174話 ターヴィのシナモンロール作り
魔王たちとの食事会を終えると、ファンヌと共に馬車で帰宅した。
北の空き地の横を通ったときに馬車の窓から様子を見たが、やはり昼間は賑やかな集団が多い。
今日はパートナー募集中の者たちの部族・種族問わない集いがあるらしいのでわたしは近寄らないが、皆楽しそうで何よりだ。
精霊祭を同族や親しい人たちと過ごす者は多いがそれがすべてじゃなく、新しい出会いを求めたりもする。各々が好きなように楽しむ。それでいいんだろう。
魔族たちのいろんな過ごし方を見て、わたしも自分らしく楽しめばいいんだと思えてきた。
次の赤の精霊祭は新年と重なるから、これまでの精霊祭とは違うこともあるだろうな。今から楽しみだ。
ファンヌとのお泊まり会も三度目となるとさすがにわたしも慣れてきて、これまでのように興奮しすぎたせいで『鎮静』と『朦朧』をかけて寝るようなことにはならなかった。
マッツとロヴネルも慣れたのか、翌朝二人で朝食を食べに行ったら「ああ、また泊まりに来たのか」と普通にファンヌにも声を掛けてくれる。
それに、わたしが友達と精霊祭を過ごしたことを喜んでくれて、そんな彼らにはファンヌも嬉しそうに言葉を返していた。
その一方で、美人なファンヌをナンパしようと声を掛けてくる常連客には相変わらずの塩対応だ。
毎回ファンヌが鮮やかにスッパリとお断りするのを目の前で見ているおかげで、わたしもお誘いの断り方に関してだいぶケーススタディが進んだと思う。
王都は男性比率が高いから女性はどうしても断り上手にならざるを得ない。精神的にも能力的にも強くないと里の外では生きられないと以前ファンヌも言っていたしね。
朝食の帰りにファンヌと食料品店へ行き、食材を買い込んで来た。
今日は隣人のターヴィにシナモンロール作りをレクチャーするので、その材料の買出しも兼ねている。
約束の時間にファンヌと二人で2号室を訪ね、まずはターヴィとファンヌに互いを紹介した。
ターヴィの態度が固い。恋愛お断りのターヴィが美人なファンヌに対して警戒を強めるのは仕方がないか、ミルドもそうだったもんなぁ……。
一方のファンヌはまったく気にしてないようで、案内されたキッチンで淡々と準備を整えている。
「では始めましょう。これはマッツのパン屋で売っているパン生地です。まずはこれを長方形に伸ばしてください」
「柔らかいな。パン生地を触るのは子供の頃以来だ」
パン生地にそろそろと手を伸ばし、隣で生地を伸ばし始めたファンヌの手元を見ながらターヴィも形を整え始める。
ファンヌには既にシナモンロールのレシピを渡し済みで、パン生地を作るところまではうちのキッチンで済ませて来た。彼女にはお手本としてレシピどおりに作ってもらうことになっている。
不器用だと言っていたターヴィは確かにそのとおりで、伸ばした生地にバターを塗るのはともかく、砂糖とシナモンを振りかける段階では思い切り生地の外に散らかしていた。
溶かしバターに砂糖とシナモンを混ぜたものを生地に塗るファンヌの手際の良さと見比べて凹んでいる。
う~ん。バターを溶かしたり砂糖とシナモンを計ったりするのは手間かと思ったが、こうして見ると全部混ぜて塗る方が簡単だろうか。
生地をくるくると巻き輪切りにするのはターヴィも問題なくできた。
比較のために半分だけ艶出し用の卵黄を塗ってオーブンに入れる。残りの半分は卵黄なしにして、味を見てから卵黄を省略するかどうかを決めるつもりだ。
「ターヴィさん、焼き上がるのを待っている間にお茶を淹れてもいいですか? 試食するのに飲み物があった方がいいと思うので」
「うちには定番の茶葉しかないが、それで良ければ好きにしてくれ」
「全然問題ないですよ。ファンヌはお茶を淹れるのがすっごく上手なので!」
「何よ、淹れるのはわたしなの? それじゃ、茶道具をお借りしますね」
慣れない余所のキッチンなのに手際よくお茶の準備を整えていくファンヌの後ろ姿を眺めながら、さすがだなぁと感心していたら急にファンヌが振り返った。
手にしているのは茶葉の入れ物だろうか。
「これ、花茶の茶葉ですよね。お好きなの?」
「げっ! そ、そんなものが残ってたのか……!」
どうやら定番の茶葉以外に花茶の茶葉もあったらしい。
ターヴィは「不覚!」という表情で酷く焦っていたが、観念したのか花茶の存在を知られたくなかった理由を話しだした。
彼はお茶の中で花茶が一番好きなのだが、厳つい見た目の彼が可愛らしい花茶を飲むのを似合わないと笑われたりからかわれたりしたため、人には花茶好きを隠していたのだとか。
しかも、家でひっそり楽しもうと茶葉を買って来たものの、不器用さのせいでおいしく淹れられず、棚の奥にしまい込んだまま存在を忘れていたらしい。
ちょっと! 甘い物といい花茶といい、人の好きなものをいちいちからかうなんて、いくら何でも酷くない?
ターヴィもターヴィだ。そんなこと言うヤツ、マッチョで強面な彼がひと睨みすればすぐ黙っただろうに、何でビビらせもせず大人しく我慢しちゃうのよ……。
大きなガタイを縮こめて打ち明けるターヴィにひと言言おうとした途端、横から感嘆の声が上がった。
「まあ、花茶が好きなの? 嬉しいわ、わたしもなのよ! じゃあ、これ淹れさせてもらってもいいかしら!? 花茶を好む友人がいなくてプライベートで淹れる機会があまりなかったの」
「あ、ああ。かまわないが……」
テンション爆上げなファンヌの勢いにターヴィが啞然としている。家主の承諾を得たファンヌは超ご機嫌な様子でお茶の支度を始めた。
ドン引きされてないだろうか。わたしは親友のお茶好き熱のすごさに若干引いてますが。
美しい所作で淹れられた花茶を飲むとジャスミンのような香りがした。花茶を飲むのは久しぶりだなぁ。淡いピンク色の花弁が湯の中で揺れてとても綺麗だ。
「……すごく美味い。本当にさっきの茶葉なのか?」
「ええ、そうよ。湯沸かしの魔術具の設定温度を少し上げたの。茶器温め用魔術具が奥の方にしまわれていたから、使っていないのだと思って」
「ああ、面倒だから省いていた。その、外食ばかりで、うちでお茶を淹れることは滅多にないんだ」
「フフッ、手間だと感じるなら無理する必要ないと思うわ。魔砂時計も設定し直したので、そのまま使えばあなたが淹れても同じような味になるから、良かったらお菓子を食べる時にはお茶も淹れてみてね」
「確かにおいしいお菓子にはおいしい飲み物があった方がいいよね~。あ、焼き上がったみたい!」
ターヴィの作ったシナモンロールは多少形は不格好だが、膨らみ具合も焼け具合もまったく問題ない。
さっそく試食を促すと味の方も満足いくものだったらしく、ターヴィの眉が下がり厳つい顔がだらしなく緩んだ。
うんうん、おいしいものを食べるとそうなるよね。幸せそうな顔が見れて嬉しいよ。
ファンヌが自分のを半分に切り分けてわたしに差し出した。味見させてもらったが、わたしが作ったのよりおいしい気がする。
単純なレシピなのに腕前の差が出るものだなぁ。
「ターヴィさん、簡易版のレシピの味も見たいからわたしのと交換してもらえないかしら。卵黄ありとなしの味比べもしたいわ」
初対面の相手と手料理を食べさせ合うという、かなりハードルの高い申し出にターヴィはギョッとしている。無理もない。
ただ、ファンヌに味見した方がより良いアドバイスができると言われ、それもそうかと納得したようで交換に応じた。
ファンヌが半分くれたのでわたしもいただく。
お、全然大丈夫だ。おいしいおいしい。
心配そうに見ていたターヴィがホッとした顔をする。この人、無愛想だと思っていたけれど案外表情豊かなんだな。
卵黄塗りの有無はターヴィの味の好みに影響がなかったようで、それならばと省略することにした。
ひと通り試食したので、今度は具材を全部混ぜて塗るパターンを試してみる。
不器用なりに丁寧に塗ったようで、パン生地からはみ出ることもなくスムーズに作業は進み、焼き上がった2号作は1号作より形もいい。
試食するターヴィも満足げな表情だ。
「あの、作ってみてどうでしたか? これならターヴィさん一人でも作れると思うんですけど」
「ああ、これならできそうだ。不器用な俺でも作れるとは……まだ信じられん」
「これでいつでも好きなだけ甘い物が食べられますね!」
「あら、まだ無理よ。ここには必要な調理器具がないもの、買いに行かなくちゃ」
冷静なファンヌの突っ込みに、そういえば必要な物はすべて持ち込みだったことにハタと気付く。
ターヴィにどうするか訊ねたが、あいにく今日はこの後出勤だそうで、帰って来るのは明後日の昼頃になるらしい。
「営業日か~。昼休み中なら急げば何とか買いに行けるかも……」
「いや、あんたに同行してもらわなくても、必要なものを教えてもらえれば俺一人で」
「何を言ってるの。ボウル一つ取ってもいろんなサイズがあるのよ。あなたに適切な物が選べて? スミレ、わたしに任せてちょうだい。ラウルの道具屋なら場所も知ってるし、ついでにマッツのパン屋と食料品店にも寄って食材調達もレクチャーしてくるわ」
「なっ!? あんたにそこまでしてもらう訳には」
「その代わりお願いがあるの。花茶に合うお茶菓子の研究に付き合ってもらえないかしら。ただ飲んで食べて感想を聞かせてくれるだけでいいわ。他に花茶好きの知り合いがいないの、お願いできない?」
おおう、ファンヌがものすごい勢いで押してるよ。貴重な花茶好きを絶対逃さないという気迫を感じる。
ターヴィの方はタジタジだ。何とかしてくれという目でわたしを見てくる。
初対面の異性だから抵抗感があるのはわかるけれど、等価交換なんだし悪くない申し出だと思うなぁ……。
「ターヴィさん、わたしもファンヌの提案どおりがいいと思います。適した道具を選べなくてまた買いに行くことになったら二度手間ですし、もし道具のせいでお菓子作りがうまく行かなくて作る意欲がなくなってしまっては本末転倒ですよ」
「だが、彼女も仕事があるだろう?」
「わたし今長期休暇中なの。時間はたっぷりあるわ。それに、甘い物お好きなんでしょう? ジャムのせクッキーにバターたっぷりのケーキ、アップルパイやドーナツもいいわね。ああ、どんなお菓子を合わせようかしら~」
ファンヌがうっとりした表情でそう言うと、つられて想像したのか強張っていたターヴィの顔が緩んだ。
うんうん、おいしい物は想像しただけでほんわかした気持ちになるよね。
甘い誘惑には勝てなかったのか、ターヴィはファンヌの提案を受け入れ、近々予定を合わせて買い物に行くことになった。
でも、これでターヴィも甘い物に不自由しなくなるし、良かった良かったと思いつつ片付けを済ませて2号室からお暇した――のだが。
自宅へ帰った途端ファンヌに思い切り抱きつかれた。
「スミレ、グッジョブよグッジョブ! めちゃくちゃ好みのマッチョだわ~ッ!」
「えっ、そっち!? ターヴィさん恋愛お断りだよ?」
「無理強いなんてしないわ。でも……フフッ、まずは胃袋を掴んでからね」
ゲットしたかったのは花茶好きではなくマッチョだった模様。
王都で暮らす魔族女性は本当に肉食系が多いデスネ……。
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