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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第四章 聖地と聖女

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208話 ピットフォール作戦についての話し合い

 魔王とブルーノの間で交わされた軽~いやり取りで、わたしの採集の実習を聖地で行い、そのついでに次期魔王シーグバーンと面会することが決定してしまった。

 マジか。城で精霊族部族長と面会と言われた時より緊張する。だって、聖地に次期魔王だよ?


 キャパオーバー中のわたしに魔王が説明を付け加えてくれた。魔人族は部族長が魔王の職も兼ねるため当然仕事量が多く、とても一人では捌けないので、部族長の職務を先代魔王と次期魔王で代行する習わしがあるらしい。

 次期魔王はこの期間に先代魔王の指導のもと部族長の仕事をこなしつつ、当代の魔王から魔王の職務についても学んでいくそうで、今回聖地訪問を予定しているのもその一環なんだとか。

 職務の何もかもをご存知の先代が部族と次代の面倒を見てくれるのか! それは安心して魔王の職務に専念できそうだ。

 それに、万が一当代の魔王に何かあったとしても次代が、次代が未熟なら先代が対応できる。魔人族の引継ぎシステム手厚いなぁ!


 そして、次期魔王はまだ成人して数十年だと聞いてかなりホッとした。

 犬族冒険者集団のDランクくんたちと同じくらいの年齢か。な~んだ、それならそんなに緊張しなくていいのかも。



 気持ちが落ち着いたところで食事を終えた。

 今日の夕食中の会話は重要機密盛りだくさんになるからファンヌは配膳だけして退室した。なので、わたしが食器を下げて食後のお茶を淹れる準備をする。

 お茶を出したあと、わたしは2枚の紙をテーブルの上に置いた。



「こちらは演説の原稿です。2枚とも中身は同じで、1枚は控え用にお持ちください」


「お前が読み上げろよ」


「絶っ対に嫌ですからねッ!」



 ブルーノがニヤニヤしながらそう言ったが、爆笑されると知っていてやるわけがない。

 魔王はもう笑わないという約束を守ってか、ただ黙って原稿に目を通している。



「ふむ。内容はこれで良かろう。つかえずに言えるよう、よく練習しておけ」


「はい!」



 よし、演説の原稿はOKが出た。高慢な悪役令嬢のRPの練習も頑張るぞ。

 その後は今日の本命ピットフォール作戦について、ブルーノを中心に話を進めていく。

 魔王経由で伝えたわたしの作戦案にブルーノは特に反対してないそうで、むしろ面白がっているように見えた。作戦には魔法も盛り込んであるから、用兵に定評があるというブルーノはきっと関心を示すだろうと思っていたのだ。



「案自体は悪くねぇ。だが、俺はお前のピットフォールを見てないし、どれくらいの規模でやるのが適切か、実際に魔術と魔法を使ってみないとわからんから、一度確認しよう」


「わかりました。ネトゲ仕様で威力や範囲を指定しながら魔術を使ったことがなくて、不安だったから助かります。穴の幅とか深さとか、効果時間の長さとかも、どのくらいがいいのか全然予想つかないし」


「人族は魔族と比べたら体も弱いだろうからなぁ。まあ、お前が誰も殺さずに済ませたいと考えてるのはわかってるから、せいぜいビビらせてやろうぜ」



 ブルーノはそう言ってニヤッと笑った。復讐ではなく仕返し、嫌がらせといったレベルで済ませたいわたしの気持ちを汲んでくれている。ありがたいなぁ。

 そこへ、カシュパルとスティーグが入室してきた。

 挨拶を交わしつつ二人にもお茶を淹れようと腰を浮かしかけたが、自分が淹れるからそのまま話をしているようにとスティーグに言われて再び腰を下ろす。



「いいところへ来たな。ちょうどピットフォール作戦について具体的な話をしていたところだ」


「ああ、間に合ってよかった! 僕もスミレに提案したいことがあってさ、打ち合わせするの楽しみにしてたんだ」


「提案? と言いますと」


「穴の中央で孤立してる5人に与える水に毒入れない? ちょうど毒の調合を習い始めたんだし、スミレお手製の毒を盛ってやろうよ」


「ええっ!? い、嫌ですよそんなの」



 カシュパルが少年のような爽やかな笑顔でとんでもないことを言い出した。

 死なせないために与える水に毒を盛るなんて考えもしなかったよ。さすが諜報と謀略担当と言うべきか……。



「まあ、それは冗談なんだけどね」


「冗談でもやめてくださいよ! あーもう、びっくりした~~」


「あはは、ごめんってば。でも嫌がらせなんだからさ、下剤くらいなら盛ってやってもいいんじゃない?」



 毒をやめたと思ったら今度は下剤とは。

 確かにとても面目を失うだろうとは思うけれど、指を差して笑える範囲内かというと、さすがにそれはちょっと……想像したくない絵面になるよなぁ。

 魔王も同行するのに、あまり下品な仕返しをしては魔族国の品位を落としそうで憚られると断ったら、それも冗談だったらしい。

 いい加減にしろとブルーノに叱られて、ようやくカシュパルは本命の案を提案してきた。



「スミレの演説を人族エリアのあちこちで流すのはどうかな。王と宰相と四方の騎士の悪行とスミレの怒りを、兵士だけじゃなくイスフェルト国民と属国にも広めてやろうよ」


「え、そんなことできるんですか?」


「メッセージの魔術の応用なんだけど、風の精霊に頼めば任意の場所へ音を運んで放出してくれるよ。スミレの演説中、ルードはスミレの隣に立つしブルーノとクランツも警戒と防御があるけど、僕は竜化した姿で威圧してるだけだから暇だし、演説の拡散でもして嫌がらせに荷担しようかと思ってさ」



 いくら数万の兵士の前で演説しても場所が僻地だから情報は遮断しやすいし、軍隊という組織なら箝口令も敷きやすいから情報を隠蔽される心配はあった。でも、カシュパルの言うようなことができるなら、隠蔽はほぼ不可能になる。

 彼の申し出はわたしにはとてもありがたいのだけれど、実行してもいいんだろうかとわたしが魔王を見る前に魔王が答えた。



「採用」


「やったね!」


「えっ、いいんですか?」


「多くの者は演説を聞いてもわけがわからぬだろうが、一部の者はお前が我ら魔族にさらわれたのではなく、自分の意志でイスフェルトを去ったのだと知る。属国もだ。それをもみ消せなくなるだけでも相当な嫌がらせになるだろう」



 あっさりと魔王からGOサインが出た。すると、すかさずブルーノが原稿の紙をカシュパルに手渡して訊ねる。



「これが演説の原稿だ。精霊は何か所くらい出せそうだ?」


「んー、この長さだと全文を一人の精霊で届けるのは難しそうだから、15か所くらいかな。具体的な場所をリストアップして後で届けるよ」


「わかった。スティーグ、ピットフォールの練習場所は確保できたか?」


「ええ、もちろん。書類はこちら。最大五日間の連続使用が可能ですよ」


「ああ、ここか。十分だな。クランツ、スミレの移動はどうする?」


「最寄りの転移陣へ移動し、その後は獣化して乗せていくのがいいかと」


「俺かお前か、どっちが乗せる?」



 何だかすごい勢いでいろんなことが決まっていくなぁ……と圧倒されながら聞いていたが、突然閃いて思わずわたしは手を挙げた。



「ハイッ! クランツでお願いします!! クランツだけ、まだ変化(へんげ)した姿を見てないので!!」


「……だとよ。んじゃ、ご指名だからクランツが乗せてやれ」


「へへへ、よろしくお願いしまーす」



 クランツがすごく嫌そうな顔をしていたけれど、ブルーノの指示に乗っかって笑顔で押し切った。やったね!

 ヒト型化している時のクランツの角はもう見慣れたけれど、獣化してビッグホーン状態になっているのを見るのは初めてだ。そんな機会が巡ってくるとは思ってなかったからめちゃくちゃ得した気分。

 ビッグホーンって、よく知らないけどやっぱりモフモフなのかな。腹毛触らせてなんて言ったら怒られそうだけど、乗せてもらうんだから背中の毛には触れられるよね。

 フフフ、楽しみ!




 ピットフォールの練習の日程が決まったら連絡が来るそうで、今日ブルーノと相談しなければいけなかったことは片付いたようだ。

 よかったとホッとしていたら、今度はスティーグが身を乗り出してきた。



「スミレさん。事後承諾で申し訳ないんですが、実はわたしもイスフェルトへの嫌がらせに荷担しようと思って、演説用に特別衣装を手配してるんです」


「特別衣装!? 必要なんですか?」


「当然ですよ。あなたが魔族国で大切にされ幸せに暮らしていることをイスフェルトに示さなければいけません。それに、魔王の庇護下にあることをわかりやすく示すために、ルードと揃いの衣装にしました。それはそれは華やかな陽月星色の素敵なドレスなので、楽しみにしていてくださいねぇ」


「陽月星色? ……って、え、ルード様とお揃い!?」


「ああ、スミレさんは陽月星色と言ってもわかりませんよねぇ。精霊色は覚えてますか?」



 キョドりながらもわたしはこくりと頷いた。ヤルシュカを選ぶ時に、赤青白黒の四色を精霊色と呼び、おめでたい色とされていると教えてもらったが、陽月星色というのは初めて聞いた。

 スティーグの話によると、金銀銅のようなメタリックカラーを陽月星色と呼ぶそうで、不変を表すその色は精霊色とはまた違う意味で貴ばれるのだとか。

 そういえば、イスフェルトで用意されていた衣装は白ばかりだった。もしかしたら、あれは回復魔術と相性の良い水のエレメンタル由来だったのかもしれない。



「おそらくスミレさんの言うとおりでしょうねぇ。ですが、白より陽月星色の衣装の方が遥かに高価でゴージャスですから、連中の度肝を抜いてやれますよ」


「でも、たった一回の演説のためにそんな高価な衣装を用意するなんて、もったいないじゃないですか」


「何を言ってるんですか。あなたは演説で高慢な女性のフリをするんでしょう? 魔族国に亡命した聖女とあなたが同一人物だと思われないようにするためにも、普段のあなたとのギャップが激しい派手な衣装を着るべきですって」


「あっ、そうでした。……そっか、確かにそうですね。わかりました。よろしくお願いします」



 何だかスティーグに良いように乗せられたような気もするけれど、言われたことは確かに納得のいくものだったので了承した。

 第一、服装に関することは天才スティーグの指示に従う方がいい。きっとベストなものを選んでくれているんだから、お任せしたらいいんだよ。

 まあ、金銀銅色のドレスって、ちょっと想像つかないんだけど、スティーグのことだから素敵に仕上げてくれているはず。楽しみにしていよう。


 というか、魔王とお揃いでいいのかというわたしの問いはスルーされたままなんだけど……。

 まあ、誰も反対しなかったんだから、たぶん問題ないんだろう。




 ピットフォール作戦の話し合いが終わった後、魔王が側近二人に告げた。



「シーグバーンを聖地へ連れて行く際、ついでにスミレも連れて行き採集の実技をさせることにした」


「へえ! シーグに会わせるのか。意外と早いんだね。僕はてっきりイスフェルトの侵攻が終わってからと思ってたよ」


「ああ、年が明けたら部族長会議に出席するから、スミレさんのことを知らせざるを得ないんですか。若いというよりまだ幼いところのある子ですから、確かにさっさと会わせておいた方が面倒がなくていいかもしれませんねぇ」



 同族の魔王とスティーグの様子から察するに、シーグバーンくんは少々やんちゃな子なんだろうか。

 せっかく安心したのに、またちょっと心配になってきた。

 どうか、妙な絡まれ方をしませんように……。

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