207話 毒の講義を受ける
女子会で学食パンケーキと恋バナをたっぷり堪能したあと、わたしとファンヌは馬車に乗って離宮へと向かった。
陽・月の定休日はファンヌとのお泊り会を予定していたが、急遽里帰りするよう要請が入ったので、女子会だけやってから帰ることにしたのだ。
急遽里帰りするよう要請されたのは、もちろんわたしがイスフェルト兵に動画を見せることを止め、代わりの仕返し案を魔王に伝えたせい。
自分が原因なので、お泊り会が流れてしまったことも納得しているけれど、急な予定変更に付き合わされるファンヌには申し訳ないと思う。
ただ、職業意識の高いファンヌはわたしがそう考えるのを嫌がるから口には出さないでおいた。今度何かで埋め合わせしよう。
「ハァ~、今回も女子会楽しかったね。けど、ファンヌの長期休暇もついに終わっちゃったし、次からは予定合わせるの大変になるかなぁ」
「わたしが陽の日に休みが取れる時になるかしら。エルサとシェスティンの休みは陽の日だけだから、女子会は陽の日から動かせないものね」
「まあ、わたしが離宮へ里帰りする日は確実にファンヌは勤務日になるけど、逆に言えばわたしが里帰りしなけりゃファンヌは休み取れるんだよね?」
「そうね。離宮以外の業務には同僚の侍女が複数いるから、シフト変更は融通が効くわ。女子会はわたしも楽しみにしているもの、何とかするわよ」
親友のファンヌが城下町でできた友人たちとも仲良くなって、こうして一緒に遊べるのはとても嬉しい。
それにしても、わたしの交友関係も随分と広く深くなったなぁ。
お泊まり会に女子会、そしてミルド、エルサ、シェスティンとの食事会もだいたい月に一度やっている。
他にも、毎週星の日は小広場へ行きコーヒーとお茶とお菓子を楽しんでいるし、時々隣人のドローテアとお茶会したり、雑貨屋の営業中にも冒険者の常連客たちと一緒にお茶を飲んだりと、最近のわたしは魔族たちとの交流がとても盛んだ。
引っ越してきたばかりの四ヶ月前では考えられない程、すっかり城下町の暮らしに馴染んだと思うと感慨深い。
それと同時に、こうして離宮へ帰る馬車の中で里帰り気分を味わう度に、帰る場所がある嬉しさをしみじみと感じている。
離宮の車寄せで出迎えてくれたクランツの顔を見て、更に嬉しさが増す。
「ただいま、クランツ!」
わたしは元気よく馬車から飛び降りた。
離宮の自室へ入ると、すぐにレイグラーフがやって来た。
今日明日の二日間のうち、レイグラーフの空き時間を縫って調合の講義を複数回やるとスティーグから聞いている。
レイグラーフと挨拶を交わし、ファンヌのお茶を飲みながら今日明日の講義でやる内容について説明を聞いた。
「実は、先日スミレに調合してもらった『魔物避け香』ですが、回復薬とは違って薬効に変化がありませんでした」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。調合レベル5の回復薬の薬効は予想どおり3割増しだったので、当然魔物避け香の薬効も高くなると思っていたのですけどね……」
「意外ですね。わたしもてっきりそうなるものと思ってました」
「もしかすると、聖女のチートで薬効が高くなるのは回復薬の類だけなのかもしれません。そこで、検証するためにスミレに毒を調合してもらおうと思います」
何と、今回の講義は毒に関する座学と調合の実技をやるらしい。
……毒か。ちょっと怖いなぁ……。
一瞬ビビったが、それもすぐに霧散した。無理だろうと諦めていた魔物避け香の材料『ヨモギ』の採集ができると聞いたからだ。
「うわー、嬉しいなぁ。人族エリアなんて行けるわけないと諦めてました」
「イスフェルト軍が毎回霧の森に入る手前で陣を敷く平地にもヨモギは生えているので、下見の時に採集したらいいとルードとブルーノの許可が出ています」
「やったー! レイ先生が頼んでくれたんですよね? ありがとう!」
思わずバンザイと両手を挙げてしまった。さっきまで毒と聞いてビビってたくせに、相変わらずわたしは現金だなぁ。
しかし、浮かれるわたしに、そのためには採集の実技をこなす必要があるとレイグラーフが釘を刺した。
まずは研究院の薬草園で実習を行い、次にフィールドへ出て採集の実技。その上で人族エリアでヨモギ採集を行うそうだ。
そうだよね、魔物が出るフィールドで採集するんだから遠足気分では不味いに決まっている。しっかり学んで準備しておかなければ。
ふおお、俄然やる気出てきたぞーッ!
「採集の実習はまた後日ということで、今日明日は毒と解毒剤の講義をします。かなり詰め込みになりますが、何とか調合までこぎ着けたいので頑張りましょうね」
レイグラーフはそう言ってにっこり笑った。彼の笑顔には「早くスミレ製の毒と解毒剤を調査したい」というワクワクがだだ漏れで、相変わらずの好奇心の強さに思わず苦笑いしてしまう。
そして、毒だけでなく解毒剤も同時に学ぶと聞いて少しホッとした。解毒剤は人を助けるからいいけれど、人を害する毒を作る手段を学ぶのは何だか後ろめたいことのように感じたからだ。
でも、毒を知らなければ解毒剤は作れない。安易に忌諱してはいけないよなぁ。
それに、実績未解除の調合レシピがあと一つ残っているから、レベルを上げて解除を目指すことしか考えていなかったけれど、調合師を目指すわけじゃないとはいえ座学を疎かにしすぎだよね……。
実績解除後も調合を続けるなら、いずれはレベルに応じた知識を身に着けることも考えないといけないな。反省しよう。
とりあえず、まずは毒と解毒剤についてしっかり学びますか!
そんなわけで、気持ちも新たに調合の講義へ臨んだのだが、わたしの心は早々に折れかかっている。
だってだって、毒の材料には虫系の素材が多いんだよおおぉ!!
ルリハチョウの羽くらいならともかく、アカメオオミミズとかツノイナゴの燻製とか、文字を読んで想像しただけでうなじのあたりがゾワゾワしてくる。
ううう、植物系の素材が多かった回復薬の調合は平和だったなぁ……。
内心でひいひい言いながら――いや、時々リアルで声を漏らしつつ、毒の講義を終えた。時間がないから駆け足気味だったけれど、回復薬とはだいぶ系統が違うのはよくわかった。
明日は朝イチで解毒剤の講義、午後の隙間時間に毒と解毒剤の調合を行う予定だそうで、本当に突貫工事並みのスピードで詰め込まれるようだ。
レイグラーフの好奇心を満たすためでもあるけれど、新年を控えた忙しい時期に講義の時間を捻出してくれているんだから感謝しないと。
「スミレは虫が苦手なのですね。あなたが毒と解毒剤を調合するのは私が傍に付く今回だけで、一人での調合は今までどおり回復薬と特殊回復薬しか許可しません。あなたが調合で虫素材を扱うのは実質明日だけなので、我慢してくださいね」
「はい、頑張ります」
「明日は私の自宅へ来てくださいね。危険な素材を扱うので私の実験室で調合します。毒と解毒剤はそれぞれ専用の調合器具を使いますから、ここへ一式運び込むのはちょっと大変なんですよ」
おっ、二度目のレイグラーフ宅訪問だ~!と一瞬喜んだが、理由を聞いて浮かれ気分もすぐ消えた。そこまで危険な素材を扱うのか……。
それに、専用の調合器具を使うとも思っていなかった。確かに、毒を調合した器具で回復薬や特殊回復薬を作りたくないよね。
「毒の調合って大変なんですね……」
「そうですね。でも、今回の講義を修了すれば、薬効が低めのものだけですが毒の販売資格を取得できます。害虫駆除用など雑貨屋でも売れそうな毒もありますよ。取り扱ってみませんか?」
「うえっ!? え、遠慮しておきます。毒はわたしの手に余りますから」
「ふふふ、やはりスミレは腰が引けてしまいますか。それくらい慎重でいいと思いますよ。あなたが毒を扱わないなら私も安心です」
首をブンブン横に振って拒否するわたしを見て、レイグラーフはにこにこと笑っていた。どうやらからかわれたっぽい。んもう、レイ先生め……。
講義が終わると、いつものようにファンヌのお茶を飲むこともなくレイグラーフは帰って行った。
本当に忙しそうだ。そんな時に講義してもらってるんだから、虫素材が怖いだの何だの言ってないで頑張らないと。
ビビッて調合していたら却って危ないし、明日は気合い入れて臨もう。
フィールドで行う採集の実技をどこでやるかは未定だとレイグラーフは言っていたが、夕食の時にブルーノからその話題が出た。
今日の夕食は魔王、ブルーノ、クランツが参加している。夕食後にはカシュパルとスティーグも来るらしい。
「フィールドでの採集の場所な。安全面を重視するのはもちろんだが、どうせなら回復薬の素材を採集させたいとレイグラーフが言うから、まだ検討中なんだ」
「そうなんですか。自分で採った素材を使って調合するなんて、何かロマンがありますね。楽しみだなぁ」
「獣や魔物がまったくいないのも実習には向きません。放っておいたらスミレは採集に熱中しそうですから、多少は警戒が必要な場所でないと」
「ああ。だが、ちょうどいい具合の危険度っていうのが難しいんだよな」
ブルーノとクランツが採集地について話し合っているが、わたしの警戒心が足りない前提で話すのはやめていただきたい。上位ランク冒険者と交流しているおかげで、野外活動に関しては結構知見を深めているんだからね!
よし、近いうちにヨエルに頼んでフィールドでの採集の心得をレクチャーしてもらおう。コネを使いまくって、実習で見返してやるんだ。
そんな風にわたしが秘かにメラメラと反抗心を燃やしていると、魔王がふと思いついたというような感じで呟いた。
「それなら聖地はどうだ? 強い魔物は出ない上に立ち入り禁止もしやすい」
「へっ、聖地!?」
聖地って、魔素が生まれる魔族にとってとても大切な場所だと聞いた。そんなところに異世界人のわたしが行ってもいいんだろうか……。
そうわたしが考えた途端、隣に座っているブルーノからデコピンされた。
うぐぅ、痛い。おまけに、お前はもう魔族だろう、そんな考え方するなと言わんばかりに睨まれた。
鬼教官、わたしの考え読み過ぎだよ~。ごめんなさい。
「近いうちにシーグバーンを連れていく予定だ。便乗してもいいぞ」
「お、それ楽でいいな。お前らが用事済ませてる間、隅の方で採集させとくか」
「シーグバーンにスミレを会わせるんですか?」
「来年からアレも部族長会議に参加する。スミレのことは伝えねばなるまい。疑問もわくだろうし、さっさと会わせておいた方が面倒がない」
シーグバーン? 聞いたことのない名前だな。
部族長会議のメンバーになる人なら、トップシークレットの塊みたいなわたしが面会しても特に問題ないんだろうけど。
「あの、シーグバーンというのはどういう方なんですか?」
「私の後継者候補だ。今は魔人族の部族長見習いのようなことをさせている」
「は!? ルード様の後継者ということは――」
「次期魔王だな。今のところ候補の筆頭だ」
魔王は何ということもなさそうに答えたが、いきなり聖地だ次期魔王だと聞かされてわたしの脳が沸騰している。
聖地へ行って、次期魔王と面通し?
もう全然単なる採集の話じゃなくなってる気がするんですけど!?
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