211話 次期魔王との対面と樹翁の治療
フィールドでの採集を無事に終え、レイグラーフから合格をもらってひとしきり喜んだわたしは、魔王たちが到着する前にと大急ぎで採集物を片付け始めた。
片付けた後はふぅちゃんに魔力クリームをあげて姿を消してもらう。今日は次期魔王が来るから、契約を交わした精霊は姿を見せない方がいいだろう。
最後に全身をウォッシュ。『衝撃波』のせいで埃っぽくなってしまったし、採集して汗もかいている。初対面の人と会うんだから身綺麗にしておかないとね。
魔族の初対面はNGもあるから未だに少し緊張する。まだ若いらしいけど次期魔王なんだし、失礼のないように気を付けよう。
――そう思っていたんだけど。
「わー、この人が例の聖女? すっげ~、異世界人って初めて見た! どんな感じかと思ってたけど普通に可愛いじゃん。初めまして! オレ、次期魔王候補のシーグバーン。よろしくー」
「……初めまして、スミレと言います。こちらこそよろしくお願いします」
「わはッ、真面目だなあ! ねえねえ、オレもスミレって呼んでいい? オレのことはシーグって呼んでくれよ。この後城に戻ったら一緒にお茶でも──痛えッ!」
ちょ、初対面なのにこの人すっごい笑顔でグイグイ来るんですけど!?
相手の勢いに釣られないよう、こちらはビジネスライクにビシッと線引きしてるのに全然通じてないような……。
あまりのフレンドリーさに唖然としていたら、いきなりスティーグがシーグバーンの後頭部をスパーン!と引っ叩いた。
うわあ、スティーグが他人に対して乱暴に振る舞うのって初めて見たよ! 同族相手だとこんな風に容赦ないのかな。
「いい加減にしなさい」って、声低っ! いつもの軽妙洒脱なスティーグとは感じが違って、何かすごく厳格な雰囲気が……あわわ……おっかないよぅ……。
でも、わたし以外の全員が平然としているところを見ると、シーグバーンの態度と彼への突っ込みは日常的なことなのかもしれない。
温厚なレイグラーフですら目の前のやり取りを完全にスルーしていて、さっそく魔王に用件を話そうとしている。
「ルード、待っていましたよ」
「何だ」
「スミレが予想外の事態を発見しました。こちらへ来てください」
魔王を巨木の方へと案内しながら、レイグラーフが先程わたしが発見した樹翁の状態異常について説明している。
わたしたちもレイグラーフの説明を聞きながら黙って彼らの後に続いた、……のだけれど。
「ねえねえ、スミレは今日ここで採集してたんだってね。元の世界でもそういうのやってたの? オレ、採集や調合って職業訓練でちょっとやっただけなんだけど、おもしろい?」
シーグバーンだけはまったく空気を読まずに話し掛けてくるんですが……。
初対面から笑顔で話し掛けるのは「あなたに気があります」というサインになるというNGがあるのに、全然気にしてないみたいだ。いや、もちろん本気でお誘いされてるなんて思ってないけど、対処に困る。
本当にこの子が次期魔王の筆頭候補者なの? 年若いというより幼いとスティーグが評していたけれど、いろいろと大丈夫!?
「無視していいですからね、スミレさん」
「はい。そうさせていただきますね、スティーグさん」
「ええ~ッ! 二人とも酷くない?」
いやいや、どう見たって今は余計なおしゃべりしてる場合じゃないでしょうに。
状態異常の発見者はわたしだし、もし樹翁を治療するとなればわたしの出番なんだから、魔王とレイグラーフの傍でしっかり話を聞いていたい。
レイグラーフの説明が終わり、魔王がわたしを見た。
「ふむ……。グニラ刀自の時と同じか」
「あ、少しだけ違いがあります。グニラおばあちゃんの時は手順を踏んでステータス画面を開いたんですけど、こちらの樹翁の場合は触れた瞬間ステータスが開いたのでびっくりしました」
「触れた時、何か感じたか?」
「いえ、特に何も」
「そうか」
魔王はそう言うと、懐から何やら取り出しながら樹翁に近づいた。手のひらに載せているのは……たぶん魔王の水晶球だ。
わたしが魔王にもらった戻り石の魔術具にはGPS的な機能が付けられていて、わたしがどこにいるか魔王の水晶球でわかると説明された覚えがある。そうか、あれに映るのか……。
樹翁の傍で水晶球を見ながら何かしている魔王に、シーグバーンが声を掛けた。
「ねえ、ルード。それ何やってんの? オレにも見せてくれよー」
「いずれな。今はまだ早い」
「ちぇーッ。つまんないの~」
この状況でよく魔王に声を掛けられるなぁと妙な感心をしてしまったが、シーグバーンの態度は魔王の仕事にすごく興味を持っていて意欲的だとも言える。
わたしにいろいろと質問してくるのも好奇心旺盛だからなんだろう。そう思ったら、少年以上青年未満という感じのシーグバーンの印象が上向きになった。わたしは基本的に働き者が好きなので、貪欲に仕事に取り組む人にはつい好感を持ってしまう。
今後シーグバーンと関わることはほぼないと思うけれど、わたしの部族長であり魔族の家族でもある魔王の後継者なんだから、できれば仲良くしたいな。
作業を終えたのか、魔王が水晶球を懐にしまいながらこちらへ戻って来た。
わたしをひたと見つめて問う。
「スミレ、樹翁の治療を頼めるか」
「はい、任せてください! あ、でも……大丈夫なんですか?」
わたしの出番キタ――ッ!!と張り切って応えたが、同時に不安になり、思わず隣に立つレイグラーフの顔を見上げた。
樹翁は元精霊族だと精霊族に伝わっている特別な存在だ。万が一枯れたりしたら大問題になりかねない。
「そうですよ。本当に回復魔法で治療しても問題ないのですか? 聖地の象徴ともなっているこの巨木に何かあったら、私は里の者たちに何と伝えたらいいのか」
「永遠の命などない。いずれ絶える。その時が来たと伝えるだけだ」
「ルード、何てことを!」
「案ずるな。水晶球を通して樹翁に問うたが、治療を希望しているようだった。少なくとも拒否はしていない。ならば治してやった方がよかろう」
樹翁自身が望んでいると言われ、レイグラーフもそれ以上は反対しなかった。確かめる術はないけれど、魔王がそう言うならそうなんだろう。
魔王はここにいる者たちに、わたしに回復魔法で樹翁を治療させるが、この件は秘匿するようにと命じた。
特にレイグラーフには、治療の成功不成功に関わらず部族長のグニラにも伏せろと厳命し、少しためらったもののレイグラーフも承諾した。
もしかして、ここにいないブルーノとカシュパルにも伏せるんだろうか。……いや、わたしに関する情報は共有するはずだから、後で二人にも伝えるだろう。今はシーグバーンがいるから言及してないだけだな、きっと。
魔王に促され樹翁に触れる。ステータス画面が開くがすぐに閉じた。『状態異常回復』の魔法を掛けるだけだから今は必要ない。
呪文を唱え、再び樹翁に触れてステータス画面を確認すると、足の痛みの状態異常は消えていた。よし、成功だ。
樹皮をそっと撫でながら、治って良かったねと心の中で呟く。巨木の場合、足腰の痛みという状態異常がどんな風に症状が出るのか想像つかないけれど、何にせよ痛みから解放されるのは良いことだ。
そして、遅ればせながら初めましてと心の中で挨拶してから魔力を流した。完全に順序が逆だけど、状態異常を治す前に魔力を流すのは怖かったので仕方ない。
毎度のことながら、魔法で状態異常を解除するのは一瞬で、エフェクトもないし呪文の詠唱も聞こえないから、周囲の者には何が起こっているかさっぱりわからないだろう。
ヴィオラ会議のメンバーはわたしが魔法を使うところを何度か見ているし、魔法の特性を把握しているから今更驚きはしないけれど、シーグバーンが黙っているわけないよね……。
「どうしたのスミレ、早く魔法掛けてよ。……えっ、もう終わったの!? 嘘! だって呪文の詠唱聞こえなかったよ!?」
「えっと、魔法は呪文の詠唱がわたし以外の人には聞こえないみたいでして。そういう仕様だと思ってください」
「何それ、意味わかんないんだけどーッ!? 回復魔法じゃ効果が見えないし、何か他の魔法を見せてよ!」
「後にしろ。今は樹翁だ」
魔王はそう言うと再び水晶球を使って樹にコンタクトし、状況を確認する。
「治ったようだな」
「はい。わたしの方でも確認しました」
「本当ですか!? ああ、スミレ。あなたには回復魔術では治せない長と先祖の状態異常を治してもらい、私たち精霊族は感謝の言葉もありません。ありがとう、本当にありがとう……!」
感極まったレイグラーフに頬を両手で包まれ、感謝の言葉を告げられた。
……久々だな、このムーブ。まったく、普段は奥手なくせにこの人は……。
最初のうちはものすごくドキドキしたけれど、慣れというのは恐ろしいもので何度か経験するうちに動揺しなくなってきた。
でも、それはヴィオラ会議のメンバーの前だからの話で、交流の浅いシーグバーンの前では恥ずかしさMAXだよ! ひええ、恥ずか死するぅ!!
「ちょっと、レイってばスミレに触り過ぎだよ! んもー、NGに抵触してるのに何で誰も止めないんだ。ほら、さっさと手を放して」
「お前が言うな、って思いますけどねぇ」
「オレは触ってないだろ? ああもう、そんなことよりスミレ、樹翁の治療も済んだし、早く魔法見せてくれよ~」
スティーグに同意なんだけど今は置いておきますか。
魔王にお伺いを立てたら、二つまでならとあっさりお許しが出た。よし、どうせなら魔術にはないタイプの魔法にしようかな。
『移動』を数回見せたらシーグバーンはぽか~んと口を開けていた。魔術だと転移系は魔術陣でしかできないから驚くのも無理はない。
彼の反応を見て、少し悪戯心が沸いてきたので、今度は『霊体化』してからシーグバーンの体を通り抜けてやった。
「うぎゃっ! 何これ、気持ち悪い!!」
「へへへ。そら、もう一往復~」
「ぎええ~っ! もっ、もういい! スミレ、魔法のことはわかったから!」
「そう言わずに~」
「いやあああああ!!」
実験施設で竜化したカシュパルの背中で『霊体化』した時も同じように体を通り抜けたはずなんだけど、カシュパルはこんな反応しなかったのになぁ。
竜化してたから平気だったのか、それとも単なる個人差なんだろうか。
「貴重な魔法体験ができて良かったですねぇ、シーグ」
「まったくだ」
魔王とスティーグが良い笑顔で見守る中、シーグバーンにたっぷり魔法を堪能してもらった。
きっと彼の好奇心を十分に満たせたと思うな!
お盆中にも投稿するつもりで執筆頑張ってます。チェックしていただけたら嬉しいです。




