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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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204話 暴露用動画の作成

 調合5にレベルアップして『魔物避け香』のレシピが実績解除になった翌日、ロヴネルのスープ屋でミルドと顔を合わせたので、一緒に朝食を食べながら人族エリアでの冒険について尋ねてみた。

 需要はあるのか、どんな依頼があるのかなどと聞きつつ、さり気なく人族エリアでの採集事情について情報を得たい。



「依頼はたまに見掛けるから、まったく需要がないってことはねーよ。魔力を含まない素材が欲しい時とかあるんじゃねーの」


「素材って調合の?」


「だけじゃなくて、布とか食材とか鉱石とか、いろいろあるぞ」


「へえ~。採集や採掘で取れるものは何とかなりそうだけど、布や食材はどうやって入手するんだろ。……盗んだり?」


「バーカ、そんなみっともねー真似するかよ。そーゆーのは人族のフリして店や工房で買うんだ。魔族であることを隠して人族と商売してるとこもあるって話だし」


「えっ、初めて聞いた! うち以外にも人族の品を扱ってる所があるんだ」


「あくまで噂だけどな。売ってる店なんて見たことねーし」



 採集だけでなく、意外な情報も得られた。人族エリアの噂もそれなりに魔族国に入ってくると以前魔王が言っていたけれど、そういうルートから入ってくるのかもしれない。

 とりあえず、人族エリアでの採集も普通に依頼があるとわかった。今度採集専門のヨエルにも聞いてみよう。きっとミルドより詳しい話が聞けるはず!



 朝食後はミルドと別れ、小広場へ向かった。

 今日は星の日の定休日。帰宅したら夕飯までイスフェルト兵への暴露用動画作りに専念するつもりだ。ストレスが掛かるのは間違いないから、コーヒーなどで英気を養っておこう。

 店員たちと先日のドローテアとのお茶会話で盛り上がりつつ、いつもどおりコーヒーとお茶とスイーツを堪能する。

 スイーツの屋台ではシナモンロールがメニューに入ったとセディーンが教えてくれたので、さっそくテイクアウトした。マッツの店に続いてプロのシナモンロールが食べれるよ。嬉しいなぁ。

 喫茶スタンドではミントミルクをいつもより多めにテイクアウトして帰路につく。ストレス過多になったらお世話になろう。





 さて、帰宅したところでさっそく動画作りに取り掛かろうか。

 不愉快な作業は一日で済ませてしまいたいから、集中して頑張るぞ。


 しばらく前に自分のRP(ロールプレイ)を確認するために召喚直後の動画を一部見返したが、その時よりも長く、イスフェルトを脱出するところまで動画を観た。

 暴露用動画はブルーノから20秒以内と指定されているので、動画を観ながら決定的な台詞を言っている場面を切り取っていく。

 宰相、四方の騎士、イスフェルト王、この6人の顔と言動を確実に画面と音に乗せてイスフェルト兵の前に晒してやるんだ。


 切り取ったシーンを繋いでいく。


 召喚直後の宰相の言葉。

 騎士による暴力と暴言。打擲音が響く度に視界が大きく左右に振られ、画面がぼやけ暗くなる。

 王の命令。わたしの拒絶と呪詛。そして迸る鮮血。


 繋ぎ終えた動画を再生してみる。



《聖女様には我が国のために魔力を注いでいただきましょう》

《逆らうな! この、くそアマ!》

《我がイスフェルトに身を捧げよ》

《断る! 貴様らなどに聖女の力を与えるものか。イスフェルトは滅びよ! 未来永劫呪ってやる!》



 17秒、か。

 何か足したら20秒を超えてしまうし、とりあえずこれでいいや。


 動画を作り終えたわたしは、バーチャルなウィンドウをすべて閉じてからミントミルクを飲んだ。

 予想していたとおり気分が悪い。悪い、のだが。



──まるで映画のCMみたいだな。



 どこか他人事のような無機質な感想が浮かぶ。

 召喚されてからの諸々はすべて自分の身に起こったことだと、ちゃんと認識しているつもりだった。

 だが、こうして改めて動画で見直してみると、当時はまだどこかでこれはフィクションで、現実ではないかのように感じていたのだと気付いた。

 だからあんな風に簡単に自裁という手段を取れたんだろう。普段のわたしなら、ナイフで自分の首を掻っ切るなんて真似は恐ろしくて絶対にできない。だけど、こいつらから聖女を取り上げてざまあしてやれ!と激情に駆られて凶行に及んだ。

 なのに、あっさり復活(リスポーン)したので絶望したが。

 現実感の欠如は、暴力を振るわれていた時の記憶がほとんどなかったせいもあるだろう。最初に激しく殴打されて脳震盪を起こしたか気絶したか、動画でも意識が不明瞭だったと思われる場面では映像と音声が乱れたり途切れたりしていたし。

 心の防衛本能が働いたのかもしれない。異世界召喚や暴力という未経験の事態に強いショックとストレスを受け、感覚を鈍麻させることで心を守ろうとしたとか。

 それじゃあ、これはリアルなんだとわたしが受け入れたのはいつなんだろう。

 失語状態になって魔王が思い切り泣かせてくれた後あたり?――いや、これは後回しだ。今はまず動画のことを考えなきゃ。


 ミントミルクをお盆の上に置き、絨毯の上にごろりと寝転ぶ。


 動画の編集作業をしていて他にも気付いたことがある。

 あいつら、わたしのことを自分と同じ人間だと思ってないんだな。

 あいつらにとって異世界から召喚したわたしはNPCみたいなもので、リアルな存在だと思ってないから非人道的なことでも平気でできるんだろう。

 それに比べ、魔族国では最初から一人の人間として丁寧に扱ってくれた。聖女というフィルターを通してではなく、佐々木すみれというわたし個人を知ろうとしてくれたのだ。

 単に異世界から召喚された聖女だというわたしの自供を真に受けてなかっただけだとしても、色眼鏡で見ないでもらえることをどれ程ありがたく感じたことか。


 思えば、初来店時のグニラもそうだ。聖女をというより、その中身であるわたし自身を見定めに来た感じだった。

 魔族国は複数の部族が一つにまとまり長い年月を経てきているから、多様性を認め他者に寛容で、相互理解を深めようという姿勢がしみ付いているように思う。


 ……イスフェルト兵はどうだろう。

 動画を見て王たちの非道な言動を知れば、わたしの憎悪に理解を示し、イスフェルトには絶対に戻らないというわたしの意志を受け入れてくれるだろうか。

 長年聖女を独占してきたイスフェルトは聖女を自国のものだと思い込んでいるという。

 動画を見たら多少同情してくれるかもしれないが、それでもやはり「聖女なんだから戻ってくるべき」としか思わないのでは?

 王たちを非難したとしても、それはあくまで聖女のためであって、きっとわたしのためじゃない。




 いろいろと考えた結果、わたしはイスフェルト兵に動画を見せるのはやめることにした。

 敵の兵団の前で魔力を大量に消費するリスクを負ってまで動画を見せた挙句、思うような効果をイスフェルト兵に与えられずモヤモヤが残っただけ、なんて結果になったら目も当てられない。

 それに、わたしが暴力を振るわれている場面や自裁する場面を魔王たち――特にレイグラーフには見せたくないと思ったのもある。

 内容的には魔族国で保護してもらった時に伝えてあることだけれど、事実として知っていても実際に映像で観たらやはり彼らは心を痛めるだろう。

 特にレイグラーフは、あんなのを見たらきっと泣いてしまうよ。

 確かに嫌な気分にはなったが、レイグラーフが危惧していたよりは少ないストレスで済んだし、当時の自分の精神状態を俯瞰できた。

 この作業は決して無駄じゃなかったと思いたい。


 魔王に報告しようとメモを送ったらすぐに伝言で返ってきたので、防音の魔術をお願いし、そのまま伝言で自分の気持ちを伝えた。



「――どうせイスフェルト兵もわたしを聖女としか見ない。わたし個人を見ることなんかない。だったら、動画を見せたって無駄じゃないかと思ってしまって……」


《そうか。では、動画はやめるのだな?》


「はい、やめます」


《演説はどうする?》


「そちらは実行するつもりです。聖女はどこの国のものでもなく、長年イスフェルトが不当に私物化していただけだということと、わたしがイスフェルトを敵視していて今後一切接触する気はないことだけはしっかりと伝えたいので。……すみません。自分から言い出したのに考えをコロコロ変えたりして」



 イスフェルトのことで思い煩うのはもうやめる。そう決めた。

 憎悪は消えないだろうが、いつまでも囚われているのもいい加減うんざりだし、あいつらに関わるのは今回の侵攻を最後にしよう。

 ただ、多忙なヴィオラ会議のメンバーたちと何度か話し合って決めたにも関わらず、結局考えを翻したことに申し訳なさが募った。

 迷惑を掛けたとわたしが考えるのを彼らは嫌がるけれど、さすがに今回は振り回しすぎたと思う。叱られても仕方ない。

 ところが、魔王はいつもの気怠そうな口調でわたしの謝罪を軽くいなすと、わたしに新たな提案をしてきた。



《気にするな。そんなことより、別の方法を考えろ》


「別の方法? って、何のことですか?」


《仕返しするのだろう? 宰相と四方の騎士は霧の森の手前まで兵団に同行すると確定している。兵士らの前で思い切り嫌がらせしてやるがいい》



 薄っすらと笑いを含んだ声で、魔王の伝言がそう告げた。

 ……この人、絶対今悪い顔して笑ってるよ。

 唇の片端を上げてニヤリと笑う魔王の姿が目に浮かび、思わずわたしも笑ってしまった。

 本当にもう、魔王はわたしに甘すぎだよ!


 嫌がらせか……。

 イスフェルトに関わるのも今回が最後だし、魔王の言うとおり、思い切り仕返ししてきっぱりケリをつけようか。

 わたしにできる一番効果的な嫌がらせで、胸がスッとするような仕返しをしてやろう!



「あの、数発なら攻撃魔術を使ってもいいんでしたよね? それなら――――」



 思い付いた案をあれこれと魔王に伝える。

 ブルーノへは魔王から話してくれるそうだ。わたしの作戦を聞いて魔族軍将軍は何て言うだろうか。

 ふふっ、ちょっと楽しみだ。





 夕方になり、ノイマンの食堂へ行ったら、エルサがわたしのテーブルへすっ飛んできた。



「スミレ、アンタ何かあったの? 変な顔してるわよ」


「え、そう? う~~ん……今日はちょっと不愉快な作業してて、嫌な気分になったり凹んだりしたから、そのせいかなぁ。でも、ちょっと悪戯を考えて楽しんだりもしたから、トータルでいうと悪くない一日だったよ」


「ならいいけど。まあ、アンタはおいしいものを食べれば万事OKだもんねー」



 うう、人を食いしん坊みたいに言わないで欲しい。合ってるけど。

 それより、エルサには話しておきたいことがある。

 次の二連休はファンヌとのお泊り会で、それに合わせて陽の日は女子会するのが恒例になっているのだ。



「ねえエルサ。今度の女子会なんだけど、学校にパンケーキ食べに行かない?」


「学校? アタシ学校行ってないから詳しくないんだけど、学校の食堂はあんまりおいしくないって聞いてるわよ?」


「それがさ~、パンケーキはめっちゃくちゃおいしいんだよお~っ!! ちょっと今日クサクサしたからか、猛烈にあの学食パンケーキが食べたくなってね」


「ふーん。スミレがそこまで言うなんて相当ね。いいわよ! シェスティンも学校行ってないから多分興味持つと思うわ。後で連絡しておくわね」


「ありがと! じゃあ、わたしはファンヌに伝えるね。……で、えーっと、今日の注文は――」


「肉団子の煮込み、チーズ乗せで、でしょ?」


「当たり! さすがエルサ。わたしのこと、よくわかってるぅ~!」



 嬉しくて、鼻の奥がツンとなったがグッと堪えた。


 大好きな人たちに囲まれて、わたしは幸せだな。

 魔族国バンザイ!

次回は第三章最終話の予定です。

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