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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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200/289

200話 喫茶店員にドローテアを紹介する

 オーグレーン商会の屋敷は竜人族の王都での拠点でもあるから、赤竜の喫茶スタンド店員も王都に住むことになった時に屋敷へ顔を出したそうだ。

 その時に出されたお茶に惚れ込んだらしく、それを淹れたのが当時侍女頭を務めていたドローテアだったそうな。



「あの時に出されたお茶は、オレ、一生忘れられねぇだろうなぁ……。あのお茶をもう一度飲みたい、できれば弟子入りしたいとずっと思ってたんだが、城下町での暮らしが落ち着いた頃に屋敷を訪ねたら、彼女は引退したって聞かされて……。引退後の居場所は教えてもらえなかったんだ」



 ああ、ドローテアは引退後は静かに暮らしたいと希望していたそうだから、彼女の意向を汲んでオーグレーン商会の関係者は所在を明かさなかったんだろう。

 わたしも独断では返答できないから、ドローテアに会ってどうしたいのかを彼に訊ねた。



「彼女のお茶をもう一度飲みたいし、オレのお茶も飲んで欲しい。引退してるんだから弟子入りとかアドバイスとかは求めないが、一緒にお茶飲んだりお茶の話をしたり……お茶好き同士で交流を持てるようになったら嬉しい」



 初対面のレイグラーフやミルドですらお茶会に誘うドローテアだから、同族のお茶好きなんて大喜びで招きそうな気がするなぁ。

 断る理由もないし、とりあえず引き受けてみようか。



「じゃあ、今の話をドローテアさんに伝えますね。えっと、お名前を伺っても? あ、わたしはスミレといいます」


「オレの名はヘッグルンド。ずっと憧れてた人なんだ、よろしく頼む!」


「頑張ります!」



 あまりに必死な彼の様子に、何だかわたしの方まで力が入ってしまう。

 ドローテアに返答をもらったらすぐに連絡すると告げて、わたしは大急ぎで家へ戻った。

 4号室は窓の鎧戸が開いている。ドローテアは在宅しているっぽいな。もう昼過ぎだから、昼食が終わった頃を見計らってドローテアに伝言してみよう。


 手早く昼食を終え、『生体感知』を唱える。4号室の赤いもやがキッチンから居間へ移動したのを確認してから伝言を飛ばした。



「ドローテアさん、昼ご飯終わってますか? もし良ければ、ちょっとお邪魔したいんですけど」


「かまわないわよ。いらっしゃいな」



 戸締りして外へ出たら、ドローテアがドアを開けて待っていてくれた。

 家の中へ招き入れられ、さっそくお茶を振る舞おうと準備を始めるドローテアに喫茶スタンド店員ヘッグルンドのことを話す。



「あらまあ、わたしのお茶をそんなに望んでくれる人がいるなんて嬉しいわ。しかも、専門家にそこまで言ってもらえるなんて、本当に光栄なこと」



 ドローテアが頬を染めて、少しはにかみながら嬉しそうに笑った。900歳のおばあ様だけど、こういうところは可愛らしいなと思う。

 竜人族は高慢なイメージを持たれているみたいなのに、ドローテアは本当に人好きのする人だ。ヘッグルンドはドローテアのお茶の腕前に憧れたそうだが、わたしは同じ女性として彼女のこういう穏やかで上品な人柄に憧れるなぁ。



「そういうことなら、今からお茶を飲みに行きましょうよ。もちろん、スミレの都合が良ければだけど」


「いいんですか!? わあ、よろしくお願いします!」



 予想以上に好感触だったので、思わずテンションが上がってしまった。落ち着けわたし。

 ドローテアが出掛ける準備をしに二階へ上がったので、その間にヘッグルンドへ小声で伝言を飛ばす。



「OK出ました。今からそちらへ向かいます。お茶いただきますから、準備お願いしますね」


《マジかーッ! ありがとうありがとう、恩に着るぜ! 待ってるからな!》



 ドローテアに聞こえないようにとせっかくわたしが声を抑えたのに、ヘッグルンドの伝言は大声で返ってきたので、二階から下りてきたドローテアに思いっきり聞かれてしまった。

 嬉しい気持ちはわかるけど、「元気な方ね」ってドローテアがくすくす笑ってるよ?


 小さな広場へ向かう途中、ドローテアがあの屋台群について教えてくれた。経営を取り仕切っているのは竜人族だそうで、彼女自身は足を運んでいないものの存在だけは知っていたらしい。

 昔は城下町にコーヒーを提供する店がなかったため、コーヒーを飲みたい鱗持ちたちによって作られたのだとか。そして、やはり屋台の店員には腕利きが集められているそうだ。

 何度もスルーしたらキレられて当然だよね……。うう、常連客に収まれて良かったよぅ。



 昼休みが終わる時間だからか、わたしたちが到着した時には広場は閑散としていて、ちょうど最後の客が広場から出ていくところだった。

 わたしたちが喫茶スタンドへ向かうと、ヘッグルンドが屋台の前に飛び出してきた。顔が少し赤い。緊張しているっぽいなぁ。



「ヘッグルンドさん、お連れしましたよ。ドローテアさん、こちらが喫茶スタンド店員のヘッグルンドさんです」


「まあ、あなたでしたのね。お顔を覚えていますよ。確か、あなたにお淹れしたのは……フォーゲルクロウではなかったかしら」


「ハイッ、そのとおりです! かなり香りが強いので好みが分かれる茶葉だけど、屋外で振る舞うなら華やかな印象になるのではって示唆を与えてくれて……。覚えててもらえたなんて、感激です!!」


「ここの屋台を任されるのは腕のある方ばかりだから、差し出がましい真似をしたと後で反省したのよ。でも、喜んでいただけたとわかって嬉しいわ。今日はあなたのお勧めのお茶をいただけるかしら」


「ハイッ、任せてください!――っと、スミレはどうする? また何か飲むか?」


「わたしはコーヒーを飲んできますよ。ドローテアさん、わたしあちらの屋台に顔出してきますね」



 ではごゆっくり~と手を振ると、わたしは喫茶スタンドから離れてカフェへと向かう。

 何だか、後は若い人たちだけで……というお見合いおばさんみたいなムーブをしてしまった。

 だけど、ヘッグルンドはずっと会いたがっていたドローテアにようやく会えたんだから、心置きなく話をさせてあげたい。それにはわたしがあまり傍にいない方がいいと思う。


 カフェの屋台へ行き、わたしがコーヒーを注文し終えると、スイーツスタンドの店員が話し掛けてきた。



「あの人がヘッグルンドの憧れの人かい? お嬢さんの隣に住んでるんだってね。すごい偶然があったもんだなぁ」


「はい、わたしもびっくりしました」


「あの気難しいヘッグルンドがあんな上機嫌で浮かれまくってるんだから、オレらもビックリだよ。はい、コーヒー」


「ありがとう」



 マグカップを受け取り、屋台の前で立ったままひと口飲む。

 わたしが一人テーブルにいたらドローテアが気にするかもしれないから、ここで雑談していよう。



「あ、そういえば。先程ヘッグルンドさんにはお伝えしたんですけど、お二人にも自己紹介させてください。一番街で雑貨屋を営んでいるスミレと言います。よろしくお願いします」


「俺はセディーン。魔人族。実は結構前からスミレちゃんのことは知ってたんだ。この辺りの魔人族飲食店関係者繋がりで、いろいろと耳にしてて」


「あー、なるほど。そうでしたか」


「何だよお前、知ってたなら教えてくれたっていいじゃねえか。……俺は蜥蜴系獣人族のネレム。何か今更な感じだけど、よろしくな」


「こちらこそ、よろしくお願いします!」



 スイーツスタンドのセディーンが言う魔人族飲食店関係者というのはノイマンとロヴネルのことだろう。部族のネットワークは侮れないなぁ。

 そして、セディーンがノイマンたちと共有していたというわたしの情報が、名前や職業だけでなく「おいしそうに飲み食いする」ということまで含まれていたと聞いて激しく脱力した。何だそれ。

 カフェ店員のネレムは大笑いしながら同意している。むう。

 飲食店関係者にとっては重要なことかもしれないけれど、もうちょっとマシな情報はないのかと問いたい。



「気を悪くしないでくれよ。あんたが本当に美味しそうにコーヒーを飲んでくれるおかげで、カフェの売り上げ少し上がってるんだ」


「えっ、本当ですか?」


「ホントだよ。まあ、ほとんどのヤツがやっぱり苦いって文句言うんだけどさ、中には今までコーヒー飲んだことなかった鱗持ちが飲むようになったりしてて、地味に常連客も増えてるんだって」


「わ~、それは嬉しいなぁ」


「うちもだよ。前はここで食べてく客ばかりだったけど、スミレちゃんの真似して保存庫でテイクアウトしていく客が増えた」


「おお……。意外とお役に立ってますか、わたし」


「すごく、ね。あいつも同意すると思うよ」



 そう言ってセディーンが親指でくいっと喫茶スタンドの方を指す。

 つられてそちらを見ると、屋台前に置かれたスツールに腰掛けるドローテアと、その隣に立って話すヘッグルンドの姿が目に入った。

 随分と話が弾んでいるみたいで、良かった良かったとわたしが胸を撫で下ろしていたら、ドローテアがこちらを向いて声を掛けてきた。



「ねえスミレ。ヘッグルンドさんをお茶会に招待したいのだけれど、いきなり二人きりというわけにもいかないから、良かったら付き合ってもらえないかしら」



 おおお、さっそくお茶会か。さすが社交家のドローテア。

 引き合わせたのはわたしなんだから、最初のお茶会はもちろん責任もってお付き合いしますよ!



「はい、喜んで! あ、でも来週は陽の日に約束があるので、月の日か星の日のどちらかでお願いします」


「失礼ですが、そのお茶会に俺も参加させてもらえませんか。ヘッグルンドが長年憧れていたという方のお茶を、後学のためにもぜひ味わってみたいんです」


「まあ、そんな風に言われると緊張してしまうわ。お客様が増えるのは大歓迎よ。どうぞ気軽にいらしてね。そちらのカフェの方もご一緒にいかがかしら」


「うあっ、いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて……」


「ったく、お前ら少しは遠慮しろよ……。セディーン、シフト変えられるか?」



 三人のシフトを調整した結果、来週の月の日にお茶会開催と決定した。

 広場からの帰り道、ドローテアがどんなお茶会にしようかとさっそく考え始めている。張り切りぶりが何だか微笑ましい。

 ただ、どうして今までドローテアはあの広場に足を運ばなかったんだろうと不思議に思った。あの屋台群は竜人族の経営だというし、近くには彼女が利用している手芸店もあるのに。

 そう思って訊ねたら、ドローテアは困ったように少し眉を下げた。



「商業ギルドの裏手だから商業関係者がよく来るだろう、それならオーグレーン屋敷で働いていた頃の顔見知りも多いんじゃないかと思って避けていたの。引退して一人静かに過ごしている内に人付き合いが少し億劫になってしまったみたいで」


「えっ! じゃあ、今日紹介したのも迷惑だったんじゃ」



 初対面の相手でも気軽にお茶会に誘うドローテアは、てっきり社交家だと思い込んでいたから驚いた。

 どうしよう。ファンヌを紹介したりターヴィともお茶会したりと、わたしドローテアの生活を騒がしくしてしまってるんじゃない!?

 慌てふためくわたしを、ドローテアはやんわりと否定する。



「引退後はごく少数の友人とだけお茶会をしていたのだけれど、スミレが引っ越してきてからいろんな人とお茶会するようになって、わたしは人をもてなすのが好きなんだと改めて実感したわ。それに、気軽なお茶会もいいけれど、彼らのように気が抜けない相手だと緊張感が増すわね。久しぶりにわくわくしているの。こういうのも悪くないわ」



 フフッと微笑むドローテアの足取りは軽い。

 つられて、わたしの心も軽くなる。


 ドローテアのことだから、きっと素敵なお茶会になるだろう。

 月の日が今から楽しみだ。

記念すべき200話!

ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます。おかげでここまで書き続けられました。

あと数話で第四章に入る予定です。今後ともよろしくお願いいたします。

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