166話 『状態異常回復』でグニラを治そう
誤字報告ありがとうございます。
ウィンドウを開けばステータス画面が開くと思っていたが、現れたのは簡易なステータスだけで、名前・年齢・部族と種族・役職名、そしてキャラクターの状態しか表示されていなかった。
何だ、自キャラと同じような詳細なデータは見れないのか。プライバシー云々と生真面目に考えて覚悟して開いたのに拍子抜けだな。
でも良かった。新たに知ってしまったのはグニラが1003歳だということだけだ。予想と概ね合っていたし、覗いたことの罪悪感が少しで済む。
気を取り直して、キャラクターの状態を見る。
表示されているのは「老化(ステータス低下)」と「老化(足腰の痛み)」の2つだ。意外と細かい。この分だと老眼とか難聴とかもありそうだ。
ネトゲ仕様では表示されている事柄について何らかの対応策がある場合は脇に三角形のアイコンがあり、そこをタップすると対応策が表示され、対応策をタップすると実行される。
“ステータス低下”はアイコンなしで、“足腰の痛み”はアイコンあり。つまり、ステータス低下の方は解除方法がないということだ。
低下しているステータスがスタミナやスピードだとすれば、それは仕方ないかなと思う。何といっても1003歳だしね……。
一方、足腰の痛みの方はアイコンをタップすると『状態異常回復』の魔法と『精霊の特殊回復薬』が表示された。
回復魔術は候補にないのか……。魔族の彼らが治らないものと諦めるわけだ。
精霊の特殊回復薬は先程魔王がグニラに提供すると言って断られていたアイテムで、“状態異常を解消もしくは半日無効化する”という効能を持つ。
半日で効果が切れるとグニラは言っていたから、残念ながら状態異常解消の方の効能は適応されないのだろう。
特殊回復薬にはエルフ製のものもあるが候補にすら上がっていない。アイテム関係も全滅か……。
残るは『状態異常回復』の魔法のみ。
でも良かった。対応策があるならグニラの足は治せるんだ。
よし、頑張って説得するぞ。
「ええと、解除方法は2つありまして、片方は先程出た精霊の特殊回復薬。こちらはグニラおばあちゃんの言うとおり半日しか効かないようです。もう1つは聖女の魔ほ……特殊能力を使う方法です」
聖女の魔法と言い掛けた瞬間魔王の鋭い視線がビシッと飛んできたので、すぐに特殊能力と言い換えた。
そうか。グニラはファンヌと同じでわたしが異世界から召喚された聖女だと知ってはいるものの、その能力やネトゲ仕様のことは知らないから話す内容には気を付けないといけないんだな。
しかも、魔法名は呪文と同じ文言だから普通に口にするとわたし以外の人には聞こえないのだ。カタカナイメージで話さないと会話が成立しなくなる。
この奇妙な仕様もグニラに気付かれたら不味いのか……。うう、面倒くさい。
極力魔法名は口にしない方向で何とか乗り切ろう。
「わたしは自分の状態異常を治したことはありますが、人のは治したことがないんです。普通の回復ならブルーノさんとクランツに使いましたけど、クランツ、特に不具合はなかったですよね?」
「ええ。すこぶる快調でした。使用に問題はないと考えます」
「自分で治した状態異常は睡眠不足で、そちらも不具合はありませんでした。グニラおばあちゃんの足の痛みも、まず問題なく治せると思います。だから」
「そうかい。じゃが、わたしには不要じゃよ」
わたしに皆まで言わせることなくグニラはスパッと拒絶した。1003歳の部族長はさすがに意志強固なようだが、わたしもそう簡単には諦めないぞ。
何とかして部族長を痛みから解放したいレイグラーフがわたしに加勢する。
「長、そんなことを言わずに。せっかくですから治してもらいましょうよ」
「嫌だね。スミレちゃんは聖女を厭うておるんじゃろう? 自己犠牲の精神で力を振るわれるなんぞまっぴら御免だね。後悔でもされたら却って迷惑じゃしな」
「そんな言い方しなくても! スミレは長のためを思って言っているのですよ?」
「それくらいわかっておるわ。じゃが、わたしゃお前たちと違って保護者ではないのでね。友人で対等の間柄じゃからのぅ。優しい言葉で濁す気はないわえ」
突っぱねるような言い方だが、却ってグニラの気遣いを感じた。
ありがたいなぁ。わたしときたら、ずっと聖女という存在を忌諱していたくせに今度は聖女の力を使わせて欲しいと言い出したりして、自分の都合で勝手なことばかり言っているのに……。
いや、凹むのは後回しだ。
現金なわたしは聖女という存在と折り合うためにメリット面から歩み寄ることにしたんだ。これはむしろわたしにとってチャンスなんだとグニラに訴えよう。
「自己犠牲とかじゃないんです。わたし、聖女の力を都合良く利用することで折り合いをつけて行こうとしてるんですけど、なかなか機会がなくて。だから協力してもらえませんか? 実験みたいで申し訳ないですけど」
「実験じゃと?」
「だって、迂闊に聖女の力を使うわけにはいかないでしょ? 事情を知るグニラおばあちゃんがちょうど状態異常になってることだし、試させてもらえたらありがたいな~と思って。協力するついでに痛みが取れたらラッキー!と考えてもらうわけにはいきませんか?」
わたしが情に訴えるのは逆効果になりそうだから、そちらは表に出さずあくまでメリット面を追求している態で押していく。
「老化(足腰の痛み)」自体にステータス上の弱体効果はないが、痛みというのはつらいものだ。ご老体にはさぞかし堪えることだろう。
なのに、回復魔術も回復薬も効かないなんて。
効くのは聖女の回復魔法だけ。
治してあげられるのは、この世界でわたしだけなんだ。
ああ、こうなってみてよくわかった。
わたしは聖女の力をイスフェルトのために振るえと強要されたのがムカついたんだ。お願いじゃなく、暴力でもって強制されたからあいつらを憎んでるんだ。
でも魔族の皆はわたしに聖女の力を無理に使わせようとはせず、静かに見守ってくれた。だから、彼らのために聖女の力を使うことにはわだかまりが一切ない。
それに、精霊との契約について教えてもらい、聖女という存在を受け入れられるようになったきっかけをくれたのはグニラだった。
そのお礼も兼ねて、どうか聖女の魔法で状態異常を解除させて欲しい。
自分から望んで力を使うなら、それはわたしの喜びになるんだよ――
って、うわー、脳内とはいえ柄にもない主張だな。恥ずかしい。
綺麗事っぽいとも思う。でも偽りのない正直な気持ちだ。
何だかすっきりとした気分になって、わたしはグニラにニッと笑った。
グニラは疑うような探るような目でわたしを見ていたが、わたしの方は気持ちに一点の曇りもないのでニコニコし続けていられる。
でも、グニラは皮肉っぽい笑いを浮かべながらわたしに揺さぶりを掛けてきた。
「そんな風に聖女の力をホイホイ使ってみせていいのかねぇ。わたしゃ部族長じゃから、いざとなれば友情より部族や国の利益を優先する。スミレちゃんが望まん場合でも聖女としての働きを求めることもあるじゃろう。もしわたし個人のために聖女の力を使うなら、いつかそんな事態になった時にやりたくないとは言わせぬぞ。その覚悟はあるのかね?」
……うう、ここでしっかり言質を取ろうとしてくるなんて、さすがに手強い。
ただ、その問いはあまり意味がないと思う。
最終的にわたしが従うのは魔王だ。部族長のグニラが何を言おうと、わたしもいざとなったら友情より魔王の判断を優先すると思うから。
「う~ん。覚悟はあるかと訊かれても答えようがないですよ。状況にもよるから、要請を受け入れるかどうかはその時にならないとわからないし」
「フン、言い逃れをする気かい」
「そうじゃないですって。グニラおばあちゃんに頼まれたらたいていのことは引き受けると思いますよ。ただ、絶対とは言い切れないっていうだけです。でも、もしわたしが渋ったら、その時はグニラおばあちゃんがわたしを説得したらいいじゃないですか。火の精霊族のスープとかを餌にすれば簡単に釣れると思いますよ~」
「何じゃと?」
わたしの答えにグニラは呆れたような顔をしたが、魔王の側近2人が笑いを堪えながら激しく頷いた。
別にふざけているわけじゃない。わたしの現金な質とおいしい食べ物が好きなところを利用したらいいとお勧めしているだけだ。
グニラはわたしが情に流されて判断を下さないよう戒めたいようだから、ちゃんと考えているし交渉だってしますよと伝えたい。
さて。
わたしには明確にメリットがあると提示したし、それなりに骨のあるところを見せたつもりだけど、グニラを説得し切るにはまだ足りないのかな。
よし、もう一押しするぞー!
「それに、実はまだルード様やレイ先生の前では聖女の力を使った回復はお見せしてないんですよね。お2人とも関心があるでしょう?」
「それはもちろんですよ!」
「ああ、見てみたい」
「それに、魔術では治せない状態異常を聖女の力で治せるかどうか、確認しておくのは魔族国にとっても重要なことだと思いますけど、カシュパルさんとスティーグさんはどう思います?」
「うんうん。もちろん確認しておきたいよ。部族長のばば様にはこの貴重な機会に是非とも協力してもらいたいなぁ」
「聖女関連は情報が少ないですからねぇ。まあ、スミレさんがやる気になっているのに、部族長の刀自がそれを妨げたりなどなさいませんよ」
レイグラーフだけでなく魔王や側近たちまで説得に乗り出したこともあり、最終的には諦めたような深いため息を吐きながらグニラが折れた。
スティーグとカシュパルがやたらと熱心だったのは、先程いろいろと擦り付けられたことへの仕返しだったみたいだけれど。
そして、グニラの説得にこれほど時間が掛かったというのに、魔法で状態異常を解除するのは一瞬で。
呪文の詠唱も聞こえないしエフェクトもないから、周囲の者には何が起こっているかさっぱりわからないだろう。期待させたわりに地味で申し訳ない。
ただ、当事者のグニラは違う。
魔術と違い、魔法は効果が一瞬で現れるから、わたしが『状態異常回復』を唱えた次の瞬間、グニラは素っ頓狂な声を上げて驚いていた。
「……ほ? 何じゃこりゃあ~っ!?」
「ど、どうなったのですか、長!」
「一瞬で痛みが消えよった。どうなっとるんじゃ……」
やがて、驚きから立ち直ったグニラはぴょんぴょん跳ねたり、スローな反復横跳びのような動きをして足の具合を確かめ始めた。
ちょっ、老婆の反復横跳びとかシュールすぎる。
レイグラーフを筆頭に、魔王も側近たちもホッとしたような顔でしみじみとその姿を眺めているというのに、ここでわたし一人だけ吹き出すわけには……!
聖女の力による状態異常の解消を頑なに拒んでいたグニラだったが、実際に痛みから解放されてみればその快適さは相当なものだったようで、ありがとうありがとうと礼を言われた。
わたしの表情筋と腹筋が崩壊する前で助かったよ……。
会談を終え、軽やかな足取りで帰っていくグニラの後姿を見送る。
諦めずに説得して良かったなぁ。
皆で粘った甲斐があったよ。
聖女という存在にメリット面から歩み寄るというやり方は、やはり現金なわたしに向いていると改めて思った。
まだ折り合いがついてない頃のわたしだったら、先程の場面ではきっと葛藤しただろう。躊躇なく魔法を使えたかどうかわからない。
グニラを痛みから解放できたのはわたしが聖女だったからだ。
この力があって良かったと、今は素直にそう思えた。
散々疎んでいたくせに変わり身が早すぎて、我ながらさすがにちょっとどうかと思うけどね!!
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