188話 強制排除と商業ギルドでの話し合い
誤字報告ありがとうございます。
「ほう、返却できないと。それだと全額弁償となりますから、延滞金も合わせるとかなりの金額になりますね」
「弁償? 知らねえな、そんな話」
そう言ってナータンはふふんと鼻で笑った。
借りパクに続き、踏み倒しも確定、と。嫌な方向へ予想どおりになってしまったが、結局第一印象そのままか。やり過ぎかもと少しだけ不安だったけれど、商業ギルドへ移管しておいて良かったな。
「契約条項に書いてありますし、説明もしましたよ。まあ、頑張って商業ギルドに払ってください。そしたらデモンリンガの決済機能停止も解除されるでしょう」
「お前の説明不足が原因だろ。俺は払う義務なんかねえぞ」
「いいえ、ご自身のデモンリンガで承認した以上その理屈は通りません。本人が了承しなければデモンリンガは反応しないんですから。覚えてないとか理解してないとか、そんな言い訳通用しませんよ」
「な……だが」
「生意気な女だな! ナータンさんに逆らうんじゃねえよ!」
「そうだそうだ! ナータンさんに迷惑かけんな人族が!」
ビビらずに反論を続けるわたしにナータンは一瞬怯んだようだったが、取り巻きたちの援護射撃に押されてすぐに強気な姿勢を取り戻した。
「くそっ、小理屈はどうでもいい! 今すぐ商業ギルドから契約を取り戻してペナルティを解除しろ!」
「そんなこと不可能に決まってるでしょう? そちらが督促を無視し続けるから商業ギルドに移管したんです。今更何とかしろとねじ込むくらいなら、無視しないでちゃんと応じれば良かったじゃないですか」
とにかく、もうこの店でできることは何もない。訴えは商業ギルドにするしかないんだ。
そう言って片手でドアの方を示し、お引き取りくださいと促したら、いきなり手首を掴まれた。ギリギリと握り締めてくる。くっ、痛い!
「なあ、ねえちゃん。痛い目見たくないなら言うとおりにしろよ」
脅そうったってそうはいかない。こんな時のためにカウンター越しの乱暴行為への対処法も練習してきたんだよ!
わたしはくるりと手首を返して戒めを解いてやった。ナータンは驚いて目を見開いている。
「残念ながら、痛い目を見るのはそちらですよ。4日も延滞して、支払い金額どれくらいになると思います?」
「う、うるせえ! 客に向かってなめた口利くな!」
今度は胸ぐらを掴まれた。このパターンは解き方を教わってない。わたしの力量では解けないということだろうが負けるもんか。
エスカレートするようなら『感電』させて『縛』で拘束しよう。あとは巡回班を呼んで引き取ってもらえばいい。
でも、その前に言いたいことだけ言ってやる!
「なめてるのはそっちでしょ! 借りた物は返さない、お金も払わない。そんなのは客って呼ばないんだよ! さっさと出てけ!……ぐっ」
「マジ許さねえぞこの女!って……うわ、何だ!?」
胸倉を掴んだままぐいと引き寄せられ、襟元が締め付けられて息が苦しくなった瞬間、突然床の上に魔術陣が光を放ちながら浮かび上がった。
何これ!? ……ああ、きっとあれだ。
魔王が敷設したっていう高性能魔術陣だよ!
驚きのあまり誰も口を利けずにいたら、音も立てずにドアが開き、いきなり強烈な突風が吹いてナータンだけが店の外へと放り出された!?
ドンという鈍い音が聞こえて、慌てて店の外へ飛び出すと、向かいの建物の壁に激突したのか壁際にナータンが横たわっている。
急いで駆け寄り、視線でタップしてナータンのステータス画面を開く。
「気絶」の状態異常は表示されているが、HPを大きく損なったりはしていないようだ。良かった。
頬を軽く叩いてみるが反応はない。完全に伸びている。
ピンポイントの強風一発でノックアウト&強制排除完了とか、さすが魔王特製の高性能魔術陣。レイグラーフが魔族国内屈指の防御力なんて言うわけだよ。
そっと周囲を確認し、ドア脇でこちらの様子を伺っている取り巻き二人に背を向けて『縛』を唱え、ナータンの体を拘束する。そして、巡回班のオルジフに乱暴な客を取り押さえたので来て欲しいと伝言を送った。
すぐに返事が来て、今すぐ向かう、安全を確保して待てと指示される。その伝言を聞き終えて、ようやくホッと息をついた。
あと少し頑張れば何とかなる。
ターヴィがいるなら手を借りたいところだが、2号室を見たら鎧戸が閉まっていた。留守か、なら仕方ないな。
ドローテアは在宅っぽいけれど、さすがに900歳のおばあ様を荒事に巻き込むわけにはいかない。
「スミレさん、大丈夫か!?」
そんなことを考えていたら巡回班のケネトが現れた。ああ、助かった……!
見知った顔を見たら安心して力が抜けたのか、わたしは道端にへなへなと座り込んでしまった。わたしの無事を確認した後ナータンの状態を確認しているケネトをぼんやりと眺める。
ケネトの到着、めちゃくちゃ早くない? オルジフの伝言からまだ3分くらいなのに。クランツより速い気がする。種族がダチョウのケネトは身体能力が高い獣人族の軍人の中でも相当足が速いんだろう。
きっと、こういう事態を見越してブルーノは足の速い彼を巡回班のメンバーに入れたんだろうなぁ。ありがたい。
更にコスティもやって来たので、一旦ナータンの拘束を解き、籐族のコスティに自分の蔓で拘束し直してもらった。
わたしが施した拘束は魔王に与えられた護身用の魔術具によるものだと説明したし、『解』も気付かれないよう十分に注意して唱えたから特に不審とは思われてないと思う。
拘束作業中にオルジフとディンケラも到着し、ナータンは気絶したままコスティとディンケラの二人に担いで運ばれていった。今日は分屯地で勾留されるらしい。
一段落ついたところで事情聴取を、となって気付いた。
いつの間にか取り巻きの二人がいなくなっている。ナータンを見捨てて逃げたのか……何てヤツらだ。
店の応接セットでオルジフとケネトと一緒にお茶を飲みつつ、事の経緯と今日起こったことを詳しく話す。
トラブルの元となっている保険契約は既に商業ギルドに移管されているので、そちらの話も聞きたいとオルジフに言われ、商業ギルド長と連絡を取った結果今からギルドへ行くことになった。雑貨屋は臨時休業だ、仕方ない。
臨時休業の札を見てドローテアが心配するといけないので、一応ひと言声を掛けてから出掛けた。ドローテアは裏庭でガーデニングをしていたそうで、表の騒ぎにはまったく気付かなかったらしい。
「結局、そういうことになりましたか。やはり移管を勧めておいて良かった。あなたが解除できるなら彼らはもっと強硬な手段を取ったかもしれない」
商業ギルド長室に案内され、簡単に今日起こったことを説明するとギルド長はそう言った。いつもは飄々としているギルド長に真面目な顔でそう言われ、今更だが少し寒気がした。
「話を聞く限り俺も同感だな。ところでギルド長。ナータンが住む建物の管理人とは既に連絡がついていて、部屋を開けてもらう手はずになってる。未返却の品を回収したいんだが、商業ギルドからも誰か立ち会ってもらえないか」
「かまいませんよ、ギルド員を同行させましょう。それと、回収した品を証拠品として押収するのであれば、先に一度鑑定させてもらえませんかな。損害賠償の額を確定して、延滞料金も含めた最終的な請求額を算出しておいた方が良いと思うのですよ」
「ああ、部族や種族との協議で必要になるだろうな。では、その方向でお願いしたい」
ケネトが商業ギルド員と共に回収へと赴き、それを待つ間に今日起きた事の経緯を詳しくギルド長に話した。
暴力を振るわれたのはわたしだが、保険契約を移管した今では借りパクと踏み倒しの被害者は商業ギルドだ。今後、わたしたちは諸々の手続きや処理などで何度か分屯地に赴くことになるらしい。
ナータンの部屋は二番街にあるそうで、商業ギルドからも近かったせいかケネトは割と早く戻ってきた。もっとも、それは回収後速攻で走って戻ってきたからで、同行したギルド員は置いてきたという。
まあ、少しでも早く鑑定できた方がいいから責められないけれど、置いてきぼりを食らったギルド員はちょっとかわいそうかな。
回収された品の鑑定はわたしが担当した。レンタルセットは元々雑貨屋の品だから、アイテムの耐久値がどれだけ減ったかなどはわたしにしかわからないのだ。
鑑定の結果、幸いなことに『寝袋』と『野外生活用具一式』の耐久値に変化はなかった。ただ、『テント』だけは……いや、これも耐久値自体は減っていない。
おそらく、借りパクして自分の物にするつもりだったから丁寧に扱っていたんだろう。だが、外見に致命的なダメージがあった。
テントの一番外側のシートにペンキのような塗料ででかでかと文字が書かれていたのだ。――ナータン様参上、と。
それを見た時のわたしの脱力感を想像して欲しい。アホかと、お前は小学生かと罵りたい気持ちになったのも無理はないと思う。
テントは全損と決まった。弁償代は5千D、延滞金は1日3千Dかける4日分で1万2千D。合計1万7千Dがナータンへの請求額となる。
「では、近いうちに商業ギルドからあなたに支払いますね」
「えっ? ナータンさんから回収してからじゃなくていいんですか?」
「彼に支払い能力があるかどうか不明ですし、下手すると何年か越しの分割払いになる可能性もありますからな。外部への支払いはさっさと済ませて、残りはギルド内の処理だけというスッキリした状態にしておきたいのですよ」
なるほど、確かに経理上の処理を考えるとその方が楽かもしれないな。
商業ギルドがそれでいいならわたしに否やはない。ナータンの処遇がある程度決まった段階で支払われることになった。
商業ギルドとの協議が済み、分屯地へ戻るオルジフらと別れて自宅へ帰った。帰宅したことをドローテアに伝えてから店へ入る。
ソファーに腰を下ろしたら疲労感がドッと襲ってきた。でも、休む前にブルーノに連絡しなきゃ。
巡回班に出張ってもらう事態になった以上、ブルーノへの報告は必須だ。それに相手はブルーノと同じ狼系獣人族なんだから、ナータンのことを知らせないわけにはいかない。
ブルーノは中立の立場を崩さないとは思うけれど、精霊祭の話を聞く限り狼族は随分と一族の結束が強そうだから、ブルーノがわたしよりナータンの肩を持つ可能性もある。
それは仕方がないことだから、もしそうなっても動揺しないように一応覚悟だけはしておこう。
仕事中だろうと思い、まずはメモを送ったら、すぐに伝言で返事が飛んで来た。
《よう、トラブル相手が狼系獣人族の冒険者だって? 巡回班が介入したならもう俺の管轄内だ。同族の俺が間に入るから、お前は心配しなくていいぞ》
頼もしい保護者の言葉に、ちょっとだけ涙が滲んだ。
ホッとして肩の力が抜けたのが自分でもわかる。
そうだ。
鬼教官の指導のおかげで、カウンター越しに掴まれた手を解いてやりましたよって報告もしなくちゃね。
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