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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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180話 【閑話】イスフェルトへの対応

 イスフェルトが年明けに侵攻してくるのが確定的になった今、このことを早くスミレに伝えるべきだというのがカシュパルの主張だ。

 だが、レイグラーフはそれに対し懸念を示している。イスフェルトの情報と接することでスミレが不安定になるのではないかと案じているのだ。



「イスフェルトのせいで拗れていた聖女に対するわだかまりがようやく薄れてきたというのに……。何とか知らせずに済む方法はないのでしょうか」


「俺はあいつに隠し事はしないと約束した。俺には伝えないという選択肢はハナからねぇぞ」



 妥協点を探ろうとするレイグラーフをブルーノが突き放す。

 だまし討ちのようにしてスミレのファイアボールを魔力の盾なしで受け、散々に泣かせた実験施設での失敗はブルーノにとって酷く苦い思い出だ。

 あいつは自分の弱さに対する配慮を喜びはしない。どれだけ厳しい内容であろうと正直に伝える。それが己に課せられた役目だとブルーノは考えている。

 また、魔王もブルーノに同調した。



「グニラ刀自を聖女の回復魔法で治癒した件について確認した時、スミレは私に、聖女の役割と向き合えるようになりたいから魔素の循環異常が発生した時は教えてくれと言った。イスフェルトが聖女奪還を掲げて侵攻してくるなら、あれは向き合おうとすると私は考える」


「嫌なことを思い出させたくないっていうのはわかりますが、我々が伝えなくともいずれ冒険者経由でスミレさんの耳に入りますよ。自分には知らせてもらえなかったんだと、却って悲しい思いをさせるだけのような気がしますけどねぇ」



 メンバーの言葉を聞いてレイグラーフも納得した。

 ブルーノと魔王が言うとおりスミレの意思を尊重したいのはレイグラーフも同じだし、何気にスティーグの言葉がぐさりと刺さった。自分の浅慮で彼女を泣かせてしまうところだったかもしれない。

 スミレが過去の痛みを乗り越えて前へ進もうとしているのだから、案じてばかりいないで励まし導くのが師たる自分の勤めだと、レイグラーフは自分を戒める。



 レイグラーフが同意したので、次はスミレにいつどのように伝えるかの相談が交わされ、空中散歩と火の精霊族の里訪問の後にやるお花見の時にと決まった。

 改まって会議の場を設けるよりも、食事と酒を楽しみながらリラックスした状態で話す方がいいだろうと意見も一致する。



「具体的な説明はブルーノに任せる」


「おう。侵攻に対応するのは魔族軍だしな、引き受けるぜ」


「説明はそれでいいけどさ、その後はルードがスミレにどうしたいかちゃんと聞いてあげてよ? 僕が侵攻を遅らせたのはスミレに考える時間を与えるためなんだからね」



 そこが一番重要なんだと、カシュパルが魔王に念を押した。

 何せ、イスフェルトに対してはアナイアレーションを発動するくらいに憎悪を感じていたのだ。聖女奪還を大義名分として侵攻してくるイスフェルトにどう対応したいか聞いてやるべきだと、カシュパルは主張する。

 ただ、訊ねてもすぐには答えられないかもしれない。ことは戦争絡みなのだ、平和な世界からやって来たというスミレには難しい問いだろう。

 だからこそ、カシュパルは侵攻を遅らせるよう画策した。年明けまで伸ばせれば少なくとも黒の季節の間はじっくりと考えることができる。三か月の猶予があれば納得のいく答えを出せるだろうし、少しは彼女の負担も減らせると考えたのだ。



「スミレがどうしたいか、か。なぁ、ルードヴィグ。あいつがイスフェルト軍に対して何か行動を起こすとして、どこまでが許容範囲か、今ここではっきりさせておかないか?」


「あ、ブルーノもそう思う?」


「そりゃそうだろ。常に最悪の状況を想定し、それに備えるのが俺の職分だ。最低限、もしあいつがイスフェルトを潰したいと願ったらどうするかくらいは決めておかねぇと。聞かれてからあいつの前で相談するわけにもいかんしな」


「い、イスフェルトを潰す!? そんなことをスミレが望むでしょうか」


「国そのものや人族を殲滅したいとまでは思わないでしょうが、彼女がされたことを考えれば、王とその周辺くらいは滅したいと考えても不思議はないのでは?」


「だよね~。聖女の召喚はともかく、こっちの世界へ固定化するための暴力を命令したヤツと実行したヤツに対して復讐するのは全然アリじゃない?」


「カシュパル! 真面目で温厚なスミレを変に焚き付けないでくださいよ!?」



 レイグラーフがわたわたと焦るのを見ながら、カシュパルはフッと皮肉めいた笑いを浮かべる。焚き付けるも何も、イスフェルトは自らの行いが跳ね返るだけじゃないか。

 スミレが魔族国へ亡命してきた直後、彼女の話の裏付けを取るためにカシュパルはイスフェルトへ飛び潜入調査をした。彼女に為されたことをヴィオラ会議の中で最も具体的に知っている彼は、その調査以来、あんな国今すぐ滅ぼしたっていいと思っている。

 少なくとも命令した王と宰相、それから直接手を下した『四方の守護者』という四人の騎士らは自分がこっそり始末してしまおうかと真面目に考えたくらいだ。魔王に止められたから個人的に手を下すのはやめたが。

 仕方がないので、属国の王らを焚き付けて独立を目指す動きをさせ、少しばかりイスフェルトの連中に嫌がらせをするに留めた。

 それだけで済ませてやったのは、いずれスミレが自分で手を下したくなるかもしれないし、それを自分が取り上げたら悪いと思ったからに過ぎない。



「確かにスミレは普段は穏やかだけど、イスフェルトが絡むと苛烈になったり激情に駆られたりすることもあったじゃない。負の感情は確実にあるんだから発散させてあげなきゃ。ねえ、ルードはどこまでならスミレに許す? スミレなら一人でもイスフェルトを潰せるよね。アナイアレーションを放てばいいんだからさ」


「おい、俺はそんな過激な案には乗らねぇぞ。いくら何でもやり過ぎだ」


「そうですよ。周辺への影響を考えてください」


「スミレに同行する私もアナイアレーションに巻き込まれて死にそうですが」


「クランツを巻き込んだらスミレさんは廃人同様になってしまいますよ。笑えませんから、冗談でもやめてください」



 ようやくイスフェルトへ鉄槌を下せる時が来たとばかりに、嬉々として復讐案を挙げるカシュパルにメンバーはやや引いている。

 魔王は眉間にしわを寄せ、カシュパルを軽く睨んだ。



「アナイアレーションの使用もイスフェルトを潰すのも許さぬ。一体どれだけ魔素を消費すると思っているのだ。人族に情をかける気などないが、無駄な魔素の大量消費を許すわけにはいかぬ」


「ちぇっ、さすがに禁忌の魔術は無理か~。でも、ある程度の物理的な攻撃は許可して欲しいよ。やり返したっていう実感は必要じゃない?」


「物理的な攻撃というと、スミレの場合は魔術か魔法になります。魔素を消費しますよ」


「攻撃魔術を数発食らわせるくらいはやらせてやってもいいんじゃねぇか? 俺を瀕死に追い込んでるからファイアボール以外になるだろうが」



 その程度なら許すと魔王の許可が下りた。

 復讐の許容範囲の最大値が概ね決まったので、次は実行する際の人員配置についてへと議題は移る。

 すると、いつものように気怠そうにしていた魔王が珍しく身を乗り出し、会議の面々を見渡してから宣言した。



「スミレがイスフェルトの者たちの前に立つ場合は私も共に出る。背後に立ち庇護を示そう」


「ルード! いいね、そう来なくっちゃ!!」


「う~ん。それなら、そういう場合を想定して豪華な揃いの衣装を準備しておきましょうか。万が一にも人族に侮られてはいけませんからねぇ」


「俺とクランツも同行するしかねぇな」


「望むところですよ」


「イスフェルトは聖女に見限られたのだ、今後一切聖女の恩恵を受けることはないと、この機会に徹底的に知らしめてやれ」



 不適な笑みを浮かべた魔王の言葉に、ヴィオラ会議は一気に盛り上がる。

 どこへ出向くことになるかはまだわからないが、その時は自分が乗せてまとめて運ぶとカシュパルが言い出した。



「お前、あれだけ男を乗せるのを嫌がってたくせに、こういう時だけ調子いいな」


「だって、竜に乗ってドーン!って登場したら絶対あいつらビビるじゃない。そうだ、空中散歩のついでに速度測ろうよ。複数人乗せての飛行でどこまで速度上げられるか調べておけば、どこへ行くことになっても所要時間が算出できるでしょ?」


「ああ、それはいいな。せっかくの機会だ、有効活用しようぜ」


「それなら離発着場所と飛行ルートも実戦に即したものに変更しませんか。これまでは遊覧目的で計画していましたから」



 ノリノリな様子で話を進めるカシュパルにブルーノとクランツが乗っかる。

 すると、自分とスティーグは出番がないとレイグラーフが拗ねたような顔で言い出した。



「それなら、レイも空中散歩に参加したらいいよ。スミレとクランツしか乗らない予定だったからルードの分の重量が足りないし、計測はお手の物だろうから担当してくれたらすごく助かる」


「いいのですか!? 計測やデータ収集なら任せてください。ありとあらゆる状況に対応してみせますよ」


「空中散歩だけじゃねぇ、スミレがイスフェルトの連中の前に出る時だって役割はあるぞ。俺らが出掛けてる間レイグラーフには離発着場所の維持と管理を任せることになる。スティーグは城で待機、何か起これば調整役を担うだろう。最前線だけが戦場じゃねぇ。後方支援は重要なんだぞ」


「全員が傍にいたって仕方ないですからねぇ。適材適所、それぞれの場所でスミレさんの意志が完遂されるよう支えましょう」




 いい感じにスティーグが話をまとめ、皆が頷く。

 空中散歩やお花見などの詳細は後日改めて詰めることとし、そろそろ会議もお開きかと思われた。

 そこへ、カシュパルが皆に酒瓶を回しながら意気揚々と次の提案をぶち上げる。



「ところでさ、僕、空中散歩が終わったらご褒美に魔法の『荒天』と『落雷』を堪能させてもらうってスミレと約束してるんだけど、ルードとスティーグも時間作ってこっそり見においでよ。前回見てないでしょ? それからレイ、ついでにその時スミレに精霊を呼び出させてさ、アクティベートで活性化した状態で魔法を使わせてみようよ。エレメンタルが強化されまくって絶対すごい嵐になると思うんだ!」



 竜人族は嵐や雷雨を好む。

 カシュパルが魔王やレイグラーフの知的好奇心を刺激し、威力を上げまくった嵐の中を竜化して飛び回って満喫しようと画策しているのは見え見えだ。

 少年っぽい笑顔でさわやかに振る舞ったところで、ヴィオラ会議のメンバーは誰も騙されたりしない。――しない、のだが。



 魔王はひと言「採用」と告げ、レイグラーフは諸手を挙げて賛成した。

 ブルーノとクランツは呆れた顔をしている。


 スティーグだけがくつくつと笑っていた。

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