185話 お花見と動画観賞
「へえ~、そんなに辛いんだ。よく完食したね、偉い偉い」
「汗だくで悲惨な顔になってましたが」
「回復魔術とウォッシュですぐに復活したから! メイクも落ちたけどすぐ直したし!」
「まあまあ。それで、その後は食後の腹ごなしを兼ねて散策しながらまた火の山を見学して、時間になったので引き上げてきたというわけです」
火の精霊族の里をお暇し、離宮に戻ってきたわたしたちをカシュパルが迎えてくれた。夕方くらいから離宮の庭でお花見する予定なので、その前に回復薬買い取りの決済手続きを済ませるそうだ。
だが、大量の調合ログを見せた途端、カシュパルはうんざりした顔になった。
「ちょっと、これ全部数えろっていうの? 材料費を買い取り価格とするなら調合本数が何本だろうと関係ないじゃない。やだよ、そんな無駄な作業するの」
カシュパルはそう言うと、材料費の総額だけ確認できれば問題ないと作業を大幅に簡略化してしまった。調合した回復薬の本数のチェックも必要ないとのことで、レイグラーフが回収した本数を報告すればそれでいいらしい。
想定していた確認工程を無駄な作業と判断されてしまい凹んだが、以前のカシュパルだったらわたしに気を遣ってもっと優しい言葉でやんわりと諭しただろう。それがヴィオラ会議のメンバーに対するのと同じような遠慮のない言い方になっていることに気付いて、急に嬉しさが沸き上がってきた。
扱いが雑になったのを喜ぶなんて変かな。でも、より親密になった感じがするし一人前の魔族として扱われている気がして嬉しい。
一方で、レイグラーフはスミレが信用されているから作業を省略できるんですよと慰めてくれた。
相変わらず心配性な師の気遣いをありがたく頂戴し、お礼代わりにどこでもストレージから新たに調合した回復薬をごっそり取り出して回収してもらった。
調合レベルが上がったことだし、また楽しく解析してくださいね、レイ先生!
決済手続きと回収それぞれの作業が済むと、わたしたちは庭へ出てお花見の準備を始めた。
お花見の主役はハナミズキみたいな花木で、ピンク色の花が咲いている。花弁の先に向かってピンクが濃くなるグラデーションが綺麗だなぁ。
木の根元近くに大きな敷物を広げる。四人でそれぞれ角を持てば簡単だ。
わたしが履き物を脱いで敷物の上に座ると、他の三人も後に続く。
「なるほど。こうして花を眺めながら皆で飲食するのですね」
「テーブルと椅子じゃダメなの?」
「かまいませんよ。ただ、運んだり人数分揃えたりするのが手間だし、敷物は敷くだけでいいから楽でしょ? 東屋から花が見えるならそこでお花見するのもいいですね。オーグレーン屋敷の庭では時々ドローテアさんが東屋でお茶してますよ」
話をしながらどこでもストレージから大皿と保存庫を取り出すと、わたしはお惣菜タルトを盛り付け始める。
たくさん注文したので山盛りだ。ふふふ、おいしそう。
更に、ブルーノが大量のサンドイッチが載った大皿を片手に、もう片方の手にはグラスや取り皿、カトラリーが入った籠をぶら下げてやって来た。ファンヌに運ばされたらしい。
まだお酒や飲み物が残っているそうで、クランツが取りに行ったと思ったらすぐに木箱を担いで戻ってきた。本当に獣人族は重い物を担いで走るのが得意だな。
日が傾きかけた頃、魔王とスティーグもやって来た。
魔王は敷物の中央を少し空けさせて魔術具を置くと、今度は敷物をぐるりと囲むように数個の魔術具を地面へ置いていく。
そして、魔王が腕を振ると、敷物中央の魔術具を中心に光る魔術陣が地面に浮かび上がった。徐々に上昇していき、地上から3メートルくらいの高さで一際明るく光を放つとフッと消えた。
夕暮れへと色を変えていく空のグラデーションと魔術陣がとても幻想的で、思わずため息が漏れる。
日頃の生活の中で使う魔術具にも魔術陣は組み込まれているが、魔術陣そのものを目にすることはない。転移陣もこういう挙動はしないし。
普段使う魔術も生活魔術が多いせいか、こういう幻想的な光景はお目に掛からないから、久しぶりに「魔術すごい!」と感動した。
「音漏れ防止と視認阻止の魔術具だ。外にいる者は中の様子を見聞きできぬ」
「お、それなら警備の兵を気にせずに済むな。安心して宴会できるぜ」
「ブルーノが言うことも目的の一つですが、ルードにこの魔術具を用意してもらったのはお花見の余興のためでしてねぇ。スミレさん、あとで空中散歩と火の精霊族の里訪問の様子を動画で見せてもらえませんか?」
「おお~っ、それいいですね! わたし本当に感動したので、ぜひ皆さんにも見てもらいたいです」
「じゃあ、さっさと乾杯して始めようぜ。腹減った」
「うんうん。スミレの差し入れのタルト、おいしそうだもんね」
それぞれ好きな酒をグラスに注ぎ、乾杯する。
仲間と花を見ながら外でお酒と食事。うん、まさしくお花見! 嬉しいなぁ。
わたしはサンドイッチを摘まみながら、お惣菜タルトを紹介した。気に入ってもらえたようで皆よく食べている。やはりたくさん買ってきて正解だった。
グルメな魔人族である魔王とスティーグは食べたことがあると言ったが、他のメンバーは存在も知らなかった。軽食だから食堂では扱わないとエルサも言っていたし、わたしが思っていた以上にレア料理なのかもしれない。
「さて、そろそろ動画の準備をしましょうか」
「よろしくお願いします。動画を見るのは久しぶりなので嬉しいですねぇ」
スティーグの言葉にわたしも頷く。こうして皆で動画を観るのは久しぶりだ。物件を見に行った時の様子を見せた時以来だから、もう三か月以上前になるのか。
あの頃はまだわたしも皆もネトゲ仕様のことをよくわかってなくて、いちいち驚いては大騒ぎしていた。それが、今はこうして娯楽として提案されるくらいに皆も馴染んだのかと思うと、それだけ月日が経ったんだと感慨深いものがある。
第四兵団の離発着場で飛び立つ場面から始まった動画観賞会は予想以上に盛り上がった。
冒頭から緑のトンネルの中を飛んでいき、トンネルを抜けたらすぐに加速&上昇し、水平飛行に戻った途端に広がる空と地平線。そして眼下に広がる城下町。遠くに見える火の山やヴェストルンド平原など、見どころ満載だ。
そのまま流すと1時間かかってしまうので飛ばし飛ばしで観たが、それでも迫力満点だったと思う。
続いて、火の精霊族の里訪問時の動画に移る。
こちらの動画も長いので、展望台から見た火の山の様子をメインで見せた。近くで見たことがある人は意外と少なかったようで、いつも気怠そうな魔王ですら身を乗り出して観ていたくらいだ。
そして、火の精霊族の里を訪れた真の目的である、ここでしか食べられないスープも見せた。スープを見た皆の反応がおもしろい。
「うわっ、真っ赤だよ!?」
「赤いのは全部辛味成分なんですよねぇ?」
「想像以上に赤ぇなぁ……。これ、本当に食えるのか?」
「見ていてくださいよ。スミレはこれを完食しますからね」
「フフフ、わたしの勇姿をとくとご覧あれ!」
「君の姿が映っていたら面白かったんですが。ああ、このあたりから突然汗を吹き出し始めました。食事中の君が無表情になるのを初めて見ましたよ」
「ふむ、それは余程のことだな」
「クランツはいつものことですけど、ルード様まで酷くないですか?」
皆、恐ろしいものでも見るような顔でスクリーンを見つめている。
クランツはこのスープに多少関心があったそうだが、残すことはできないから食べない方が無難だと前もってレイグラーフに言い含められていたらしい。
「まあ、確かに人生で一番辛かったけど、食べて良かったですよ。あんな強烈な体験、二度とないと思いますし」
この二日間、衝撃的な体験の連続で、ものすごくエキサイティングだった。
城と城下町から出るだけでも初めてだったのに、いろんな場所を見て初めて種族の里を訪れて、魔族国の新たな一面に触れられた。
ものすごく中身が濃く貴重な体験ができたことを本当に感謝している。おかげでわたしは今までよりもっともっとこの国が好きになったと思う。
わたしがそう言うと、満足そうな、嬉しそうな、満更でもなさそうな、それぞれの反応を見せた。
二日間の動画を観終えたところで、思いついたようにブルーノが声を上げる。
「なあ。ついでだから、この前お前が酔っ払いに絡まれたところも見せろよ」
「串焼き屋のでしょ? 僕も見たい!」
「スミレさんが啖呵を切るところ、是非とも見たいですねぇ」
そんな武勇伝のようなものじゃないんだけどなぁ。言ったこともブルーノの受け売りだし……。
ただ、わたしが酔っ払いに対応するところや、魔力の盾で防御できたところを見て安心してもらえたらいいなと思ったので、該当場面の動画を上映したのだが。
予想外にウケた。何でだ。
ブルーノとカシュパルとスティーグは爆笑しているし、魔王とクランツも口を手で押さえて笑っていた。レイグラーフまでもが手を叩いて喜んでいる。
「素晴らしいですよ、スミレ! 実にいいことを言いました!!」
「ブハッ、お前こんな時まで料理の味に言及してんのか」
「あはははっ。予想以上の剣幕だな~」
「“反省しろッ!!”って。いや~、可愛いですねぇ。くっくっく」
「何ですかもう。人が真面目に怒ってるのに」
子供扱いされているのか馬鹿にされているのか、ちょっとムッとしたので動画を飛ばしてエビの炙り焼きを食べる場面を映してやった。案の定、皆気味悪がってざわついたので溜飲を下げる。
今度は魚介料理を食べに海辺の里に行きたいと言ったら、クランツがすごく嫌そうな顔をした。クランツはラーメンも見た目がダメだと言っていたし、食に関しては案外繊細だなぁ。
知らないうちに誰かが魔術で明かりを灯していたようで、気付かなかったが、いつの間にかすっかり日が暮れていた。
料理もほぼ食べ終えたし、そろそろお花見も終了かと思ったら、魔王がどこからかフルーツを盛った皿を取り出した。このタイミングでフルーツとか、行動がイケメンです魔王様。
グラスにワインを注ぎ、リンゴを一切れつまむ。さっぱりした酸味が口の中に広がった。ああ、おいしいなぁ。
ハナミズキに似た花を見上げる。背後の空には満月。
元の世界で夜のお花見と言えばライトアップが付き物だが、こうしたぼんやりとした明るさの中で花を見るのも悪くない。
この世界では月は満ち欠けしないから、満月の月明かりで結構明るいし。
そうだ。今度お月見もしよう。毎晩満月だからいつでもお月見できる。曇りや雨だったとしても『晴天』を唱えればOKだ。
グラスを傾けながらぼんやりとそんなことを考えていたら、魔王に名前を呼ばれた。
見ると、魔王だけでなく皆がこちらを見ている。
何だか妙な雰囲気だ。
「スミレ。話がある。落ち着いて聞け」
「はい」
魔王が改まった様子で切り出した。
ほろ酔い加減だった頭がすうっと醒めてきて、心臓が少しずつ音を立て出す。
何だろう。緊張する。
その緊張は果たして正しかった。
「年明けに、イスフェルトが侵攻してくる。名目は聖女の奪還。つまり、お前が目的だ」
ドキンと一際大きく心臓が鳴る。
魔王の言葉の意味を理解した瞬間、全身が総毛立った。
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