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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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184話 火の精霊族の里訪問

 空中散歩の翌朝。

 目が覚めて、いつものようにステータス画面を確認しようと体を動かしかけたわたしは鈍い悲鳴を上げた。



「ぎゃっ! な、何……いだだだだ、ひいい痛いぃ」



 ステータス画面を見ると『筋肉痛』の状態異常が。

 二の腕や脚、腹筋とか背筋はまあわかる。でも、首とかお尻とか、そんなところまで筋肉痛になるものなの!?

 冗談抜きで全身筋肉痛。どこを動かしても痛い。即座に回復魔法で解除したが、よく考えれてみれば竜に乗るなんて乗馬みたいなものだ。乗馬は体幹が鍛えられると聞いたことがある。くっ、筋肉痛になって当然か……。

 痛み自体は消えたものの、いつもより念入りにストレッチした。

 今日は火の精霊族の里を訪問するからそれなりに歩くだろうし、里は火の山にあるから坂が多いかもしれない。二日続けて筋肉痛にはなりたくないよ。



 朝食後、里へ同行するレイグラーフとクランツの二人が迎えに来てくれた。彼らとおしゃべりしながら城の転移陣へと向かう。

 レイグラーフも今朝わたしと同じ目に遭ったそうだ。筋肉痛について語り合いつつクランツにも話を振ってみたら、やはり彼は何ともなかったらしい。

 そりゃ、とりもちなしで乗ってられる人とは体の造りが違うか。


 城には部族長会議のメンバーのみが使える転移陣があり、各部族の里と繋がっている。今回の訪問では特別にその転移陣を使わせてもらえるそうだ。

 レイグラーフに促されて転移陣に乗る。まずは城から精霊族の里へ転移し、そこから更に別の転移陣で火の精霊族の里へと転移した。

 城と種族の里は直接繋がってないんだな。

 間に部族の里を挟んでいるという事実に、魔族国は複数の部族による連合国なんだと改めて感じさせられる。



 火の精霊族の里へ転移した途端、周囲の温度が変わった。

 うわ、暑い。暑い地域だと話には聞いていたけれど本当に暑いよ。30度以上はありそうだ。

 今日は薄手のシネーラを着て来たが、さっさと魔術で体を覆う空気の層を冷やしておこう。訪問中に熱中症になったら困るし――って、回復魔術で状態異常を解消するだけか。

 元の世界で染みついた思考パターンってなかなか抜けないなぁ。


 転移陣から少し離れたところに、鮮やかな赤い髪をした小柄な男性が二人立っていた。レイグラーフは彼らと挨拶を交わすとわたしとクランツを紹介し、わたしたちにも二人を紹介した。

 何と、片方は火の精霊族の種族長で、もう片方は種族長の側近で今日の案内係を務めてくれるのだとか。

 種族長自ら出迎えとは恐縮だ。それだけ毛織物(ウール)の装備品を気に入ってくれたということだろうか。ありがたいなぁ。



「イらっしゃイ。ヨク来たネー。赤い装備品気ニ入ってルヨ。アリガトー」


「気に入っていただけて良かったです。こちらこそ、本日はご招待いただきありがとうございます」


「ゆっくりシテ行ってネー」



 独特のイントネーションだなと思いつつ、種族長と挨拶を交わした。――と思ったら、彼はもういい?と側近に訊ね、了承を得るとパッと変化(へんげ)してスタスタと去っていった。

 一応ヒト型で二足歩行をしているけれど、人体部分はメラメラと炎が揺らめいている。ちなみに服は着ていない。

 ちょ、ナチュラルなご様子ですが、ヌ、ヌードなのでは!?



「ああっもう、すんません。うちの長、ああいう人でねぇ。服着るのあんまり好きじゃなくて、普段はああしてゆる~いヒト型で過ごしてるんッスよ。もういい?ってのも、後はもうお前に任せてもいい?って意味でして。どうか誤解しないでやってください」



 側近が頭を掻きながら弁解した。

 彼の名前はムーバリさん。レイグラーフが言うには火の精霊族の中ではまともな社交ができる貴重な人物で、種族の外交担当者なんだとか。

 確かにこの人は種族長と違ってイントネーションが普通だし、ちゃんと服も着ている。それにしても、まともな社交って。



「ハハハッ。まあ肩書は側近だし外交も担当してるけど、ほとんど長の世話係みたいなもんッス。お嬢さんも長見てだいたい察してるでしょ? うちの種族は皆あんな感じでね、他の部族や種族とまともに社交できるヤツが少ないんッスよ」



 確かにあの種族長は自由だな~という感じの人だ。陽月星記でもエレメンタル系精霊族はエキセントリックな人が多かった印象がある。

 でも、グニラはエレメンタル系精霊族は単純で裏表がなく気の良い連中だと言っていた。まあ、種族の個性が強く本能に忠実なところがあるので扱いが面倒な面もあるとも言っていたけれど。

 うーむ、グニラの言葉が実感としてわかる気がしてきた。

 まともな社交ができる貴重な人物と評されるムーバリですら、初対面の異性の招待客に対してこういうゆる~い感じで接しているのだ。

 でも、おかげで少し気が楽になったかもしれない。

 もちろん地雷は踏まないように気を付けるけれど、あまり緊張しなくても良さそうだ。



 転移陣のある場所から移動し、ムーバリの案内に従って建物の外へ出た。

 おっ、硫黄の匂いがする!

 きょろきょろと辺りを見回したら、今出てきた建物の背後に火の山の頂上付近が見えた。



「うわ、でかっ!」



 思わず口から出てしまった。そりゃ昨日空中散歩の最中に遠くから見えたくらいだから大きい山に決まってるけど。それにしてもでかい。

 もくもくと白い煙が立っているのは昨日見たのと同じだな――って、え?



「あれ火口じゃないですか!? うわ、近っ! え、噴火とか溶岩とか大丈夫なんですか!?」


「あ、見たいッスか? 今日は噴火しないって聞いてるけど、ある程度コントロールできるんで、噴火させられるかどうか問い合わせてみるッスよ?」


「うえっ!? い、いいですいいです! そんな無理になんてとんでもない、自然のままにが一番ですから!」



 噴火や溶岩の被害はないのかと聞いたつもりが、まったく見当違いな答えが返ってきて心底驚いた。

 火の山を噴火させる……? 見たいですかって、そんな気軽に……。ひいい、エレメンタル系精霊族の感覚、よくわからなくて怖いよぅ。

 種族長が赤い装備品気に入ったって話、真に受けていいのか心配になってきた。



「あの、種族長は服を着るのがあまりお好きじゃないというお話でしたが、赤い装備品をお気に召したというのは……」


「ああ、すっげー気に入ってるッスよ! 季節に一度部族の里で種族長会議が開かれるんッスけど、寒いからって毎回行くの嫌がってて困ってたんッス。でも、あの装備品一式のおかげで全身あったかくなったし、しかも全部赤色に染めたもんだから、まあ気に入っちまって。脱ぎたくないからってしばらく里へ帰って来なかったくらいッスよ。ここじゃ暑くて着てらんないからね~。部族長も喜んでたッス!」



 そ、それは良かったと言って喜んでいいのかな? よくわからないが、ムーバリは楽しそうに話しているから多分いいんだろう。


  ムーバリの案内で周囲が一望できる展望台のような場所へ来た。

 火の山や火口がよく見える。岩がむき出しで植物は草しか生えていない。標高は結構高そうなのにこんなに暑いなんて不思議だな。

 レイグラーフの解説によると、この火の山で世界中の火のエレメンタルの8割が生成されるそうだ。

 火のエレメンタルと相性のいい種族にとっては第二の聖地のようなもので、いくつかの種族が火の山の麓のあちこちに里を形成しているらしい。縄張り争いが起こることもなく、割と仲良く共存しているのだとか。



「遥か昔には争いもあったそうなんスけどね。縄張り争いを続ける種族に対して、当時の種族長がこの里への出入りを禁じたら慌てて停戦して謝罪してきたと聞いてるッス。火の山から遠ざけられるとでも思ったんスかね」



 ムーバリの話を聞きながら、その話は陽月星記に載っていたなぁと思い出す。

 麓の縄張り争いで魔術が乱発され、エレメンタルを無駄遣いするなと火の精霊族の種族長が腹を立てたんだっけ。

 名所や史跡を訪れて、テレビや本で見聞きしたことを実感するこの感覚……。何だか観光旅行みたいだな、と思ってふと気が付いた。

 これって観光旅行じゃない? ほんの数時間の滞在だけど、立派な日帰り観光旅行だよ!



 観光旅行と言えば、景色や風物。そしてご当地グルメだろう。

 ムーバリの案内で、ついに来たよ!

 火の精霊族の里の食堂へ!!


 昼食にはやや早い時間帯だからか、店内は空いていた。

 事前に予約されていたようで、案内されたテーブルの席にいそいそと座ると、店員から渡された何枚もの木札のメニューを見ていく。

 非加熱で素材状態に近いものを好む精霊族の食堂らしくサラダの種類が豊富で、スープやシチューに比べると肉のローストの種類は最小限という印象だ。

 そして、驚いたのが水の種類の多さ! ジュースやお酒の種類も多いが、「〇〇の水」といった具合に産地の川や湖の名前がズラズラと並んでいる。



「すごいですね。水のメニューって初めて見ました」


「精霊族の里ならどこでもあるけど、王都にはまずないッスね。何か飲んでみるッスか?」


「はい! じゃあ、レーヴ水をお願いします」


「おー、水の精霊族の里の水ッスね。料理はどうします?」


「もちろん火の精霊族のスープで!」



 今回の訪問の目的はコレなんだから! ここでしか食べれないこのスープのためにグニラが手配してくれたんだ。外すわけにはいかないよ。

 ムーバリは大丈夫ッスか?と心配していたし、レイグラーフとクランツは他の料理を注文していた。でも、わたしの決心は揺るがないぞ。

 ただし、サイズは大・中・小とあったので無難に小にしておいた。

 そして、念のため食後に飲むタイプのフィルも注文しておく。辛さを抑えるには水よりヨーグルトだろう。


 料理が出て来る前に先に水が来たので、さっそくレーヴ水を飲む。

 水の精霊族の里があり、レーヴ湖事変の中心となった湖の水だと思うととても感慨深いが、味は……正直よくわからなかった。

 魔族たちには違いがわかるんだろうか。どちらにしろ、自分の里や所縁のある地の水を楽しむんだろうな。


 そして、満を持して登場した火の精霊族のスープは予想どおり真っ赤だった。

 赤い上に濃い。スプーンでかき混ぜると少しとろみがある。

 正直言ってわたしはそれ程辛いものが好きなわけでもないし、学生時代にノリで一度10辛にチャレンジしたことがあるだけだ。激辛経験は少ない。

 だけど、どれだけ辛かろうが根性で完食する自信だけはある。


 いざ!!


 覚悟を決めてひとくち口に含んだ瞬間、強烈な刺激が舌を襲った。

 ひい! 辛いいいぃ!!!

 予想外だったのが辛さ以外の味がしないことだ。わたしの知る激辛料理は辛さを補うだけのコクやうま味があるのに、それが一切ない。

 ただひたすら辛いだけのスープ。いや、もしかしたら、ひと口で舌と味覚が麻痺してしまったのかもしれないが。

 これはヤバイ。時間が長引けば長引くほど被害甚大になると脳が告げる。


 黙々とスープを口に運ぶ。辛いを通り越して痛い。

 全身から汗が噴き出しているのがわかる。

 レーヴ水を飲んでこの辛さを洗い流したいが、それは逆効果だ。今は耐えろ。

 体を覆う冷気を強化して、一気に食べ進める。

 止まるな、考えるな、ほら、もうすぐ、フィニッシュ――!!!



「ふおぉ……口から火が出そうです…………」


「そんなホメられちまッテ、オ嬢さんクチがうまいネー!」


「スミレ、大丈夫ですか?」


「へ、へへ、燃え尽きました……」


「ヤー、喜んデもらえてウれしいヨー」



 レイグラーフが心配そうに訊ねる横で、フィルを運んで来た店員が嬉しそうにそう言った。

 褒めたつもりも喜んだつもりもなかったけれど、そうか、火の精霊族的には口から火が出るとか燃え尽きるというのは誉め言葉なのか。

 一つ賢くなったよ……ハハハ……。

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