167話 空中散歩の打ち合わせと日本食の食事会
精霊族の部族長グニラとの面会を終えた後の夕食では、彼女との交流について皆から質問が集中した。
どうやら皆の予想以上にわたしたちが仲良さそうに見えたようで、グニラが年の離れた元人族のわたしとどんな風に交流してきたのか興味が湧いたらしい。
「では、本当に陽月星記の話がメインなんですねぇ。あのグニラ刀自を相手に、スミレさんがそんな方面から接点を持つとは予想外でした」
「まったくだよ。スミレを王都の外へ連れ出すのをばば様に先越されるなんて思わなかったなぁ。あ~あ、明日食事会の前に空中散歩の打ち合わせをするつもりだったのに」
カシュパルが残念そうに言うのを聞いて、雑貨屋が落ち着くまではと待ってくれていたのを知っているだけに申し訳なく思う。
せっかく張り切ってくれているんだし、この前は城下町以外でもいいと言っていた。思い切ってスケール大きめのリクエストをしてみようかな。
「空中散歩の行き先なんですけど、城下町はひと通り見たし種族の里にも行けることになったから、次は街以外の広い場所が見てみたいなぁ。農地や牧草地とか、森や川とか」
「そんな何の変哲もないところでいいのかい?」
「せっかく上空から見るんだから、むしろ魔族国の国土を感じられるような景色が見たいんです。あっ、もし王都の外でもいいならヴェストルンド平原を見てみたいなぁ。陽月星記や冒険者たちの会話に出てくるんですよね」
「ここからだとちょっと距離があるけど、転移陣を使えば行けなくもないね。それじゃ、城や城下町の上空以外の方向で検討するとして、具体的なことは明日ブルーノを交えて決めようか」
今日はグニラとの面会にも夕食にもブルーノは来なかったが、明日行う日本食アイテムの食事会には参加するそうだ。
今週末には黒の精霊祭がある。ブルーノは種族の行事には熱心に参加する狼系獣人族だから、精霊祭までに仕事を終わらせようとしていて多忙なんだろう。
それでも食事会だけは外さないのか。日本食アイテム、気に入ってたもんなぁ。
そのブルーノから寝る前に伝言が届いた。
明日の食事会では絶対に「半分こ」とか「ひと口ちょうだい」とか「いい匂い」と言うなよと厳重注意をいただく。
うひぃ、ちゃんと覚えてますってば。毎度迷惑をかけて申し訳ない。
尚、お腹がいっぱいになるから一品だけにする場合はラーメンを食べろという指示も受けた。ああ、麺類はこの世界にないから食べ方がわからないよね。
わたしは箸を使って正式な食べ方を披露する係で、フォークを使った食べ方はブルーノが担当してくれるらしい。
皆はどちらを選ぶかな。誰か箸で食べたらおもしろいのに。
《空中散歩の件も聞いたぞ。ヴェストルンド平原を希望したらしいな》
「はい。でも、どうしてもってわけじゃないので、お勧めがあれば別の所でもいいですよ。安全性を優先してください」
《お前の場合、霊体化すれば落下してもダメージはないが、半透明になってる姿を見られるのは不味いし、落下地点が安全だという保障もないからなぁ。案は考えたが……まあ、明日話す》
そう言ってブルーノは手早く伝言を終えた。
カシュパルの背中はつかまるところがないから、確かに落ちる可能性はあるんだよなぁ。
何か落ちない工夫はないものかと考えながら、わたしは眠りに落ちた。
そして、翌日。
空中散歩の打ち合わせ兼日本食アイテムの食事会を行う会場は、何と研究院用の住居棟にあるレイグラーフの部屋だった!
何でも、レイグラーフは録画と映写の魔術具作成の前段階として魔法の呪文の研究を進めていて、ある程度成果が出たとかでそれを皆に見せてくれるらしい。
おお、何だかすごそうだ。期待大。
クランツに連れられて住居棟を訪れた。
初めて来た施設なので緊張していたのだが、就業時間中だからか研究院の人とはまったく出くわさずに済んだのでホッとする。
今日は休みを取ったというレイグラーフが出迎え、家の中を案内してくれた。
研究院長にはやはり良い住居が充てられているようで、立派な応接間や広めのダイニングがある。
ただ、レイグラーフはそういうものより、住居棟では院長の住居だけに設けられる実験室と書庫の方が重要なようで、院長特権なのだと嬉しそうに話していた。
実験室は食事会の後に入れてもらえるらしい。楽しみだ。
カシュパルとブルーノがやって来て、空中散歩の打ち合わせが始まる。
既に決定しているのは所要時間が1時間以内、出発・帰着地点は研究院の実験施設、という2点。実験施設は今回も貸し切りにするそうだ。
「カシュパルから空中散歩の話を聞いていろいろ考えたが、安全面を考慮した結果これしかないと判断した。スミレは透明化して騎乗、その背後に『隠遁薬』で透明化したクランツを配置。俺は獣化して地上からカシュパルを追尾、スミレの落下に備える」
「えええ~ッ!?」
「我慢しろ、カシュパル」
「そんなぁ~~」
カシュパルは何やら激しく抵抗していたが、最終的には渋々ながら折れた。
竜化している時に誰かを乗せることは滅多にないと言っていたし、2人乗せて飛ぶのは大変なのかもしれない。
内心で申し訳なく思っていると、カシュパルが我慢する代わりに散歩終了後『荒天』と『落雷』を堪能させてと言い出した。
そういえば、前回実験施設の屋上で魔法を試した時もすごく楽しそうに飛んでいたっけ。
それくらいお安い御用だと快く引き受けたら、カシュパルの機嫌が一気に回復した。竜人族は一体どれだけ嵐が好きなんだ……。
空中散歩の基本的な布陣が決まったので、わたしは自分で考えてきた落下防止策をブルーノに話してみた。
魔法具には『とりもち』という魔力を流すとベタベタとくっつく厚手のシート状のアイテムがある。
罠に用いるものだが、これでわたしの手足をカシュパルの身体に固定すれば、かなり落下を防げるんじゃないだろうか。
「そういえば、そんなアイテムがあったな……見せてみろ。ほう、かなりの粘着力だな」
「なるほど、再度魔力を流せば外せるのですね」
「問題はカシュパルの鱗にしっかりくっつくかどうかですが」
「変化できる程の広さはねえし、ここでヒト型のまま腕に鱗を出せないか?」
「もう、ブルーノってば無茶ばっかり言うなぁ。ちょっと待ってよ……」
時間は少しかかったが、カシュパルがうんうん唸りながら頑張った結果、何とか腕が鱗状になったのでさっそくとりもちを試す。
カシュパルの腕の上にとりもちを置き、わたしが手を当てて魔力を流したらすぐにベタついてきて、引っ張っても取れなくなった。
カシュパルとわたしの双方で力一杯引っ張り合ったが、びくともしない。
「これは相当強力ですね。ですが将軍、手が外れないことで却って関節などを傷める可能性もあります」
「だよなぁ……。んじゃ、俺の体でちょっと試すか」
「え、何をするんでって、ギャ―ッ! 何で上半身裸になってるんですか!?」
「うるせえなぁ、シャツ脱いだだけだろ。おいスミレ。俺の両肩に両手を、腰あたりに両足をとりもちでくっつけろ。靴のままでいいから」
汚れるじゃないかと訴えたがウォッシュすればいいだけだと言い返され、仕方なく言われたとおりにしてみる。
うひょおお! すっごい筋肉! ファンヌが好きそう。
両手を肩に置き、ブルーノの背中によじ登っているような格好で、クランツに手伝ってもらいながらとりもちで手足を固定していく。
こんな格好で何を試すつもりなのかと思ったら、ブルーノはわたしを背中にくっつけたまま室内を縦横無尽に駆け回り始めた。
床だけでなく壁や天井もおかまいなしの360度走行なんて、いくら何でもハードすぎるよ!
「うわああああっ、速い! 落ちる~~~ッ!!!」
「スピード落とすとスカートめくれるだろ」
「靴! 靴が脱げそう~~~ッ!!」
「ちょっ、それは不味いよ!!」
「ブルーノ! 止まってください!!」
とりもちに魔力を流して手足の固定を解き、ブルーノの背中から下りたわたしは床にへなへなと座り込んだ。
うう、久しぶりにブルーノの鬼教官ぶりを見たよ……。
靴が脱げると訴えた途端に解放された理由は、素足を見せるのはお誘い案件に抵触するからだろう。
勝負服のヤルシュカを着る魔族女性は足首やふくらはぎをチラ見せするし、女子会でエルサとファンヌから聞いた話によると、子作り希望の魔族女性には膝上丈のヤルシュカでアピールする猛者もいるのだとか……。
ちなみに、わたしの着る地味服は基本的に足首もふくらはぎも見えない作りな上に、長めの靴下とショートブーツでしっかりガードしている。
わたしの「靴が脱げる」発言は物議を醸したようで、男性陣がこちらに背を向けたまま、音漏れ防止の結界まで張って何やら話し合っていた。
話し合いの結果、カシュパルはブルーノのようにアクロバットな飛行はしないから、両足を固定するだけで十分だろうということになったらしい。
落下や怪我より素足を露出する危険性の方が重視されるのか……。
でも良かった。足じゃなくカシュパルに跨っているお尻部分で固定しろと言われたら、さすがに抵抗あるからね……。
魔王とスティーグもやって来たので、打ち合わせを切り上げてダイニングへと場所を移す。
いよいよ日本食アイテムの食事会の始まりだ!
ブルーノの時と同じように、まずはおにぎりと味噌汁から振る舞う。
皆、ご飯の食感に驚いていたが、悪い反応ではなさそうだ。
レイグラーフは味噌汁をすごく気に入っていた。発酵屋や酒屋は精霊族が多いので、彼が味噌汁を好むのは何となくわかる。
一方で、カシュパルとスティーグは匂いが苦手だからと、アイテムの箱を開けなかった。味噌の匂いが苦手な人は元の世界にもいたし仕方ない。
一番人気はカレーライスで、これは全員が食べた。
味噌汁の時からだが、ブルーノが普通に付属のプラスチックのスプーンを使って食べるので、皆も同じようにプラスチックのスプーンを使っている。
食べ終わった途端に消えてしまうので、見たことのない素材が気になるレイグラーフは食べながらもスプーンをじっくり観察していたのがおもしろかった。
でも、一番の驚きは魔王がラーメンを箸で食べたことに尽きる!!
あらかじめレイグラーフにフォークを用意してもらい、麺という食材について説明してから、わたしとブルーノがそれぞれ箸とフォークでラーメンを食べて見せたら、魔王は見よう見まねで器用に箸を扱い、上手に麺を啜って食べた。
しかも、ものすごくラーメンが気に入ったようで、普段は寡黙な魔王が別人のように饒舌にラーメンについて語り出したから驚きだ。
「この麺というのは独特な歯ごたえにつるんとした舌触りと喉越しの良さがあり、非常に興味深い。それにスープが美味い。こんなに透明なのに深くて複雑な味わいがする。だしとしょうゆ? 発酵系調味料か……我が国にも欲しいな。レイ、作れないか?」
そう言いながら魔王はスープも全部飲んで完食すると、更にもう一杯食べたいと言い出したから、まだスイーツが2つあるからと言ってブルーノが止めていた。
レイグラーフとスティーグも箸に挑戦したがうまく使えず、諦めてフォークにした。カシュパルは最初からフォークで、とても上手に食べている。
そして意外なことにクランツが「見た目が無理」という理由でラーメンを食べなかった。麺のうねうねした感じが、羊系獣人族の感覚だと食べ物には見えないらしい。
今までにヴィオラ会議のメンバーとは何度も一緒に食事をしてきたけれど、これ程までに彼らの食への反応が違ったことはなかったので、何だかとても意外で新鮮だった。
やはり部族や種族によっていろいろと違うものなんだなぁ。
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