205話 【閑話】魔王と将軍と側近の会話
久しぶりにヴィオラ会議じゃない閑話回。
第三章最終話です。
夜の魔王の執務室にブルーノが現れた。
スミレ関連で用があるとかで、仕事が終わったら来てくれと連絡を受けていたのだが、思っていたより遅くなってしまった。
執務机付近で書類を片付けている側近たちへ軽く声を掛けつつ、奥のソファーに座る魔王の向かい側へ腰を下ろす。
「待たせたか?」
「いや、こちらもようやく先程手が空いたところだ」
魔王から酒瓶を手渡され、ブルーノはテーブルの上に置かれていたグラスをひとつ手に取ると、酒を注いでグイと飲んだ。
喉が焼けるような感覚を味わいつつ、ほうと息を吐く。仕事終わりに飲む酒は実にうまい。
「んで、スミレが何だって?」
「動画はやめると言ってきた」
「ほー、そうか」
スティーグの言ったとおりになったなと、ブルーノは内心で思った。
実は、イスフェルトの侵攻への対応としてスミレが演説や動画といった案を出した後、ブルーノは彼女の案についてどう思うか個人的にスティーグへ訊ねている。
スミレが離宮に入った時からファンヌと共に面倒を見ていたし、スティーグは人の心の機微をよく見抜く。彼の見解を基に、早めに対策を練りたかったのだ。
スティーグは、演説は実行するだろうが動画は最終的に取りやめるような気がする、と言った。動画を作りながらイスフェルトの連中の顔を見ているうちに嫌気が差すのではないかというスティーグの予想を聞き、念のため心づもりをしていたブルーノは魔王の言葉をただ受け止める。
「あれもようやく吹っ切れたのかもしれぬ。代わりの仕返し案を出させたら、いろいろとおもしろいことを言い出した。攻撃魔術も入っていたのでな、先にお前の意見を聞こうと思いヴィオラ会議を開く前に呼んだのだ」
「スミレが攻撃魔術を使うって!? やったね!」
片付けを終えたらしきカシュパルが話を聞きつけてすっ飛んで来た。
カシュパルはもともとイスフェルトなど潰してしまえという強硬派で、スミレの復讐には全面的に協力を惜しまない姿勢を示していたこともあり、攻撃魔術と聞いただけで既にやる気満々だ。
「で、どの攻撃魔術を使うのさ」
「ピットフォールだ」
「は? ピットフォールぅ? 何でそんな地味なのを……。穴に落とすだけなんてつまんなくない?」
「まあ聞け」
そう言いながら魔王は酒瓶をカシュパルの方へ押しやった。
カシュパルは大人しくグラスに酒を注ぎ、遅れてソファーに腰掛けたスティーグへ酒瓶を回す。
彼らが酒に口をつけるのを見てから魔王は話し始めた。
スミレは魔族と違い、呪文を唱える以外にネトゲ仕様を使って魔術を起動することができる。
ネトゲ仕様で起動する場合は威力などを手軽に変更できるそうで、ピットフォールの場合は穴の幅や深さ、呪文の効果時間を好きなように調整できるらしい。
演説の後、すぐには救出できないような穴を仕返し対象の宰相と騎士らの周囲にぐるりと円状に掘り、長時間孤立させてやろうというのがスミレの案だ。
「何だそりゃ。そんなので仕返しになるのか?」
「足元の地面は膝を抱えてなら全員座れるくらい、5人のうち一人くらいしか横になれない狭さに設定してやり、彼らが寛げないような狭さにする。ピットフォールは一定時間経過すると穴は元の地面に戻るが、それを長時間に引き延ばしてやるそうだ」
「……地味~な嫌がらせだね」
「地味ですけど、自分がやられたら私は結構嫌ですねぇ」
「一応、多少の水とパンくらいは与えてやるそうだが、5人で均等に分けるのが難しい個数を渡すと言っていた」
「何それ! 取り合って喧嘩するようにってこと?」
「プッ。嫌ですねぇ、疲れてる時に同僚と水やパンの多寡で険悪になるなんて。スミレさんも意地が悪い」
攻撃魔術を使うというから、どんな仕返し案かと期待していたカシュパルは肩透かしを食らったかのような顔をしたが、スティーグは笑いのツボに入ったのかくつくつと笑っている。
魔族軍では陣の設営などにピットフォールを用いることが多いため、ブルーノもすぐには攻撃のイメージが湧かなかったようだが、人族に対してならそれなりにダメージを与えられるだろうと言った。
「普通のピットフォールの深さでも人族なら落ちれば間違いなく怪我をする。狭い足場では緊張を緩められんだろう。それが長時間ともなれば、腰を下ろしてたって体は疲れる。行軍慣れしてない連中ならかなりキツいだろうな」
「もたれるところもないし、しかも一人しか横になれないんでしょ? 一人だけなら横になれるってところがいやらしいよね~。これもギスギスしそう」
「大人しく交代で休みますかねぇ?」
「フン。夜になりゃ真っ暗だし、霧の森の傍だから魔物の遠吠えも聞こえてくる。夜営に慣れてないなら眠るなんてとても無理だろうぜ」
「そう考えると案外楽しそうだね! ねえブルーノ、実験施設で訓練した時みたいに穴の中に魔物をぎっしり詰めてやろうよ。うっかり落下したら……あははっ、楽しみだなぁ~。与える水やパンに毒を仕込むのもいいかも!」
「ダメですよ、カシュパル。これはスミレさんの仕返しなんですから」
「えー? スミレがいいって言ったらやってもいいよね、ルード」
「殺すなよ」
「もちろんさ。スミレが負担に思うからね、そんなヘマはしないよ」
その後、魔王はスミレから託されたブルーノへの依頼を伝えた。
適切な穴のサイズや効果時間など、ピットフォール作戦を実行するにあたって確認しておきたいことがいくつかあるようだ。
「穴を掘る前に兵士らをどかさねばならぬ。風の魔術か軽めの『衝撃波』で吹き飛ばし、『恐怖』で逃走させたいそうだ。その時に宰相と騎士らまで吹き飛んでは困る。離発着場にあるような防風の結界を張れるかと聞くので引き受けた」
「離発着場? ああ、ワイバーンの羽風を防ぐあれか。……フッ、やっぱあいつの立てる作戦はおもしれぇな。魔法でも魔術でもアイテムでも、使えるものは何でも自在に盛り込みやがる」
グラスを傾けながら、ブルーノは非常用護身術の訓練を思い出す。
総仕上げの実技で殲滅を課した時にスミレが見せた鮮やかな戦いぶり。ブルーノが教えた手順を応用するだけでなく、一度も試していない魔法までもいきなり戦術に組み込んでいた。
今回は本気の戦闘ではないが、スミレはどんな風に戦術を組み立てるのか。
「――何をやるか見てぇな。あいつが大規模兵団を相手にすることなんて当分ないだろうし」
「当分どころか最後になるかもしれぬ。イスフェルトとは今後一切接触する気はないと言っていた」
「ほう。それならあいつの好きなようにやらせてみたいんだが、いいか?」
「よかろう。当日は私も同行するのだから、たいていのことは引き受けてやれる。スミレのことではお前に苦労を掛けているからな、思い残すことのないよう采配を振るえ」
「わかった。まあ、無茶はさせねぇから安心しろ」
「そこは心配しておらぬ」
目を合わせた魔王とブルーノが笑みを交わす。
方針は決まった。あとは詳細やスケジュールを詰めていくだけだ。
「一度現地を見学させておきたい。その上で、別の場所で実際にピットフォールで穴を掘らせて練習させよう。効果時間の長さも確認したいから長時間使用できる場所を確保したいが、秘匿が難しいから魔族軍の施設はあまり使いたくねぇな」
「スティーグ、手配してやれ」
「わかりました」
現地見学はカシュパルも同行を希望した。空中散歩の時のように飛んで現地へ向かうのは難しくとも、上空からの様子はひと目見ておきたい。
それはスミレにも確認させておきたいとブルーノも考えていたので、カシュパルの要望はすんなりと受け入れられた。
「それから、見学の時に軽く採集させてもいいか?」
「ああ、調合5へレベルアップして『魔物避け香』のレシピが実績解除になったらしいな。素材は人族エリアでしか採れぬと聞いている」
「レイグラーフに、せっかくスミレが頑張って入手したレシピなんだから、自分で素材集めをさせてやりたいと頼まれたんでな。ついでに済ませてくるか」
今までスミレから購入するしかなかった『魔物避け香』の調合レシピ発見で魔族国はかなりの恩恵を受ける。
素材が人族エリアでしか得られないとしても、使用頻度の高い消耗品を自力で調達できるようになるのは大きい。
レイグラーフ宛に、現地見学までに採集の実技講習を済ませておくよう伝言を飛ばしたところで、今夜の打ち合わせは終了した。
詳細は後日改めてヴィオラ会議を招集して決定する。
「それにしても、スミレが今後イスフェルトとの接触を一切絶つと言うとはな。動画を作る過程で何か気持ちに変化でもあったのか?」
グラスをウォッシュしながらブルーノが魔王に訊ねる。
魔王は洗ったグラスをスティーグに手渡すと、気怠そうに頬杖をついた。
「嫌気が差したような話しぶりだったな。どうせイスフェルト兵も自分を聖女としか見ない、動画を見せたところで無駄だろうと言っていた」
「ほう。お前の予想どおりになったな、スティーグ」
ウォッシュしたグラスを布で軽く磨き拭きしているスティーグにブルーノがそう言うと、スティーグが目を細めて微笑する。
それを見て、カシュパルが少しばかりおもしろくなさそうに口を尖らせた。
「でも、嫌な思いをしながらもスミレは動画を作ってたんでしょ? 無駄になるって予想してたんなら、最初からやめる方へ誘導してあげれば良かったのに」
「スミレさんは頭で考えるだけで気持ちをスッパリ切り替えられるタイプじゃないですからねぇ。手を動かした方が気持ちの折り合いをつけるきっかけを掴みやすいんですよ、きっと」
「動画作りは必要だったってこと?」
「別に動画作りに限らないと思いますけど、まあ、今回はそれでスミレさんの気持ちの整理が捗ったなら良かったじゃないですか」
スティーグはにこにこ笑ってそう言うと、キャビネットへしまおうとしていたグラスを軽く掲げて皆を見回した。
「スミレさんが城下町で一人暮らしをしたいと言い出してから約半年。ようやく彼女がイスフェルトの呪縛から抜け出したようです。いや~、めでたいですねぇ」
「……乾杯しとくか」
「採用」
「しまい始める前に言おうよ、そういうことは」
再び行き渡ったグラスに酒を注ぎ、掲げる。
スミレが聖女という存在を受け入れつつある今、この流れのまま順調に進んで欲しいというのがヴィオラ会議の面々の願いだ。
イスフェルトの侵攻を終わらせてしまえば、スミレは自分を聖女としか見ない輩と疎遠になる。
そうやって過ごすうちに、彼女もただの魔族国の一員として市井に紛れていくだろう。
これまでどおり、焦らず慎重にスミレの様子を見守っていく。
そんな想いを胸に、四人は杯の酒を飲み干した。
次回から第四章に突入です。ついにイスフェルトがやって来る!(まだ少しかかりますが汗)他にもいろいろ起こるので、楽しんでいただけるよう執筆頑張りますね。
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