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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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169話 お使いとソルヴェイの打ち明け話

前の話と重複している部分があったので修正しました。

 レイグラーフの部屋をお暇する前に、魔王と少しおしゃべりした。

 昨日のグニラとの面会について、本当にあれで良かったのかと訊かれる。聖女の回復魔法で状態異常を治したことを気に掛けてくれていたようだ。

 わたしは友達を治せて良かったと思っているので、素直にそう答えた。初めて聖女で良かったと思ったことも。

 ただ、グニラが言っていたような聖女としての働きについては今まで考えたことがなかったので、それを担うとは今すぐには言えないと正直に伝えた。



「でも、今後は少しずつでも考えて行こうと思ってます。だから、もし魔素の循環異常が発生した時は教えてください。ちゃんと向き合いたいので」


「わかった。だが、無理はするな」


「はい、ありがとうございます」



 そう言って魔王はわたしの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

 魔王はいつもわたしを気遣ってくれる。この人に受けた恩に報いるためにも、いつかは聖女の役割と向き合えるようになりたい。

 グニラの状態異常を聖女の回復魔法で治したように、その力を正しく使うことを躊躇しない自分になれるように――。





 里帰りの翌日。

 レイグラーフにお使いを頼まれたのが地味に嬉しかったわたしは、張り切って冒険者ギルド長のソルヴェイへメモを送り都合を聞いた。

 預かった本はきっちり本人に手渡したいし、なるべく早めに届けてあげたい。

 返事はすぐに伝言で返ってきた。



《レイから聞いたよ、手間掛けさせて悪いね。今日は都合が悪いが明日は一日ギルドにいるからいつ来てもらってもかまわない。もし店が終わってから来るなら一緒に夕飯を食べないか?》


「お誘いありがとうございます。ぜひご一緒させてください! それじゃ、明日の夕方5時半頃に伺いますね」



 やった、ギルド長から食事のお誘いだ!

 冒険者ギルド周辺のおいしい店や、ギルド長の行きつけの店に連れていってもらえるかもしれない。

 ひゃっほー! 楽しみができたぞ。仕事頑張ろっと!


 ……と言っても特別やることはない。いつもどおり粛々と店番をしながら陽月星記を読み進める。


 午後になって、竜人族のSランク冒険者メシュヴィツが来店した。もう何度目かの来店となるから常連客と呼んでもいいと思う。

 長老の呼び名で冒険者たちのリスペクトを集める彼が常連になってくれたのはとてもありがたいことだ。

 今回もいろいろと買ってくれて、内訳は毎回違うが、蜂蜜酒(ミード)だけは毎回欠かさず2本買っていく。

 うちのミードは標準的な味なのに、どこがそんなに気に入ったんだろう。謎だ。




 翌日は閉店時間と同時に店を閉め、ダッシュで冒険者ギルドへと向かう。

 ギルド長室へと案内されると、ちょうどソルヴェイが帰り支度をしているところで、長身でスレンダーな彼女の立ち姿に一瞬見とれてしまった。かっこいい。

 アッシュブラウンの髪をかき上げながらソルヴェイがニッと笑う。



「よう。久しぶりだね、スミレちゃん」


「こんばんはギルド長。お久しぶりです。えっと、こちらがレイ先生から預かってきた本です」


「ありがとう。悪いね、まさかスミレちゃんに頼むとは思ってなかったよ。レイのやつ、案外人使い荒いんだな」


「あはは、精霊祭前は忙しいみたいで。冒険者ギルドもそうなんですか?」


「里へ帰るヤツは忙しいだろうが、たいていの連中はマイペースに冒険してるからあんまり関係ないんじゃないか。精霊祭の時だけ入れる場所もあるし素材にも影響あるから、むしろ祭り期間中の方が忙しいかもしれないな」



 ほほう。精霊祭には冒険者ならではの事象があるみたいだ。後で食事の間に聞かせてもらえたらいいなぁ。


 ソルヴェイと一緒に冒険者ギルドを出て店へと向かう。

 飲食店に限らず店や工房はたいてい1、2階にあるが、その店はギルドから少し離れた建物の4階にあった。上位ランク冒険者の中でも特に上位の人たちが来る店だそうで、一人で飲む時や静かに話をしたい時などに利用するらしい。

 店内はこぢんまりとしていて、カウンター席が5つと、奥にテーブル席が1つあるだけだ。でも、落ち着いた内装と質の高そうな家具が高級感を滲ませている。

 まだ夕方だからかわたしたちの他に客はいない。

 案内されたテーブル席の傍には窓があり、暮れていく空と城下町が見えた。オーグレーン荘の屋上より高い場所から街を見下ろすのは初めてだから新鮮だ。



「素敵なお店ですね」


「冒険者が集まる賑やかな店にしようかと思ったんだが、そっちはミルドでも連れて行けるからな。どうせならあいつじゃ無理なところにしようと思って」



 おお~、異世界の高級会員制クラブのような場所なのかと感心しつつ、何を頼もうかとメニューを見ていたら、ソルヴェイがワインならおごると言った。

 何でも彼女はお気に入りのワインを樽買いしてこの店に置いてあるそうで、飲み放題なんだとか。

 ボトルキープならぬ樽キープができるのはSランクのみで、現役か引退かは問わないらしい。元Sランクのソルヴェイのステータスなんだから、ありがたくご相伴に預かろう。

 飲み物はソルヴェイの樽のワイン、料理も彼女のお勧めに従ってローストビーフにした。Sランク御用達なだけあって値段も高めだけど、他に贅沢するものもないしたまにはいいだろう。

 ワインは軽めの赤で、それに合わせてローストビーフはこってり系ソースではなくオリーブオイルのような植物油とハーブ塩、そしてオレンジが添えられていた。

 ふおお、シンプルなのにおいしい! ローストビーフの付け合わせにはマッシュポテトがよく出てくるけれどオレンジか~。オシャレだなぁ。

 近況報告をしながらワインと料理をじっくり味わう。



「雑貨屋は順調みたいだな。Sランクは全員サバイバル道具類を買ったって聞いたよ」


「はい、おかげ様で。メシュヴィツさんが早い段階で来てくれたのが大きかったと思います。ギルド長が紹介してくださったんですよね。ありがとうございました」


「あいつ、昨日も店へ行ったんだって? 昼間顔見せに来てさ、スミレちゃんとこのミード持ってきてくれたんだ。まったく……律儀なヤツだぜ」



 そう言いながらも、ソルヴェイの表情はむしろ困ったヤツだと言っているように見えた。

 そういえば、ソルヴェイが冒険者ギルド長に就任したのは、メシュヴィツが部族から引退の許可を得られなかったからだったっけ……。

 竜人族の知人からメシュヴィツの事情を聞いてしまったことをソルヴェイに伝えると、納得してギルド長になったから自分は何も問題ないんだが、あいつは納得してないみたいでねえと言って苦笑した。

 時々顔を出すのがメシュヴィツなりの贖罪なのかどうかはわからない。でも、いつかあの穏やかな人の心のしこりが取れるといいなと思う。


 勧められるままに2杯目のワインを飲みながら、ユーリーンの件が片付いたことを報告したり、先程聞いた精霊祭の時に起こる冒険者ならではの事象について聞かせてもらったりした。

 精霊祭というのは季節の境目で、全エレメンタルの強弱の差が最も少ないフラットな日だから、場所によっては結界が薄くなったりエレメンタル濃度が均一な素材が採れたりするらしい。



「スミレちゃんは今度の精霊祭、どう過ごすんだい?」


「北の広場でいろんな種族の集まりを見るつもりですよ。あとは、保護者や友人と食事会をする予定です」


「へえ。レイグラーフも一緒に?」


「いえ、レイ先生との予定は入ってませんね」


「ふーん。仲がいいから、てっきり一緒に過ごすのかと思ってたよ」


「前回も精霊祭の間はレイ先生と会わなかったし、声も掛かってないですよ?」


「そうか」



 ……ん? 今の流れ、何かちょっと……。


 何となくだけどピンと来るものがあった。

 たぶん、この話が本命だ。ギルド長がわたしを食事に誘ったのは、レイグラーフの精霊祭の予定を知りたかったからじゃないのかな。


 え。ということは、つまり。



「おやおや。スミレちゃんは恋愛お断りだけど恋愛の機微はわかるんだねえ。気になる?」


「えっ!? いえあの、ギルド長。もしかしてその、レイ先生のこと」


「ああ、狙ってるよ」


「えええっ、ホントですか!? うわあ、そうなんだ……」



 踏み込みすぎかと思いつつ訊いてみたのに即答だった。

 二人が初対面だった開店の日はあんなに険悪だったのに。マジか……。

 ソルヴェイは姉御肌で時々猛禽類っぽい獰猛さを漂わせるから、何となく強い男性が好きそうだと勝手に思っていた。

 なのに、レイグラーフをロックオンしていると。研究大好きで恋愛事にはからっきし弱い、奥手なレイ先生を。



「何ていうか、ギルド長のイメージと全然違ったのでビックリしました」


「そうかい。ハハッ、その様子じゃスミレちゃんはレイのこと恋愛対象と見てはいないみたいだね」


「ヘッ!? もちろんですよ、わたし恋愛お断りですし」


「だが、誰かに取られそうになって気が変わることもあるだろう?」


「ないですってば! 師弟ですよ、師弟!」



 そりゃレイグラーフはとてもとても大切な人だけど、だって保護者だよ?

 ソルヴェイにレイグラーフとの仲を勘繰られて、一瞬でもそういう目で見られたのかと思ったら変な汗が出てきた。

 うひぃ、ギルド長のライバルになるとか絶対無理!


 レイグラーフに気があることをソルヴェイがわたしに話したのは、単にわたしが彼を恋愛対象として見ているかどうかがわかるといいな、くらいの軽い気持ちだったらしい。

 彼との仲を取り持って欲しいとか、情報を流して欲しいなどということは考えてないようでホッとした。そんなミッション、わたしにはハードルが高すぎる。



「レイって何かに熱中するとキラッキラした目をするだろ? あたし、ああいうのに弱いんだ。好奇心の赴くまま、興味の対象へ着実に迫っていく知性と根気、その手腕、注がれる情熱……。いやー、たまんないねえ。しかも、あたしが追ってるものの価値を知ってるから真面目に応援してくれるし、好きなものを同じ熱さで語り合える。それにあいつ、ああ見えて結構色気あるしな」


「ひええ、獲物を狙うような目付きで舌なめずりしないでくださいよギルド長。レイ先生が見たらビビッて逃げ出しますよ」



 冗談で混ぜ返しつつも、レイグラーフの素敵なところをズラッと並べるソルヴェイに、本当に異性として惹かれてるんだなぁと圧倒される。

 予想以上の熱量に、リーリャとの馴れ初めを聞いた時のノイマンを思い出してしまった。

 意外と情熱家なんだな。狙ってるよとサラッと即答できるところも潔くてかっこいいや。



「女性が苦手なのはわかってるからガツガツ行く気はないよ。今はまだ着実に距離を詰めていく期間だな。いいかスミレちゃん、攻略ってのは手順が大事なんだ」


「おお……。ギルド長って肉食系に見えて実は策士タイプですか」


「どっちも否定しないけどね。開錠は神経を研ぎ澄ませて耳や指先の感覚に集中して鍵の反応を探る。そうやって丁寧に向き合うから難易度の高い鍵も開くのさ。心の鍵も同じだよ。レイは女性に対してガードが固いが、あたしとは二人きりでもリラックスして話し込むようになった。……いずれ開けてみせるよ、あいつの心の鍵をね」



 ワイングラスに唇を寄せながら、ソルヴェイはニッと笑ってみせた。

 恋愛まで開錠で語るなんて本当に根っからの冒険者なんだなと感心しつつ、完全にタゲられているレイグラーフに心の中で合掌した。

 レイ先生、逃げ道はなさそうです……。ガンバッテ。

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