195話 ピザ専門店でランチする
いつもは週一投稿ですが、GW中は複数話投稿します!
今日は星の日。ナータンの件が起きて以来、心穏やかに定休日を過ごすのは久しぶりだ。
星の日は商業ギルド裏手の小さな広場でコーヒーと紅茶とスイーツを堪能するのがすっかり定着したわたしは、今日も本を片手に広場中央の日除け付きのテーブルでまったりしている。
といっても今日は読書しているフリをしているだけで、実は考え事をしていた。
離宮でお花見をした時、年明けにイスフェルトが侵攻してくると聞かされ、魔王はわたしにどう対応したいかと尋ねた。
多少の報復は許してもらえるそうで、それならイスフェルト兵に真実を暴露してやりたいと希望を述べたところ、ブルーノに演説内容を考えておけと宿題を言い渡されたのだ。
近いうちに空の魔石関係で離宮へ行くことになるだろうし、その時にこの宿題についてもある程度は報告できるようにしておきたい――のだけれども。
実は、ちょっと問題があるというか、イスフェルトで少々やらかしたことを思い出して、頭を悩ませている。う~ん、どうしようかな……。
考えてはみたものの、結論が出なかったので保留とした。離宮へ行った時に保護者たちに相談しよう。
広場を出て商業ギルドへと向かう。犬族から話は聞いているけれど、グローダ討伐のランキングの実物をまだ見てないからね。
ランキングはギルドホールの掲示板の横に掲示されていた。随時変更できるように黒板を使用しているが、なかなかゴージャスな装飾付きだ。
1位のメシュヴィツだけは板書でなく名前を彫った板が貼られている。特別扱いというよりは、2位との差が結構大きくて当分抜かれないと見られているからなんじゃないかな。
サロモが5位に残っていた。よしよし――って、7位にヤノルスがランクインしてる! マジで? いや、そういえば討伐もやるって聞いたような……。情報通なイメージが強かったせいか、何だかすごく意外に感じてしまう。
意外といえば、メシュヴィツ以外のSランクの名前がないままだ。参加しないつもりなんだろうか。不快に思われてなければいいのだけれど。
商業ギルドを出た後は冒険者ギルドにも立ち寄りランキングを確認。商業ギルドと同じボードが使用されている。ランキングの主体は商業ギルドだから、あちらから提供されたのかもしれない。
パッと確認してささっと撤収。冒険者ギルドに寄ったのはついでなのだ。
今日二番街まで足を伸ばした目的は、メシュヴィツに教えてもらったピザ専門店でランチすること!
昼時もだいぶ過ぎたし、そろそろ昼の混雑も解消しているだろう。ウフフ、どんなお店かな。楽しみだなぁ。
ピザ専門店は冒険者ギルドから少し離れた場所にあった。
ギルド周辺は食堂ばかりで、テイクアウトできる店は宿屋や下宿屋、賃貸物件があるエリアに入らないと見当たらないのが二番街の特徴だ。このピザ専門店ではテイクアウトも可能だが、メインは店内での食事らしい。
予想どおり昼時のピークは過ぎたようで、半分以上のテーブルが空いていた。冒険者は早食いが多そうなので、店が空くのも早いのかもしれない。
カウンターで注文の受付と料理の受け渡しが行われるようだが、店員は奥の厨房に引っ込んでいるのか今は無人だ。
おかげで、カウンターの後ろの壁にある具材のメニューを気兼ねなく眺めることができる。
この異世界ではピザはありふれた料理なので普段からよく食べているが、飲食店では具を選べないことがほとんどだ。
しかも、具はサラミかハムかソーセージのどれか1種類だけで、たまに刻んだトマトが一緒に載っていることもある、というシンプルなものばかり。普通においしいけれど、元の世界と比べると少々寂しいのよね……。
だから、この店はピザの具を自分で選べるとメシュヴィツから聞いて、わたしの期待はかなり高まっていた。
しかも、具材の種類がすごく多い。期待以上だよ!
ズラリと並んだメニューをじっくりと見る。
ふむふむ。肉とハムなどの加工食品、野菜、果物は仮想空間のアイテム購入機能にある食材が全種類揃っている。残念ながら魚介類はなし。
トッピング用にニンニク、ショウガ、ハーブと香辛料各種に、マヨネーズ、マスタード、酢、蜂蜜。それからナッツと追加のチーズが数種類か。
予想以上に自由度が高い。というか、カオスだ。
城下町の宿屋は二番街に集約されているから、この辺りにはいろんな種族が滞在する。どんな種族の嗜好にも対応できるよう食材を豊富に揃えているんだろうが、ここまで来ると却って難易度が高いよ。
どんな具にしようか迷うなぁ~。
真剣に吟味していたら、奥から体が大きく貫禄のある女性が出てきた。女将さんと呼びたくなるような雰囲気の人だ。
メシュヴィツが店主は熊系獣人族の女性だと言っていたから、たぶんこの人だろう。二の腕が太いのがマッツと共通している。パンやピザのように粉を捏ねる業種は熊族が多いのかな。ふかふかのパンやピザ生地と熊さん、イメージ合うなぁ。
その女将さんっぽい女性がわたしを見て驚いたような声を上げた。
「ちょっとあんた。この店はカトラリーで食べるような店じゃないんだよ?」
「はい、知ってます。大丈夫ですよ、ちゃんとカッティングボードとナイフを準備してきました」
バッグから取り出して見せると女将さんはホッとしたようだが、今度はわたしを頭から足元までジロジロと見た。ざっくばらんな雰囲気の店ではシネーラが場違いなことはよくわかっているから見られても気にしない。さすがにもう慣れた。
「まあ、わかってて来てるんならいいけどさ。何だってシネーラ着てるようなお嬢さんがこんな店に来たのかね」
「Sランク冒険者のメシュヴィツさんにお勧めされたんです。二番街で一番おいしいお店だって」
「おやまあ、嬉しいことを言ってくれるねえ! 最古参のSランクにそう言われたんじゃ腕を振るうしかないじゃないか。さあさあ、何でも注文しとくれよ!」
「えーっと、それじゃぁ……コンビーフとジャガイモのピザと、ナッツのピザにはチーズを1種類追加して蜂蜜をトッピング。追加のチーズは合うのをお任せでお願いできますか?」
「かまわないけど、珍しい注文をする人だねえ。そんじゃ先に支払いを頼むよ。それから飲み物は隣のジューススタンドか向かいの酒屋で見繕いな。焼けたら呼ぶから取りにきとくれ」
せっかくの機会なので食堂では絶対出てこない組み合わせにした。2枚は多いけれど、食べ切れない分は保存庫に入れて持ち帰る前提だ。
デモンリンガで支払いを済ませ、女将さんにカッティングボードを預ける。
よし、次は酒屋だ。ピザにはビールだよビール!
酒屋の店主に注文したピザの具を教え、合うビールを選んでもらった。ここでも変わった注文だと言われたが、まあいいや。そんなことより今はビールだ。
エールを2種類勧められたので両方ジョッキでもらってピザ屋に戻り、テーブルについてとりあえずひと口ずつ飲む。
どちらも温めだけど、香り豊かで口当たりがまろやかだ。片方はコクがあって飲みごたえがあるし、もう片方はすっきりした飲み口でほんのりフルーティーな風味がある。
う~ん、おいしい。いつもは喉越しの良さでついラガーを選んでしまうけれど、エールもいいなぁ。
「シネーラのお嬢さん、焼けたよー」
女将さんから声が掛かった。ダッシュでカウンターに向かい、カッティングボードに載ったピザを受け取るといそいそとテーブルに戻る。
バッグから『野外生活用具一式』の多機能ツールを取り出し、ナイフのパーツを使って切り分けると、ひと切れ手に取ってパクッとかぶりついた。みょ~んと伸びたチーズが途切れてぶら下がらないよう適当なところで上手に噛み切る。
おお~っ、コンビーフとジャガイモいい! チーズとコンビーフの塩気がエールによく合う。くーっ、たまんない。ボリュームあるし満足感高し!
そして2種のチーズとナッツに蜂蜜をかけたピザ、甘いけど甘すぎない。ナッツの香ばしさとチーズの塩気がいい感じに蜂蜜の甘さを引き締めてくれている。
女将さんのチーズのチョイスと酒屋のエールのチョイスも神。
ああ。こうしてゆっくりじっくり味わう食事とお酒って、何て言うか、大人の特権って感じするよね~。ハァ、幸せ~。
「おい、スミレ店長」
わたしがピザとエールをしみじみ堪能していたら、いきなり声を掛けられた。いつの間に店に入ってきたのか、ヤノルスがこちらへ近づいてくる。
「あ、ヤノルスさん、こんにちは」
「一人か」
「はい」
「俺も注文してくる。相席していいか?」
「へっ? はい、どうぞ」
魔族のNGにうるさいヤノルスが食事を共にと言ってくるとは珍しいな。
カウンターでピザを注文し、酒屋で飲み物を調達してから戻ってきたヤノルスが言うには、ピザも飲み物も全部わたしと同じものを頼んできたらしい。
「そこを歩いてたらあんたがうまそうに飲み食いしてるのが目に入ってな。昼飯はもう済ませてたんだが、どうしても同じのを食いたくなった。女将が言ってたが、あんたと同じものをと注文したのは俺で4人目らしいぞ。酒屋の店主も同じことを言っていた」
いつものヤツか……くう、ヤノルスにまで言われてしまうとは。
ヤノルスはこれまでサラミかハムなどの定番のピザしか頼んだことがなかったそうだ。自炊しない魔族は食材や調理法に関心が薄いんだろうか。せっかくこんなにたくさんの具が選べるのに、もったいない。
冒険者の食事なんてこんなものだ、いつも同じピザでも特に不満などなかったとヤノルスは言ったが、焼き上がったピザを頬張った途端あっさりと宗旨替えした。
「――うまい。具の種類が多いピザもいいな」
「でしょ~? 他にもおいしい組み合わせはたくさんありますから、いろいろ試してみてくださいよ」
「ちなみに、他の組み合わせでお勧めは?」
「このお店今日が初めてだから、この2つしか食べてないですよ」
「かまわない。あんたが食べたいと思う組み合わせを教えてくれ」
「そうですねぇ……。肉と加工食品はトマトやジャガイモと組み合わせればたいていおいしいでしょうし、目先を変える感じならハムとリンゴ、豆とひき肉、あとはキャベツとゆで卵にマヨネーズをトッピングとか。あ、追加のチーズを女将さんにお任せするのもお勧めですよ」
ヤノルスはすかさずバッグから『口述筆記帳』を取り出してメモを取った。
抜かりないなぁ。うちの商品を活用してくれていて嬉しいけど。
そういえば、ヤノルスがランキング7位に入っていたことを思い出し、話を振ってみたら意外な返しがきた。
「あのランキング、店長が一枚噛んでると聞いたが本当か?」
「ええ、まあ」
「獣人族のSランク二人が声掛けてくれれば協力したのにとぼやいてたぞ」
「ええっ!?」
彼らがわたしに恩を感じてくれているという話はサロモからも聞いていたが、ヤノルスの話はもう少し踏み込んだ内容だった。
何でも、獣人族の二人はレンタル返却が間に合わなかったあの晩わたしが保存庫入りの食事を用意していたことに相当恩を感じていたらしい。
もしわたしがお誘い不要・恋愛お断りを表明してなかったら二人同時にアタックされて大変だっただろうとヤノルスに言われ、マジでビビった。
食べ物で懐柔しようとしたのは事実だけど、効果ありすぎでしょ!?
「あんた、飲食に関する自分の影響力について認識を改めた方がいいと思うぞ」
「そんな、大袈裟ですよ~」
帰り際、女将さんにあんたが食べたいと思う他の具の組み合わせを教えてくれと頼み込まれてしまった。
ヤノルスがほら見ろという顔をしている。
ぐぬぬ……。
明日も投稿する予定です。チェックしてもらえると嬉しいです!




