199話 頼まれ事ラッシュ
これまで碌に会話を交わしたこともなかった1号室のウルマスから、唐突に売れない作家だとカミングアウトされてしまった。
それなりに世間に揉まれてきたアラサー女子だけど、これ対応難しいよ……。
そもそもこの魔族国において作家がどういうポジションなのかも知らないし、どうリアクションしたらいいかさっぱりわからない。
咄嗟に「そうなんですか」とだけ返したが、さてここからどうしたものかと内心焦っているところへ、本屋の店員がわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あっ、呼ばれてるので行ってきますね。ではまた」
失礼にならないように会話を切り上げると、すかさずわたしはカウンターの方へと足を向けた。
店員さんナイスタイミングです、ありがとう!
カウンターでは店員から三冊の本を紹介された。登場人物について訊ねてみたところ、どうやら三冊とも竜人族の女性が登場するみたいだ。グニラの言うとおり、一般的な魔族からすると偉そうとか高圧的というイメージには竜人族が当てはまるんだなぁ……。
三冊とも買うことにしたものの、パラパラッと流し見た感じあまり台詞が多そうではなかったので、台詞が多い作品も読みたいと言って引き続き探してもらえるよう頼んだ。この際だから、男性キャラでもいいのでと付け加えておく。
時間が掛かってもいいからと伝えたら、他店から取り寄せもできると教えてくれたのでお願いした。該当作品が見つかったら連絡をくれるらしい。よし、これで参考文献の調達は何とかなりそう。
とりあえず目的は達成したし、小広場へ行ってさっそく戦利品を読んでみようかな。キャラ作りの参考になるといいんだけど。
そんなことを考えながら本屋を出たら、店の前にウルマスが立っているのが目に入った。
えっ、まさかわたしを待ってたんじゃないよね!?
「頼みがあるんです。話を聞いてもらえませんか」
「わたしに? ……えっと、お引き受けできるかどうかはまだわかりませんけど、とりあえずお話を聞いてからでもいいですか?」
「はい、かまいません」
そのまさかだった……。でも、隣人にそう言われたら断れない。
頼み事の方は話の内容次第ということで了承してもらい、ウルマスと共に小広場へと向かう。
オーグレーン荘の住人同士といっても、碌に知らない異性とどちらかの家で二人きりで話すというわけにはいかないし。
小広場に入ると各スタンドの店員たちがこちらに気付いた。いつも一人で来るわたしに連れがいるので驚いているっぽい。うん、わたしもビックリだよ。
店員たちには特にリアクションしないまま、わたしはコーヒーを、ウルマスは紅茶を購入し、中央の日除け付きテーブルに腰を下ろす。岩性精霊族のウルマスは体が大きいので、ちょっと窮屈そうだ。
くつろぐわけじゃないのでスイーツはなし。
ウルマスはコーヒーを知らなかったそうで、鱗持ち以外は飲まないという飲み物をわたしが好んで飲むと知って驚いていた。
「魔族の慣習には囚われないんですね。やはり、あなたに話を持ち掛けて正解だった。頼みというのは俺の作品を読んで批評して欲しいんです。そして、できれば俺の抱える問題点についても打開策があれば聞かせて欲しい」
売れてない、頼みがある、と来たらだいたいそういう話になるよねぇ……。
残念ながらわたしは文学的な素養もセンスもないし、魔族社会について勉強中の身なので役に立てるかどうかわからないと、ひと言断ってから引き受けた。
読書の方は書籍化した1冊と手元にある原稿だけだというし、彼が抱える問題の解決というのは正直気が重いが、それでも話を聞く前から無理とは言えない。
魔族社会の一員である以上、相互扶助の精神で快く引き受けるべし!
「本屋を利用してるんだから、本の売買については理解してますよね?」
「はい。売却の際にその本の正当な所有者であるという証明が必要になるから、デモンリンガに書店利用者登録をすると聞きました。魔族は基本的に読んだ本を手放すんですってね」
「学術書なら魔族も所蔵しますけど、人族は娯楽用の本も手元に残すんですか」
「人それぞれですけど、そういう人は結構いると思います」
「う~ん、作品を手元に残したいと思ってもらえるのは作家冥利に尽きるでしょうが、娯楽用の本の場合は活発に売買されないと本の評価が上がらないし、作家の収入も増えないので、実際はあまりありがたくないですね」
そう言ってウルマスはまず初めに魔族国における書籍化の流れと作家の収入について説明してくれた。本の売買以外は知らないことなので何気にありがたい。
魔族国において書籍化とはあくまで作家個人が自費で行うもので、出版社のようなものは存在しないようだ。成人なら誰でも自分で書いた作品を書籍化でき、作家業以外の職に就いていても、ウルマスのように学生でもかまわない。
手順としては、まず作家が作品を読み物の状態に仕上げる。自分で清書してもいいし代筆屋に頼んでもいい。どちらの場合も製本は装丁師に依頼する。部数は作家の裁量次第。
部数が多い場合は商業ギルドへ印刷を頼むのもアリだが、こちらはかなり料金が高いので、売れるのが確実視されているのでなければ最初は手書きの少部数から売り始めるのが一般的だという。
本の形になったら商業ギルドへ持ち込み、魔術的な処理をして本屋のシステムに組み込んでもらう。この処理をしていないと本屋で取り扱ってもらえないそうだ。
この段階で本は娯楽用と学術用に区分けされる。評価や価格の扱い方が異なるらしいが、ウルマスの本は娯楽用なので学術用の話は置いておく。
ただし、本の最初の価格は製作費と部数をもとに商業ギルドが指定するという決まりは共通らしい。
「俺のこの本の価格は20D。まあ、最底辺の価格帯です。15部作り、城下町の本屋を巡っては買ってくれと頼みました」
「えっ! ……自分で売り歩くんですか。大変ですね……」
思わず「少なっ!」と言いそうになったが呑み込んだ。テーブルの上に出された彼の本は確かに薄めで装丁もごくシンプル。とはいえ、製作費は全部自分持ちな上に売れるかどうかも不明なら、お金を掛けられないのもたくさん作れないのも当然だろう。
ウルマスは苦労しながらも何とか初版の15冊すべてを本屋に買い上げてもらえたそうだ。
本は買われるたびに本屋と商業ギルドの手数料を引いた分が作家に支払われるので、この段階で製作費のいくらかは回収できる。
娯楽用の本の場合、売買の回数が増えるごとに本の評価が上がり、それと共に価格も上昇していく。価格が一定額に達すると商業ギルドから作家へ通知され、たいていの作家はこの段階で本を追加して市場に出回る部数を増やすらしい。
本の回転率が高いほど作家は儲かるのか。この魔族国において娯楽本の所蔵は死蔵と同義になってしまうんだな。ウルマスがありがたくないと言うわけだ。
そして、ウルマスの現状はというと平均的な売上ペースよりだいぶ低いそうで、製作費がようやく回収できそう、著作に対する報酬が発生するのはもうしばらく先という感じらしい。
ちょ、その売れてない作品の批評を頼みたいってこと? うわあ……これはキツイ。キツイよぅ。
「あなたに頼みたいのはこの作品の批評と、もう一つ……。実を言うと、一作目は本当に俺の書きたいものではないんです」
「えっ、処女作なのに? 何でまた、わざわざお金と労力をかけてまで書きたいものじゃないものを書籍化したんですか?」
「作家として評価を得てからなら受け入れられるんじゃないかと思って……」
「……つまり、ウルマスさんが本当に書きたいものは、その、魔族的に何か問題があるから書籍化を見送っている、ということですか?」
「はい。世に受け入れられるにはどうすれば良いかわからないんです」
ちょっと! それ、わたしが聞いても大丈夫な話なの!?
売れない本の批評だけでもヘビーな依頼なのに、魔族的NG作品を世に出す方法があれば教えてくれって? 何という無茶ぶり!!
ウルマスが本当に書きたいものの、何がどう不味いのかの説明をひと通り聞く。
どちらの依頼も頭が痛いが、差し出された本と原稿を突き返す勇気はわたしにはなくて、仕事もあるからしばらく時間をくださいと言って預かるしかなかった。
広場を去るウルマスの後ろ姿を見送りながらため息が零れる。
厄介なことを引き受けてしまったなぁ……。これに比べればユーリーンやナータンの件は随分楽だった気がするよ。
とりあえず、まずはスイーツでも食べよう。心に糖分を、今のわたしには癒しが必要だ。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
「はぁ、何とか。あの、セムラ2個ください」
そして次は喫茶スタンドに向かう。今のほろ苦い心境にコーヒーの苦さは勝ちすぎる。
ミントミルクを注文したらセムラとでは甘すぎるからと、心が穏やかになるハーブティーを勧められたのでそちらをいただく。
喫茶スタンドの店員は最初の頃こそ当たりがきつかったが、いつも客にとってベストなお茶を提供しようという姿勢を貫いていて、すごいなぁと感心させられる。
おいしいお茶とスイーツで少しメンタルが回復したので、カップを返しつつミントミルクをテイクアウトしようと喫茶スタンドに行ったら、店員に意外なことを言われた。
「さっきの男、オーグレーン荘に住んでるヤツだよな。あんた、ヤツと何か関係あるのか?」
何でも、喫茶スタンドの彼は時々学校でお茶に関係する講義を履修していて、ウルマスを見知っているという。スカーフで髪を隠しているウルマスは変わり者扱いで、学校内で目立つ存在らしい。
そのウルマスがオーグレーン商会の所有するオーグレーン荘に住んでいると、竜人族の学生たちの間で一時期話題になったことがあるそうだ。オーグレーン商会の屋敷は竜人族の王都での拠点でもあるから、彼らの関心を集めたのだろう。
店員の彼は赤竜だからその話を耳にする機会があり、ウルマスがオーグレーン荘の住人だと知っていたのだという。
「関係という程のことは……ただの隣人ですよ。まともな交流はさっきのが初めてです」
そういえば、特に機会もなかったので、ここの店員たちと互いに名乗ったり、職業や住んでいる地域を教えたりしたことはなかったなぁ。
わたしの場合、ちょっと調べる気になれば「シネーラ」と「元人族」だけで簡単に特定されてしまうので、常連客になった段階で彼らに教えても良かったなと思いつつ答えたら、何故か店員にすごい勢いで食い付かれた。
「なッ! あんたもオーグレーン荘の住人なのかよ!? もしかしてドローテアって人と知り合いだったりしないか!?」
「白竜で年配のご婦人のドローテアさんなら、知り合いにいますけど……」
「そう、その人だ! なあ、頼む。その人、オレに紹介してくれ!!」
ねえ。今日のわたし、頼まれ事が多すぎない?
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