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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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187話 借りパク発生

 イスフェルト関連で不穏な情報はあったものの、空中散歩に火の精霊族の里訪問にお花見と、楽しく充実した二連休を過ごした。

 しかし、良いことばかりは続かない。

 スミレの雑貨屋開店以来最悪の事態が勃発しそうになっている。



 二連休明けの営業日、三人の冒険者の新規客が来店した。

 目的はレンタルサービスの利用。三人で来たものの利用者は一人だけで、残りの二人はどうやら取り巻きのようだ。

 ガタイが良く強面の利用者は偉そうに振る舞い、取り巻き二人は利用者を持ち上げては媚びへつらっている。


 この時点で既に嫌な予感はしていたのだが、レンタルは空いていたし申し入れを断るだけの理由もない。

 仕方なくサバイバル道具類を貸し出す手続きをする。

 デモンリンガの処理で、利用者は狼系獣人族のBランク冒険者と判明。名前は、ナータン。

 ………この、いかにも「乱暴者です」という風体の男がナータン。

 なーたん? かーわいい♪ って、ゆるキャラか!!

 何でこのネトゲはこうもネーミングで笑わせてくるかな。デニールとかヤルシュカとかイーサクとかさぁ!


 表情筋と腹筋に頑張ってもらいつつ、利用規約と賠償責任保険について念入りに説明する。

 特に延滞や破損のペナルティに関しては相当念を入れたのだが、ナータンは終始ニヤニヤ笑いを浮かべていてまともに聞いてなさそうだった。

 もう絶対トラブル起こす気だとしか思えない。



「これからも贔屓にしてやるぜ」



 ニヤつきながらそう言って、ナータンは店を出ていった。取り巻き二人も同じような調子で後に続くのを見送る。

 バタンとドアが閉じると同時に深いため息がこぼれた。


 う~わ~あ~~、最悪な客が来ちゃったよ……。

 彼は返却期限を守るだろうか。延滞金や賠償金が発生した場合、支払いに応じるだろうか。

 『周知』のペナルティはSランクが早期解除に必死になるくらいだから、ナータンもノーダメージというわけにはいかないだろう。だが、最初から踏み倒す気なら関係ない。

 乱暴者らしい風体と振る舞いで相手を怖がらせ、恐喝ギリギリの線で要求をゴリ押しして利益を得る。そういうトラブルはあると以前商業ギルド長が言っていた。

 今回の場合、延滞金や賠償金を踏み倒されてもレンタルセットが返ってくればまだマシな方で、最悪、踏み倒しプラス借りパクになる可能性がある。

 というか、そうなる可能性はかなり高いと今から覚悟しておいた方がいいかもしれないなぁ……。


 幸いなことに、ナータンは狼系獣人族なので、いざとなったら同族のブルーノに間に入ってもらえばいいのだから、実はそこまで深刻に心配していない。

 ユーリーンの時、最初は自力で何とかしようともがいたが、結局同族のスティーグに間に入ってもらうのがベストだった。あの教訓を活かし、今回は魔族らしくスマートに対応しようと思う。

 ただし、魔族軍将軍のブルーノの介入はわたしにとっては最強のカードで、ナータンにとっては最恐(最凶?)だろうから、カードを切るのはギリギリまで様子を見てからにするつもりでいる。

 商取引のトラブルなんだから、最初に頼るべきは商業ギルドだ。延滞が発生した段階で速やかに相談し必要な措置を取る。どれだけ脅されたって絶対に泣き寝入りはしない。

 フン、あの程度でわたしがビビると思うなよ! こっちはブルーノやターヴィや串焼き屋の親父さんで強面には耐性できてるんだよ!




 そして火、風、星の日が過ぎ、返却日の水の日。

 閉店時間になってもナータンは返却に来なかった。返却期限を過ぎたことを知らせ返却を促すメモを送るが、返答はなし。8時頃再度送ったがまたもや返答なし。

 翌日の土の日も開店時間の9時と閉店時間の5時にメモを送ったが、2回とも無視された。返す意思はないということで、借りパク確定と見るしかなさそうだ。

 朝イチで商業ギルド長に伝言を送り、レンタルサービスで未返却のトラブルが発生していることを伝えた。相談に乗って欲しいと頼んであるので、閉店後に商業ギルドへと向かう。


 予想していたことだが、ナータンはやはり商業ギルドの要注意人物リストに載っていたようで、ギルド長も彼のことを知っていた。

 無銭飲食や強引な値引要求の他に、買った商品に不具合があったと難癖をつけて金を払い戻させた上で、一度使った商品を売り物にはできないだろう、俺が使ってやると言って持ち去るという手口で何件か被害報告があったそうだ。

 何と言うか、全体的にやることがせこいし、けち臭いな。



「あんな偉そうな態度してる癖にショボい男ですねぇ」


「確かにそうなんですが、助けを呼べない状況で大声で怒鳴られたり胸倉をつかまれたりすると恐ろしくなってしまうんでしょう。泣き寝入りしそうな相手をうまく選んでいると思いますよ。ですが、あなたは泣き寝入りするつもりはないんですよね?」


「はい。うちは賠償責任保険の手続きをしてますから、デモンリンガで保険用魔術具に登録した以上彼は逃げられません。こういう時のために高い契約手数料や魔術具の使用料を払って保険制度を導入してるんです。払うものはきっちり払ってもらいますよ」


「強硬な姿勢を見せると暴力に訴えるかもしれません。女性のあなたにあまり無理をして欲しくはないですが……。まあ、魔術的に逃れようのない今回の状況を最大限に活かして懲らしめておくのが良さそうですな」



 乗り気になってくれた商業ギルド長と今後の対応策を話し合った結果、ナータンと交わした賠償責任保険の契約を商業ギルドへ移管し、対応を一任することで話がまとまった。

 契約を商業ギルドへ移管してしまえば、店の保険用魔術具ではナータンのペナルティを解除できなくなる。わたしを脅したところでどうにもならないのだから、わたしへの暴力は避けられるだろうというギルド長の提案によるものだ。

 正直言うと、相手に一発か二発殴らせれば巡回班に処理を任せられる案件になるので、わたしはそれくらい構わないと思っているのだけれど、ギルド長がわたしの身を案じて提案してくれたんだからありがたく受けようと思う。


 ギルド長からは、明日明後日の二日間『レンタルセットの返却及び延滞金の支払いを行わなければ保険契約に則りしかるべき措置を行う』と督促のメモを送るように指示された。

 しかるべき措置とは今回の場合ナータンとの保険契約を商業ギルドへ移管することだが、メモでは内容まで詳しく伝えない。手続き時に提示した書類に必要なことは明記してあるからだ。

 二日間様子を見て、それでも相手が動かなければ火の日の朝イチに移管手続きをし、同時に商業ギルドがナータンのデモンリンガの決済機能を差し止める。

 クレジットカードの停止や銀行口座の凍結みたいなものだから、飲食や買い物ができなくなりナータンはすごく困るだろう。



「商取引を軽視し、督促を無視するような者へ親切に知らせてやる必要はありませんよ。せいぜい苦労すればよいのです」



 そう言ってギルド長はにこやかに笑った。笑顔の裏に見えるギルド長の腹黒さがいかにも海千山千の商人という感じで頼もしい。

 この人、カシュパルと同じ青竜なんだよなぁ……。青竜は策略家が多いのかもしれない。二人とも味方で良かったよ。




 ナータンへの対応が決まってホッとしたものの、同時に苦々しく思った。

 督促のメモを送る二日間は月始めの連休と重なっており、ファンヌのお泊まり会が予定に入っているのだ。

 しかも1日目はエルサとの女子会が、2日目にはドローテアのお茶会が予定されていて、前者にはシェスティン、後者には何と2号室のターヴィも参加することになっている。

 初参加の二人に楽しんでもらえるよう万全の態勢で臨むつもりだったのに、督促メモの送付という腹の立つ業務を抱える上に、万が一返事が来たらその場で対応しなければいけなくなる。さすがに全力で女子会とお茶会に集中することはできそうになかった。

 楽しいイベントに水を差すとは……あの男、絶対許さん!

 絶対に全額払わせてやる。金額を聞いて震えるがいい。



「はは~ん、それで眉間にシワ寄せてるってわけね。気持ちはわかるけど、アンタそれ癖になるからやめた方がいいわよ」


「そうよ。ほら、シェスティンの美しさを見習いなさい。男なのに本当に綺麗な肌よね、うらやましいわ」


「フフッ、ファンヌみたいな美人に言われるとさすがに面映ゆいわね。手入れなんて特にしてないのに」


「手入れなしでこの透明感? ムカつくわね~~ッ! 髪もサラッサラだしさー、白樺族秘伝の何かがあるんじゃないの? 白状しなさいよ」



 エルサ、ファンヌがシェスティンにメイクとヘアアレンジをして遊んでいるのを横目に、本日二回目の督促メモを送る。

 うう、エルサに同意だ。普段のすっぴんでも十分美人なのに、メイクしたシェスティンはどう見てもド迫力のゴージャス系美女だ。さすが憧れのオネエ様。そのままランウェイを歩いて欲しい。

 ファンヌとシェスティンは初対面の異性だが、気が合ったのかすんなりと仲良くなったみたいだ。

 わたしの予想どおり中性的なシェスティンは女子会に交ざっていても全然違和感がない。普通に女子会成立していると思う。



「ねえ、シェスティンさん。次回も女子会来てくださいよ」


「スミレが敬語やめるなら考えてもいいわ」


「あ、うん。じゃあ、次からよろしくー。へへへ」



 そんな具合に女子会はとても楽しく終わったし、翌日のドローテアのお茶会も相変わらず素敵なもてなしで、お茶とお菓子を堪能させてもらった。

 初参加のターヴィは最初は緊張していたが、強面の彼がお菓子に顔を綻ばせても笑われないどころかドローテアがすごく喜んだので、終盤は随分とリラックスしているように見えた。

 特に、全員が新レシピのシナモンロールの調理経験アリだったから、アレンジ案の話題で一緒に盛り上がれたのも良かったと思う。

 ファンヌがどんな風にドローテアへ根回ししたのかは聞いてないが、今日のお茶会はターヴィの女性に対する警戒感を緩める一助になっただろう。

 お茶会が終わった帰り道、ファンヌに礼を言うターヴィを見てそう思った。



「案外楽しかった。お茶会も悪くないな。誘ってくれて感謝している」


「良かったわ。また一緒に行きましょうね」


「まあ、たまになら。……オーグレーン荘の女性陣と交流することになるとは思わなかったが」


「いいじゃない。お菓子好き同士、これからも仲良くしましょ」


「……ああ」



 おお、ターヴィの女性嫌いはだいぶ緩和してきているようだ。

 さすがファンヌ。着実にターゲットを攻略しているよ。




 今回のお泊り会も盛りだくさんで楽しい二日間だったが、ファンヌが帰った後は現状を思い出してテンションが急降下してしまった。

 結局、最後の督促メモを送ってもナータンからリアクションはないままで、予定どおり翌日朝イチで商業ギルドへ行き、移管手続きを済ませる。

 そして、帰宅して店を開けていつもどおり営業していたら、突然大きな音を立ててドアが開きナータンと取り巻き二名が店に入って来た。

 来るだろうと思ってはいたけれど、乱暴にドア開けるなっつーの。



「おい、俺のデモンリンガが使えなくなってるじゃねえか! 今すぐペナルティを解除しろ!!」


「商業ギルドから連絡が行ったでしょう? 契約は商業ギルドに移管されました。うちでは解除できませんので商業ギルドへ行ってください。レンタルセットを返却して延滞金を払ったら解除されますよ」


「返却だあ? フン! なくしちまったんで返せねえよ。残念だったな」



 やっぱり借りパクする気か。

 残念なのはそっちだ。望んだとおりに事が運ぶと思うなよ!

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