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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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194話 空の魔石とイベントのその後

 昼食を終えて店番に戻ると、仮想空間のアイテム購入機能で『(から)の魔石(小)』を試しに1つ買い、手に握り込んで魔力を込めてみた。

 しばらく続けていたらやがて魔力の反発を感じ、満タンになったんだろうと手のひらを広げてみると、無色透明だった魔石が何だか少しばかり淡い虹色のきらめきをまとっているように見えた。単に光の具合のせいかもしれないけれど。

 そこへひーちゃんがひょっこり姿を現した。わたしの手のひらの上に乗って魔石をしげしげと眺めている。もしかして気に入ったのかな?

 他の人から見えないよう、カウンターの内側の一段低くなっているところへひーちゃんと魔石を乗せたまま手のひらを下ろす。



「気に入ったの?」



 そう訊ねるとひーちゃんはわたしを見てピョンピョンと跳ねた。そうかそうか、魔力が詰まってるもんね。

 あげるのはかまわないけれど、魔力供給源が複数になると管理が煩雑になるからそれはちょっと避けたい。日常的な魔力供給は魔力クリームで、非常用に取っておくというのならアリかなぁ。食料とか乾電池の備蓄みたいな感じで。

 契約した精霊はどこででも呼び出せるから、わたしが魔力クリームを提供できないなんて事態はまず起きないだろうけど、不測の事態に備えて備蓄しておくのは悪いことじゃない。



「ひーちゃん、この魔石食べずにしまっておくことってできる? 精霊たちにそういう場所ってあるのかな」



 そう訊ねたら、ひーちゃんは片手でひょいと魔石を持ち上げ、そのままスッと脇にしまってしまった!



「ええっ!?」



 びっくりして思わず声が出たが、ひーちゃんはすぐに脇から魔石を取り出し、わたしの手のひらの上に戻した。

 おお……、精霊たちもどこでもストレージみたいなものを持っているのか。よく考えてみれば、ふぅちゃんたち風の精霊は葉っぱ型のメモを預かって届けに行っている。そういう機能があってもおかしくない。


 わたしの声を聞いたからか、他の三人の精霊も姿を表した。彼らもこの魔石が気になるようで、撫でたりつついたりしている。

 くっ、かわいい。大事な大事な君たちが欲しがるならいくらでもあげるよ。空の魔石(小)なんてたったの50Dだもん。どうってことない。

 でも、契約した精霊に魔石を与えても問題ないかどうかを確認してからの方がいいだろう。わたしは精霊のことをよくわかってないし。



「保護者に訊いてOKもらえたら皆にあげるね。もうちょっと待っててくれる?」



 そう伝えると精霊たちは嬉しそうに飛んだり跳ねたりした。特に最初に魔石に関心を示したひーちゃんは天井近くまで飛び上がってトンボを切るくらいに大喜びしている。

 安価で小さな魔石でもそんなに喜んでくれるのか~。早くあげたいなぁ。

 そう思いながら何となく指先で魔石をタップしたら、開いたウインドウのアイテム情報が購入時と内容が変わっていた。



 究極の魔石 150D



 は? ちょっと待って。

 予定と違う名前のアイテムになるのは回復薬でも起こったけど、空の魔石に魔力を注いだだけなのに、何でここまで値段が上がるの?

 同じサイズで魔力入りの『魔石(小)』は100Dだよ!?


 わたしは大慌てで、ブルーノに『至急報告あり。防音の魔術をお願いします』とメモを送った。



《音漏れ防止の結界を張ったぞ。何があった?》


「先程話した空の魔石ですが、魔力を込めたら究極の魔石というアイテムになってしまいました! しかも値段が50Dから150Dに上がってまして」


《……まあ、空の魔石はもともと確認するつもりだったし、予定早めてすぐに回収するか。今日中にクランツに取りに行ってもらうからそのつもりでいてくれ。ルードヴィグとレイグラーフには俺から説明しておく》


「はい、お願いします。……ブルーノさん、驚かないんですね」


《回復薬といい、お前が魔力込めると何かしら起こるからなぁ。慣れだ、慣れ》



 割りと雑な返しをされたけれど、多少の異変が起こっても保護者がどっしり構えていてくれるというのは安心するなぁ。

 ワタワタしてないでわたしも落ち着かなくちゃ。

 とりあえず空の魔石は小、中、大、特大と全種類用意して、比較対象として魔石も全種類提出しよう。

 そうだ。小だけでなく他の空の魔石にも魔力を込めた方がいいな。レイグラーフはきっと全種類確認したがるに違いない。


 わたしの予想は大当たりで、しばらくしてレイグラーフから興奮した様子の伝言が届き、回収に向かうまでの間にできるだけ他の空の魔石にも魔力を込めておいて欲しいと頼まれた。

 ふへへ。あなたの弟子は既に作業に取り掛かってますよ、レイ先生!


 そして、閉店直後にクランツとレイグラーフが来店した。うん、レイグラーフはきっとクランツだけに任せず一緒に来ると思ってたよ。

 彼らはわたしが用意したすべての魔石を回収していった。

 ただし、空の魔石を満タンにできたのは中だけ。大は彼らの到着までに仕上げられなかったし特大は手付かずのままなので、その2つは後日またクランツが回収に来てくれるらしい。



「レイ先生。この魔石を精霊たちにあげてもいいでしょうか。特に問題ないなら非常用の魔力供給源として持たせたいんですけど」


「それは……申し訳ありませんが、すぐには返答できません。まずは、この究極の魔石がどういうものなのか調べてみないことには」


「ええ。もちろん待ちますので、よろしくお願いします」


「非常用の魔力供給源……。君は相変わらず突飛なことを思い付きますね」


「えー? 備えあれば憂いなし、ですよ。わたしの大切な精霊たちが飢えることのないように万全を尽くさないと」



 クランツは呆れたような顔をしていたけれど、レイグラーフは未知の魔石を調べるのが楽しみなんだろう。ウキウキしながら帰っていった。

 ちなみに、100Dだった空の魔石(中)は魔力を込めた後300Dの究極の魔石に変化している。

 中でこの値段なら大や特大はもっと高額になるだろう。思わずお金儲けに走りたくなるが、究極の魔石なんてどうせ表に出せないアイテムに決まっている。魔王たちに役立ててもらうしかない代物だ。

 これは貢献アイテム。お金儲けには繋がらない。よこしまなことは考えず、無心で魔力を込めよう。




 その日の内に空の魔石(大)は満タンになったので、クランツに再び回収してもらい、翌日からは空の魔石(特大)に取り掛かった。

 特大ともなるとさすがに時間が掛かりそうなので、ポケットに入れて折を見ては魔石を握って魔力を注ぐ。

 営業時間中も片手をポケットに差し込んだままカウンターで本を読んだりして過ごした。もちろんお客が来ている時はやらない。


 お客といえば、レンタルセットの返却に来た犬族Bチーム3班によると、犬族は先日のイベントの後グローダ討伐の方法を大きく変更したそうだ。

 何でも、今まではエリア内からグローダを駆逐するつもりで1つのエリアに大勢で取り掛かっていたのだが、投入する人数をぐっと減らしたらしい。

 しかもメシュヴィツの案に従い、本当に自分たちを囮にしてグローダを引き寄せているそうで、テントを張る拠点を中心に外側へ向けて円状に狩っていき、一定距離を進んだところで中心へ戻り休憩。グローダが近寄ってきたら再び狩り始める、というのを繰り返しているという。



「少人数のグループに分けてやってるんだけど、グローダを探す時間が激減して効率がグンと上がったんだ」


「何せ、向こうから寄ってきてくれるんだもんな」


「ちょくちょく休憩取れるようになったし、すごい楽になったよー」


「おお~、それは良かったですね」



 意外なことに、イベント以来ナータンが犬族たちと行動を共にしているらしく、グローダの討伐も一緒にこなしているそうだ。

 一人でやるより複数人でやった方が効率がいいこともあるが、いずれ里から同族の後輩が出て来た時にちゃんと面倒を見てやりたいなら、犬族のやり方を見ておくといいぞとサロモに言われたらしい。

 いいことだとは思うが、サロモの狙いはナータンの所有になった『テント』にあるんじゃないかとわたしは睨んでいる。

 “ナータン様参上”という馬鹿げた落書きがしてあろうと性能は抜群なんだ。討伐時に使わないはずがない。サロモのことだから自然な流れで拠点に設置させ、一緒に討伐している犬族にもちゃっかり利用させているんじゃないかなぁ。

 それはともかく、犬族との交流はナータンにとっては良いことだと思う。彼の更生には特に手を貸す気はなかったが、イベントがきっかけになったなら嬉しい。



 グローダ討伐ランキングを更新するためか、犬族たちはこまめに城下町へ戻ってきては商業ギルドへ依頼達成報告に行っているようで、そのついでに雑貨屋へ立ち寄ってはランキングの最新情報を伝えていってくれる。

 ランキングも順調に稼働しているようで、イベントの翌日は1位のメシュヴィツに続いて2位にはAランクのサロモがランクイン。その後に犬族Bランクが続き、一時的にではあるが何とCランクが10位に入っていたこともあるという。

 もっとも、ランキングのことはすぐに冒険者たちの間に広まり、続々とAランクが挑戦していっているそうで、イベントからまだ3日目だというのにランキングは1位のメシュヴィツを除いて既に塗り替えられてしまったらしい。

 犬族はサロモ以外軒並みランキング外に転落。サロモも2位から転落したものの5位に踏みとどまっていて、長年グローダ討伐を一手に引き受けてきた犬族冒険者集団の面目を保っているのだとか。



《いや~、あんなに不人気だった『グローダの討伐』が一躍人気の依頼になりましたよ。大勢の冒険者が一気に請けたので、討伐数カウント用の魔術具が1つ残らず出払ってしまったくらいで》



 伝言で経過報告を送ってきた商業ギルド長が嬉しそうな声で教えてくれた。

 それだけ人が群がればグローダの取り合いになるから討伐の効率はかなり下がってしまう。人気は一時的なもので、そのうち落ち着くだろうとギルド長は言っていたけれど、何にせよ商業ギルドにも利益があったようでわたしは満足だ。



 ナータンの借りパクから始まった今回の一件は、ゲーム感覚やゲーム的な思考を戒めてきたわたしの考えを少しばかり緩和させた。

 ランキングのようなアイディアを取り入れるくらいのことなら問題ないんだ。ネトゲアイテムの乱用や世界観を壊すような過激なプレイでなければ、ゲーム感覚やゲーム的な思考もこの世界で役に立つことだってある。

 メシュヴィツは非常にレベルの高い効率プレイをしていた。犬族も効率的な情報を得たらすぐに取り入れた。

 魔族の冒険者も効率プレイを好むのだから、周囲の反応を見つつ、魔族たちの協力を得ながら進めるならいいんじゃないかな。


 わたしもそろそろ魔族的なさじ加減を覚えつつあるのかも。

 また少し自信を持てた。

 ナータンの金策アシストを申し出て良かったなぁ。

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