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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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186話 イスフェルトにどう対処するか

 イスフェルトが軍勢を仕立ててやって来る。

 聖女であるわたしを取り戻すために。

 そう聞いた瞬間、怒りと嫌悪と、悔しいけれど恐怖が胸にこみ上げた。


 いきなり異世界へ召喚され、協力しろと言われてすぐに頷けるわけがない。独りきりになってしまう母が心配だったし、翌日には大事なプレゼンが控えていた。用を済ませたら戻って来て協力する、だから一旦元の世界へ戻すよう頼んだのに。

 再度召喚する魔力が足りなくて戻せないにしても、助力を乞うなら最低限の誠意を見せるべきだろう。なのに、この世界へ固定するための儀式と称して暴力を振るわれ、わたしは日常と切り離されてしまった。

 聖女召喚の魔法陣に力の限りアナイアレーションを叩き込んでぶち壊し、この魔族国へと逃れて来て、ようやく自活できるようになったというのに。

 まだわたしから奪おうというのか、あの連中は!


 思わず歯を食いしばったわたしの手から、レイグラーフがグラスを取り敷物の上へ置いた。

 そのまま手を握られて、自分の手が震えていたことに気付く。



「スミレ、大丈夫ですか?」


「……はい。すみません、ちょっと動揺しました」



 以前聞いた話では、イスフェルトは魔族国に対して過去に何度も軍事行動を起こしているが、いつも霧の森の途中までしか来られないとのことだった。

 おそらく今回の侵攻も同様で、わたしが連中に連れ去られる心配は万に一つもない。

 わたしが望んでないのに、魔王を筆頭にこのヴィオラ会議の皆がそんな暴挙を許すはずがないのだから、わたしはどっしり構えていればいいんだ。

 動揺するなんて、まるで彼らを信じてないみたいで申し訳ないくらいだよ。

 だから、このまま話を聞くかどうか訊ねるレイグラーフに、わたしはもちろん頷いた。



「侵攻が始まるのは年が明けてからで、まだ2か月以上あります。急ぐ話ではないので後日にしても良いのですがどうしますか? 詳細を聞いた方があなたも落ち着くと思いますが」


「はい、お願いします。聞かせてください」


「じゃあ、俺から話す。だが、辛くなったら我慢せず言えよ」



 そう言って、向こう正面に座るブルーノが話し始めた。わたしが逃亡した後のイスフェルトについて話を聞くのはこれが初めてだ。

 イスフェルトとその属国を含む動きと、それらに対してヴィオラ会議が取った行動について具体的な説明を聞く。

 ヴィオラ会議の皆にとって当然のことだったかもしれないが、随分と綿密に情報収集と調査を行っていたようだ。

 特にカシュパルは現地入りして工作活動もしていたそうで、別にわたしのためだけじゃないとわかっているけれど、それでもやはりありがたいと思う。


 ブルーノの説明をひと通り聞いた限りでは、イスフェルトの侵攻はいつもより規模は大きくなるものの戦略・戦術共に目新しいものはなく、いつもどおりの名ばかりの侵攻となりそうだった。

 うん。やっぱりわたしが心配するような要素は何もない。

 思わずほうとため息が出て、同時に肩からフッと力が抜けた。

 そんなわたしの様子を見て皆も安心したのか、場の雰囲気も少し柔らかくなった気がする。

 ……きっとたくさん心配を掛けたんだろうな。お花見の時に話したのはわたしをリラックスさせるためだろうか。

 大切にされている。本当にありがたくて泣きそうだ。

 だからこそ、わたしはにっこりと笑う。



「いろいろと気遣ってくれてありがとうございます。気持ちの上では複雑というか不快ですけど、イスフェルトがどう足掻こうと自分に直接影響がないならどうってことはないというのが率直な感想です。なので、大丈夫ですよ。ご心配お掛けしました。次の具体的な話に進んでください」



 御礼と自分の気持ちを伝え、彼らがこの場で話し合いたいと考えているであろう話の先を促す。

 わたしの予想は当たっていたようで、魔王がわたしをジッと見ながら再び話を切り出した。



「お前はイスフェルトの侵攻にどう対処したい?」


「どう、と言いますと」


「お前が連中に復讐したいと考えるなら、ある程度は叶えてやるつもりだ」



 復讐。随分と剣呑な言葉だ。

 確かにわたしはあのイスフェルトの連中のことを憎んでいるし、内心でなら滅べとか死んでしまえとか口汚く罵ったこともある。

 仕返しはしたい。確実に。でも、復讐と言われると躊躇してしまう。


 魔王に視線で促されたブルーノが更に付け加える。



「復讐の許容範囲だが、今のところ具体的に決まってるのは禁止事項だけで、イスフェルトの殲滅とアナイアレーションの使用。その2点だけだ」


「えッ、ちょっと待ってください! 殲滅に禁忌の魔術って、わたしそんな破壊的なこと考えてませんよ!?」



 わたしは平凡な一般市民に過ぎないのだ。いくら憎い相手だろうと、仕返しの内容としては規模が大きすぎるよ!



「だが、仕返し自体を考えてないわけじゃねぇんだろう? どの程度の仕返しならしたいんだ?」


「う~~ん、そうですね……。とりあえず、殺すのはナシです。これは慈悲とかではなくて、あんな連中のために自分の手を汚したくないんです」


「お前が直接手を下さなくても、俺らが代行してやってもいいんだぞ?」


「そんなことさせられませんよ! 誰かの命を奪うっていうのが単純に怖くて無理なんですってば。被害の規模が大きいのも無理です」



 そもそもわたしの憎悪の対象は、召喚された時に自分たちの要望だけを押し付けわたしに服従を強いた宰相と、その命令に従いわたしを暴行した四人の騎士。そして、彼らに聖女の召喚と支配を命じたイスフェルト王の6人だけだ。

 そりゃ確かに一度アナイアレーションを使いはしたけれど、あれは魔法陣を壊すのが目的で、城の一部が壊れたのはおまけに過ぎない。

 手当てしてくれた神官長と女官はわたしを見て泣きそうになっていた。きっと痛ましいと思ってくれたんだと思う。イスフェルトのすべてが敵なわけじゃない。

 城や街を破壊したら関係ないイスフェルト国民を巻き込んでしまう。そんなことは望んでないのだ。



「でも、その6人も別に命を奪ったり身体的に痛めつけたいわけじゃなくて。どっちかっていうと、社会的に死んで欲しいというか。地位や信用を失ったり、罰を受けたりとか、そういう感じになったら胸がスーッとしそうだなと思います」



 わたしは別に善人ではないから「ざまあ」は嫌いじゃない。

 だけど、実験施設での訓練でイスフェルトへの悪感情をぶつけるように魔物を蹂躙し、後で激しく自己嫌悪した。自分が当事者として「ざまあ」をすれば、きっと同じように後味の悪い思いをすることになるだろう。凄惨なものは避けたいというのが正直な気持ちだ。

 ヘタレでビビリなわたしは、ざまーみろ!と指差して笑える程度の内容でないとたぶんメンタルがもたない。誰かに与えた「ざまあ」のせいで一生良心の呵責に苛まれて生きる、そんな目に遭うのはまっぴらだ。



「ふ~ん、社会的に殺すってことか。具体的に何か案はあるの?」


「えっと、わたしに対して酷い扱いをしたということを知っている人は城内でも少なそうでした。少なくとも兵士や一般国民は知らないんだから、連中の悪行を広く知らせてやるのはどうでしょう? それが原因でイスフェルトは聖女の加護を失ったと、聖女はもう二度と現れないと知ったら、国民は原因を作った王と宰相と騎士に不満を向けるんじゃないでしょうか」


「相手が国民となるとすぐには思いつかねぇが、イスフェルト軍は霧の森へ入る手前で毎回陣を張るから、お前が兵の前に姿を見せるのは簡単だな。ヤツらが本格的な侵攻を始める前にいっちょ演説でもしてやるか?」


「あ、それいいかもしれませんね。できれば関係ない兵士たちに無駄死なんてさせたくないですから、戦ったところでわたしがイスフェルトに戻ることはないと教えてあげないと……。わたしは絶対イスフェルトを許さないと、彼らの前で思いきり言ってやりたいです」



 ただ、革命が起こっても困る。難民が発生する事態になるのも避けたい。

 人族のエリアは魔素がないため魔族国の版図に加える価値はないというし、わたしも後始末の責任なんて持てないから、国家の体制が崩れる程の大きな影響は与えたくないのだ。

 属国は独立するかもしれないけれど、精々そのくらいで済んで欲しい。



「国が傾いたら苦労を背負うのは国民なので、それは望んでません。該当の6人が引責で身分や地位が剥奪されればラッキー、そこまでいかなくとも恥はかくし面目も失うでしょう。それくらいでいいかな、と」


「じゃあ、その方向で考えておく。気が変わったら早めに言えよ」


「そうそう、やっぱり一発くらい攻撃魔術ぶち当ててやりたいとかね!」



 カシュパルが冗談っぽく混ぜっ返したおかげで、皆笑いながら話し合いは終わった。

 ブルーノに演説する内容を考えておけと宿題を出されたので、ひと月くらい掛けてじっくり考えようと思う。




 お花見もお開きとなり、遅くなったからと久しぶりに帰りの馬車にクランツが同乗して送ってくれた。

 その帰りの馬車で、クランツがわたしに訊ねる。



「本当にあの程度の仕返しでいいんですか?」


「いいですよ。確かにわたしは連中に多くのものを奪われましたけど、今は幸せに暮らしてますから」



 イスフェルトの連中は横柄で傲慢で、わたしから奪い侵すばかりだった。わたしを聖女という魔力が豊富で便利な存在としか見ていなかった。

 それに対して、ヴィオラ会議の皆やファンヌは異世界人のわたしに寛容で、いつだってわたしの意志を尊重してくれた。

 彼らはわたしを聖女とは切り離して、ただの一人のスミレとして扱い、親しんで大切にしてくれている。

 そのおかげで、聖女という存在と向き合う気持ちにもなれた。今はもう、誰かを癒したり、魔素の循環異常が起きたら躊躇なく力を使おうと思える程度には、聖女という存在を受け入れられていると思う。


 元の世界のことを忘れたわけじゃない。ただ、もう戻れない以上、いつまでも引き摺っても仕方ないと諦めがつくようにはなった。

 それはやはり、この魔族国で確固とした足場を得て、毎日充実した日々を送れているからなんだろう。


 元の世界への想いは、床の上に放り出されたままになっている荷物のようなものだ。わたしはこの想いをそろそろ片付けないといけない。

 部屋で居心地良く過ごすためには、どれだけ愛着のある物でも普段使わないならどこかへしまうべきだ。今はまだその時でないとしても、いつかは手放す時も来るだろう。

 未練はある。でも、大切な想いをいつまでも床に放り出したままにしておくのは嫌だ。きちんと整理できなくとも、せめて胸の戸棚に納めるくらいはしたい。

 このまま、この魔族国で生きていくわたしには必要な作業だと思う。



「そうですか。レイが聞いたら泣いて喜びそうですね」


「へへっ。でも本当ですよ。だからイスフェルトが侵攻してきたって怖くなんかないです。わたしはもう魔族国の一員ですし、そもそもイスフェルトの者だったことなんて一度もないんだから、奪還なんて言われる筋合いないっつーの!」


「フッ、確かにそうですね」



 そんな風にクランツとおしゃべりしながら馬車に揺られる。


 こうして、二日間のエキサイティングな休日は幕を閉じた。

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