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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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165話 精霊族部族長との会談

誤字報告ありがとうございます。

「ぶ、部族長と面会って、何でそんな話になったんですか」


《何でも、火の精霊族の種族長がスミレさんから買った毛織物(ウール)の装備品をとても気に入ったので、お礼に里へ招待したいと精霊族の部族長に申し入れたそうですよ》



 ちょっと待って。それって、グニラが毛織物の装備品を贈った相手はただの火の精霊族じゃなくて種族長だったってこと!? うわあ、マジか……。

 グニラは精霊族の長老ポジションかと思っていたけれど、実は樹性精霊族の種族長で、同じ種族長仲間への贈り物だったとか? ひええ、ありそう……。

 スティーグの説明によると、亡命者の人族が王都を出て部族や種族の里を訪れたという前例がないため、念のため精霊族の部族長が面会して人物確認をしてから里への訪問を許可した方が良いという話になったらしい。

 わたしのことは部族長会議で報告されているから、部族長とその側近は雑貨屋の店長が聖女だと知っている。だが、それ以外には伏せられているので表向きはただの亡命者の訪問として処理するそうだ。


 ヴィオラ会議の面々だけでなく、精霊族の部族長までわたしの事情に配慮してくれたようで、ありがたい話だと思う。

 とは言え、正直なところ、部族長なんていう魔王の次に偉い地位の人と会うのは気が重い。

 普段から魔王とか将軍とか院長という上位役職者と気軽に接しているせいで感覚が麻痺しているが、本来わたしは小市民気質な一般人。

 急にそんなことを言われても及び腰になるなという方が無理、――なのだが。



「火の精霊族の里? わたし、行ってもいいんですか?」


《ルードは既に許可してますよ》



 我ながら本当に現金な質だと思う。でも、種族の里に行くのは無理だろうと諦めていたわたしが、この機会を逃すはずがない。

 だって、火の精霊族のスープが食べられるかもしれないんだよ? 行くでしょ!



「お受けします!」


《くっくっく。スミレさんならそう言うだろうと思ってました。公式な面会なので魔王族の部族長としてルードが立ち会います。心配いりませんよ》



 そんなわけで、急遽明日の里帰り中に精霊族の部族長と面会及び会談を行うことになってしまった。

 時間が経つにつれて、早まったんじゃないか、いやでもこのチャンスを逃す手はない、と気持ちがグラグラ揺れたけれど、一晩寝て起きたら覚悟も決まった。

 そもそも火の精霊族の里に招待なんて話が出たのはグニラの口添えがあったからに違いない。わたしがスープの話をして、里でしか食べられないと聞いてがっかりしていたからだ。

 そうでなければ、いくら種族長が商品を気に入ったからって招待なんて流れにはならないと思う。だったら、グニラの厚意を無にするような真似はできない。


 偉い人に会うくらいでビビるな、何年社会人やってるんだ!

 突然役員に随行する羽目になって場違いなコンベンションに出席したこともあっただろう!?

 そう自分を鼓舞しながら迎えの馬車で城へ向かった。

 スティーグの話では対外的な辻褄合わせのための面会だから、儀礼的なものだと思っていていいとのことで、失礼がないように気を付けつつ無難にこなせば何とかなると思う。

 よし、頑張ろう。火の精霊族の里へ行くためだ、わたしはやるぞ!



──そんな風に、緊張しつつも気合いを入れて面会に臨んだというのに。



「スミレ。こちらが精霊族の部族長、グニラ刀自だ」


「ほ、ほ。三日ぶりじゃの、スミレちゃん」


「へッ? …………え、えええ――ッ!?」



 クランツに案内されて入った部屋では魔王がソファーに座っていて、その向かい側にはレイグラーフと何故かグニラが座っていた。

 わたしと面識があり今回の件を仲介したグニラが付き添いとして同席するのかと一瞬思ったが、そうじゃなかった。

 グニラが今日の面会相手、精霊族の部族長であると、魔王が淡々と紹介する。

 驚きのあまり頭の処理が追い付かない。



「プハッ。スミレ! 顔がすごいことになってるよ! あははっ、ちょっと、口閉じなって。あははははは」


「グニラおばあちゃんが、精霊族の部族長!? 嘘でしょ!?」


「うんうん、やはりスミレさんは期待どおりの反応をしてくれますねぇ。打診の段階で気付かれるかもと心配してましたが。くっくっく」


「これ、お前たち。そう笑うんじゃないよ」



 カシュパルとスティーグの二人はお腹を抱えて笑っていて、魔王も片手で口元を覆って肩を震わせている。

 クランツは平然とした顔で護衛の位置に立っているが、皆を窘めるグニラの隣に座っていたレイグラーフは中腰になって必死にわたしを宥めようとした。



「皆知ってて黙ってたの? 酷いよ、酷すぎる~ッ!!」


「違うんですよスミレ。隠していたわけではなくて。これには事情が」


「ええい、横からごちゃごちゃ言うでないわ。わたしが説明するから、お茶でも飲んでスミレちゃんも少し落ち着きなされ」



 事の発端は、一人で城下町に住んで店を開くと言い出したわたしにグニラが関心を持ったことらしい。

 人族の亡命者、しかも聖女なのに一体何を考えているんだろう。どんな人物で、どんな暮らしを送っているのか。

 まずは一目見てみようと、わざわざ城下町まで足を運んだのだという。



「でも、どうして一人だったんです? 部族長がお付きの人もなしで城下町を歩き回るなんて考えられませんよ。グニラおばあちゃんは足だって悪いのに」


「それがのぅ。行くなら一魔族として一人で出向け、供付きで部族長として行くなら自分も立ち会うと、ルードヴィグのやつが意地悪を言いよったんじゃ」


「人聞きの悪い言い方はよせ。ぞろぞろと大勢で訪れれば人目につく。いきなり部族長が訪れてもスミレが驚く。妙な前例を作られ、他の部族長らが後に続いても困る。厄介事を避けただけだ」



 珍しく魔王が不服そうな顔をしてそう言った。

 そうか、わたしの負担にならないように防波堤になってくれてたんだなぁ。ありがとう、部族長!


 雑貨屋を訪れたグニラはわたしが丁寧に接客し、真面目に魔族社会について学ぼうとしているのを見て驚いたらしい。

 そして何より、精霊を大事にしている上に陽月星記を好んで読んでいると知り、わたしへの好感度が急上昇したんだそうだ。うは、照れる。



「友人になったのに自分の立場を伏せておるのは嫌じゃからのぅ。ちょうど火の精霊族の里へ招待という話も出たことじゃし、この機会に公式な面会を果たしておくのが良かろうとルードヴィグに申し入れたんじゃ」


「むう。昨日の連絡の時、スティーグさんは精霊族の部族長とわたしが実は面識あると知ってたのに言わなかったんですね? わざと内緒にしたんだ……」


「おもしろいから内緒にしようと言ったのは魔王の側近2人じゃぞ」


「うわ、僕らに擦り付けた!」


「自分だけスミレさんの前でいい格好する気ですか、刀自」



 とりあえずグニラと魔王側の事情はわかった。話を聞けばなりゆき上仕方ないと納得もいく。

 それに、部族長のグニラはわたしが聖女だと知っていたから、初対面にも関わらず精霊との契約について教えてくれたんだろうと思い至った。

 魔族国の重鎮で、しかも女性だから、ファンヌやヴィオラ会議のメンバーに聞けないことがあった場合に頼れそうだ。心強い。

 本当に、すごい人と友達になってしまった。うちの精霊たちと陽月星記のおかげだな。



 わたしが落ち着いたので、その後は火の精霊族の里への訪問について具体的な話が交わされた。

 目立たないで済むようレイグラーフとクランツのみ同行し、里では火の精霊族の案内を一人付けるだけに留めるそうだ。



「礼を言いたいと言っておったから種族長が顔を出すかもしれんが、大仰なことにはならんよ。とにかく、火の精霊族のスープだけは確実に飲めるよう手配してあるから、気楽に遊びに行っておいで」


「わあ、やっぱりスープのこと覚えててくれたんですね! うう、ありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです!!」



 何でも、毛織物の装備品をすべて赤色にした火の精霊族の種族長は非常にご満悦だったそうで、スープを馳走するくらいいつでも引き受けると言ったらしい。

 うおお、染色料で赤色にする提案をしたわたしグッジョブ!


 訪問話の次は、トークイベントの場所の話になった。次からはわたしが出向くと提案したのに対し、グニラは城の一室を借りようと考えていたらしい。

 城には各部族の里と繋がる転移陣があり、部族長会議のメンバーのみが使えるようになっているという。その転移陣を利用して城内で会えばグニラの負担はかなり減るそうだ。



「じゃが、こいつらに反対されたわ」


「また僕らのせいにする~」


「えっ。どうしてダメなんですか?」



 カシュパルが言うには、わたしはともかく、城にはグニラの顔を知っている者が多く働いているから、こっそり行動してもどこから情報が漏れるか予測がつかないらしいのだ。

 諜報担当の彼が言うのだから、実際その懸念は大きいんだろう。



「精霊族の部族長と元人族の女が密会してる、なんて風に他の部族長の耳に入ったらどうなると思う? 彼らは聖女だって知ってるんだよ、勘繰られるに決まってるじゃない」


「こう言うのでなぁ。もっともなことじゃし、諦めるわえ」


「でも、それじゃグニラおばあちゃんが大変なままじゃないですか。今だって時々足さすってて痛そうなのに……というか、どうして足治ってないんです? 魔族は怪我や病気を魔術や回復薬で治すんでしょう?」



 わたしはそう言って皆を見渡したが、誰も何も言わない。

 一番見識のありそうなレイグラーフを見たら、目は合ったがそっと伏せられた。


 えっ。もしかして、治せない状態異常があるの? そんな……!



「ほ、ほ。スミレちゃんや、そんな顔をせんでええ。歳が歳じゃからのぅ、老化による状態異常ばかりは治せないんじゃ。魔術は万能ではないのでな」


「『精霊の特殊回復薬』は効果があったと聞いた。城から提供するので使え」


「馬鹿をお言いでないよ。半日しかもたないのにあんな高い物を常用できるかい。自然の摂理じゃ、甘んじて受け入れるわえ」



 グニラと魔王の会話を横目に、わたしは視線で視界の右上隅にある四角をタップしてネトゲ仕様の設定画面を開いた。

 表示の設定でキャラクター名を表示「しない」から「する」に変更すると、皆の頭上に各々の名前が現れる。

 そして、グニラだけは名前の横に状態異常を示すマークが付いていた。

 グニラのステータス画面を開けば掛かっている状態異常が表示されるはずだ。手持ちのアイテムや魔術か魔法で対応できるかどうかもきっとわかる。


 だけど、わたしはタップするのを躊躇した。これまで他人のステータスを覗いたことがなかったからだ。

 イスフェルトにいた時はそんなことに気が回らなかったし、魔族は親切にしてくれる人ばかりだったから、彼らをゲームのキャラクター扱いするような真似はしたくなかった。

 元の世界の倫理観もある。他人のプライバシーを侵すというのは、越えてはいけない一線だと思う。

 でも、情報確認が必要な場面に遭遇したら――。



「グニラおばあちゃん。あの、わたしに足の状態を見せてもらえませんか?」


「見てどうする気だい? 聖女の特殊能力で治す気ならお断りじゃよ」



 聖女の力を使っての回復を断られるとは思わなかったが、聖女の魔法でなくともアイテムで対応できるかもしれないし、まずはステータスを見て状態異常を確認するのが先決だ。

 聖女の魔法が必要だった場合は、後でグニラを説得しよう。皆に協力してもらえばきっと何とかなる。



「それでもいいです。まずは見せてください」


「……いいじゃろう。だが、見るだけじゃぞ」



 わたしはこくりと頷くとグニラに視線を定め、タップしてウィンドウを開いた。

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