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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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213話 ヤノルスの頼み事

「店長。エルサのことで話がある。閉店後に時間をくれないか」



 閉店まであと15分という時間帯にヤノルスが来店した。開口一番に言われた内容から、昨日の絵姿か服選びの件、もしくは両方と察しがつく。

 有無を言わせぬ圧力に、はいと頷いてソファーを勧める。

 いつものようにドアが見える側を選んでソファーに腰を下ろしたヤノルスは、お茶はいいとひと言だけ言うと両腕を組んで黙り込んだ。


 ヤノルスは雑貨屋が開店してから最初に訪れた冒険者の客で、貴重な情報の提供や苦言を呈してくれることからも、わたしにとっては付き合いの長い大切な常連客の一人だ。

 用心深い人なのでいつも警戒を緩めないものの、気安く言葉を交わすようになってきたし、エルサとの偽装カップルを成立させてからはだいぶくだけた間柄になったと思っていた。

 最近は買い物の後にお茶を飲みながら雑談していくことも少なくなかったというのに……。

 普段と明らかに違うヤノルスの様子に、わたしは思わずごくりと唾を飲んだ。



──ヤバい。もしかして怒らせたのかもしれない。



 エルサの服選びに異性が関わることについて、ヤノルスが不快に思わないかエルサに訊ねたら問題ないと言っていた。偽装カップルなら恋愛のNGは気にならないのかと納得したんだけど、認識が甘かったか。

 絵姿も服選びも周囲に知られないように進めていたから大丈夫と思っていたけれど、偽装とはいえヤノルスの彼氏としての面子を傷付けたのかもしれない。

 そういう意味では、友人とはいえ異性のシェスティンに絵姿を描かせたことが気に入らなかった可能性もある。


 警戒心が強く隙を見せないAランク冒険者のヤノルスにとって、自分の把握していないところで起きた想定外の動きがどういう意味を持つのか――。

 比喩でなく、冷や汗が背中を伝っていく。




 閉店時間までの15分間、どうやってヤノルスの怒りを和らげるか、どうやって許しを得るかを考えまくった。

 とにかく、まずは謝ろう。誠心誠意謝罪するしかない。

 わたしが気安くエルサにスティーグに服を選んでもらえるかもと話を持ち掛けたせいで、エルサの恋がぶち壊しになってしまうかもしれないんだ。それだけは絶対に避けなくては。

 そのためなら何だってする覚悟で、営業中の札を回収してドアを閉めた。

 振り返ってヤノルスに声を掛ける。とりあえずお茶を出そう。少しでもヤノルスのイライラを減らして、気持ちを和らげておきたい。



「あの、お茶を淹れてもいいですか。喉乾いちゃって」


「ああ。じゃあ、俺ももらえるか。それと、窓は開けたままにしておきたいが、話が外に漏れるのは避けたい。防音の魔術を使ってもかまわないか?」


「はい、もちろん。こちらこそ、お気遣いありがとうございます」



 ヤノルスの言葉に、少しだけ緊張が緩む。

 閉店後の店内で異性と二人きりで長話をするのは良くないと、窓は開けたままでと言ってくれたのだ。オルジフたち巡回班がさり気なく雑貨屋の様子をチェックしていくから、妙な心配をかけずに済むのはとても助かる。

 ただ、やはりヤノルスは恋愛のNGを軽んじないんだとわかり気が重くなった。


 わたしは二人分のお茶を淹れ、テーブルに並べてから、ヤノルスの向かい側のソファーに腰を下ろした。

 お茶をひと口飲んで、覚悟を決める。

 よし、土下座する勢いで謝り倒すぞ!



「あの、エルサの件では──」


「ああ。あまり時間を使わせても悪いから、単刀直入に言う。店長に協力を頼みたい。服選びの件、延期になったとエルサに偽ってくれないか」


「……へ?」



 不快な思いをさせて申し訳ありませんと言おうとした途端、ヤノルスが被せるように話し出した。

 てっきり責められるとばかり思っていたのに、予期してなかったことを言われて狼狽える。

 協力? 延期? えっ、どういうこと??

 理解できないわたしに、ヤノルスが言葉を続ける。



「もちろん知らせるのを一旦保留するだけで、後でちゃんとエルサに知らせる。俺が店長に無理を言って頼んだことも正直に伝える。保留期間もあまり長くするつもりはない。長くなる前に手を打つと約束しよう。服選びを邪魔する気はないんだ、頼めないか?」



 そこまで聞いて、ようやく頭が回りだした。

 ヤノルスは服選びの件を怒っていない。ただ、エルサに知らせるのを遅らせたいとは思っているから、わたしに協力を要請しに来た、と。


 …………よ、良かったああぁ……っ!!

 最悪な事態だけは避けられたらしい。うう良かった、安心した。

 安堵のあまり、もう何だって協力しますよと言いそうになって、いかんいかん、そういう安直な判断をしたせいで冷や汗ダラダラかく羽目になったんでしょ? 学習しろ! と自分に突っ込む。



「えっと、一応理由を聞かせてもらってもいいですか?」


「……その服を、俺が彼女に贈りたい。だが、その申し出はあんこ菓子のレシピが完成してからと思っている。今はまだ駄目だ……彼女は遠慮して断るだろう。断らせてしまえば服にケチがつく。せっかく楽しみにしていたのに、その服を着る度に不本意な出来事を思い出させるようなことはしたくない」



 わたしの問いにヤノルスは一瞬息を詰めたが、すぐにグッと身を乗り出して畳み掛けるように話し出した。

 ちょっと待って。

 異性に服を贈るって、魔族的には「あなたに気があります」のサイン、という認識でいいんだろうか。



「──え、それってつまり──」


「エルサに惚れた。だが、今言った理由で交際の申し込みを遅らせている。店長の協力を得られれば心強い」



 りょ、両想いキタわ────ッ!!



 わたしの脳内で盛大に花火が打ち上がった。スターマイン100連発くらいの派手なのが!

 思わず歓喜の声を上げそうになり、口に手を当ててギリギリ飲み込んだよ!

 でも表情は隠せなかった。だって、エルサもヤノルスのことが好きだと知ってしまってるんだもの。エルサ良かったねという気持ちと、まさかヤノルスがという驚きがゴッチャで、はわわ、何て返事したらいいのか思い付かないよ!



「ぜ、全然気付きませんでした。ハァ、びっくりした……。わたし、てっきり他の男性を服選びに関わらせようとしたことで苦情を言われるのかと思って、ビビってました」


「オシャレ好きなエルサがセンスの良いコーディネート案に関心を示すのは当然だろう。その程度の理解はある。それを邪魔する程俺は狭量じゃないぞ。ただ、誰が服を選んだって構わないが、実物を贈るのは俺でありたい。それだけだ」



 ちょ、ヤノルスが男前すぎる。

 くうぅ、エルサにも聞かせてあげたい。そいでもって赤面するエルサをニヤニヤしながら眺めたい。あああ、女子会で皆に動画を観せられたらいいのに!

 いや、ちょっと落ち着けわたし。ヤノルスの申し出はもちろん引き受けるとしても、恋愛関連のデリケートな案件なんだから慎重に行動しなくては。

 大事な友人と、大事な常連客のために!



「わかりました。ヤノルスさん、協力しますよ!」


「頼もしいな。ありがとう、助かる」



 手を差し出してヤノルスとがっちりと握手を交わすと、わたしたちは詳細を詰めていった。




 そんなことがあった二日後、星の日の定休日。

 わたしはいつものように商業ギルド裏手の小広場にやって来て、コーヒーを飲んでいる。

 スティーグは仮縫いの予定を何とか雑貨屋の定休日に合わせてくれた。昼頃に現地集合と連絡をもらっている。

 ランヒルドの仕立て屋は小広場から近いので、時間までゆっくりコーヒーとお茶とスイーツを楽しむつもりだ。

 ちなみに、今日は一人じゃなく同行者がいる。2号室のターヴィだ。


 実はわたしが聖地を訪問していた日に、ドローテアの家で喫茶スタンドのヘッグルンドとスイーツの屋台のセディーン、お茶好き女子ファンヌと甘党男子ターヴィを招いたお茶会が開催されていたらしい。

 ターヴィはシナモンロールの自作とファンヌのお茶菓子探求に付き合うことでお菓子不足からは解放されたものの、依然として外では好きなようにお菓子を買えないままだった。

 そこで、ドローテアが新たに知り合った小広場の屋台群の店員たちをターヴィに紹介しようとお茶会に招いたそうだ。

 後でファンヌから聞いた話によると、セディーンとターヴィは甘党男子同士ですごく盛り上がったらしい。今度小広場へ行く時にターヴィも誘ってあげたらとファンヌに言われたので、今日出掛けに声を掛け、一緒にやって来たというわけだ。

 ファンヌとターヴィもそうだが、エルサとヤノルスといい、ドローテアとここの店員たちといい、自分の交友関係がこういう繋がり方をするとは思ってなかったので、正直驚いている。



「ターヴィさん、お菓子選ぶの嬉しそうだなぁ。ああいう楽しみ方をずっとできなかったみたいだから、セディーンさんと仲良くなれて良かった~」


「俺はシフトの都合でお茶会行かなかったんだけど、そういう目的でセッティングされたのか」


「さすがドローテアさんだな!」



 ドローテアに憧れているヘッグルンドがすかさず讃える。

 ちなみに、ドローテアはヘッグルンドとファンヌをお茶好き同士として会わせたようだけれど、初対面の魔族らしいそっけなさのまま終始し、特に交流は深まらなかったらしい。まあ、確かにこの二人はあまり気が合わなそうだ。


 初めのうちターヴィは強面の自分がいると客が帰ってしまうと気にしていたが、セディーンが上手いことあしらったのか、そのうちターヴィも楽しそうにお菓子やお茶を堪能し始めた。ヘッグルンドや初対面のネレムとも言葉を交わしている。

 一人で静かに過ごすのが好きで、賑やか過ぎる魔族軍の兵舎を出てオーグレーン荘に引っ越したというターヴィには、この小広場の屋台群は合うかもしれないね。

 次からは一人でも来いよとセディーンに言われて頷いているターヴィを見て、ドローテアはいい縁を繋いでくれたなぁと思った。ヘッグルンドじゃないけど、さすがドローテアだ。



 わたしは安心してターヴィと店員たちに別れを告げ、ランヒルドの仕立て屋へ向かう。

 もうじき昼休みの時間だ。

 多忙なスティーグを待たせるわけにはいかない。早めに行って待っていよう。

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