212話 寿命の話とエルサの絵姿
次話はいつもどおり木曜投稿の予定です。
シーグバーンにたっぷり『霊体化』を披露して魔法を堪能してもらった後、魔王たちと別れて城へ帰ることになった。
わたしたちは採集の実習を終えているけれど、魔王たちは聖地に来た本来の用事をまだこなしていない。樹翁の治療もあったし、これ以上時間を使わせるわけにはいかないよね。
「くっそー。オレが魔王になってもっと強くなったら、さっきの魔法に再挑戦してやるからな~」
「あはは。残念ですけど、シーグさんが魔王になる頃にはわたしもうこの世にいないんじゃないかなぁ」
悔しそうな顔をして憎まれ口を叩くシーグバーンはいかにも年下の男の子という感じで、何だか可愛くてつい笑いながら気安く答えてしまったのだけれども。
シーグバーンはグッと眉をひそめ、不機嫌そうな顔になった。
「……何だよそれ。人族の寿命が短いからか?」
「はい。まあ、たぶんあと50年くらいは生きられると思いますけど、生きてたとしてもよぼよぼのおばあちゃんになってるから再挑戦は無理かも」
この世界には回復魔術と回復薬があるし、わたし自身も回復魔法を使える。たいていの状態異常を治せる以上、長生きできるとは思う。それでも種族としての限界はあるだろうから、持ってもせいぜい100歳くらいだろう。
それに、長生きしたとしても聖女の力がいつまで持つかはわからない。何しろ魔族の領域に聖女が現れたのは長い歴史の中でもたったの三回しかないため、資料が少なくて聖女についてはわからないことだらけなのだ。
わたしが魔族国に亡命して以来、第四兵団の諜報部隊の人員を派遣して秘かにイスフェルト城内の資料を探らせているとカシュパルが言っていたが、なかなか思うような成果を上げられていないと聞いている。
そもそも、ネトゲ仕様がこれまでの聖女にあったかどうかも不明なので、過去の情報がどれくらい役に立つのかもわからないから、あまり無理はしないで欲しい。
わたしの内心の思いはともかく、シーグバーンはわたしの返答を聞いて不満そうに唇をとがらせたが、魔王とスティーグの方を向き、彼らが何も言わずにいるのを見て不満顔を解いた。
どうにもならないことだと理解したらしい。自分の意見や要望はしっかり主張するけれど、聞き分けもいいんだな。
「オレ、ちゃんとスミレのこと庇護できる魔王になるから、長生きしてくれよな」
「ありがとうございます。わたしも頑張るので、シーグさんも魔王の勉強と部族長のお仕事頑張ってくださいね!」
年が明けてイスフェルトの侵攻が片付いたらお茶しようと言って、シーグバーンは魔王とスティーグと共に聖地の奥へ去っていった。
手を振って見送り、さあ帰ろうと振り向いたら、一瞬、眉間にしわを寄せたクランツと憂いを含んだ眼差しのレイグラーフの顔が目に入った。
――え、どうかしたの?
声を上げかけた瞬間、魔物を察知したクランツが討伐に動いた。しまった、魔王たちと合流してから警戒を解いたままだったよ!
慌てて『生体感知』とバーチャルなマップを展開し、周囲への警戒を再開してから二人を見ると、どちらもいつもどおりの表情に戻っていた。
さっきのは見間違いだったんだろうか。再び歩き始めた彼らに話し掛けて様子を伺ってみる。
「……えーと、シーグさんって、最初は困った子だなぁと思いましたけどいい子ですね~」
「少々うるさいですが」
「ルードが寡黙なので余計にそう見えますよね。でも、彼は良い魔王になると思いますよ」
会話も普通だ。彼らが顔を曇らせる理由も思い当たらないし、やっぱり見間違いだな。
そのまま今日の実習について反省会のような会話を交わしながら、わたしたちはてくてく歩いて城へ帰っていった。
城へ着いてそのまま馬車で自宅へ直帰したわたしは、ダイニングテーブルの上に聖地で採集してきたものを広げてさっそく仕分け始めた。回復薬と特殊回復薬の素材に限ったので種類は少ないが、量はそこそこ採れたので満足している。
ノイマンの食堂で夕食を済ませ、帰宅後もせっせと素材を仕分けたりごみを取ったりして調合で使えるように準備していたら、スティーグから伝言が飛んで来た。
聖地訪問の御礼を伝え、シーグバーンと会えて良かったと言ったらとても嬉しそうだった。手厳しく接しているように見えて、スティーグもやっぱり彼を可愛がっているんだろう。
《ところでスミレさん、近い内に特別衣装の仮縫いの予定が入りそうです。注文先は以前服を誂えたランヒルドの仕立て屋なんですが、覚えてますか?》
「ああ、あの竜人族の……はい、覚えてます。中央通りにお店がありますよね?」
《店の位置を知っているなら話が早い。日程が決まったらまた連絡しますが、直接店で待ち合わせしてもいいですか?》
「いいですよ──あっ、それならスティーグさんにお願いが!」
以前からエルサがわたしのワードローブを羨ましがっていて、そのコーディネートを一手に引き受けているスティーグに自分の服を見立ててもらいたいと熱望していた。
スティーグは滅多に城下町へ来ないから機会もなかったが、城下町の仕立て屋へ来るなら少しでいいからエルサに似合う服を選んでもらえないだろうか。
《私はかまいませんが、その女性は本当に恋人でもない面識のない男に服を選ばせて平気なんですか? 普通は嫌がりますけどねぇ》
そういえば、今のエルサには偽装とはいえ一応彼氏がいる。しかも、偽装ではあるもののエルサの想いは本物の恋に育ってしまった。
今のエルサはスティーグの見立てを望まないかもしれないなぁ……。
その辺りの本人の意志確認と、仮縫いの予定は急遽決まる可能性が高く、おそらく平日の昼間になること、それらをクリアできるなら引き受けてもいいとスティーグは言ってくれた。
仮縫いの予定は明日にも入るかもしれないので、夜遅いがエルサに伝言を送る。
《えっ! 例の人に服選んでもらえるの!? 嬉しい! 絶対お願いして!》
「でも平日になる可能性高くて、しかも何時ごろになるか全然読めないんだ。だからエルサと直接会えるかどうかは保障できなくて」
《一応店長に聞いてみるけど、確かにわたしが店を抜けるのは難しいかもね……。だったらシェスティンにわたしの絵姿を描いてもらうってのはどう? それを見せてわたしに似合う色とかお勧めコーデ聞いてきてよ!》
「それはいいけど……。本当にヤノルスさん以外の男性を服選びに関わらせていいの? 偽装といっても一応ヤノルスさん彼氏なんだし、好きなんでしょ?」
《だからこそよ! その人の素敵コーデで勝負服を用意したいの。一番可愛いわたしになって告白したいんだってば!》
ぐはっ、エルサが可愛すぎる。恋する乙女パワー、恐るべし。
明日は陽の日で休みだから、朝からシェスティンのところへ行ってくると言ってエルサは伝言を終えた。今すぐに寝て早起きするつもりらしい。
休日は朝寝坊する派のシェスティンがエルサの突撃を受けるのはちょっと気の毒だけど、友人のためだから頑張ってあげてね……。
翌日はシェスティンとエルサがどうしているか気になりつつも、雑貨屋の在庫をチェックしたり品出しをしたりして過ごした。
ここのところ採集の実習などで慌ただしかったが、あと二週間で新年、赤の精霊祭がやって来る。年が明けてイスフェルトの侵攻が始まったらあまり店のことにかまけてられなくなるかもしれないし、今のうちにしっかり準備しておかないと。
それに、年が変わるタイミングで雑貨屋の決算もしたい。
魔族国での年越し自体が初めてなので棚卸しする余裕があるかどうかは不明だけど、初めて持った自分の店だからやれるだけやってみたいな。
夕方には雑貨屋の作業も終わり、夜は調合に取り掛かった。
自分で採った素材で回復薬を調合するのは初めてだ。調合レベルが同じでも、仮想空間のアイテム購入機能で用意した素材とわたしが採った素材では何か違いがあるかもしれないので、一応他の回復薬とは分けて取り置いておく。
レイグラーフからは特に指示されていないけれど、彼は細かい違いも検証したがるからその方が喜ぶだろう。調合レベルはあと5回上げられるので、その度に試せるよう今回採った素材を5等分して残しておこうか。
翌日の月の日、昼食を食べにノイマンの食堂へ行ったらエルサが昨日のことを話してくれた。
朝早くから押し掛けたので、朝寝坊を決め込んでいたシェスティンはすこぶる機嫌が悪かったそうだが、持参したおいしい朝食セットを食べさせた後は気分良さそうにエルサの絵姿を描いてくれたらしい。
「前に、アンタが獣人族のSランクを食事で手懐けたことあったじゃない。アレの真似してみたんだけど、ホントに効くわねー」
「でしょ~? おいしい食べ物は世界を平和に導くんだよ」
「キャハハッ! 何それウケる~」
おいしいものを食べればたいていの人は機嫌が良くなる。それで物事がスムーズに進むなら安いものだ。
まあ、魔族社会では異性が相手だと「食べ物をちょっと振る舞う」がNGになることもあるから注意が必要だけど。
わたしもようやくその辺りの魔族の機微がわかるようになってきたので、最近は失敗しなくなった……と思う。たぶん。
シェスティンはエルサをモデルにスケッチを続け、下書きが十分になったところでエルサを帰したそうだ。彼の彩色はとても繊細だから、一人で集中して取り組みたかったんだろう。
早めに仕上げてあげるとエルサに言ったというシェスティンから、夕方頃伝言が届いた。出来上がった絵姿をノイマンの食堂へ届けに行くから、一緒に夕食を食べようというお誘いだ。
もう完成したのか。さすがシェスティン!
もちろんOKと即答し、いつもより早めに出掛けていつもの奥のテーブルで待ち合わせる。
筒状に丸めた紙を片手に現れたシェスティンは若干お疲れ気味な顔をしていたけれど、エルサとわたしの前で絵姿を披露した時は自信満々のドヤ顔だった。
「うわっ、エルサすっごい可愛い~!」
感嘆のあまり大きな声が出そうになり、慌てて小声で叫んだ。危ない、他の客に気付かれないようこっそり見ているというのに。
ヤルシュカの裾を翻しながら笑っているエルサの絵姿は、ホールを行き来して仕事している時の彼女をそのまま切り取ったような躍動感があった。
エルサの魅力の中でも最推し要素である、揺れるツインテールと溌溂とした笑顔もきっちり押さえてある。さすがシェスティン、わかってるぅ!
「エルサが全身白コーデなの、珍しいね」
「シェスティンの指定だったのよ」
「服を選ぶための絵姿なんだから、エルサのオレンジがかった明るい茶色の髪と白いメッシュ、茶色の目や肌の色を伝える方が重要でしょ?」
「なるほど~」
スティーグにエルサの動画を見せるのもアリかと考えていたけれど、この絵がエルサの魅力をしっかり表現してくれているから必要なさそうだ。
絵姿は一旦わたしが預かってスティーグに見せ、服選びが終わったらエルサへ返すつもりでいたところ、わたしがあんまり絶賛したせいかスミレにあげるとエルサが言い出した。
もちろんエルサもこの絵を気に入っているけれど、自分の絵姿を自分で持つのは照れ臭いらしい。くぅ、またそんな可愛いこと言っちゃって……。
シェスティンも構わないと言ったので、わたしは喜んでエルサの絵姿をもらって帰った。
服選びに使い終わったら額装して飾ろうかな。シェスティンの絵は富士山と桜に似た絵に続いて2枚目になる。並べて飾ってもいいかもしれない。
そんな心積もりが翌日ひっくり返った。
閉店間際にやって来たヤノルスによって。
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