173話 黒の精霊祭2DAYS
黒の精霊祭はとても充実した2日間だった。
まず初日の宵祭りはドローテアのお茶会からスタート。以前言っていたとおり、わたしの好きな緑茶でもてなしてくれた。ドローテアのお茶会で本式の紅茶以外を供されるのは初めてなので新鮮だ。
本式の紅茶と比べると添え物の種類がかなり減る分お茶菓子の方を凝ったのか、銘々の皿に何種類かの小さめのお菓子やサンドイッチがきれいに盛られている。
緑茶のアフタヌーンティーというか、懐石料理のお菓子版というか、とにかく見た目がとても美しかった。
「わあ、素敵。本式の紅茶とはまた違った贅沢感がありますね」
「一人分のお茶菓子をすべて皿に盛りつけて出すなんて、スミレと二人だけのお茶会だからできることね。気に入ってもらえて嬉しいわ」
どうやらわたしは好みだけでなく食べる量まで把握されているらしい。
そのわたし専用のお茶菓子は見て美しく食べて楽しい素敵な一皿で、軽く塩味をきかせたクッキーなどこちらでは初めて食べる味もあった。
そういえば元の世界には塩キャラメルがあったなぁと懐かしく思い出す。塩キャラメルやほうじ茶なども教えてあげたいけれど、この前あんこ菓子を振る舞ったばかりだから自重しておく。
魔族社会での暮らしはまだ始まったばかり。一度に放出せずじっくり楽しもう。
ドローテアのお茶会の後は二番街の北側にある空き地へ向かった。
いろんな種族の集まりが見られるこの機会を心待ちにしていたので、足取りも軽くなる。
集団の規模は50人くらいからほんの数人までとバラバラで、立ったまま話している集団もあれば、イスやベンチを持ち込んだりシートを敷いて座ったりと過ごし方もさまざまだ。
それらを遠巻きに眺めながらお目当ての集団を探す。歌や踊りをする種族がいるらしいので、空き地のスケジュールを事前に魔王の側近二人に訊ねておいたのだ。
しばらく歩いているとそれらしい集団を見つけた。30人ほどの集団が大きな輪になっている。
鳥系獣人族の有志による集いだそうで、パートナーがいない男女が精霊祭を祝いながら歌って踊って楽しく過ごそうという趣旨で開催されているらしい。要するに街コンみたいなものなんだろう。
そのまま見ていると、やがて歌いながら踊り始めた。
盆踊りのようなダンスに、時々有名なフォークダンス曲に似たフレーズが混じっているメロディー。う~ん、ゆったりめの振り付けなのはゲーム的に仕方がないかと思うけれど、音楽はもうちょっと頑張って欲しかった。
実は、この異世界で音楽を耳にしたのはこれが初めてだ。これまで一度も音楽を耳にしなかったし、楽器も見掛けていない。世界観的には吟遊詩人などがいてもおかしくなさそうなのに。
……低予算だったのかな、このネトゲ。グラフィックや音楽がショボめだし。
シナモンロールやコーヒーにはデータ上の不備があるっぽいし、ちゃんとデバッグしたのかと少し不安になってきた。重大なバグがなければいいけど。
やや物足りないクオリティだったものの、初めてこの異世界の音楽やダンスに触れられて満足したので、鳥系獣人族の歌とダンスを堪能した後はブラブラ歩きながら他の集団の様子を眺めて歩いた。
ところどころでサンドイッチやお茶などを飲食している集団を見掛ける。精霊祭中はほとんどの店が閉まるからここで食事会をしているんだろうか。
真面目に議論している集団もいる。祭りで皆が集まる時に種族の話し合いなども行うのかもしれない。地域の自治会の集会みたいだな。
そんなにジロジロ見ていたつもりはなかったが、たまに「見てんじゃねーよ」的な視線を投げられることもあった。部族や種族で集まっているのだから、排他的な面もあるんだろう。
仕方がないことだと思いつつも、何だかやけに寂しく感じた。変だな、普段なら元人族のわたしは余所者扱いで当然と気にしないのに。
夕方になる前に一旦家へ戻り、明るい内に裏庭でテントの設営をした。
獣人族のSランク二人がレンタルした時に半壊に近いダメージを受け、レンタルサービス用から引退したヤツだからあちこち傷んでいる。
焼け焦げや裂け目があったりポールがひん曲がっていたりしていたが、ウォッシュできれいにしてあるし、ガチな冒険者の野営と違い一晩だけのなんちゃってソロキャンプなんだから特に問題はない。
ただ、野外生活用具一式の焚火台の脚が折れていたせいで串を立て掛けるのが難しくなったため、夕食を串焼きにするのは諦めた。
代わりに、小さい鍋でアヒージョのようなものを作ってみる。下拵えを全部キッチンでやったのでキャンプ飯と呼べるか微妙だが、煮るのは屋外でやったから良しとしよう。
アヒージョもどきとパンをつまみにワインを飲みながら、一人静かに暮れていく空を眺める。
ハァ、何か寂しい。
今までだって一人で過ごす時間は山程あったのに、何で今日はやたらと孤独感を覚えるんだろう。やはり、空き地で同族たちと楽しそうに過ごす魔族をたくさん見たせいなのか。
そんなことをぼんやりと考えていたら、手の上にツッチーが現れた。いつの間にか肩や膝の上にひーちゃんたちも乗っている。
「ごめん。そうだね、皆がいるよね」
わたしがそう言って笑ったら、精霊たちもにぱーっと笑って飛び跳ねだした。
そうだった、わたしの傍にはいつだって精霊たちがいる。ははは、全然一人じゃなかったよ!
おセンチモードを吹き飛ばそうと、元の世界のフォークダンス曲を口ずさみながらステップを踏んでみる。案の定精霊たちがすぐに真似して踊り出した。
よし、音漏れ防止の結界を張って本格的にやってみるか。
焚火台の火の周囲を回りながら歌って踊ってみせたら、精霊たちは大喜びでクルクル回り、更に激しく空中で踊っている。
よく考えてみれば、契約を交わしているんだから、わたしはこの子たちとも精霊祭を一緒に過ごすべきなんじゃないかな。
明日は白の精霊祭の時と同じように魔王たちと食事会をする予定で、それも大切にしたい恒例行事になりそうだけど、それとは別にこの子たちとこうして過ごすのもわたしらしくていい気がする。
うん。精霊祭には精霊たちと一緒に踊ることにしよう。そうしよう。
そう心に決めたら精霊たちがひときわ高く飛び上がった。わたしの決心を喜んでくれているらしい。本当に以心伝心だ。
そんな存在が常に傍にいてくれる。魔王とだって繋がっている。服の上から戻り石のペンダントに触れてその存在を確かめたら、もりもりと元気と自信が盛り返してきた。
よし、メランコリックしてないで夜の集まり見学に出掛けるぞー!
焚火台や食器などを片付け、入浴も済ませてから再び北の空き地へと向かう。
馬車で行こうかとも考えていたが、いつもより巡回が多くて安全らしいし、せっかく夜歩きテストに合格したのだからと歩いていった。
夜の空き地は閑散としていて、昼間とはまったく雰囲気が違う。集団の人数もあまり多くない。
火を焚いてその周りを囲んでいる集団もいたが、ほとんどは明かりを灯していなかった。月が明るいからだろうか。
この世界の月は満ち欠けしないため、いつも満月でとても明るい。わたしもここへ来る時は暗視の魔術を唱えていたが、到着してからは使わずにいたら目が慣れたのでそのまま過ごしている。
そんな月明かりの下で、静かに舞い踊る集団がいた。昼に見た盆踊り的なダンスとは違って舞うという言葉が似合う、そんな雰囲気がある。
決まったステップではなく、バレエのような優雅さでふわっと舞い踊る彼らは草性精霊族。たぶん、夜に花を咲かせるタイプの多年草なんじゃないだろうか。
月明かりを浴びながらの無音の舞いは幻想的で、うっとりする程きれいだった。
「――で? 彼らが舞い終えて解散するまで延々見続けた結果寝るのが遅くなって寝坊した挙げ句、食事会に遅れるからって朝ご飯も食べずに馬車に飛び乗ったというわけ? まったくもう、スミレったら何をやっているのよ」
「いや、馬車の中でパンかじって来たってば。それに、確かに寝るのは遅くなったけど、遅刻しそうになったのはテントを片付けるのに手間取ったせいで」
「くくっ。自宅の裏庭でテントを張って寝るとは、本当にスミレさんは次から次へとおもしろいことをしますねぇ」
「寝心地はどうだった」
「それが、冒険者の皆さんは野営が快適になったと口を揃えて言うから、てっきり良い寝心地だと思って気楽にチャレンジしてしまったんですけど、いくら道具類が優秀でもやっぱり地面は固いから、朝起きたら体が固いわ痛いわで大変でした。回復魔術があって本当に良かったです」
精霊祭2日目の本祭り。今日のメインは離宮での食事会だ。
前回の白の精霊祭の時と同じく魔王、スティーグ、ファンヌ、わたしの4人で昼食を食べている。
この集まりはファンヌによって“部族長を囲む魔人族と魔王族の食事会”と名付けられた。
長いので略したいところだが、魔族にとって部族はとても大切なものだから部族長も部族名も省けないだろうなぁ。
魔王もスティーグも了承済みだというし諦めよう。
「名前を付けたってことは、次の精霊祭もこうして食事会をすると思っててもいいんでしょうか」
「私は恒例行事のつもりでいましたが、違うんですか?」
「城下町へ引っ越せばスミレの精霊祭の過ごし方が変わる可能性もあったから、恒例にするかどうかは様子を見てからと考えていたのよ」
「お前はどうしたい」
周囲の様子を見ていると、精霊祭はわたしが思っていた以上に部族や種族を中心にしたお祭りのようだった。
ドローテアはお茶会に誘ってくれたが今日からしばらく里帰りすると言っていたし、エルサやシェスティンも種族と過ごすと言っていた。
それに、ほとんどの飲食店が休みなので必然的に自炊することになるが、昨日の一人キャンプ飯は何だか侘しかった。
精霊祭で皆が親しい人と過ごしているからだろうか。普段は気にならないのに精霊祭は意外と孤独を感じやすい。
今回精霊祭のいろんな集いを見て、部族や種族といった帰属意識の重みを肌で感じた。
魔王族は魔王とわたしの2人だけで部族の行事がほとんどない。そういう意味では、この食事会はわたしにとってすごく貴重な存在だ。
「わたしは、この食事会が精霊祭の恒例になったら嬉しいです」
「では決定だな」
「うふふ、嬉しいわ」
「でも次は赤の精霊祭ですからねぇ。新年と重なりますからスケジュール合わせがちょっと大変ですよ」
「そこは魔王の側近の腕の見せ所でしょ? 頑張ってねスティーグ」
「へへへ、スティーグさん、よろしくお願いします!」
「はいはい、頑張りますよ~」
精霊祭には、精霊たちと一緒に歌いながらダンスする。そして、離宮へ里帰りして“部族長を囲む魔人族と魔王族の食事会”に参加するんだ。
うん。わたしももういっぱしの魔族だな。
そう思ったら何だかすごく嬉しくなって、食事会の間中わたしは顔がにやけっぱなしだった。
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