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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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192話 御礼の飲み会

誤字報告ありがとうございます。

 イベントが終了すると、報酬の支払いや魔石の買い取りがあるギルド長とメシュヴィツは商業ギルドへと連れ立って去って行った。

 犬族たちはこのまま残って検証したり今後の討伐について話し合ったりするようで、ミルドはそれに少し付き合ってから帰るという。わたしはブルーノと共に引き揚げることにした。



「ナータン、お前もこっち来いよ。狩り場かぶったら効率が下がるだろ? 情報共有しとこうぜ」


「お、おう」



 引き揚げ間際、犬族Bチームの一人からナータンに声が掛かるのが聞こえた。

 犬族も狼族も群れを大事にする種族だから、仲良くとまではいかなくとも彼らと交流するのはナータンにとってもいいことなんじゃないかな。





 翌日の月の日は、朝食後から城下町のあちこちへ出向いておいしい物を調達して歩いた。

 実はイベントでの実演をメシュヴィツに頼んだ時に、報酬の代わりというか、引き受ける条件として酒と食事を共にしないかと打診されたのだ。



「店長が恋愛お断りなことは知ってる。もちろんそういう誘いじゃない。前にソルヴェイと飲みに行っただろう? キープしている樽ワインを飲ませたって自慢していたよ。その話を聞いて、俺も一度店長と飯食いながら酒を飲んでみたいと思ってね。一対一でじっくり話したいから、君の行きつけの店がいいかと思うんだが。できれば防音の魔術を使えるところがありがたい」



 今回はメシュヴィツにかなり無理なお願いをしたので、報酬に関する要望はできる限り受け入れるつもりだった。

 場所などにも配慮してくれているし、わたしもソルヴェイ以外のSランク冒険者の話を聞いてみたかったので、良い機会だと思い応じることにした。

 ただ、普段ならノイマンの食堂の奥のテーブルを選ぶところなんだけど、音漏れ防止の結界を張っての会食となると確実に目立つ。人に聞かれたくないなら目立つのも良くないだろう。

 そう思ったので、料理とお酒を買い込んでくるからうちの店内でどうですか?と提案した。

 今回ナータンが暴れたおかげで魔王特製の高性能魔術陣の効果を目の前で見ている。アレがある以上、例え相手がSランク冒険者だろうとわたしに無体なことをするのは不可能だ。

 下手に外の店で飲むより自宅の方が絶対安全だよ。


 もちろん手料理は振る舞わないし、人目に触れないよう十分に気を付ける。

 ブルーノとミルドに飲み会のことを伝えた際にそう付け加えたら、二人とも反対はしなかった。

 懸念しているとは思うので、飲み会が終わったら報告を入れるつもりでいる。



 そんなわけで、わたしが持つ城下町のグルメ情報を総動員し、二三日熟考した上でメニューを厳選した。

 こちらの要望に対して、非常に高いレベルで応えてくれた人を労うための飲み会なんだから、手を抜くわけにはいかない。

 全力でおいしい料理とお酒を準備しておもてなしするぞー!





 夕方、約束の時間にやって来たメシュヴィツを招き入れ、店の応接セットに案内する。

 テーブルの上はもちろんテーブル脇に引っ張ってきた展示台の上も料理とお酒の瓶がズラリと並んでいて、なかなか壮観だと自画自賛してしまった。

 でも、メシュヴィツも驚いたような顔で目を見開いていたから、とりあえず期待外れにはならずに済んだようでホッと胸を撫で下ろす。



「旨そうだな! それにすごい量だ。食べ切れるのかい?」


「へへへ。御礼を兼ねた報酬なので、全部メシュヴィツさんのものですよ。お口に合えばですけど、残ったら保存庫に入れてお渡ししますから、ぜひお持ち帰りくださいね。もちろんお酒もです」


「酒も? うわ、いいヤツあるなぁ」



 いそいそと酒を選ぶメシュヴィツの向かい側のソファーに腰を下ろす。

 わたしは「とりあえず生」的な気分でいつもどおりラガーの冷えたヤツを自分のグラスに注ぐ。

 メシュヴィツはブランデーを手に取った。竜人族は蒸留酒を好むようなので、近所の酒屋で店主に見繕ってもらいお勧めを何本か買ってきてある。もちろん蜂蜜酒(ミード)も忘れない。

 宅飲みなので酒も料理も自分で取ってもらうこととして、まずは乾杯だ。



「では、乾杯」


「カンパーイ! イベントへのご協力ありがとうございました!」



 午前中からずっとおいしい料理を調達していたせいか、待ちきれなくてついぐびぐびっと一気に飲んでしまった。

 くふ~っ! 今日はよく歩いたし、ビールがうまいぜ!


 メシュヴィツが骨付き肉のグリルに手を伸ばし、わたしはトマトと煮込み肉のパイをひと切れ取る。

 三番街のパイ専門店ではスイーツ部門はオレンジのパイ、お惣菜部門はこれがお気に入りだ。トマトとブイヨンで煮込んだ牛肉がほろほろで、いつ食べてもホントおいしい。パイ生地が汁気を吸ってちょっとずっしりしてる感じも良き。



「旨いな、これ。近くの店かい?」


「はい、西通り沿いのノイマンの食堂ってお店です。わたしの行きつけで、ミルドも常連ですよ」



 メシュヴィツが頬張っている骨付き肉のグリルは、昨日のうちに注文しておいて昼食時にテイクアウトしてきたものだ。

 塩コショウした骨付き肉をオーブンでじっくり低温で火を通した後、バターを熱したフライパンで表面がカリッとなるまで焼いてある。シンプルな味付けなのに仕上げのバターが効いていて、カトラリーが止まらなくなるんだよなぁ。

 牛・豚・鶏どれでも同じグラフィックで、いつもどおりネトゲのがっかり仕様なんだけど実においしい。ちなみに今日はポーク。パイがビーフだからね。


 メシュヴィツは次々に料理を取っては口へ運んでいる。どれも気に入ったのか、訊かれるままに料理と店を紹介した。

 フットワークの軽い冒険者も、街なかでは他の魔族と同じで行動範囲はあまり広くない。メシュヴィツも冒険者が多く住む二番街に住んでいるそうで、パイ専門店のある三番街はほとんど行く機会がないそうだが、四番街のお惣菜タルトの店は近いから行ってみると言った。

 わたしからも二番街のお勧めの飲食店を訊ね、ピザ専門店を教えてもらう。

 ピザは野外活動でも使う木製のカッティングボードに載せてテイクアウトできるし、そのままナイフで切り分けられる。外食オンリーで自宅に食器やカトラリーがほとんどない冒険者の多くに重宝されているのだとか。

 専門店ならいろんな種類がありそうだな。今度行ってみよう。



「どれも本当に旨いな。こんなに用意してもらって嬉しいが、随分遠くまで買い出しに行ったみたいだし、俺が面倒なことを頼んだせいで手間を掛けさせてしまったね。すまない」


「とんでもない! 今回メシュヴィツさんに実演してもらって本当に感謝してるんです。皆すごく喜んでたし、わたしも貴重なものを見れました」


「討伐数が100を越せなかったのは残念だったが、俺も結構楽しんだよ。初心に返ったような気分になって、久しぶりに冒険のモチベーションが上がったな」



 メシュヴィツの表情は穏やかなままだったが、言葉の内容が気になった。裏を返せば、長い間モチベーションが低いまま過ごしてきたということになる。

 思い浮かぶのは、以前カシュパルから聞いた次期冒険者ギルド長選出時の一件。

 影響力の維持という部族内の事情により引退できず、その結果ソルヴェイが引退してギルド長に就いた。彼女の引退を早めてしまったことにメシュヴィツは負い目を感じているようで、今も時々ギルド長のところへ顔を出しているという。

 Sランク御用達の店でグラスを傾けながら、自分は何も問題ないんだがあいつは納得してないみたいでねえ、と苦笑していたソルヴェイを思い出す。

 あの時、いつかメシュヴィツの心のしこりが取れるといいなと思ったけれど、今の言葉を聞いた限りではまだ当分難しそうだ……。



「店長は俺の事情を知ってるんだってね。ソルヴェイから聞いたよ」



 まさに今考えていたことにズバリと触れられてしまった。うう、そんなに顔に出ていたんだろうか。

 同情なんてSランクに対して失礼かもしれないけれど、だって、メシュヴィツは何も悪くないのにと、気の毒に思ってしまうのも無理はないと思う。

 白状するので許して欲しい。



「実は、保護者の一人に竜人族がいまして。初めてSランク冒険者が来店したとメシュヴィツさんの話をした時に、その、聞いてしまいました」


「なるほど、魔王周辺からか。てっきりオーグレーン商会経由だと思ってたよ」


「大家さんにはとても良くしてもらってるんですけど、顔を合わせたのは二三回くらいで、普段はほぼお付き合いないんです」



 意外なことを言われて驚いた。でも確かに、わたしが保護者たちと親密だと知らない人から見たら、わたしと竜人族の繋がりは大家であるオーグレーン商会が一番太いラインに見えるのかもしれない。

 と、そんなことより。



「あの、ギルド長は本当に気にしてないみたいでしたよ」


「ああ、彼女はそういう人だ。いつまでも囚われているのは俺だけで、まったく情けない話さ」


「えっと、ギルド長との付き合いは長いんですか? 現役時代に一緒に冒険したりとか」


「そうだな……。Aランクになる前からの付き合いだから、だいぶ長い。彼女は長年追っているテーマがあって、その冒険によく付き合ったりしていた」



 気休めにもならないだろうなと思いつつも、ギルド長のことに触れてみたら自嘲されてしまった。

 慌てて話題を変えようと思い出や冒険に振ってみたところ、メシュヴィツは微笑を浮かべながら話しだしたのでホッとする。

 やっぱり冒険話が一番だ。それに、そのテーマの話ならわたしも知ってるよ!



「伝説の空中庭園のことですよね! 空を探し尽くしたのに見つけられなかったって聞きました」


「ああ。ギルド長就任の話が降りかかった時、ちょうど探索が行き詰まってたのもあって、どうせギルド長室に収まってなきゃならないならその間は書物での研究に力を入れると言って笑ってた。ギルド長職から解放されたらまた探索に行くから、それまでに文献を漁りまくって新たな情報を見つけてやるって笑うんだぜ? 本当にあいつにはかなわないよ」


「そういえば、関連書籍を預かって届けたことがありました」


「研究院の院長と知り合ったらしいね。すごい学識と知見を持ってる、一般人じゃ見られない文献も読ませてもらえてすごく助かってると言ってたよ。……店長の先生、なんだろ?」



 メシュヴィツの問いに、わたしの中で何かが引っ掛かった。

 一拍置いて、いろんなことが頭を巡り、繋がっていく。



 『ソルヴェイに良い品があるから行ってこいと言われてね』

 早い段階から常連客になってくれたSランク。

 買い物の度に買って行く2本のミード。

 『スミレちゃんとこのミード持って来てくれたんだ。律儀なヤツだぜ』


 『ギルド長。もしかしてレイ先生のこと』

 『ああ、狙ってるよ』


 メシュヴィツがわたしと飲み会をしたがったわけ。

 防音の魔術を使って話したかったこと。


 『……店長の先生、なんだろ?』



 もしかして、メシュヴィツは――



「恋愛お断りの割りに店長は恋愛の機微に鋭い反応を見せるとソルヴェイが言ってたが、本当みたいだな。あいつは200年ずっと気付かないのに」



 からかうようにそう言うと、メシュヴィツはハハッと笑った。

 いつもながらの低くて渋いイケボでそんなこと言わないで欲しい。



 メシュヴィツはギルド長が好きだったんだ。でも今、ギルド長はレイグラーフに恋をしている。彼はそのことも気付いていて――――



 わたしは何も言葉を返せないまま、メシュヴィツがグラスにブランデーを注ぐのをただ見ているだけだった。

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