197話 演説に関する相談
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究極の魔石と回復薬の話が一段落したところで、一旦食器などを片付けた。
空の魔石も満タンになり、究極の魔石になっていたのでポケットへしまう。後で精霊たちにあげるのが楽しみだなぁ。
会合はお酒タイムへと移る。ありがたい展開だ。お酒の力を借りた方がきっと話しやすい。
回って来たウイスキーの瓶を受け取って水割りを作ると、ひと口飲んで喉を潤してからわたしは話し始めた。
イスフェルトのわたしに対する悪行を兵士たちに暴露してやりたい、そんなわたしの希望から出た演説案ではあるが、実行に移すには少々問題があるのだ……。
「わたしがイスフェルトでは名前をヴァイオレットと偽ったのは亡命してきた時にお話ししたとおりなんですが、実はその……名前だけでなく言葉遣いや振る舞いも偽っておりまして」
「言葉遣いと振る舞いを偽るって、どういうこと?」
「えーっと、この世界で『演技』って通じるのかな……。例えば、物語の中の人物のように振る舞ったりとか、そういう感じなんですけど」
「フリをするってことか?」
「はい、それです! 身分の高い女性のフリをしたんですよ、わたし」
は?、ほう、へえ~と皆が様々な反応をする中、わたしは何故そんなことをしたのか、そうしようと思ったのかを説明した。
ひと言で言うと、すべては舐められないためだったと思う。
いきなり足元に魔法陣が浮かんで見知らぬ場所へ連れてこられて、目の前に時代がかった衣装にカラフルな髪をした見知らぬ人がいたら普通警戒するでしょ?
だから最初は口を開かなかった。状況を把握するまでは自分の情報を与えない方がいい。それに、できれば動揺や悲嘆を悟られない方がいいと思った。
弱味を見せたら付け込まれる。宰相だと言った男は最初から胡散臭かったし、帯剣した騎士が四人、魔法陣の上に座り込んでいるわたしを囲んでいたから。
アニメやコミックで見た異世界っぽいなとは思ったけれど、聖女と持ち上げる割りに扱いが悪すぎる、そう感じた。ここがどこだろうと、一方的に理不尽を強いるヤツに対して丁寧に対応したり下手に出るのは悪手じゃないか?
だから、雑に扱っていい相手ではないと思わせるために、わたしは高位の貴族女性のRPをした。
学生時代に仲間内でテーブルトークRPGが流行った時があり、王宮を中心とした貴族社会が舞台の話を回してもらったことがある。その時に公爵夫人のキャラクターで高飛車な貴族女性のRPをして、それっぽかったと友人たちに褒められたことが突然頭に浮かび、咄嗟にそう振る舞った。
それが正解だったかどうかはわからない。何の役にも立たなかった気もする。
でも、自分を鼓舞できたのは事実で、素の自分のままでいたらきっと連中に反抗などできずに泣き寝入りする羽目になったと思う。
「そんなわけで、今みたいな話し方じゃなく、非常に高圧的な話し方をしてたんです。だから、もし演説するならその時と同じ話し方じゃないと不味いんじゃないかなぁ、と。偽物とか魔族に洗脳されてるとか疑われて、わたしの言うことを真実だと信じてもらえないんじゃないかって、心配になりまして……」
「まあ、確かにあり得そうな話だね」
「そうですねぇ」
「なら、その高圧的な話し方ってヤツをやればいいじゃねえか。演説なんだから別に不自然でもねえだろ」
「………………はずかしい」
「ん? 何だって?」
「ううっ。だから、皆の前でそれをやるのが恥ずかしいから困ってるんじゃないですか――ッ!!」
恥ずかしがっていても埒が明かないので思い切ってぶちまけたものの、周囲の空気が生ぬる~くなったような気がする。
一部の人たち、ニヤニヤ笑うのやめてもらってもいいですか。
「イスフェルト側が聖女ヴァイオレットと認識している人物像との整合性か。それは確かに重要だな」
「とりあえず、どういう感じなのか見てみないことには何とも言えないから、実演してもらいたいなぁ」
「そうですねぇ。普段のスミレさんとどれくらいギャップがあるかを見極めないことには、信憑性の有無を判断できませんから」
「恥なら今までも散々かいてきたでしょう? 今更我々の前で気にする必要はありませんよ」
くっ。クランツが言うとおりなんだけど、改めて言われるとムカつくなぁもう。
テーブルトークをしていた時は周りも皆普通にRPしていたから、恥ずかしがるよりむしろ張り切って挑戦していたけれど、自分一人で演じるとなると猛烈に恥ずかしさが襲ってくるんだよ!
でも、実際サンプルがないと彼らも判断しようがないのは事実なので、恥を忍んでやるしかないんだよね……。
一応前もって最初の動画をチェックし、自分の発言の一部を文字起こししておいたので、それを見ながらその時と同じように言ってみる。
「勝手に連れてきておいて無茶を言う。少しはこちらの都合を考えよ。一旦わたくしを元の場所へ戻せ。調整後なら助力してやらぬでもない」
「ブッ」
最初に吹き出したのはブルーノ。
続いてカシュパルとスティーグがゲラゲラと爆笑して、魔王とクランツは笑いを堪えている風で、レイグラーフは固まっていた。
「あっはっは、竜人族の長老にこういう感じの人いるよ――っ!」
「知ってる、赤竜の婆さんだろ。だっはっは」
「それそれ!」
「ごめんねスミレさん。笑いごとじゃないですよねぇ。でも、くっくっく、笑いが止まらない」
「うあああああっ、だから嫌だったのにいいいい!!」
あまりの居たたまれなさに耐えかねて、わたしは両手で顔を覆って足をジタバタして悶えた。一人だったら床の上をゴロゴロ転げまわるところだよ。
爆笑はまだ続いていたけれど、早々に笑いのるつぼから脱した魔王がわたしの方を向いて話し出した。
「スミレ、高圧的な話し方は有効だ。やった方がよい」
「……どうせまた笑われるし……」
「もう笑わぬから、そう拗ねるな」
頭をくしゃくしゃと撫でられる。
魔王に頭撫でられるの、久しぶりだなぁ……。
うう、チョロいわたしは簡単に懐柔されてしまう。でも嬉しいからいいや。
「ルード様も、やっぱり人物像の整合性が取れていた方がいいと思いますか?」
「それもあるが、イスフェルトが聖女奪還を掲げて侵攻してくれば、いずれ魔族国内にもその噂が入ってくる。その時に語られる聖女の人物像がお前とはかけ離れたものであれば、同じ人族であってもお前と聖女を結び付けて考える魔族は減るだろう。やる価値はある」
魔王の言葉に思わず息を飲んだ。
人族のエリアの噂もそれなりに魔族国に入ってくるのか。向こうが敵視していて交流がないから、てっきり一般魔族には聖女の情報なんて耳に入らないものと思っていた。
聖女召喚の魔法陣が固定化されて久しいというし、何なら魔族は聖女の存在すら知らないと、知っているのは部族長会議や魔族軍第四兵団の諜報部隊くらいかと思い込んでいた。
「……恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないですね。むしろ思いっきりガツン!とやらないと」
「お、やる気になったか」
「はい」
さっそくキャラ設定煮詰めて、今日からイメトレ開始しよう。
貴族言葉の語彙少ないから本屋で参考文献ゲットしてこなきゃ。
ホ~ッホッホッホって高笑いの練習だってしてやるぞ!
「そうなると、シネーラ姿で演説するのはよくないです。シネーラは城下町でのスミレのトレードマークになっているようですから」
「じゃあ、スミレさんに演説用の高圧的な女性っぽい衣装を作りましょう。飾りも色使いもとにかく派手にして、普段のスミレさんとは全然違う感じに仕上げましょうねぇ。悪趣味な衣装になるかもしれませんが、そこは我慢してください」
サイズ等はランヒルドの仕立て屋が知っているから、全面的にスティーグが監修してくれることになった。
ありがたいけれど、センスのいいスティーグに悪趣味な衣装をわざわざ作らせるなんて、何だか申し訳ないなぁ……。
でもスティーグはやけに乗り気みたいで、普段着がシネーラなわたしのイメージと真逆のヤルシュカを基に、人族のドレスに近いスタイルでゴージャスな雰囲気のものに仕立てると構想を語っていた。
天才スティーグの逆張りヤルシュカ……気になる! 楽しみだな。
それから、演説関連でもう一つ考えていたことを相談してみた。
魔族国へ逃亡したわたしが訴えたところで、宰相や騎士らの悪行をイスフェルト兵がすんなり認めるとはあまり思えない。
だから、動かぬ証拠として、実際の宰相や騎士らの言動を動画で兵士らに見せるというのはやりすぎだろうか。
「宰相や騎士らが話す場面を断片的に繋いで短い動画を作って、それを見せる方が効果的なんじゃないかと思ったんです。でも、まずはそれが実現可能かどうか知りたくて。巨大スクリーンで動画を流すのって魔力どのくらい食うんでしょうか」
映写の魔術が存在しない以上、わたしの疑問には高位の魔術師である魔王もレイグラーフも即答はできない。
とりあえず試してみようという話になり、魔王の執務室いっぱいにスクリーン表示を広げて適当な動画を流してみたところ、予想以上の魔力を消耗した。
これまで動画観賞会で延々と動画再生を続けてもわたしの魔力が三分の二以下になったことはなかったし、数値は見えないものの魔力量には自信があったので、問題なくできるだろうと思っていたのに。
見る見る間に減っていく魔力ゲージに、久しぶりにかなり焦った。あんな速さで魔力が減るのを見たのはアナイアレーションを発動した時以来だよ。
「このサイズでその魔力消費量なら、兵団全体に見えるサイズにしたら1分で魔力は空になるな」
「冗談じゃねぇ、敵前でギリギリまで魔力消耗するなんて真似を俺が許すか。魔力は半分までしか減らさせねぇぞ」
「回復薬使えば――ってわけにはいかないよね」
「当たり前だ。どうしてもやりたいなら20秒が限度だな。兵士に動画を見せる有用性は認めてるから、20秒以内の動画なら許可しないでもない」
現実的なラインとして、ブルーノに動画時間を指定された。
20秒か……。CMみたいなものと考えればできなくはないかな?
ただ、動画を編集するとなるとイスフェルトで過ごした時の動画を見返す作業が必要になる。嫌な場面を再び目にするなんてと、レイグラーフは反対した。
RP台詞の確認のために既に最初の動画を一部見返した後なので、彼の心配も的外れではないとわかっている。
魔力消費も大きいし、実行するとなると隙も大きくなるからブルーノやクランツに掛かる負担も大きくなるだろう。
動画の内容や映写についてはもう一度じっくり考えることにして、本日の会合は終了となった。
会合終了後の魔王の執務室で、魔王だけが立ち会うなか、約束どおり精霊たちに究極の魔石(小)をあげた。
魔王が音漏れ防止の結界を張ってくれたので、心置きなく精霊たちに声を掛けながら一人ずつ魔石を手渡す。もちろん、非常用だよとしっかり言い聞かせるのも忘れない。
4人ともすごく喜んで、彼らが跳ねまくり飛びまくる様子に魔王がビックリしていたのがちょっと愉快だった。
うちの子たちは本当にかわいい!
GWの複数投稿はここまで! 次回からは通常どおり木曜投稿に戻ります。
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