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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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168話 魔法の呪文の研究と漢字

年内は投稿時間がお昼前後になるかもしれません。ご了承ください。

 日本食アイテムのスイーツ2種類を振る舞った後、食べ足りない人たちのおかわりタイムとなった。

 圧倒的人気はカレーライスとアイスクリームで、皆にこの世界の食材で再現できないのかと訊かれたけれど、アイスはともかくカレーはルゥやカレー粉がないからわたしには無理だよなぁ。

 アイスだって、仮に作れたとしても絶対アイテムの方がおいしいし。

 それに、シナモンロール以外のメニューの場合、白い箱が料理完成時のビジュアルとなるに違いない。

 どう見ても異質だから他の人たちには振る舞えないだろう。そう思うと、再現しようというモチベは上がらないのよね……。


 下手に期待を持たせたら悪いので、皆には再現できそうもないと伝えて諦めてもらった。プライベート購入で我慢してもらおう。

 日本食アイテムはお高いので、せめて手数料が実質ゼロになるくらいのサービスをしたいと思い、おまけとして余分に渡す。

 いつもは手数料ゼロに否定的な彼らだけれど、日本食アイテムがおまけされるのは喜んで受け取ってくれたので良かった。

 カレーライスとアイスクリームは購入上限まで完売。

 魔王はラーメンを30個も購入したので、念のため食べ過ぎないようにと注意した。毎食は駄目かと悲しそうな顔で聞かれたが、心を鬼にしてダメだと答える。

 この異世界にメタボがあるかどうかは知らないし、仮にあったとしても回復魔術で治すだけだからどうってことなさそうだけど、万が一でも魔王のお腹がぽっこりしたら悲しいからね……。




 食事を終えると、全員で実験室へと移動した。7人も入るとさすがに狭い。

 部屋の中央には作業用テーブルがあって、本や実験器具らしき物は片側に寄せられている。

 空いているスペースには魔石や筆記用具と共に一枚の紙が置かれていた。

 何か文字が書かれている……あっ、以前レイグラーフに頼まれてわたしが書いたヤツだ!

 確か、初めて魔術の練習をした時だったと思うから、かなり前になる。

 魔法を研究したいから呪文の文字を書いてくれとレイグラーフにねだられ、発動しても害のなさそうな『生体感知』の文字を紙に書いて渡したのだった。


 その紙を指差しながら、レイグラーフはぐるりと皆を見渡して話し始める。



「これは、『生体感知』という魔法の呪文をスミレの国の文字で書いたものです。私たちの言語には変換されないため、私たちには読めませんし、スミレが詠唱する音声も聞くことができません。つまり、ネトゲ仕様でスミレ以外の者は魔法を使えないようになっているのだと思います」



 ここまではヴィオラ会議のメンバーも把握しているようで、皆黙って静かに聞いていた、のだが。



「――ですが、実は私、この『生体感知』の起動に成功しました」


「えええっ!!」

「本当に!?」

「すごい!」



 まさかの発言が飛び出し、部屋の中が興奮で沸き返った。

 起動に成功したって、つまり魔法が発動したってことでしょ? ネトゲ仕様に阻まれているはずなのに、すごいすごい!!

 皆が口々にどうやったのかとレイグラーフに訊ねる。


 レイグラーフの説明によると、わたしが書いた紙は魔物の皮から作られている羊皮紙のようなもので、魔力を通す素材らしい。

 その紙と同じように魔力を通しやすい性質を持つ鉱物を材料に、透明なガラス板のようなものを何枚か作成。

 更にそのガラス板もどきで紙を挟んで大量の魔力を流し、紙に書かれた文字へ魔力を通すことによって『生体感知』の呪文を発動させたのだという。

 ガラス板もどきを触媒にしたということなんだろうか。すごいなぁ。本当に理論でネトゲ仕様を突破したんだ。



「スミレ、この魔法の効果を皆に説明してあげてください」


「はい。えっと、これは自分の周囲にいる生き物の位置を赤いもやで示してくれる魔法で、壁や建物の向こう側にいて姿が見えなくても赤いもやは見えるんです。対象の生き物にはアンデッドや機械人形、人工生命体なども含むと説明文には書いてありました」


「その赤いもやはおそらく起動した本人にしか見えないと予測しています。これから起動しますので、誰か隣の部屋へ移動してもらえませんか。位置は任意の場所で結構です」


「私が行きましょう」



 クランツがその役を引き受け、サッと部屋を出て行った。

 レイグラーフは文字が隠れないようにガラス板の上に両手を置き、では行きますとひと声かけてから魔力を流し始めたようだ。

 魔力は目で見えないから傍で見ていても流し込む量や速度はわからない。

 ただ、レイグラーフが集中しているのはよくわかった。見ているこちらも思わず力が入ってしまう。

 皆が息を詰めるようにしてガラス板を見つめる中、ふいに生体感知の文字が一瞬キラッと光った。

 隣の部屋の方へ視線を向けたレイグラーフが嬉しそうに微笑む。



「クランツはドアから見て右手の奥あたりにいるようですね。皆には赤いもやが見えますか?」



 皆が口々に見えないと言う中、レイグラーフがわたしも魔法を発動してみるように言ったのでさっそく『生体感知』を唱えると、レイグラーフが言ったとおりの位置に赤いもやが見える。

 クランツが呼び戻され自分のいた位置を発表してもらうと、レイグラーフの言うとおりだったので感嘆の声が上がった。

 皆が次々と呪文の起動に挑戦し、交代で隣室へ向かう。

 どうやらかなり魔力を必要とするみたいで、魔法が発動した後は皆ふうと息を吐いて、やや疲れたような表情を見せている。

 さすがに魔王は平然としていたけれど、魔術具の権威なだけあってすぐにこの実験の考察を始めた。

 魔王が言うには、皆が苦労しているのは慣れない系統の魔力操作と洗練されていない回路のせいで、高い負荷がかかっているのだろうとのことだった。



「紙に書くより魔力伝導の良い魔石に直接書いた方が良いのではないか?」


「私もそう考えて、魔石板に見よう見まねで書いてみたのですが、残念ながら起動できなかったのですよ……。やはり、スミレが書いた文字でないと魔法は発動しないのかもしれません」


「えっ、レイ先生、漢字を書いたんですか? 見せてください!」



 レイグラーフが書いたという文字を見せてもらったが、ちょっと下手というか、漢字って正しい筆順や線の向きを知らないと変な形になるんだよね……。

 『生体感知』の四文字は日本人の感覚からすると難易度の低い漢字ばかりに思えるけれど、漢字を理解してない人が書くのはやはり難しいんだろう。

 だから、わたしが書かないとダメなのか、それともネトゲ仕様的に文字として正しく認識できないから起動できなかったのかは、まだわからないと思う。


 とりあえず、レイグラーフと魔王に言われてわたしが板状の魔石──魔石板というらしい──に『生体感知』の文字を書いてみることになった。

 皆がジッと見ている中で字を書くのは緊張するが、魔力をよく通すインクを使って丁寧に書いていく。

 そして、わたしが字を書いた魔石板にレイグラーフが魔力を流したら、先程よりもうんと早い時間で文字が光った。



「おお~、すげぇ早くなったな!」


「クランツが隣の部屋へ行ってくれたようですね、赤いもやが見えます。先程よりも色が濃いですよ。……おや、あれは……?」


「どうかしたのか?」


「クランツと比べると小さいのですが、他にも赤いもやが2つ見えます」


「レイ先生。それ、もしかしたら他の部屋の住人かもしれませんよ。少し離れている分、小さく見えてるんじゃないでしょうか」


「なるほど! それはあり得そうですね。魔法の効果が上がって範囲が広がったのでしょうか」



 またもや皆が交替で魔石板の起動を試すのを眺めながら、ふと思いついた。

 もしかすると、魔法だけでなくネトゲ仕様の画面上にある単語も、文字に魔力を流すことでその機能を発動できるんじゃないだろうか。

 それができるなら、録画と映写の魔術具の作成も現実味を帯びてくる気がする。



「あの、もしもわたしの国の文字で書いた言葉に魔力を流して、その言葉が示す効果を発揮させることができるなら、録画と映写の魔術具にも利用できるかもしれません」


「ほう」


「何ですって!? スミレ、詳しく話してください!」



 魔王とレイグラーフが即座に食いついてきたので、普通の紙をもらって書きながら説明する。

 録画と映写に必要な機能というと、録画・再生・停止・一時停止・早送り・巻き戻しあたりだろう。

 ネトゲ仕様の動画再生画面に表示されている文字と、それらに対応している丸や四角などのマークも書いてみる。

 もしもこれらの文字が機能した場合、マーク単体でも機能するかどうかを試す価値はあると思う。マークが使えるなら魔術具の簡略化に役立つかもしれない。


 わたしの説明を聞いて興奮したレイグラーフはさっそくこの文字とマークを魔石板に書いて欲しいと言ったが、どうやら魔石板の数が足りないらしい。

 研究院の実験室にある物を部下に届けるようメッセージを送り、それまで待機することになった。

 皆はお茶を飲むようだが、わたしはその間に書庫を見せてもらうことにした。

 もうじき陽月星記を読み終える。そうしたらいよいよ薬学だ。薬学関連の本を見てみたい!


 わくわくしているわたしのためにレイグラーフが薬学の入門書を貸してくれると言ったので、本のタイトルを聞いてわたしも一緒に探し始めた。

 背の高いレイグラーフには探しづらい下の方の段をわたしが引き受ける。

 本棚はきちんと整頓されていてとても見やすいのだが、一番下の段に並んだ本の上に一冊だけ横向きに置かれているものがあった。

 手に取って見ると、「空中庭園 伝承と文献」というタイトルだ。

 ん? 空中庭園って聞き覚えがあるぞ……何だったっけ……。



「あっ! スミレ、その本どこにありましたか?」


「一番下の段に横向きにして本の上に乗せてありましたよ」


「ああ~、一番下の段にそんな風に置いてあったから見落としたんですね……。先日、これをソルヴェイに貸そうと思って探したのですが見つけられなかったのですよ。助かりました、ありがとうございます」



 そうか、空中庭園って冒険者ギルド長のソルヴェイが探し求めているヤツだ!

 ドローテアのお茶会でレイグラーフとソルヴェイがその話で盛り上がっていたとミルドから聞いたっけ。

 ギルド長とはその後も交流があるようだし、本の貸し借りやお宝の見せ合いとかしてそうだもんなぁ。

 わたしがなるほどと納得していると、レイグラーフが申し訳なさそうな顔で頼み事をしてきた。



「スミレ、すみませんがこの本をソルヴェイに届けてもらえませんか。黒の精霊祭を控えていて、しばらく城下町まで行く時間が取れないのですよ」


「はーい、わかりました!」



 二人にはすごくお世話になっているので、わたしは即座に引き受けた。

 ギルド長にはしばらく会ってないから、ついでにユーリーンの件が無事に片付いたと報告してこよう。

 本を預かり、どこでもストレージにしまっていると、魔石板を届けに来た部下からレイグラーフに伝言が届いた。

 いそいそと取りに行くレイグラーフに続いて、わたしも書庫を出る。



 再び実験室に集合し、皆に見守られながら魔石板1枚に1単語ずつ文字を書いていく。

 魔法も魔術もイメージが大事な気がするから、録画、再生……と呪文を詠唱するように声に出しつつ、その機能が実行されている場面を頭に浮かべながら丁寧に書いた。


 この文字がレイグラーフの魔術具作成に役立つといいなぁ。

 どうか、彼が録画と映写の魔術具を完成させられますように……。

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