176話 串焼き屋でのハプニング
年明けは1月2日投稿予定です。
誰かの役に立てるなら積極的に力を貸していこうと想いを新たにしたわたしは、翌日さっそく頼まれ事を引き受けた。
相手はマッツとロヴネル。
彼らには普段から時々注文メニューで頼まれることがある。おいしそうに食べるわたしを見て同じものを食べたがる客がいるそうで、わたしの注文は売れ行きに影響するというのだ。
そのせいで、例えば「スミレちゃん、すまんが今日はこのパンにしてくれんか。他は残りが少ないんじゃ」とか、「今日はポトフ以外で頼む。次の鍋が間に合わないんだ、悪いな」などと頼まれることがある。
今日もそれかと思ったら微妙に違った。
「え、外のベンチで食べるんですか?」
「そうじゃよ。今日は定休日じゃからゆっくり食べてくじゃろ?」
「旨そうに食うお前を店先に置いて新規客を呼び込もうという試みだ。名付けて、スミレホイホイ作戦」
人をGみたいに言うなと言いたいが、魔族には通じない話だ。諦めよう。
わたしは大人しくトレーを受け取ると、店先に置かれているベンチに座って食べ始める。
本当にこんなことで新規客がゲットできるのかなぁ。
この店は西通りに面していて人通りも多いし、確かにこちらをチラチラ見ていく歩行者はそこそこいるけど――などと考えていたら、さっそく一人見掛けない客が入っていった。
……たまたまかな。よくわからない。
保護者や友人たちにもわたしがおいしそうに食べるから同じものを食べたくなると言われるが、わたしは普通に食べているだけなので、自分にそんな効果があるとも思えずイマイチ納得いかない。
でも最近はさすがにもう言われ慣れたので、不快な思いや悪い影響を与えているわけじゃないなら別にいいやと開き直っている。
今日の挟みパンはハードタイプのパンにベーコンとマッシュポテト。黒コショウがいいアクセントになっている。うん、おいしい。
そしてスープはきのこのブラウンシチューだ。朝から食べるにはヘビーな気がして、朝食にブラウンシチューをチョイスすることは滅多にないのだけれど、これは割りとあっさりめでスルスル入る。こういうのなら朝でもアリだなぁ。
何人かが店へ入っていくのを横目にしつつ、ゆっくり食事をしてからトレーを返しに行くと、笑顔のマッツとロヴネルに迎えられた。効果があったのかはわからないが、彼らが喜んでいるんだから良しとしよう。
小さなことでも役に立てたなら嬉しいよ。
朝食帰りに商業ギルド裏手の小さな広場へ向かう。星の日の定休日はここへ行くのが恒例となってきた。
本を読み切ったことを思い出したので、先に本屋で新しい本をゲットしよう。
前回買った三冊を売り、書棚を見て歩きながら本を選ぶ。近々訪問する火の精霊族の里と気になっている海辺の里について書かれた地理系の本を買った。
それらを持って広場へ向かう。
まずはスイーツの屋台でお菓子を買い、次に喫茶スタンドで菓子に合う紅茶を淹れてもらい、それらをいただきながら読書する。もちろんテイクアウト用の菓子とミントミルクも忘れない。
紅茶を飲み終えたらカフェでコーヒーを頼み、お代わりしつつゆっくり過ごしてから帰った。
城下町へ引っ越してから今日でちょうど三か月。
わたしもこんな風に一人で素敵な休日を過ごせるようになったんだよと、魔王たち保護者の皆に伝えたいな。
夕方になって、冒険者ギルドのハルネスから納品依頼の伝言が飛んできた。
高級ピック500本に、今回は裁縫箱と脱出鏡も100個ずつの発注だ。
明日でいいと言われたが、特に用事もないので納品に行くことにした。ついでに串焼き屋で夕食にしよう。
冒険者ギルドのカウンターではハルネスが待ち構えていた。
「休みなのに来てもらってすまんなぁ」
「いえいえ、お気になさらず。裁縫箱と脱出鏡は最初の納品以来ですね」
「ああ、1個2個って感じでちょこちょこ売れていくぞ。あと、高級ピックは試し買いと買い替えがほぼ終わったみたいでな。今後は補充分だけになるだろうし、耐久10倍だと補充もそう頻繁じゃないから数は減るだろう。次からは月末に在庫を集計して発注することになると思う」
「はい、わかりました!」
ハルネスが待ち構えていたのは、今後の納品について話したかったからか。
納品が不定期でなくなるのはありがたいな。予定が立てやすいから月末固定になるのはうちとしても助かる。
納品を終えて串焼き屋を訪れると、夕食には少し早い時間だが客が数人いた。
冒険者らしき客もいて賑やかに飲み食いしている。精霊祭中の冒険から帰ってきたところなのかもしれない。
冒険者のほとんどは冒険中の食事を携帯食で済ませるから、帰ってきてまともな食事にありつけた時は最高に幸せなんだと以前ミルドが言っていた。
当然お酒も進むんだろう。陽気に盛り上がっている。既に酔いも回って良い気分になっているようで、話し声も結構大きい。
元の世界の居酒屋みたいなものだし、こういうノリはよくあるんだろうな。
注文を取りに来た店員にラガーを頼み、迷った結果炙り焼きは鶏肉とトマトにした。串焼きといえばわたし的にはやはり焼き鳥だし、トマトの炙り焼きも本当においしくて外せないのよねぇ……。
ラガーを飲みつつ鶏肉の炙り焼きにかぶりつく。
この店に来るのも三回目。前回は夜歩きテストの時で、シネーラ姿の女が一人で来店するのが珍しかったせいか店員を驚かせてしまったけれど、少しは見慣れたのか今回店員には驚かれなかった。
ただし、わたしを見てギョッとしていた客はいたので、街着とはいえシネーラという格の高い服装はやはりこの店にはそぐわないんだろう。
驚かせて申し訳ないと思いつつも、串を掴んでモリモリ食べるわたしの姿を見れば周囲もすぐに落ち着くだろうとミルドが言っていたので、あまり気にせずに食事を進める。
ああ、ここの炙り焼きは本当においしい。
塩の具合が絶妙なんだよなぁ。食料品店で売られている岩塩とは味が違う気がする。別の塩があるかどうかは知らないけれど。
ラガーと炙り焼きを交互に味わいながら、先程ハルネスから聞いた内容について考えを巡らせる。
高級ピックが大量に売れる時期は終わった。開業前から予想していたとおりの展開なので、特にがっかりはしていない。
サバイバル道具類も上位ランクへの普及率がそろそろ50パーセントに近づいているし、これまでのように大きな売上は期待できなくなる。
雑貨屋の経営はこれからが肝心だ。
高級ピックとサバイバル道具類で十分冒険者の注目を集めたから、今後は近所の人たち向けに痛み止めを提供できるようになるのが当面の目標になる。
陽月星記は残り1冊となったし、薬学に着手するのももうじきだな。
そんなことを考えながら黙々とラガーと炙り焼きを堪能していたら、突然声を掛けられた。
店内にはわたし以外に女性はいなかったから、“そこのねえちゃん”というのはわたしのことで間違いないだろう。
声のした方を見ると、陽気に盛り上がっていた冒険者二人がジョッキ片手にこちらのテーブルへと近寄ってきていた。
「あんた、もしかして高級ピックの雑貨屋か? シネーラ着た人族の若い女だって聞いてるけど」
「あ、はい、そうです」
「へえ~、マジかー。人族って初めて見たぜ」
「俺の言ったとおりだろ。なあ、一人なら俺らと一緒に飲まないか?」
「ほら、乾杯しようぜ乾杯!」
ヘラヘラ笑いながら手に持ったワイン入りのジョッキを掲げてくる。
ナンパか……。シネーラを着ているからかなり声を掛けづらいはずなのに、気が大きくなっている酔っ払いには効果が薄いみたいだ。
二人とも見たことのない顔だから、たぶん雑貨屋に来たことはないはず。
念のため、視線でタップして彼らのステータスを確認する。状態異常は「酩酊」で、すっかり出来上がっているようだ。二人とも精霊族のBランク冒険者で、名前にも覚えはない。
Bランクといっても上位ランクに入るのは上半分だから、Bランクになって日が浅いならうちの顧客層ではないかもしれない。
冒険者ギルドでうちの商品を買ってくれている可能性はあるけれど、直接の客でもなくうちの顧客層でもないなら特に配慮はいらないか。
「あいにくですが、わたし恋愛お断りなので初対面の方と食事はしません。ナンパはご遠慮ください」
「あ~、何かそんな話聞いたような気もするなぁ」
「んだよ、堅苦しいなー。いいじゃねぇか、冒険者相手の商売してんだろ? 親睦深めようぜ~」
酔っぱらいがしつこいのって異世界でも同じなんだろうか。
おいしく飲み食いしている時に面倒くさい。まったく、ユーリーンに続く二度目のナンパ相手が酔っ払いだなんて、わたしも運が悪いよ。
まあ、こういうリスクがあるとわかっていて一人でお酒を飲んでいるんだから仕方ない。わたしも城下町に住む魔族女性の端くれ。毅然と対応しよう。
「お断りします。商売とプライベートとは区別してますので」
「はあ? 何お高く止まってんだよ。わざわざ二番街の飯屋に来といて冒険者と親睦深める気ねぇなんて冗談だろー?」
「それとも何だ、俺らみてーな成り立てBランクに用はねえって言うのかよ。高級品ばっか扱ってるって話だもんなぁ」
ハァ、しまったなぁ。こんなに粘られるなら、さっさと店を出れば良かったよ。
テイクアウトを頼みたかったんだけど、今日はもう諦めるか。
会計を済ませようと出口の方に目をやると、わたしがこの場を去ろうとしているのを察したのか、酔っ払いたちの機嫌が更に悪くなった。
「チッ、せっかく誘ってやってんのによー。魔術も使えねえ人族風情が偉そうにしやがって」
「おい、無視すんなよ。感じ悪ぃな」
「寝てんじゃねぇのか? 起こしてやろーぜ」
「ヘッ、これでも食らえ!」
そう言うと、酔っ払いの片方が手にしていたジョッキを振り上げた。
ちょっ、お酒ぶっかける気!?
ヤバいと思った瞬間、魔力の盾を出していた。
咄嗟のことだったから無詠唱で出してしまったため、即座に「シールド」と呪文を口にして誤魔化す。
無詠唱で魔術を使うなんて高度なことを元人族のわたしがやったら目立ち過ぎてしまうし、威嚇や牽制に使えとブルーノたちに言われているのだ。普段は隠しておかなきゃ意味がない。
「うわっ!」
「なっ、魔力の盾だと!?」
咄嗟に展開した魔力の盾に勢いよく赤ワインが掛かる。勢いが良すぎたせいで、ワインのほとんどは掛けた本人に跳ね返った。ハハッ、ざまあみろ。
もう片方の酔っ払いは串焼きを投げつけたようだが、それも盾に跳ね返された。
串焼きはともかく、赤ワインをかぶっていたらシネーラは悲惨なことになっただろう。洗浄の魔術でも綺麗に落ちず、シミになったかもしれない。
……これは甘い顔をしたらダメだな。SランクやAランクならともかく、成り立てのBランクに舐められたらきっと今後の雑貨屋経営に差し障る。
何より、彼らの言動にはいい加減頭に来た。
わたしは両手でテーブルをバンと叩きながら立ち上がると、まともにワインをかぶってびっくりしている酔っ払いに向かって声を上げた。
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年内最終投稿です。ちょっと中途半端なところで終わってますが、このトラブルは1月2日の新年初投稿分で決着しますので、チェックしていただけると嬉しいです。
一年間本作品を読んでいただきありがとうございました。良い年をお迎えください。




