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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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177話 串焼き屋の親父さん

謹賀新年

本年もよろしくお願いいたします。

「人に向かってワイン掛けるなんて信じられない! 何考えてんのよ!」


「うるせえ! 何で人族が魔力の盾なんか……くそっ、お前のせいでワイン掛かったじゃねえか」


「うるさいのはそっちでしょ! 食べ物飲み物を粗末にするのは魔素を無駄遣いするのと同じだよ! 魔素は無限じゃないんだ、反省しろッ!!」



 農作物を育てる際の水やりは魔術で行うそうだし、オーブンなどの調理器具だって魔術具だ。

 わたしたちの口に入る物には魔素が使われているんだと、魔素に言及してやったらかなり効いたらしく、二人はぐっと言葉に詰まった。

 おまけに他の客からも「そうだそうだ!」「良いこと言った!」などとわたしの発言を後押しするような声が上がっている。

 ブルーノの言葉の受け売りだけど、魔素は魔族にとって重要だもんね。



「ケッ、料理ったって、たかが串焼きじゃねえか。塩振って焼いただけだろ」


「はあ!? ……あの塩の旨味に気付かないなんて雑な味覚ですね。料理と料理人をリスペクトしない人に食べる資格なんてないと思いますけど」


「な~にが塩の旨味だ。わかったような口ききやがって。第一、人族が魔族に魔素の講釈垂れるんじゃねえよ!」


「そのお嬢さんの方がお前らより魔素の重要性を理解してるように見えるがな」


「まったくだ。ワイン無駄にしやがって。お前らそれでも精霊族か」


「んだとォ!?」


「皆さん、わたし間違ったこと言ってないですよね!?」


「おう、間違っちゃいね……うわヤベえ」



 後押ししてくれる客たちの方を向いて彼らから賛意を得ようとしていたら、突然ガン!ゴン!と大きな音がした。

 音がした方をパッと見ると、ガタイのいい年配の男性がダッチオーブンを片手に仁王立ちしている。

 見下ろす彼の足元には両手で頭を抱えた酔っ払いたちが蹲っていた。


 うわあ……。どうやらこのダッチオーブンで後ろから思いっきり殴られたっぽいけど、だ、大丈夫なの? 首の骨折れたりしてない?

 この所業……たぶん店の主なんだろう。デカイよ、ターヴィ並みにデカイ! そして顔が、酔っ払いたちを睨む顔がめちゃくちゃ怖い。

 ひいぃ! 騒ぎを起こしてごめんなさい!!



「うるせえぞ、お前ら」


「いってえな、このクソ親父!」


「ほう、出禁にされてえのか。うちのメシは塩振って焼くだけらしいし、かまわんだろ」


「チッ、ちょっと口が滑っただけだろ。いちいち怒んなよ」


「酔い醒ましても同じこと言えるのか? ……やれ」



 低くしゃがれた店主の声に、傍で聞いているわたしの方がビビッてしまう。

 その店主が顎をしゃくると、店員の一人が酔っ払いたちに状態異常回復の魔術を掛けた。更に、店主がウォーターを唱えて二人に頭から水をぶっ掛ける。



「うわっ、冷てえ!」


「何しやがる!……って、あれ?」



 状態異常回復で「酩酊」が解除された上に、冷たい水をかぶって頭がすっきりしたのか、二人とも顔を見合わせて首を傾げている。

 店主はその様子を見ると、ドライを唱えてずぶ濡れの二人を乾かしてやった。すかさず店員も彼らに回復魔術をかけ、ウォッシュで床にこぼれたワインと水を処理している。

 叱るだけじゃなく、ちゃんとケアもしてあげるんだ。あんなに怖い風貌の割に意外と優しいというか、細やかな人なんだなぁ。



「えっと……、俺たち……?」


「酔いは醒めたか。ったく、世話の焼ける。そこの嬢ちゃんに詫び入れたらとっとと帰れ」


「うわ、ヤベえ……! 親父すまん。あんたもな。悪気はなかったんだ」


「冒険帰りでつい飲み過ぎちまって……。絡んで悪かったな」



 そう言って、酔っぱらいでなくなった二人はわたしに謝ると、ささっと会計を済ませて店を出ていった。

 床を掃除したらすぐ会計の準備をして待機していた店員の仕事振りが何気にすごい。こういう酔っ払いのトラブルに慣れているんだろう。

 二人の退去があまりに素早くて呆気にとられていたわたしは、ふと自分に向いている視線に気付いてそちらを見た。

 ガタイのいい店主とバチッと目が合う。

 ハッ! 彼らがいなくなった今、騒ぎの元はわたしだけになったのでは!?

 ひええ、謝罪だ謝罪!!



「うるさくしてすみません! 他の皆さんにも大変ご迷惑をお掛けしました。申し訳ありません」



 慌ててペコペコと頭を下げて謝罪したら、他の客らは気にするなと言ってくれたのだが、店主はわたしをジッと見下ろした後、わたしの向かい側の席にドカリと腰を下ろした。

 極太の人差し指で座れと合図される。

 わたしは猛スピードで着席して背筋をビシッと伸ばした。ハイ、いかなるお叱りの言葉も拝聴する所存ですので許してください!

 店主は両腕を組んでテーブルに乗せると、やや前のめりになって話し出した。

 うう、強面の上目遣いとドスのきいた迫力のある声が怖い。



「ちょっとばかし内緒話がしてえんだが、沈黙の魔術を使ってもいいかね」


「は、はい、どうぞ」



 わたしが承諾すると、店主がパッと音漏れ防止の結界を張った。

 範囲は店主とわたしの二人だけか……本当にサシの話し合いだ。怖いし緊張もするけれど、少しだけ慣れてきた。

 だってこの店主さん、ちゃんとこちらの意思を確認してくれるし、さっきの二人にもわたしに謝るよう促してくれたし、悪い人ではなさそうだもの。怖いけど。



「あんたさっき、うちの炙り焼きのことであいつらに何か言ってただろ。塩の旨味がどうとかってよ。あれ、詳しく教えてくれや」


「塩の旨味、ですか。……ええと、その、わたしは料理には詳しくないので、ただの素人の感想に過ぎないのですが……」


「かまわん。聞かせてくれんかね」



 プロの料理人にお聞かせしたところでお耳汚しにしかならないんじゃないかと思うけれど、こうなったら話すしかない。

 以前からこちらの炙り焼きをとても気に入っていたこと。特に塩の具合が絶妙だと、旨味が強く味に深みがあると感じていること。

 食料品店で売られている岩塩とは味が違う気がしていること。岩塩とは違う別の塩があるかどうかは知らないが、この店の塩は特別なんじゃないかと考えていたこと。

 これまで3回店を訪れ、テイクアウトも含めて結構な種類を食べた上での感想をつらつらと述べる。

 わたしの話を聞き終えた店主は少しの間考えを巡らせているようだったが、考えがまとまったのかわたしの目を覗き込むようにジッと見ながら口を開いた。



「嬢ちゃんに頼みがある。せっかく褒めてくれてんのに悪りいが、塩のことには触れねえで欲しいんだ。嬢ちゃんの予想どおり、うちでは岩塩以外の塩も使ってる。城下町には他に串焼き屋はねえけどよ、食堂なんかでも真似できちまうから注目されたくねえんだ」


「なるほど、お店の味の重要機密に抵触するんですね。わかりました、今後は口に出しません。……あの、ただ“おいしい”と言うだけなら問題ないでしょうか」


「ああ、それはかまわんよ。むしろありがてえ。あんた、いつもうまそうに食ってくれるもんなあ」



 ひえぇ、ここでもおいしそうに食べるヤツだと認識されてたよ!

 食い気全開みたいで恥ずかしいけれど、料理人にとっては好印象だと考えれば良いことだ。ポジティブに捉えよう……。

 実際、店主は機嫌が良くなったんだろう。内緒だぞと念を押しつつも、機密に当たる塩についてわたしに教えてくれたのだ。



「うちで使ってる岩塩以外の塩な。ちょっと特殊な塩でよ、海辺の里ってとこでしか売ってねえんだ」


「海辺の里!? もしかして、海水から作った塩だったりしますか?」


「……こいつは驚いた。海水の塩を知ってるのかよ。海辺の里の連中以外にはほとんど知られてねえのに」


「えっと、たまたまというか。市場で魚介類のスープを飲んで気に入りまして、それ以来海辺の里にすごく興味があったんです」



 そういえば、今日買った本のうちの一冊が海辺の里の本だ。

 まだ読んでいないので塩について書かれているかどうかは知らないがと断りつつ、バッグから本を取り出して店主に見せたら驚いていた。



「ほお~っ。本当に興味あるんだな。あんな辺鄙なとこに興味持ってるヤツ、初めて見たぜ」



 何かウケたらしく店主はゲラゲラ笑っていたが、ふいに面白いことでも思い付いたというような顔で両手をパンと打つと、わたしに向かってニヤリと笑った。



「魚介類のスープが気に入ったと言ってたな。それなら嬢ちゃん、エビ食うか? メニューにねえ食材だが、今日少し手に入ったんだ。食うなら焼いて――」


「お願いします!!」



 店主が言い終わる前に被せ気味に答えてしまった。

 エビを食べさせてくれるですって!? あれだけ市場中探しまくってもゲットできなかったエビちゃんを!

 マンガだったらきっとわたしの背後には花や星が飛びまくって、パアアッなんて擬音が書かれているに違いない。

 それくらい嬉しくて、わたしは諸手を挙げて喜んだ。それなら焼くかと厨房へ戻る店主の後ろ姿から後光が差しているような気がして、思わず心の中で手を合わせる。


 そして、わたしの前にやって来たエビの炙り焼きは、元の世界で見たエビの塩焼きとほぼ同じ感じでとてもおいしそうだ。あんまりおいしそうなので、つい白ワインを頼んでしまった。

 わたしが嬉々としてエビの殻や足をもいでいくのを、店主と店員と、更には他の客までもがテーブルの傍までやって来て見ている。



「うへえ……。これ本当に食えるのか?」


「虫みたいじゃないか。お嬢さん、あんたホントに大丈夫なのかよ」



 エビは見た目を苦手とする魔族に敬遠されていると以前リーリャから聞いたが、店主以外の反応は確かにおっかなびっくりという感じだ。

 でも、そんなの関係ない! わたしは白ワインを一口飲むと、あ~んと口を開けてエビの炙り焼きにかぶりついた。

 んふっ、おいしい! プリップリだよ、これぞエビって感じの食感! そしてこれもきっと海水の塩で焼いてるんだろうなぁ。あ~、この旨味、マジ最高!

 あっという間に平らげたわたしに、店主が呆れたような口調で言った。



「すげえ勢いで食うなあ。そんなに気に入ったなら全部焼いてやるから、食えねえ分は持って帰んな。今日も保存庫持って来てんだろ?」


「いいんですか!? ありがとう親父さん!」



 店主とは初対面だから本当は笑顔を控えないと魔族のNGに抵触してしまうのだが、この状況で笑顔を引っ込めるなんてわたしにはどう頑張っても無理だった。

 恋愛お断りだと酔っ払い二人に宣言しているし、どう見てもただの食い気全開な笑顔だからお誘いと勘違いされる要素もないだろう。うん、大丈夫。



 どうでもいい話だけれど、わたしがおいしそうに食べるのを見ていると同じものを食べたくなるといつもあれだけ言われているのに、エビに関しては誰一人自分も食べたいとは言わなかった。

 この異世界のエビ、一体どれだけ不人気なんだよ……。おいしいのに……。

ブックマーク、いいね、★の評価ありがとうございます。

今年も執筆頑張りますので応援よろしくお願いします!

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