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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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191話 メシュヴィツの実演

 商業ギルド長の合図と同時に走り出したメシュヴィツが丘を下っていく。

 下りながら何か小石のようなものを原っぱのあちこちへと投げていった。何を投げたんだろう?

 隣に立つブルーノを見上げたら目が合った。ブルーノもわからないらしい。

 軍人と冒険者では戦い方が違うから、いくら戦闘が本業のブルーノでもわからないことはあるだろう。そう思ったが、Aランク冒険者のサロモも何を投げたのかわからないと言った。

 この二人でもわからないなんて、メシュヴィツはかなりレアな戦法を取っているということ?

 それはともかく、グローダ討伐に慣れている犬族から見てもメシュヴィツは相当手際良く狩りを進めているようだ。「すっげ、はええ」「武器は何だろ」「わかんねえ」という犬族の若手たちの会話が聞こえてくる。


 開始から10分近く経った頃、それまで移動しながら狩りをしていたメシュヴィツが一か所に長く足を止めるようになってきた。手元を見る限り狩り続けてはいるようなので、グローダのたまり場にでも当たったんだろうか。

 その場は狩り尽くしたようで次の場所へと移動し始めたが、移動前に足元から何かを拾うと遠くに投げた。



「はは~ん、何か魔物をおびき寄せるものを投げてたんだな。そんで、他を狩ってる間に集めとくのか。そりゃ効率いいよな」


「えー、そんなアイテム聞いたことないよ。俺も欲しいなあ。店長は長老から何か聞いてる?」


「いえ、何も。ミルドは?」


「知らねー」



 『魔物避け香』とは真逆のおびき寄せる系アイテムがあるならうちでも取り扱いたい。絶対売れる。

 でも、この三人が知らないならSランクじゃないと攻略できないような難関ダンジョンのお宝なのかもしれないなぁ。



「それにしてもさすがだな、動きに無駄がない。余分な力が入ってないから動きも速いしスタミナも温存できる。1時間ずっと狩り続けるための動きなんだろう。魔物を集めるアイテムといい、かなりこの討伐の攻略方法を考えて臨んでるようだ。強いヤツってのは単に力があるだけじゃなく、たいてい事前準備をしっかりしている。お前らも見習うといいぞ」



 ブルーノが手放しで絶賛するのを聞きながら、このお手本の実演役をメシュヴィツに頼んで良かったとわたしはしみじみ思った。

 何の得にもならない下位ランクの依頼に全力で取り組んでくれ、なんていう迷惑な話をSランクに持ち掛けるのはわたしにとってかなり勇気がいることだが、その相手として真っ先に頭に浮かんだのはメシュヴィツだった。


 もしメシュヴィツに断られても、一応他のSランクに頼む当てはあった。魔人族Sランクのイーサクはユーリーンの件で何かあれば力を貸すと言ってくれたし、サロモの話によれば獣人族Sランクの二人もわたしに恩を感じているらしいから多分こちらも大丈夫だろう。

 でも、例えCランクの依頼とはいえ、5人いるSランクの誰かがトップに君臨するという状況を作り出すのだ。そんなデリケートな状況に誰かを置くとなれば、最年長かつ冒険者歴最長のメシュヴィツを選ぶのが一番無難だと思った。

 次期冒険者ギルド長選出の時は候補の筆頭だったというし、実力も実績も最高だと冒険者たちからの評価も高く信頼も篤いというのだ。メシュヴィツなら首位にいても冒険者は誰も文句を言わないだろう。


 何より、メシュヴィツはわたしにとって初めてのSランクのお客さんだ。冒険者の中では付き合いが長い方だし、しかも、冒険者ギルド長のソルヴェイが紹介してくれた信用の置ける人でもある。

 実演の話を持ち掛けた時、即引き受けてもらえて本当に良かったよ。

 まあ、その代わりに、ちょっと面食らうようなお願いをされたけれども。




 時間が経つにつれて狩り場が遠のくとわたしにはメシュヴィツの動きがよくわからなくなったが、獣人族も竜人族もすこぶる視力がいいようで皆食い入るように見ている。

 そんな中、ブルーノがぽつりと呟いた。



「意外と魔術使わねぇんだな。竜人族だから得意だろうに」


「ホントだ。何ででしょう?」



 軍人や討伐系の冒険者には身体能力を活かした戦闘を得意とする者が多いが、魔人族や竜人族のように魔力量が多く魔術が得意な者たちは魔術を用いて戦闘することも多いという。

 なのに、メシュヴィツは討伐開始からずっと武器のみで戦っていた。何匹かまとまっているなら一匹ずつ狩るより魔術を一発放つ方が手間を省けそうなのに、何でそうしないんだろう。

 それに、メシュヴィツは時々腰にぶら下げた革袋に何かを入れている。

 グローダの魔石でも採取しているのかと思っていたのだが、サロモに聞いてみたらグローダから採れるのは価値の低い魔石ばかりらしい。小さくて拾うのも手間だからと、犬族の若手たちも討伐の際は捨て置いているそうだ。



「グローダは時々地のエレメンタルを含む黒の魔石をドロップするんだけど、品質が低いんだ。グローダは地と水のエレメンタルを持つから、小さくても白の魔石をドロップしてくれたらこの討伐も少しは旨味が出るんだけどね」



 水のエレメンタルを含む白の魔石は生活用品系の魔術具によく使われるらしく、携帯用など小さい魔石でも需要があるため、サイズの割りに良い値で買い取られるそうだ。

 作業的なだるい狩りでもおいしいドロップがあれば犬族もナータンももっとやる気が出るだろうに、残念。




 あっという間に1時間が経ち、ギルド長がメシュヴィツに伝言を飛ばして終了を知らせる。

 結局、メシュヴィツは魔物を探している素振りをほとんど見せないまま、1時間ずっと狩り続けていた。

 討伐数がどのくらいになるか犬族たちにも想像つかないようで、メシュヴィツがこちらへ戻ってくるのを眺めながら討伐数を予想し合っている。

 というか、彼らはそもそも自分たちが1時間でどれくらい狩れるのかを把握していないらしい。

 犬族冒険者集団が『グローダの討伐』を請ける時はチームごとに討伐数のノルマを決めて臨むそうだ。そして交代制で何時間も狩り続ける。それも二三日連続で。

 まるで耐久レースみたいだな。そういう状況ならきっとヘトヘトだろう。ノルマに到達したかどうかや、報酬に直結する合計討伐数くらいしか気に掛けていられないかもね……。


 小高い丘の上へ戻ってきたメシュヴィツを労うと、わたしは『回復薬(中)』を差し出した。それをぐびぐびっと飲み上げたのを見届け、今度は瓶入りの『水』を手渡す。



「ほう、これはこれは……。では、結果を発表しましょう。Sランク冒険者メシュヴィツの討伐数は――――93!」


「あ~、100行けなかったか……」



 ギルド長の発表にメシュヴィツが残念そうな顔をしている。でも周囲は「マジかよ!?」「嘘だろ……?」とざわついてますが。サロモも衝撃を受けたような顔をしているから相当な数字っぽい。

 1時間で93匹というと、40秒に1匹倒す感じだろうか。まあ、魔物を探しながら討伐するスタイルと比べたら尋常じゃないペースだというのは何となく想像がつくけれど。

 やはり、いかにしてグローダをおびき寄せ効率良く狩るかがこの討伐の肝か。

 皆考えることは一緒なんだろう、サロモがメシュヴィツににじり寄った。



「なあ、長老。あれ、何投げてたか教えてもらうわけには……」


「いかないなぁ」


「くーっ、やっぱり無理か~。そりゃそうだよなぁ……。すまん、忘れてくれ」


「意地悪で言ってるわけじゃないんだ。ただ、攻略方法を編み出すのって冒険の醍醐味だし、冒険者の腕の見せ所だろ? 聞いて知るのは確かに楽だが、お前のことだから後できっと自分で試行錯誤したかったって悔やむと思うぞ」


「あ~、そうかもなぁ……」


「だが、ヒントくらいならやるよ。魔物ってのは魔物以外の魔力を察知すると餌か敵と見なして寄って来る。別にアイテムを使わなくとも、自分を囮にして十分な数を引き付けてから討伐を開始するとか、やり方はいろいろあるぞ」



 ニヤリと笑いながらのメシュヴィツの提案に、犬族の若手たちが「うええ、気味が悪いぜ」「あいつら時々酸吐くしよぉ」などとヒーヒー言っている。

 でも、サロモはすっかり意識を切り替えたようで、指で顎を擦りながら何か思案しているようだった。犬族に合った討伐方法を考え始めているのかもしれない。



「ところでギルド長、これを鑑定してくれないか。今の討伐でドロップアイテムを集めておいた」


「どれどれ、拝見しますかな。……おや、白の魔石じゃないですか」



 メシュヴィツから革袋を受け取り中を覗いたギルド長が驚きの声を上げた。それを聞いたわたしたちも驚く。グローダのドロップは黒の魔石なのでは?

 ギルド長はすぐに手袋をはめて懐から片眼鏡を取り出すと、白の魔石をじっくりと鑑定し始めた。サイズは小さいけれど、さっき聞いたサロモの話どおりなら普段ドロップする黒の魔石より価値が高いはず。



「なっ、何でグローダ討伐で白の魔石がドロップしてるんだ!?」


「グローダは狩り方次第で白の魔石をドロップする。ここにいるヤツだけに教えるから、他には漏らすなよ?」



 唇に人差し指を当てるメシュヴィツに、犬族だけでなくもちろんミルドもナータンも、そしてブルーノとギルド長とわたしも頷いた。

 メシュヴィツの話によると、グローダは心臓を一突きするか首を一瞬で切り落とすかで瞬殺した場合のみ、白の魔石をドロップするらしい。

 しかも、空中でキャッチするか、地面に落ちた場合もすぐに回収しないとあっという間に地のエレメンタルを吸収して黒の魔石になってしまうのだとか。



「じゃあ、ドロップするのが黒の魔石ばっかなのは回収が遅いせいだったのか」


「武器の属性もあるな。水以外のエレメンタルを帯びた武器を使うと変質する。水のエレメンタルを帯びた武器を使うか、水のエレメンタルと相性のいい種族なら魔術で魔力の剣を出して使うのがいいんじゃないか。俺は黒竜だから魔力を通さない手袋をした上でこれを使った」



 そう言ってメシュヴィツは青白く光る刃渡りの長いダガーを取り出し、頭上にかざして皆に見せた。リーオフレシュという名の水属性のダガーで、難関ダンジョン攻略で入手できる武器らしい。

 ハァ~ッというため息と「すげえ……」という声ばかりが聞こえてくる。

 ブルーノとミルドも「初めて見た」「きれーだな」と小声で呟きながら見入っていた。


 回収した白の魔石は魔力を通さない革袋に入れた方がいいと、アドバイスを続けていたメシュヴィツにギルド長が声を掛ける。どうやら鑑定を終えたらしい。

 白の魔石は37個で、買い取り価格は何と4810Dですって!?

 当然ながら、今日一番大きい歓声と驚きの声が上がった。1時間で5千D弱の稼ぎ、しかも討伐の報酬は別だよ? 信じられない。Sランクすごすぎる!!

 メシュヴィツが魔術を使わず武器で狩っていたのはこれが理由か。これなら確かに手間を掛ける甲斐もある。見てよもう、ナータンがすごい笑顔になってるよ!



 まあ、冷静に考えればSランクの腕前と装備やアイテムがあっての話だ。誰もがこんな風に稼げるわけじゃない。

 ギルド長が言うには今は小サイズの白の魔石の相場が高めだそうで、これも数が出回るようになれば当然下がる。

 そもそも毎回ドロップするわけでもない。93匹狩って37個ドロップ、約4割か。ドロップ率5割、瞬殺の成功率が8割という感じかな。

 Sランクのメシュヴィツでそれなら、Bランクは2割以下になりそうだ。現実は厳しいな……。


 でも、観客たちのモチベーションは大いに上がっている。

 効率的な討伐方法。すごいレアな武器。おまけのドロップ情報。

 メシュヴィツのおかげでイベントは大成功だよ!!

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