201話 ウルマスの本命作品の問題点
喫茶スタンド店員ヘッグルンドからの頼まれ事は早々に達成できた。
ヘッグルンドだけでなくドローテアの方も今回の出会いを喜んでいるようで、引き合わせて良かったと思う。
他の店員たちにはわたしが原因で屋台の客や売り上げが増えたと言ってもらえたし、聖女の力やネトゲ仕様とは関係なく、単にスミレという個人が持つ縁や特性で誰かの役に立てたのがすごく嬉しい。
わたしも魔族社会に馴染んで来たんだと、魔族の一員として貢献できているんだと、少しは自惚れてもいいかな……?
そんな風に前向きな気分になったおかげか、最初は気が重かったウルマスからの頼まれ事も今はあまり気にならなくなった。
自分にできることなら気軽に手を差し伸べる、できる範囲での助力は惜しまないというのが魔族の流儀なんだから、わたしも魔族らしく自分にやれるだけのことをしよう。
そんなわけで、小広場から帰宅した後、さっそくウルマスの著作を手に取った。
まずは書籍化された作品から読み始める。精霊族の部族の里での日常を描いたもので、日々の暮らしの中で起きる出来事を通して友情や信頼を育んだり、ちょっとした冒険をしたり課題解決をしたり、という感じで物語が進んでいく。
大きな事件は起こらないからパンチが弱く物足りない感じはするけれど、日常系ならまあアリか、とも思う。ただ、やっぱりちょっと地味かな。エンターテイメント性が弱いと娯楽本としては口コミに乗りにくいんじゃないだろうか。
それに、日常系なら日常系で、もっとほのぼのに振るとか萌え要素を盛り込むとか……いや、そもそも魔族社会の創作物に「日常系」や「萌え」というものがあるのかどうかも謎だけど。
書籍化作品は薄めの本だったこともあり、その日のうちにすんなり読み終えた。
翌日からは店番をしながら手書きの原稿を読み始める。こちらはウルマスが本当に書きたくて書いたという本命の作品だ。
魔族のNGに抵触するため世に出せずにいて、わたしはその打開策を求められているのだが。
「俺が書きたいのは、子供たちが活躍する物語なんです」
「おお、いいですね」
「そっ、そう思いますか!? 本当に?」
「え? はい、もちろん。わたしも子供の頃は児童文学をたくさん読みましたよ」
「……児童文学……。何という素晴らしい響き……ッ!!」
小広場でウルマスから聞いた彼の本命作品の問題点とは、「子供が主人公」であることだった。
それのどこに問題が?と思うのだけれども、魔族社会において子供はとても大切な存在で、成人するまでは各々の里の中で厳重に守られて育てられている。余所者の目に触れさせることは、タブーとまではいかないものの、かなり嫌がられるらしい。
「その影響か、魔族国には子供が登場する本は存在しません」
「ええっ、一冊もないんですか!?」
「はい。先例があればと思ってかなり念入りに探してもらいましたが、残念ながら見つかりませんでした」
ウルマスの話を聞いて心底驚いた。でも、そう言われてみれば陽月星記にも子供は登場してなかった気がする。古語で書かれた陽月星記でもそうなら相当古い時代からの慣習なんだろう。
魔族たちの話を聞いていても、会話の端々から彼らが子供たちを大切にしているのは感じるし、子を儲けにくいという魔族の事情を考えると囲い込むような方向に走るのも無理ないのかなと思うが、創作物にまで影響しているとは……。
そのNGを打破する方法となると、かなり難しいというか正直無理なんじゃ?と思ってしまうのだけれど、ウルマスの思いは熱くピュアで、つい応援したくなってしまった。
「大人が活躍する本を読んで、子供たちが将来こんな風になりたい、こういう職業に就きたいと憧れるのはいいことだと思います。でも、自分と同年代の登場人物が活躍する話だって読ませてやりたいですよ! 成人前の少年少女の葛藤や成長に共感して一喜一憂する、その年代にしか味わえない読書の楽しみが絶対にあるはずなんです!!」
確かに、児童文学とかジュブナイル小説と呼ばれるものはわたしもよく読んだ。
それは子供時代に読んでも楽しかったが、大人になって読み返すと子供の頃とはまた違う感想を持ったりして、それはそれでおもしろかった覚えがある。
ウルマスが力説する内容はわたしも同意できるものだった。
そして、彼の熱意が込められているだけに、書籍化作品より本命作品の方が断然おもしろいというか説得力があるというか、登場人物も生き生きとしていて引き込まれた。
各々の種族の里での育成を終えた子供たちが精霊族の部族の里に集められ、様々なことを学ぶ。種族の違いからぶつかることも多いが、共に学び修練を重ねて挫折や試練を乗り越えていくうちに相互理解が深まり、友情や信頼を育んでいく。
王道なストーリー展開だが胸熱だ。子供が活躍する本を一度も読んだことがないのなら、この本を読んだら子供たちはきっと喜ぶだろう。書籍化しないのはもったいないと思う。
ただ、魔族的NGを乗り越えられるか、受け入れてもらえるようにするにはどうしたらいいかとなると、多少思いつく案はあるもののちょっと自信がない。
まずは魔族社会における子供の扱いをもっと知らないと。児童文学作品を書籍化した場合の弊害などを想定できないままじゃ、迂闊なことは言えないよ。
幸いなことに、次の定休日にはグニラと陽月星記同好会の予定が入っている。
グニラはわたしの交友関係の中で一番文芸方面の造詣が深そうだから、詳細は伏せたまま、一般論として児童文学作品についてどう思うか訊いてみることにした。
精霊族の部族長であるグニラはわたしが召喚された聖女だと知っているので、妙なことを言ったり聞いたりしても異世界の知識や価値観から来るものだと理解しているから安心して聞ける。
ちなみに、陽月星記同好会の開催場所は今までどおりわたしの家だ。
グニラの足への負担を減らすために別の場所でという話が出たこともあったが、精霊族部族長として面談した時に聖女の回復魔法で「老化(足腰の痛み)」の状態異常を解除したため、足の負担を心配する必要がなくなってしまった。
下手に城内で部屋を借りるより家でひっそり会う方が目立たないから、今後も自分が出向くとグニラが言うので、当面は現状維持でいく。
そんなわけで、陽の日に来宅したグニラにお茶とお菓子を振る舞ってから訊ねてみた。
「ほう、児童文学とな。子供が活躍する物語ねえ……」
「はい。そういう作品が魔族国には一冊もないと聞いてびっくりしまして。魔族が子供を大切にしているのは知ってましたけど、創作物に子供が一切登場しないのはどうしてなんでしょう」
「そうさなぁ……。今まで疑問に思ったこともなかったが、スミレちゃんに訊かれて思い出したことがある。わたしが幼い頃に部族の長老から聞いた話じゃが、昔は好奇心旺盛な子供が里の外の世界を知りたがって、里から抜け出しては命を落とすということが度々あったそうでのう」
「痛ましい話ですね……」
「そういう事故をなくすためだったのかもしれんのぅ。子供が活躍する話を読めばきっと同じようにしたくなるじゃろう。里の外へ好奇心が向かぬよう、抑止効果を狙ったのかもしれん。里の外へ出られるのは成人後で、資格や長の許可を得た者だけと制限されておるのも理由があるのじゃろうて」
う~ん、児童文学の魅力が却ってあだとなる可能性もあるとは……。
そういう事情なら迂闊に児童文学作品を世に出すのは不味そうだ。子供たちの生存を脅かす存在と認識されるのだけは避けないと。
ところで、ウルマスの理念自体は賛同を得られるものなんだろうか。それすら否定されるのなら作品の内容以前の問題となってしまう。
「あの、子供たちに自分と同年代の登場人物が活躍する物語を読ませてあげたいという考えって、魔族的にはどうなんでしょう。物語に登場する少年少女に共感し、一喜一憂しながら読むという、子供の時にしか味わえない読書の楽しみを提供したいっていうのは」
「それはスミレちゃん自身の考えかい?」
「概ね賛同してますけど、わたしの考えではないです。そういう作品との出会いがあったんですが、書き手の方が魔族のNGに抵触するから書籍化できずにいると言うもので……。わたしにはその問題点がよく理解できなくて、ちょうどグニラおばあちゃんがいらっしゃるからお訊ねしようと思ったんです」
「ふうん、そうかい。その者の言うこともわからんではないよ。わたし個人としては、創作活動は自由であるべきじゃからいろんな作品があってもいいと思っとる。じゃが、部族長としては安易に容認するわけにはいかぬなぁ。そもそも、商業ギルドが受理するかも疑問じゃし」
商業ギルドが検閲しているのか……って、部族長の見解を聞いてしまったよ!
精霊族のウルマスにとってグニラの決定は絶対だろうから、彼の本命作品の書籍化はかなり厳しいと言わざるを得ない。
……でも、このまま埋もれさせるのはもったいないと思ってしまう。
ちょっとした生活描写に精霊族の子供たちのリアルを感じたし、わたしが知らない里の暮らしが垣間見れておもしろかったんだけどなぁ……。
「わたし自身は児童文学を読んで育っているので、彼の主張に共感できる部分もあるんです。それで、打開策とまではいかないんですが、妥協案のようなものを少し考えてみたので、グニラおばあちゃんのご意見を訊かせてもらえませんか?」
「また面倒なことを……と思わんでもないが、文芸好きとしてはスミレちゃんの考える妥協案というのにちょっとばかり興味があるねえ。……ふむ、聞かせてもらおうじゃないか」
「ありがとうございます!――っと、すみません。ちょっと失礼しますね」
そこへ風の精霊が伝言を運んで来た。
他人に聞かれて困る内容なら最初に沈黙の魔術の使用を言ってくるはずなので、基本的に魔族は人前でも気にせずに伝言を聞くことが多い。
だから、この時もグニラにひと言断ってから普通に伝言を聞いたのだが。
《ウルマスです。俺の作品、読んでもらえましたか?》
ちょ!? うわーっ、思いっきりグニラに聞かれてしまったよ!
タイミング悪すぎる……。バレた? それともセーフ?
グニラをチラ見したら、がっつり目が合った。
「……ウルマス? そういえば、ここはオーグレーン荘じゃったな。精霊族の者が住んでおるはずじゃが……。もしかして、今の話はうちのウルマスのことじゃないのかえ?」
はい、アウトーッ!!
速攻でバレたよ! どああ……どうしたらいいの……。
ウルマスには特に口止めされてないけれど、普通は内緒にして欲しいよね?
でもわたしにとっては、付き合いの浅い隣人のウルマスより友達のグニラの方が優先度は高い……。
ごめん、ウルマスさん。グニラおばあちゃんには嘘つけないや。
「はい、1号室に住む岩性精霊族のウルマスさんです。つい先日相談を持ち掛けられました。彼の作品の批評と、彼が抱える問題点の打開策があれば教えて欲しいとのことでして……」
「ほほう、あのウルマスがねえ。そういうことなら、ここへ呼んでおやり。スミレちゃんの妥協案をあやつにも聞かせてやろうじゃないか」
「えっ、今からですか!?」
「そうともさ。別々に話すのは二度手間じゃろう?」
グニラはそう言って凄味のある笑みを浮かべた。
うう、これは逆らえない……。ごめんね、ウルマスさん!
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