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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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175話 ユーリーンの報告とイーサクの来店

 黒の精霊祭プラス定休日という三連休が明けて、今日は久々の営業日。

 朝一番に犬族Bチーム2班がレンタルセットを借りにやって来た。精霊祭中は里で冒険者志望の子犬たちとたっぷり戯れてきたんだろうか。うらやましい。


 賑やかな彼らを送り出してすぐにまたドアベルが鳴る。

 お、ユーリーンだ。顔を見るのは2週間ぶりくらいだろうか。



「おはようございます、ユーリーンさん。いらっしゃいませ」


「おはよう。ちょっと話したいんだけど、今いいかい?」



 おおッ!? ユーリーンがわたしに都合を聞いたよ! いつも人の話を全然聞かずに自分の要求だけを相手に押し付けていた、あのユーリーンが!

 対人スキルもかなり改善してきたとスティーグから聞いてはいたけれど、実際に成長具合を見たらちょっと感動してしまうな。

 指南役のスティーグ、マジですごい。



「実は、彼女ができたんだ」


「わあ、おめでとうございます! 良かったですね」



 スティーグに服装等をコーディネートしてもらって以来順調にモテ出したというユーリーンの前に、ついに彼だけを見てくれる女性が現れたらしい。

 わたしには世話になったんだから報告しておくようにとスティーグに言われ、こうして来てくれたそうだ。

 おめでたい報告に、まるで自分のことのように嬉しくなる。イーサクへのコンプレックスでいろいろと拗らせていたユーリーンがねぇ……。うう、胸熱だよ。

 実は以前、次の精霊祭では服の色を精霊色に変えて宣伝しようかとエルサと話していたのだが、『染色料』による色変はユーリーンのコーデの肝だからと実行に移さずにおいたのだ。

 染色料に注目を集めては彼のモテ・アドバンテージを失わせることに繋がりかねない。染色料は今後もひっそり取り扱おうと心に決める。



「それでさー、二人で里に帰ることにしたんだ」


「あ、一緒に暮らすんですね」


「うん。まあ、そうなんだけど。つまりその、……子作りしたいって言われて」


「へ? ……こづ、え、そそソレはますますメデタイですネー」



 いきなり生々しい話が飛び出したせいで、思わず声が裏返ってしまった。

 何でも精霊祭で彼女と一緒に里へ帰った時にそういう話になったそうで、照れ臭そうに話すユーリーンの姿に、脳内で「リア充爆発しろ!」の定型文が浮かぶ。

 いやぁ、まさかユーリーン相手にこの言葉を思い浮かべる日が来るとは……。


 冒険者を辞めるわけではないそうで、里にある冒険者ギルドの支部の依頼だけでなく、時々王都に出向いて本部の依頼もこなす予定だという。

 彼女にいいところを見せたいからと、最近は真面目に冒険しているそうだ。

 しかも、スティーグに新しいコーデを提案されたものの、他の女性にモテるのは避けたいからと保留しているのだとか。

 それを聞いて、ちょっと本当に感動した。

 あんなにモテることに執着していたのに、相思相愛の人ができただけで、人ってここまで変われるんだな……。



 ユーリーンが帰った後、すぐにスティーグにお礼の伝言を送った。スティーグがあの時わたしの頼みを引き受けて関わってくれなかったら、絶対こんなハッピーな展開にならなかったと思う。

 でもスティーグには、同族のユーリーンが良い方向へ変化したのはわたしのおかげだから、自分の方こそお礼を言いたいと言われてしまった。

 いやいや、元はと言えばナンパを止めさせようとしたのがきっかけで、わたしは単に自分の利益のために動いただけだよ。

 そりゃ確かに彼に同情はしたけど、実際に面倒を見たのはスティーグだしねぇ。


 ユーリーンの報告を聞き、めでたいからとその日の夕食は日本食アイテムでお祝いすることにした。何といっても高額アイテム、ご馳走なのだ。

 メニューはカレーライスを選択。ハイボールを作って祝杯を挙げよう。

 おめでとうユーリーンと彼女さん! 二人に精霊の加護がありますように!




 そんな風に一人祝勝会(?)を開催した翌日。

 昼前にファンヌがやって来た。今日の午後ターヴィと調理器具や食材の買出しに行くと連絡がきたので、一緒に昼食を食べようと誘ったのだ。

 昼食後に出掛けていったファンヌは3時過ぎに再び店へ顔を出した。



「お帰り~。全部買えた?」


「ただいま。ええ、バッチリよ。念のため、一度シナモンロール作りに付き合ってきたわ。無事に作れたからもう大丈夫ね」


「それでもう引き上げてきたの? 花茶は?」


「それはまた後日にしたわ。長居して警戒されたくないもの。じゃ、今日はもう帰るわね。花茶絡みで来る時もまたお昼一緒しましょ」


「うん。ターヴィさんの面倒見てくれてありがと! またね~」



 好みのマッチョであるターヴィをロックオンしたはずなのに、恋愛お断りの彼に配慮して短時間でクールに去るファンヌがかっこいい。

 感心していたらターヴィから伝言が届いた。買出しが済み、シナモンロールも無事作れたと喜んでいる。良かった良かった。



《あんたたちの言うとおり、俺一人で調理器具を選ぶのは無理だったと思う。彼女が付き合ってくれて助かった。感謝している》


「お役に立てて良かったです。わからないことがあったら気軽に相談してくださいね。それと、花茶の件よろしくお願いします。ファンヌ、お茶だけでなくお菓子作りもうまいから、ターヴィさんもきっと楽しめると思いますよ」



 少しだけファンヌをプッシュして伝言を終えた。

 この二人が今後どうなっていくのかわからないが、余計なことをしないでそっと見守ろう。


 そんなことを考えていたらドアベルが鳴り、スーパーモテ男で魔人族Sランク冒険者のイーサクが一人でふらりと店に入ってきた。

 窓の外を見たが、今日は取り巻きの女の子たちはいないみたいだ。



「こんにちは、イーサクさん。いらっしゃいませ」


「やあ、久しぶり。精霊祭は楽しんだかい?」


「はい、おかげ様で。イーサクさんはいかがでしたか?」


「俺は冒険に出てたからなぁ。でも、まあまあの成果だったし満足してるよ」



 ミルドやヨエルと同じくイーサクも黒の精霊祭の間は冒険していたそうで、減ってしまった魔物避け香や脱出鏡などを補充しに来たそうだ。


 ひと通り買い物を済ませたイーサクが、ふと店の隅にある『丈夫な布のマント』が掛けられているトルソーの前へ立った。

 帆布で出来たごく普通のこのマントに関心を持つ魔族は珍しい。たいていの魔族は毛織物(ウール)の装備品の方しか関心を持たないのに。



「このマント、もしかしてユーリーンが着ているのと同じものかい?」


「あ。はい、そうです」


「へえ~。変わったものを着てるなと思ってたが、人族の品だったのか」



 関心を持ったのはユーリーン絡みか……。

 幼馴染なんだから仲良く過ごしていた時期だってあっただろうし、イーサクの方もユーリーンのことを何かと気に掛けているんだろう。

 イーサクを意識しすぎてコンプレックスの塊になってしまったことも知っているんだろうな……。


 そんなことを考えていたら、マントを眺めていたイーサクがいつの間にかカウンターにいるわたしを見ていたらしく、バチッと目が合った。

 うっ、イケメンにジッと見られたら血圧が上がるんですが。



「ユーリーンは変わった。君のおかげだと聞いている」


「えッ!? いえ、わたしはただ魔人族の知人を紹介しただけでして。いろいろと面倒見てくれたのは知人なんです。わたしは、おかげなんて言われるような大層なことはしていませんよ」


「……俺は、何もできなかった。今まで、ずっと」



 あたふたと答えるわたしにそう言って、イーサクは視線を床に落とした。

 ああ、やっぱり……。ユーリーンが苦しんだように、彼もまた苦しんでいたんだろう。

 別に望んでモテているわけでもないだろうに、そのせいでユーリーンとの距離が広がっていくのをイーサクはどういう気持ちで見ていたのか。

 傍にいない方がいいだろうと王都へ拠点を移せば、真面目に依頼をこなす内に冒険者ランクの差がどんどん開いていき、それが更にユーリーンを追い詰めた。

 いっそ、お互いに嫌い合うか無関心だったらもっと楽だったろうに……。



「里へ帰るって話は聞いたかい?」


「はい、昨日報告に来てくれました。彼女ができて、……その、子作りするからって」


「その話を聞いて俺はすごく嬉しかった。あんまり嬉しくてつい、王都のギルドで良さげな依頼があったら知らせようかって言っちまったんだ。すっかり疎遠になってたのにな」



 部族の里にある冒険者ギルドの支部には高ランクの依頼があまりないそうで、里へ戻ればAランクでも稼ぎは落ちていく。

 子作りする場合たいていの魔族は仕事量を減らすが、極端に稼ぎを減らさないためにもできれば高額な依頼をこなしたいだろう。

 そう考えての申し出だったという。



「里へ戻っても王都の依頼も時々受けるつもりだと言ってましたけど、イーサクさんの協力があって成り立つ話だったんですね」


「言ってからしまったと思ったよ。俺が良かれと思ってしたことは裏目に出てばかりだった。拒絶されて当然なんだ」



 胸が痛い。

 誰もが尊敬するSランク冒険者。

 ほとんどの魔族女性が憧れるスーパーモテ男。

 どこから見ても満たされてそうな人なのに、きっとこの人はわたしには想像もつかないような深い孤独と虚無を長い間抱えてきたんだろう。



「──でも、今回は違った。あいつは喜んでくれたよ。助かる、頼めるか、あいつにそんな風に言われたのは何百年ぶりだろう。俺はもう、もちろんだ、任せとけと答えるので精一杯だった」



 イーサクは一瞬ギュッと目を瞑ったが、すぐにいつもの爽やかイケメンフェイスに戻った。

 気の利いたことも言えず、ただ頷きながら良かったですねとしか言えない自分が情けない。しっかりしろよ、アラサー女子!


 というか今頃気付いたが、イーサクがカウンターから離れたトルソーの前で話しているのは、二人きりでいるのを取り巻き女子に見られてもわたしに迷惑が掛からないようにという彼の配慮なんだろう。

 さり気ない気遣いがありがたい。ルックスだけでなく行動までイケメンとか、もう本当にこの人出来すぎだよ。

 なのに、こういう彼の美点が巡り巡って彼を苦しめる元になるなんて……。


 やり切れない思いでいたら、イーサクが急にこちらへ話を振ってきた。



「君は魔人族の知人のおかげだと言うが、君がその人を紹介してくれなければユーリーンの変化はなかった。俺はやっぱり君のおかげだと思う。だから、いつか礼をしたい。何か困ったことがあったら声を掛けてくれ」


「うえっ!? お、お礼なんてとんでもない! わたしは何にも――」


「今まで何度も同族が間に入ろうとしたがどうにもならなかった。なのに、君が関わった途端にこうなったんだ。俺がどれだけ救われた気分になったか、君に伝えられたらいいんだが……」


「イーサクさんの気持ちが軽くなったなら良かったです。ユーリーンさんのことはわたしも嬉しいんですよ、昨日も一人で祝杯を挙げたくらいで――そうだ、良かったらイーサクさんもどうですか。蜂蜜酒(ミード)1本サービスで入れておきますので!」


「……ありがとう」




 イーサクが帰った後、わたしは少し泣いた。

 グニラの足を治した時とは違い、聖女のわたしではなくただの雑貨屋のスミレとして誰かの役に立てたのが嬉しかった。

 これからは気後れしてないで、力を貸せることがあればどんどん手を差し伸べていこう。そう思った。

 不要なら魔族はそう言うし、部族や種族の事情はわからないから、こちらがあれこれ気を回しても仕方がない。


 それにしても、ユーリーンの件でスティーグだけでなくイーサクにまでお礼を言われるとは思わなかった。

 魔人族Sランク冒険者に伝手を得られたのは大きい。

 でも、相手はスーパーモテ男……交流は慎重に!

読んでいただきありがとうございます。

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