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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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164話 エルサの悩み相談

 グニラとのトークイベントも終わり、翌日は何事もなく営業日を過ごした。

 サバイバル道具類目当ての新規客がぼちぼちとやって来る。開店からひと月半経ち、そろそろ王都の冒険者に雑貨屋の存在が知れ渡っただろうか。

 ユーリーンの件も一応解決したので、客がいない時は相変わらず陽月星記を読んで過ごす。ついに20巻まで来た。あと4巻か。


 店は順調だが、この数日でわたしの生活にひとつ変化があった。

 食料品アイテムが実績解除された結果、調理に対するモチベーションが下がってしまったのだ。

 城下町では外食やテイクアウトを利用する者がほとんどで、自炊するより外食の方が食費が安く済む。目的を達成した今、積極的に自炊する理由はほぼない。

 我ながら現金だと思うが、何を作ったってどうせ既存のグラフィックに置き換わるのだ。慣れたとはいえ、あの仕様でモチベーションを上げるのは難しい。

 そんなわけで、営業日の昼食はノイマンの食堂へ行くか、朝食時に昼の分の挟みパンとスープをテイクアウトするかのどちらかになった。

 このまま外食派になってしまってもいいかな。当分は気の向いた時やお茶会やお泊り会の時だけ作ればいいや。

 ああ、でも、追加アイテムの中で1つだけ様子の違ったシナモンロール。あれは自作できるのか、グラフィックがどうなるのかは一応確認しておきたい。

 近いうちに試そう。もしかしたらあんこ菓子と違って魔族的に問題ないレシピで菓子パンが作れるかもしれないし。

 ただ、また友人たちを糠喜びさせてしまうといけないので、確認するまで話は伏せておこう。




 調理と言えば、夕食を食べにノイマンの食堂へ行った時にエルサから相談があると言われ、接客の合間に話がしやすい奥のテーブルへと案内された。

 いつエルサの手が空くかわからないので、お酒でも飲みつつゆっくり食事しながら待とうと思い、メニューをノイマンにお任せする。

 飲みたいお酒に合わせてメニューをセレクトしてくれるのでとてもありがたい。

 今日は白ワインが飲みたいと伝えたら、豚肉のローストとマッシュポテトが出てきた。

 噛むとじわっと溢れる肉汁と脂身の甘味に、香草とレモンをきかせたソースがよく合う。温かいマッシュポテトは荒く刻んだチーズが混ぜられていて、フォークで 掬うととろけたチーズがみょーんと伸びて楽しい。



「あ~、これおいしいなぁ。ワインとの相性もバッチリだし、やっぱリーリャさんの料理を一番理解してるのはノイマンさんなんだねぇ」


「お、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」


「わたしもそう思うわ」


「リーリャ!? マジかよ!」



 厨房からひょいと顔を出してリーリャがそう言ったものだから、感極まったノイマンが抱擁しようとして叱られていた。

 仕事中のスキンシップは禁止されているらしいからね……。

 ご機嫌なノイマンが空いたグラスにワインを注いでくれたので、それをちびちび飲みながら、ようやく手の空いたエルサから話を聞いた。



「実は、あんこ菓子作りで困ったことになってるのよ~」


「うまく行ってないの?」


「そうじゃないけど、試食がね……。あれから2週間、ほぼ毎日あんこ菓子食べてるの。店長もリーリャもしばらく食べたくないって言い出してさぁ」



 レシピ開発するには試行錯誤がつきもので、作れば当然料理が出来上がる。

 味見はもちろん、もったいないから全部食べる。エレメンタルを無駄にすることは許されないのだ。

 ……そうは言っても限界はある。



「ガンガン作りたいのに食べるのが追い付かないの。何かいい方法ない?」


「う~~ん。わたしが手伝っても、そうたくさんは食べられないしなぁ……」



 大量消費を狙うなら犬族冒険者集団に声を掛けるのが手っ取り早いだろうかと考えたところで、ふと思い出した。

 あんこ菓子の件で助力を申し出ていた人がいるじゃないか。



「あのさ、前に話したAランク冒険者のヤノルスさんのこと覚えてる? 手伝いが必要ならいつでも手を貸すって言ってくれたって話」


「あ~、そういえばそんなこと言ってたわねえ。でも、売り物でもないのに恋愛関係にない女の手作り料理を食べさせるなんて悪いわよ」


「あ、エルサの方は特に問題ないんだね? なら、まずはヤノルスさんに聞いてみてもいい? あの人、すっごいあんこ菓子食べたがってたから、むしろ喜んでくれるかもしれないんだよ」


「ホントに~? ちょっとやそっとの量じゃないのよ? 大丈夫かしら」



 とりあえず一度聞いてみると言って家へ帰り、ヤノルスにメモを送った。

 冒険者は音を立てたら不味い状況にいることが多々あるため、メッセージの魔術は基本的にメモで行う――――はずなのだが。



『あんこ菓子の試食係を募集してます。関心ありますか?』


《詳しく聞かせてくれ》



 速攻で、しかも伝言で返事がきたよ。一体どれだけ乗り気なんだ。

 いつも警戒心の強いヤノルスとは思えないような食い付きぶりにちょっと驚く。

 あんこ菓子、気に入ってたもんなぁ。

 よし、これは是非とも協力していただこう。

 友人のエルサも助かる、いつも世話になっているヤノルスも喜ぶ。言うことなしだ!

 そのまま伝言でひと通り事情を説明し、彼にエルサを紹介することになった。



 翌日の夕方、ヤノルスを伴ってノイマンの食堂へ行った。今日も奥のテーブルへ案内され、注文を聞きにきたエルサにヤノルスを紹介する。

 しばらくは普通に食事をしていたが、注文が落ち着いたからとノイマンが接客を引き受けてくれたらしく、エルサがわたしたちが座るテーブルへやって来た。

 わたしが質問などあればどうぞと促せば、元より率直な2人なのですぐに会話が始まった。



「あんこ菓子を気に入ってるって話だけど、スミレのレシピと違う作り方をしてるから味は落ちるの。がっかりさせると思うわ」


「店長から聞いた。承知の上で来ている」


「そう。でも、まずは1つ食べてみて。その上でもう一度よく考えて欲しいの。まだ見習いだけどアタシだって料理人の端くれだから、おいしくないものを人に押し付けるような真似はしたくないのよ」


「わかった」



 スミレはどうすると聞かれたので、わたしもご相伴に預かることにした。

 他の客に気付かれないよう、こっそりと出されたエルサお手製のあんこ菓子をヤノルスと共に口に運ぶ。

 うーん、やっぱりまだ雑味が強いなぁ。



「なるほど、これが現状なんだな。味は許容範囲だから問題ない。これがどのくらいのペースで供給されるんだ?」


「……あっさり言うけど、アンタ、ホントにやるつもり? 言っとくけど報酬とか出せないわよ?」


「かまわない。俺の望みはこのあんこ菓子が気軽に食べられるようになることだ。少しでもレシピ開発の手伝いがしたい」


「変わった人ねー。でも助かるわ。よろしくね」


「ああ。試食以外でも、俺にできることなら何でも言ってくれ」



 そう言って2人は握手を交わした。

 魔族が初対面の異性相手に握手をするのは、たぶん珍しいことだと思う。わたしが予想していた以上に、お互い気が合ったのかもしれない。

 ただ、ここまではトントンと話が進んだのだが、あんこ菓子の受け渡し方法でつまずいた。

 冒険者のヤノルスはいつでも城下町にいるわけじゃない。受け渡しは依頼の合間を縫って行うことになるから、食堂の営業中でも手軽にできるのが望ましい。



「けど、営業中だと他の客に見られちゃうでしょ? 絶対何か言ってくるヤツが出るわ。アタシ、関係者以外にあんこ菓子のことを知られたくないのよ。いろいろ聞かれるの面倒だもん。でも、保存庫をこっそり渡すのって難しくない?」


「空間を歪める魔術具のバッグに入れれば見られずに済むが、あれは魔力消費がでかいからな……。あんたの負担を考えるとやはり保存庫の手渡しがベストだろう。客の少ない時間帯に来れば何とかなるか?」


「食堂の混み具合は日によってまちまちだし、結局客次第だから何とも言えないわね。営業時間以外だと午前中か夜になるけど……」


「夜に異性の俺が出入りするのは避けた方がいいだろう。俺との仲を勘繰られてあんたに妙な評判が立ったら不味い」


「そんなのお互い様でしょ」


「俺は冒険者だから問題ないが、あんたは食堂の看板娘じゃないか」



 2人があれこれと相談しているのを聞きながら、わたしは少々驚いていた。

 保存庫の受け渡し=手料理の受け渡しとなるから、異性間で行うと恋愛関係にあると見なされてしまうから不味いのか……。

 魔族社会は恋愛に寛容な割りに結構面倒臭い。ただ保存庫を手渡すだけなのに、魔族のNGを避けながらとなると途端に難しいミッションになってしまう。

 カップルなら何の問題もなくて簡単なのになぁ。

 あれ? そういえば……。



「あの、ちょっと質問というか、提案なんですけど」



 わたしが小さく手を挙げて話し掛けたら、2人してパッとこちらを見た。

 うん。行ける気がする。



「2人が付き合ってることにするのはどうですか? ヤノルスさんは以前わたしにナンパ対策の最終手段として、俺と付き合ってることにしていいと偽装の協力を申し出てくれましたよね。エルサも今は彼氏いないし、カップルを偽装して保存庫の受け渡ししたらいいんじゃないかなぁ」



 わたしがそう提案したら、2人はポカーンと口を開けてこちらを見たが、すぐにそれぞれ別の反応を示した。



「馬鹿な、俺はともかくそっちは」


「な~んだ、ヤノルスってそういうのOKな人なのね。それなら話が早いわ。手料理食べる間柄になるんだから大差ないし、それで行きましょ」


「何言ってるんだ。あんた、俺とは今日会ったばかりだろ!?」


「スミレが信用してる相手だし、何てったってAランク冒険者じゃない。問題ないわよ。俺にできることなら何でも手伝ってくれるんでしょ? レシピ開発中のみ、期間限定の偽装カップルってことでよろしくね!」



 珍しくあたふたしているヤノルスを相手に、エルサはにっこり笑顔で要望を押し通した。狐と兎なら通常捕食者は狐の方だけど、エルサ強いなぁ。

 ヤノルスはエルサの外聞を気にして反対したが、本人が構わないと言う上に他に良い案もなかったため、結局押し切られてしまった。

 あらかじめ用意してあったらしい保存庫を2つ、エルサがさっそくヤノルスに手渡している。



「良かったら食べてね」


「あ、ああ。ありがとう」



 食生活が不規則な冒険者の彼のために、いつでも食べれるようにと手料理を渡した、という設定らしい。

 できたてカップル(偽装)の初々しいやり取りに、思わずニヤけてしまう。

 食堂を後にした帰り道で、念のために迷惑じゃなかったかとヤノルスに訊ねたら、首を横に振ってキッパリと否定した。



「店長が提案した時は何を言い出すんだと焦ったが、結果的に良かった。偽装だろうが恋人の立ち位置なら何でも手伝える。俺には都合がいい」



 何でも既にあく抜きに関して情報収集を始めているらしい。早っ!

 やる気に満ちた顔でヤノルスは帰っていった。

 あの2人が力を合わせるんだ、無事にレシピが完成するといいなぁ。



 そんなことを考えながらお風呂の準備をしていると、スティーグから伝言が飛んできた。

 明日明後日の里帰りについての連絡だろう。日本食アイテムの食事会が決まったのかもしれない。

 そう思ったのだが。



「実は、精霊族の部族長がスミレさんに面会を申し込んできましてねぇ。急な話ですけど、どうします?」



 えええっ!?

 部族長なんて偉い人がわたしに面会? 何で!?

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