選んだコーディネート案を教えてやって欲しい、と。
「まあ! その二人は恋人なのかしら。それとも恋人未満? どんな事情があるのか知りませんけれど楽しそうね。わかりました、お引き受けしましょう」
ランヒルドは快くわたしの頼みごとを聞いてくれた。たぶんこの店で誂えたわたしの衣装が高級品ばかりなので、上客扱いされているんだと思う。
わたし自身のお金で買ったことは一度もないので恐縮なんだけどね……。
前回は独り立ち、今回は対イスフェルトだから保護者任せになるのは仕方なかったけど、次に自分の服を誂える時はちゃんと自分で稼いだお金で支払うぞ。
もちろんコーディネートはスティーグにお願いするけどね!
わたしがランヒルドにお願いしている間に、スティーグは手早く商品を見繕ってヤルシュカのコーディネートを仕上げてくれた。
スティーグはあえてエルサが普段着ない色を選んだみたいで、濃紺のスカートに深緑のコルセット、ブラウスはキリッとした白のとふんわり柔らかいアイボリーの二種類。それらが展示台の上に着る時のように並べてある。
濃紺も深緑もくっきりした色なので、エルサの髪のオレンジがかった明るい茶色とだとコントラストが強すぎるように思ったけれど、髪の代わりに似た色のスカーフを置いてみたら案外そうでもなかった。
配色バランスのおかげなのか意外ときれいにまとまっていて、少し大人っぽいというかほんのり上品な雰囲気になりそうだ。
スティーグは更に、もし刺繍を入れるならと数種類の糸と小花のモチーフを追加した。スカートの裾やブラウスの襟に散らしたら可愛いだろうな。
このコーデをエルサが着た様子を脳内で再現したわたしは、思わず尊敬の眼差しをスティーグに向けてしまう。
「やっぱり天才!!」
「同意しますわ」
「照れますねぇ」
このコーディネート案の服を着たエルサを見たら、ヤノルスはきっと惚れ直すに違いない。余計な提案をしてしまったかと思ったこともあったけれど、やっぱり提案して良かった。
エルサには、昨日スティーグとの予定は来年に延期になってしまったと嘘の情報を伝えた。本当にごめんだけど、これでエルサの念願を叶えてあげられる。
早く見せてあげたいから、頑張ってあんこ菓子のレシピを完成させてヤノルスに告白してもらってね!
完成した特別衣装はわたしが受け取りに来ることに決まり、仕上がったら伝言をくれるようランヒルドに頼んで、わたしはスティーグと二人で店を出た。
馬車に乗って家まで送ってもらう間に、ランヒルドたちがいるところでは出来なかった話をする。
「えっ。あれ、人族のドレスなんですか!?」
「ええ、そうなんです。いかにスミレさんが丁重に扱われているかを見せつけてやるにしても、連中がその衣装の格の高さを理解できなくては意味がないでしょう? なので、潜入中の諜報部隊にイスフェルトで最高位のドレスの型紙を入手してもらいました。あれなら連中もスミレさんの扱いを察するでしょう」
最高位と言われて思い出した。あのドレス、イスフェルト王の傍に立っていた女性が着ていたのと同じ型だ。……というか、立ち位置からするとあの女性、王妃なんじゃ!?
一瞬焦ったものの、王妃かどうかはこの際どうでもいいかと思い直す。気後れするとか言ってる場合じゃないんだ。イスフェルトの連中に最も格式の高いドレスと認識されるならそれでいい。
しかも非常に高価だという陽月星色のドレスだ。王妃のドレスより遥かにお高いわけで、連中の度肝を抜いてやるというスティーグの目論見は確実に大当たりしそうだな。
家へ帰り、ヤノルスに『ミッション完了!』とメモを送る。
わたしの役目はとりあえずここまで。近いうちに彼はランヒルドの仕立て屋を訪れ、エルサのヤルシュカについて話をまとめて来るだろう。
演説用の特別衣装の実物を見たことで、イメージがかなり固まった。
オーッホッホッホという高笑いがナチュラルに出そうな高慢な女性RP。難しいけど頑張るしかない。
わたしは毎晩防音の魔術で音漏れ防止の結界を張り、演説の練習を続けた。
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