210話 聖地訪問
聖地へ行くと決まったことをどう周囲に話そうか迷っていたけれど、「臨時休業のお知らせ」のポスターを店内に貼ったら、それを見た客の半分くらいに理由を訊かれ、結局ほとんどの常連客に話す羽目になった。
「へー、聖地へ行くのか。そいつはめでたい」
「聖地へ行く許可が出るってことは、俺たち魔族と同じ扱いってことだもんなぁ。良かったな、店長」
皆が口々に祝福してくれるので、採集メインの訪問なのが後ろめたかったが、一人前の魔族と認められた証として皆がわたしの聖地訪問を喜んでくれるのは素直に嬉しかった。
もちろんミルドやエルサたちも喜んでくれて、シェスティンには伝言で知らせたところ、ノイマンの食堂でお祝いしようと誘われた。
そんなわけで、今夜はシェスティンとミルドと食事会だ。エルサは仕事だけど、いつもの奥のテーブルなので厨房との行き来の際に顔を出していってくれる。
今更聖地訪問の予定は変えられないので後ろめたさは横へ置いておくことにしたものの、一応彼らにだけは採集のことを伝えておこう。
「不謹慎かと思って他の人たちには内緒にしてるんだけど、実は、どこで採集の実習をするか相談してた時に聖地はどうかって案が出て、そのまま決まっちゃったんだよね……」
「プッ、そんな風に決まったのかよ。お前らしいっつーか、笑えるなー」
「気にすることないわよ。私たち魔族だって成人する時と葬送の時くらいしか聖地には行かないし、聖地に行くきっかけなんてなかなかないものねえ」
何と、聖地は魔素が生まれるだけでなく、葬送も行う場所なのか。
魔族が亡くなると部族や種族の里で葬儀を行う。その後近しい者たちが聖地まで遺体を運び、聖地にある石の祭壇の上に載せると遺体は消え、魔素に返るそうだ。
魔素が生まれ、魔素に返る。まさに、魔素が循環する場所が聖地なんだな……。
そんな神聖な場所で採集なんかしていいのかと不安になるが、保護者達には何のためらいもなかったし、ミルドとシェスティンも平然としているからまったく問題ないんだろう。
聖地の地下には犯罪者から魔力を吸い取る刑務所みたいな施設もあるくらいだから、単にわたしとは神聖な場所に対する考え方が違うだけかもしれない。
魔族たちが気にしないならそれでいいか。深く考えるのはやめておこう。
「そういえば、聖地には巨木と巨岩があるんだけど、あれについてミルドのところは何か話が伝わってる?」
「特にねーな。すっげー昔からあるってことくらいしか聞いてねーよ」
シェスティンが言うにはその巨木と巨岩は昔の精霊族で、変化した姿で聖地を見守っているのだと精霊族には伝わっているそうだ。
木はともかく、岩は無機物と思っていたら、まさかの元魔族だった!
マジか……。ファンタジーだなぁ……。
「だから聖地へ行った時はご先祖に挨拶するようにと言われてて、挨拶代わりに彼らに触れて魔力を流すの。そうやって与えられた魔力で彼らは生き永らえるのだと言われているわ」
「すごいね、そんなに長く生きてるなんて……。やっぱ聖地ならではなのかな」
「どうかしらね~。スミレが聖地へ行った時に時間があったら見てみたら?」
「うん」
わたしは精霊族じゃないけれど、挨拶してもいいのかな。同行するレイグラーフに訊いて、OKをもらえたら挨拶してみよう。
採集専門Aランク冒険者のヨエルに頼んでフィールドでの採集の心得などをレクチャーしてもらい、準備万端整えて聖地訪問の日を迎えた。
同行するのはレイグラーフとクランツ。魔王たちは後から来るそうで、現地で合流する予定らしい。
魔王城内の転移陣で最寄りの転移陣へ移動し、そこからてくてく徒歩で向かう。
聖地へと繋がる道は森の中を通っていて、空中散歩の時に通った緑のトンネルを思い出した。あのトンネルより木漏れ日が多く、地面は短い草に覆われている。歩いていてとても気持ちいい。
「ふわぁ~、気持ちのいい道ですね」
「スミレもそう感じますか。気に入ってもらえて嬉しいですよ」
「楽しむのは結構ですが、警戒を怠らないでください。聖地周辺には小型の魔物が出ます。今日は実習ですから、私は本当に危ない時以外は手助けしませんので」
そうだった! クランツに指摘され、慌ててネトゲのバーチャルなマップと魔法の『生体感知』を展開する。どうやら周辺に敵はいないみたいで、赤いもやも見えないし、わたしたち以外のマークも表示されていない。
今回の実習にブルーノが同行していないということはそれだけ聖地が安全で、多少魔物が出たところでわたしでも十分対応可能だということだ。
魔王が来るから今日の聖地周辺は関係者以外立ち入り禁止になっているので、魔法を使ってもいいとブルーノに言われている。
鬼教官の期待に応えられるよう、気を引き締めてしっかりやろう!
途中、バーチャルなマップに自分たち以外のマークが二度ほど現れ、草むらの中に赤いもやが見えたのを確認してから『衝撃波』を放って魔物を吹き飛ばした。
『衝撃波』を使うのは実験施設での訓練以来で、かなり久しぶりだ。
距離を保ったまま敵を排除できるから迷わずこの魔法を選んだのだが、ものすごい勢いで草木が揺れ、木の葉や土ぼこりが舞い上がったのでびっくりした。実験施設と違い、フィールド上なんだから当然か……。
クランツが見たところ一度目の魔物はグローダで、二度目はスピンデルというクモに似た魔物だったらしい。スピンデルはべたべたした糸を吐きかけて行動を阻害してくるので、早めに『衝撃波』で吹き飛ばしたのは良い判断だとクランツに褒められた。
単に出て来る魔物はすべて『衝撃波』で吹っ飛ばすつもりだっただけだけど、クランツが褒めるのは珍しいので黙って褒められておこう。へへへ。
やがて森を抜けて、開けた原っぱへ出た。
広い。でも、矛盾しているようだが、こぢんまりとしているとも感じる。周囲が森で、見上げた空も高い樹木に囲まれているからかもしれない。
こういう、包まれているような感じ、好きだなぁ。
明る過ぎず、かと言って薄暗さは欠片もなく、青い空の下に広がる草原に満ちる爽やかな空気感。
魔素が漲っているからだろうか、心地良い。さすが聖地だ。
そして、その開けた原っぱへ入っていった先に石壇が、更にその向こう側、聖地の中央付近に大きな木と大きな岩が見えた。
「これが葬送に使う石壇ですか……」
眺めるだけで通り過ぎるのも何だか憚られて、両手を合わせて黙祷する。そんなわたしをレイグラーフとクランツは不思議そうな顔をして見ていたが、元の世界の習慣とわかるからか特に何も言わなかった。
石壇はそれでいいとしても、巨木と巨岩についてはお伺いを立てないと!
「レイ先生。精霊族の友達から聞いたんですけど、あの巨木と巨岩に挨拶してもいいですか?」
「おや、そうですか。構いませんよ、では行きましょうか」
「はーい」
「挨拶とは?」
「獣人族のクランツは知らないでしょうが、精霊族にはあの巨木と巨岩について伝わっている話がありまして――」
レイグラーフがクランツに説明しながら歩き出すのを横目に、わたしはマップをチェックしながら足早に巨木と巨岩に向かって歩いた。
巨木と巨岩は5メートル程離れている。このあたりだけ草が少ないのは人がよく通るからなんだろうか。挨拶に来る精霊族は案外多いのかもしれない。
元は魔族だったという存在に魔力を流すというのがどんな感じか想像つかなくて、まずは無機物っぽく感じる巨岩の方から流してみることにした。
手のひらをそっと岩肌に当てると、かなりひんやりしていて少し驚いた。聖地は王都と同じくらいの春っぽい気温なのに不思議だ。
わたしの聖女の魔力は異質だから、何か予想外のダメージを与えたらいけないと思い、まずは少しだけ魔力を流して様子を見てから更に少し魔力を流し込んだ。
こんにちは、初めまして。──よし、大丈夫っぽい。次は巨木だ。
巨岩の方は問題なく魔力を流せたので安心して巨木に触れたのだが、触れた途端、いきなり目の前にバーチャルなウインドウが現れた!?
『樹翁
老化(ステータス低下)
老化(足腰の痛み)』
何だこれ、この木のステータス? じゅおう……でいいのかな――っていうか、この状態異常見たことあるよ!
グニラの足を治した時に見たのと同じヤツだ。しかも、あの時と同じように「老化(足腰の痛み)」の文字の脇には三角形のアイコンがあり、タップしたら『状態異常回復』の魔法と『精霊の特殊回復薬』が表示されている。
「レイ先生、来てください! この木、グニラおばあちゃんと同じ状態異常が出てるみたいなんです!!」
「長と同じというと、老化ですか? さすがにそれは仕方がないというか……」
「それがあの時とまったく同じで、ステータス低下の方は解除方法はないんですけど、足腰の痛みの方は精霊の特殊回復薬か聖女の回復魔法で解除できるみたいなんです!」
「何ですって?」
わたしの話を聞いてレイグラーフはしばらく考え込んでいたけれど、いくら元は精霊族だったという言い伝えがあるとはいえ、現在は聖地の象徴ともなっている巨木に勝手な処置をするわけにはいかないと考えたらしい。
「どちらにしろ、もうしばらくすればルードがここに来るのです。急ぐことはありません。彼の判断を仰ぐことにして、それまでは採集していましょう」
レイグラーフの冷静な言葉を聞いて、テンパっていたわたしの頭も少し落ち着きを取り戻した。
そうだよね。いくらグニラおばあちゃんは回復魔法で治ったからといって、この悠久の時を過ごしてきた巨木も大丈夫とは限らない。
採集して心を落ち着けよう。
そうとなれば、さっそく採集だ。
ヨエルに教わったとおり、まずは風向きを調べる。常に風下を向き、自分の匂いを追ってくる魔物が視界に入るように、風上に背を向けて採集するべし!
ヨエルは何もせずともどちらから風が吹いているかわかるそうだが、わたしにそんな特技はない。大人しく指を咥えて唾で濡らすと、ぴんと立てて風が当たる方向を探った。
……うん、よくわからない。
こういう時は風の精霊に頼るに限る。ふぅちゃんを呼び出して、今どっちから風が吹いてる?と訊ねたら指を差して教えてくれた。うちの精霊ちゃんは本当に賢いな!!
ふぅちゃんに、わたしが採集している間、常に風向きを示していてくれるよう頼んだら採集開始だ。
ヨエルに教わったとおり、耳を澄ませて周囲の音を聞きながら採集していく。
わたしの場合、バーチャルなマップを展開していれば敵を見落とすことはまずないのだけれど、アナログな手法を侮るのは良くないし、フィールドで五感をフルに使って採集するなんて冒険者ぽくてかっこいいから、ぜひとも真似したい。
欲を言えば、グローダが出たらメシュヴィツの真似をして白の魔石のドロップを狙ってみたかった。でも水属性の武器もないし、水属性のアイススパイクを使うにしても練習もなしに当てられるとも思えない。
さすがに今日はちょっと無理だな。採集に集中しよう。
そんな感じで、たまに魔物を倒しながら黙々と素材を採集していき、スティーグからレイグラーフ宛にもうすぐ到着と伝言が入ったところで実習は終了となった。
初のフィールドでの採集が何事もなく無事に終わり、ホッと息を吐く。
「おめでとう、スミレ。採集の実技は合格ですよ」
「やったー! ありがとう、レイ先生!」
レイグラーフから合格をもらい、わたしは大喜びでふぅちゃんと一緒にくるくる回ってからクランツにガッツポーズして見せた。
これで下見の時にヨモギの採集ができるぞ。
今から楽しみだ!
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