182話 空中散歩の打ち合わせ
誤字報告ありがとうございます。
痛み止めの販売許可を得た翌日、またまた調合がレベルアップした。
調合レベル3からは『回復薬(中)』のレシピを調合できるようになる。初歩的な『回復薬(小)』と違い数種類のレシピがあるのが上位レシピという感じだ。
レベルアップで作れるようになったレシピは、回復薬と状態異常を解除する特殊回復薬のレシピなら自由に調合してかまわないと、レイグラーフから既に許可をもらっている。
さすがに毒は自分の目が届くところでしか調合させたくないらしい。その場で回収できないのは心配だろうし、わたしも特に毒を調合したいという欲求はないので別にかまわない。
一応全レシピを作ってみようかとも考えたが、調合のログが煩雑になると買い取り作業の際に側近たちが手間取ることになるかと思いやめにした。
スキル育成的には経験値が一番多く入るレシピで調合するのがいいのだけれど、残念ながらステータス画面にスキルの経験値が表示されないので最速の調合修業メニューは不明だ。
なので、材料費が一番安くなるレシピを選んで調合を始める。
ベストではなくともベターならいいや。少なくとも買い取り価格を最安値に抑えられるのだし!
そして、完成した薬の名はやはり『聖女の回復薬(中)』となっていた。聖女のチートで薬効もまた1割高いのかな。高いといいな。
料理や魔力クリームを作る時に「おいしくな~れ」と願いながら作るように、調合する時は「早く良くなれ~」と願いながら作っている。使用者の状態はさまざまだから「痛いの痛いの飛んでいけ~」ではちょっと変だからね。
雑貨屋の営業と調合修業に邁進する日々を過ごす中、延期になっていた空中散歩と火の精霊族の里訪問の日程が決まったとスティーグから連絡があった。
もともとの予定から2週間遅れの陽・月の2日間で、1日目に空中散歩、2日目に火の精霊族の里訪問とお花見。そして、空き時間のどこかに回復薬買い取りの決済手続きと薬学の講義が入るらしい。
お花見にはお惣菜タルトを差し入れよう。獣人族の大食漢が二人いるからたっぷり買っていかないと……。下手すると店頭にあるタルトを全部買い占めることになるかもしれない。
あらかじめ注文しておいた方が良さそうな気がするので、近いうちに四番街のタルト屋へ行ってこよう。前もって保存庫を預けておけば、大量に注文してもあまり店に迷惑をかけずに済むと思う。
雑貨屋の方はというと、冒険者がぽつぽつと来ては消耗品と酒類を買って行き、近所の人たちがたまに来ては薬がわりに素材を買っていく感じで、こぢんまりとした商いになってきた。
レンタルサービスの利用頻度も落ちて、最近はBランクが複数人で利用することがほとんどだ。来月あたりから犬族冒険者集団には月2回貸し出してもいいかもしれない。
ヨエルが来店した時には薬学の勉強を始めたことを話した。
「そのうちスミレちゃんがわしの得意客になるかもしれんのぅ。必要な素材が手に入らんで困った時はわしに指名依頼を出したらええ。何でも採ってきてやるぞい」
「おお、頼もし~い。素材を採ってきてもらえるのもありがたいですけど、採集のお話も聞かせてもらいたいなぁ。採る時のコツとか素材ごとの扱い方の違いとか、そういうのにちょっと興味あるんですよね」
「ほー、そんなら飯でも食いながら話すか? ミルドかヤノルスが一緒なら問題ないじゃろ。あいつらの都合がつかなきゃギルド長呼んでもいいしの」
そんな風に冒険者たちと交流したり、2号室を訪ねるついでに立ち寄ったファンヌと昼食を一緒したり、内装屋の新しい担当者が調合台と棚を納品してくれたりしている内に、空中散歩と火の精霊族の里訪問の予定が入った週末を迎えた。
余裕のあるスケジュールが組まれているが、念のため前日から離宮に泊まることにして閉店後すぐに馬車を拾って城へと向かう。
夕食には明日の空中散歩の打ち合わせを兼ねてブルーノとカシュパルとクランツが参加してくれた。
ブルーノとカシュパルに会うのはレイグラーフ宅での日本食アイテムの試食会以来だからかなり久しぶりだ。伝言でのやり取りはちょこちょこしているものの、やはりこうして顔を見ながらおしゃべりできるのはすごく嬉しい。
「空中散歩は午前中を予定している。スミレはバルボラとヴィヴィ着用。それから『とりもち』の用意な」
「はい!」
「あ、急遽レイも参加することになったから、彼の分のとりもちもお願いね」
何でも、どうせわたし以外も乗せるならついでに飛行速度を計測してくれとカシュパルが要求したらしい。
確かにレイグラーフは計測慣れしてそうだし、打ってつけだと思う。
空中散歩終了後にはカシュパルのリクエストに応えて天候を操作する魔法を使うので、帰着地は以前訓練で訪れた研究院の実験施設だそうだ。
でも出発地は別の場所で、魔族軍第四兵団の離発着施設を使用するらしい。出入りが目立たないように作られているそうで、そこから王都方面へ向かう。
第四兵団というと、カシュパルがよく一緒に行動するという諜報部隊が所属しているところだ。本職のスパイたちの秘密基地かと思うとわくわくする。
「城下町も見たいか? それなら全員姿を消す必要があるから『隠遁薬』を使用する。効果の持続時間は10分だが、飛行可能空域からの往復時間を考えると城下町上空にいられるのは実質5分ってとこだな」
意外なアイテム名が挙がったので驚いた。
そういえば、城下町上空は飛行禁止区域だったっけ。ワイバーンの離発着場も街の一番外側に配置されているし、さすがに大っぴらに上空を飛ぶわけにはいかないんだろう。
「城下町をじっくり見るなら隠遁薬を複数本使用することになるが、お前はどうしたい?」
「う~ん、俯瞰できれば十分満足なので隠遁薬1本分でいいかなぁ。むしろ城下町の外を見たいです」
ただでさえ普段は人を乗せることのないカシュパルに負担を強いているのに、飛行中にいろいろと煩雑なことをさせるのは避けたい。
城下町はひと通り見て歩いたエリアだし、せっかく未知の広いエリアを見に行ける機会なんだから限られた時間を有効活用したい。
城下町を通過した後は、2日目に行く火の精霊族の里がある火の山が見えるところまで行くと聞き、俄然テンションが上がった。
火の山! 里へ行けばたっぷり眺められると思っていたけれど、まさか空中散歩の最中にも見れるとは思ってなかったよ!
「そんなに近くまでは行けないけどね、遠目にも火の山だってことはわかると思うよ」
「想定では約1時間のコースだ。あんまり長く時間取ってやれねぇが……」
「とんでもない! 連れていってもらえるだけで十分ですってば。本当に嬉しいです」
わたしを乗せて外を飛ぶんだから下手に冒険できないのは当然だ。とりもちで固定するから落下の心配はないとはいえ、無理しない方がいいに決まっている。
コースもなるべく危険な魔物が出ないエリアの上空を選んだそうだ。
「まあ、それは下を走る俺がいちいち魔物に絡まれると面倒だからってのもあるんだがな。遅れちまうと予定が狂う」
「ブルーノさんは走ってついてくる気なんですか!? いくら獣人族が足速くてもさすがに大変なんじゃ……」
「獣化するからどうってことねぇよ。さすがにカシュパルが最高速出したら振り切られるだろうが、お前を乗せてそこまでは出せねぇからな」
「時間ないから途中でかなりスピード上げると思うよ。最高速までは出さないからそこまで心配しなくていいと思うけど、スミレは大丈夫そう?」
「えっ、どうでしょう。ジェットコースターくらいならたぶん大丈夫なんじゃないかな……というか、ブルーノさん獣化するんですか!? え、モフモフ? モフモフ祭り!?」
ふおおお! 狼系獣人族のブルーノの獣化した姿が見れるなんて!
狼って実物はよく知らないけど、ハスキー犬みたいな感じならきっと腹毛とかフカフカなんじゃないかな……。ふわあ、モフモフしたい!!
ああ、でもこれ絶対お誘い案件でNGなヤツだよ。腹毛にモフモフなんて絶対ダメだ。ベッドへ直行コースだ。
……でも、相手がブルーノなら。わたし相手にそんな気になんてならないだろうし、ちょっとだけなら触らせてもらえないかなぁ。
どうせ今までもいろいろとやらかしてるんだし、今更だと見逃してくれないだろうか。
「あの、ブルーノさんにお願いが」
「モフモフが何か知らんが却下だ」
ブルーノは即答すると同時にわたしにデコピンした。くうっ、久々に食らってしまった。しかも手加減なし、痛いぃ。
「何も言ってないのにひどいー!」
「その顔、絶対ろくでもねぇこと考えてただろ」
「同感ですね。将軍の判断を支持します」
具体的なことはわからずともわたしのよこしまな思惑はすぐに看破されてしまったらしい。さすが、軍人二人は危機察知能力が高いようで……とほほ。
空中散歩当日の朝。
わたしはバルボラとヴィヴィを着て朝食を終えると、クランツと共に離宮を出た。
向かう先は魔族軍第四兵団の離発着施設。諜報と謀略担当のカシュパルも時々利用しているらしい。
本職のスパイたちの秘密基地に入れるのかと秘かにわくわくしていたのだが、転移陣に乗る前に目隠しをされクランツの肩に担がれて運ばれ、目隠しを外された場所は離発着施設。結局スパイの秘密基地らしいところは何も見れなかった。
いや、わたしは部外者だし機密保持のためには当然必要なことだけど!
ただ、帰りは研究院の実験施設だからここには戻ってこない。もう二度と来る機会がないかと思うとやっぱりちょっと残念だ。
というか、獣人族は気軽に人を担いで運びすぎじゃないだろうか。クランツはこの前夜遅くに回復薬の回収に付き添って来た時もレイグラーフを担いでダッシュしたというし。
しかも、わたしだって一応異性なのに! 異性との身体的接触はNGであることが多い癖にどうなってるんだとブツブツ文句を言っていたら、クランツに不思議そうな顔をされてしまった。
身体能力が高い獣人族にとって、移動力に乏しい他部族を担いで走るのは割とよくあることだそうで、特に軍人の場合は行軍やフィールドワークでその役割を任されることは珍しくないらしい。
マジか。どうしよう、もしエルサに担いで運ばれたらどんなリアクションしたらいいの!? あのツインテールが可愛いエルサの肩に担がれているアラサー女子のわたし……嫌だ、想像したくない!
「また何かくだらないことを考えてますね? もう着きましたから頭を切り替えてくださいよ。今日は高所を飛ぶんですから、さすがに集中してないと危険な目に遭いかねません」
「はっ、そうだった! クランツ、今日はよろしくお願いします」
クランツはとりもちで固定されたわたしの後ろで、落下などの不測の事態に備える係だ。
つい調子に乗って浮かれていたけれど、ちゃんと緊張感を持って臨まないといけないな。
「今日もし怪我をしたりしたら、明日の火の精霊族の里訪問は中止になる可能性があるということを念頭に置いてくださいね」
「ひい! 肝に銘じます!!」
ブルーノとカシュパルは既に離発着場にいて、わたしたちが着いてすぐにレイグラーフもやって来た。
ブルーノの指示で隠遁薬を配る。使用するのは1本だけの予定だが、念のため各自3本ずつ配られた。
レイグラーフにはとりもちも渡す。とりもちで自分の両腕に計測用の魔術具を固定するようだ。
そして、カシュパルが竜化した。くはーっ、相変わらずの迫力。かっこいい!
この青竜に乗って、今日は異世界の空を飛ぶんだ――――胸熱!!
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