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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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163話 火の精霊族の話

 その後も、グニラからレーヴ湖事変に関する話をいろいろと聞かせてもらった。

 水の精霊族は普段は大人しく癒し系だが反面湿っぽい気質で、宥めるのに散々苦労した風の精霊族種族長は事態収束後に海上で嵐を起こして暴れまくり鬱憤を晴らしたとか。

 その嵐に興奮してヒャッハーした一部の竜人族に対して、事の発端の片方はお前らだろ反省しろ!と怒りの声が集まった結果、被災地域の片付けや物資の運搬に竜人族の眷属であるワイバーンが投入されたのが今の物流システムの始まりだとか。

 勢力拡大のチャンスとばかりに草性精霊族が総出で励んで大水害で荒れた土地に眷属を大量に放出し、できた大草原が現在のヴェストルンド平原だとか。

 樹性精霊族に語り継がれているというグニラの話は生の体験談という感じで、レイグラーフの俯瞰的な概論とはまた趣が違っておもしろかった。



「おやおや、すっかり話が逸れてしまったわえ」


「いえ、すごく勉強になりました。貴重な話を聞かせてくれてありがとう、グニラおばあちゃん」


「ほっほ、そろそろ本題に戻そうかの」


「そうそう! 今日はグニラおばあちゃんのお気に入りを聞かせてもらう約束ですからね。どの話なんですか?」


「15巻の、火の精霊族の長と竜人族が恋仲になる話じゃ」


「おお~。一途な赤竜くんの……」



 火の精霊族の種族長に恋をした赤竜の青年は彼女に想いを伝えるため足繫く里へ通っていたが、責任ある立場の彼女は次代が育ちその地位を託せるようになるまでは他部族の彼の想いに応えることができない。

 それに、火の精霊族では力のある長に魔力量の多い子を儲けることが望まれていた。

 長の彼女が子作りを終え、次代に引き継ぐまで200年近くかかったが、その間変わらぬ想いを捧げ続けた赤竜の彼はついに彼女を手に入れ、末永く仲良く暮らしましたとさ、というエピソードだ。

 同族としか子作りできないんだから当然パートナーは赤竜の彼以外なのに、彼女の子作り期間も里に通っていたのか……と、わたしの感覚では何とも言えない微妙な気持ちになるが、魔族的には何も問題ない。

 200年待った甲斐あってその後は幸せに暮らしたというのだから、間違いなくハッピーエンドだ。めでたい。

 ただ、この件については疑問に思うことがいくつかあった。いい機会だからグニラに訊ねてみよう。



「あの、他部族の青年が簡単に種族長に会えるものなんですか?」


「長だって普通にそこらを出歩くからのぅ。何度か里へ来ておったのなら会ったり話したりすることもあるじゃろうて」


「へえ~、偉い人なのに意外と気軽に話せちゃうものなんですね。他部族が余所の里へ出入りするのもよくあることなんでしょうか」


「部族と種族にもよるが、この場合は火の精霊族と赤竜じゃからのぅ。火のエレメンタルと相性の良い種族が火の精霊族の里を訪れるのは割とよくあるんじゃよ」



 これは風・水・土のエレメンタルにも言えることらしい。

 そういえば、以前カシュパルに部族の相性の話を聞いた時に、部族の性質が正反対でも強く影響を受けるエレメンタルが同じだと相性は悪くなかったりすると言っていた。

 魔族社会において、部族が縦糸ならエレメンタルは横糸のようなものか。

 エレメンタルは本当に重要な存在なんだなぁ。



「それと、魔王と部族長は在職中の子作りを禁じられていると以前聞いたんですけど、種族長は構わないんですか?」


「種族長は自分の里のことだけ考えておれば良い立場じゃからのぅ。種族長のパートナーは里の者じゃし、子作りも里の中で完結するから問題ないんじゃ。しかし、魔王の場合は魔人族だけを優遇することになるし、部族長の場合も自分の種族を優遇することに繋がりかねん」


「あ~、他の部族や種族から不満が出やすいんですね……」



 魔王や部族長は魔力が強い。魔力量の多い子を授かりたい者にはとっては願ってもない相手だろう。

 話を聞いたことはないけれど、魔王も魔人族の里へ行けばきっとモテモテなんだろうなぁ。

 ……何だかおもしろくない。魔王は魔王族の部族長でもあるのに――って、何考えてるんだわたし。

 次だ、次の質問へ進もう。



「魔族国の建国前だから、この頃はまだ城下町がないんですよね。こういう他部族同士のカップルが一緒に暮らす場合はどこに住むんでしょう」


「どこの里でもたいてい余所の者が寝泊まりする施設が設けてあるから、昔は許可を得てそういうところに住んだようじゃ。ただ、この2人は火の精霊族の里の片隅に家を与えられたと聞いておる。何せ片方は元種族長じゃし、赤竜も200年里に通っておったから信用を得ていたようでのぅ。かなり特殊な例じゃがな」



 まあ、陽月星記に載るくらいなんだから特別扱いになってもおかしくはない。

 赤竜が火のエレメンタルと相性のいい種族だというのも大きいんだろう。他の種族や部族だったらさすがにこうはいかない気がする。

 現在は、原則として他部族カップルは里では同居できないそうだ。

 部族の里や種族の里で同居できるのは同族のカップルのみで、部族は同じだが種族が異なる場合――例えば樹性精霊族と風の精霊族、狼系獣人族と兎系獣人族など――は部族の里では同居できるが種族の里では一緒に住めない。

 魔人族は単一部族だし、竜人族はエレメンタルの属性が違っても子作りは可能だから部族内のカップル関係はシンプルだが、多くの種族を抱える精霊族と獣人族の場合はややこしくて大変そうだ。



「里を同族カップルだけにしたのは、トラブルの元を排除するのが目的だったんですかねぇ」


「というより、里が子作りに特化していった結果じゃな。魔族国は発展してどんどん大きくなっていったが、子が授かりにくいのは変わらん。国のことは王都の連中に任せて、各々の部族や種族の発展のために勤しんだんじゃろうて」



 特に精霊族は魔素の循環異常に対応するために人口増加が求められたらしい。

 そして、魔族軍の創設に伴い城下町が拡張されたタイミングで居住関係の決まり事も整理されたのだとか。



「もちろん、トラブル排除という目的もあったじゃろう。部族や種族の違いは大きく、生活に直結するものも多い。特に精霊族はそれが顕著じゃからトラブルに発展しやすくてのぅ。食の違いなんぞはその最たるものじゃな」



 確かに食生活は重要だ。海外生活が長い人の経験談ではたいてい食事関連で何らかの苦労をしている。

 幸いなことに、今のところわたしはこの異世界の食事で食べられないものはないから、そこまで苦労はしていない。

 だが、魔族国には限られた種族だけが楽しむ飲食物がいくつかある。

 鱗持ちのコーヒーや魚介類の料理、それに――



「そう言えば、火の精霊族のスープっていうのがあるそうですね。すごく辛いと聞きましたけど」


「妙なものを知っとるのぅ。食べたことはあるが、わたしゃ苦手だねぇ」


「へえ~、いいなぁ。どこへ行ったら食べられますか?」


「あれは火の精霊族の里へ行かんと食べられんぞ。詳しい理由は知らんが、秘伝の料理だから余所では作れんのじゃと。魔王城どころか精霊族の部族の里でもアレは作れんのじゃ。幸いなことにのぅ」



 グニラに笑いながらそう言われて、わたしはがっかりしてしまった。

 うう、魚介類の料理より更にハードルが高いじゃないか……。魚介類の料理は城の料理人も作れるし、市場へ行けばスープなら食べれるというのに。



「火の精霊族の里かー。火のエレメンタルと相性のいい種族以外の者でも訪ねていけるんでしょうか」


「どこの里だって行くだけなら行けるさね。長期でなけりゃ宿泊だってできる。冒険者はあらかじめ申請して何週間と滞在することもあるようじゃぞ。近くに火の山のダンジョンがあるからのぅ」


「そうか、火山の火口付近に里があるんでしたね。……そういえば、前回寒がりな火の精霊族のために買っていかれた毛織物(ウール)の手袋はどうでしたか? 気に入ってもらえたでしょうか」



 毛織物の装備品はお値段高めだし着心地が気に入るかどうかもわからないから、まずは一番安い品で試してみるようお勧めしたのだ。

 グニラは思い出したというような顔でパンと両手を叩くとトルソーを指差した。



「温かい温かいと非常に喜んでおったよ。他の品も買ってきてくれと頼まれてのぅ。今度営業日に改めて買いに来るつもりでおる」


「そんなぁ、わざわざ別日に来てもらわなくても、荷物が邪魔にならないなら今日お買い上げいただいてかまいませんよ」


「じゃが、今日は定休日じゃろう?」


「水臭いこと言っちゃ嫌ですよぅ。わたしたち友達なんだから、遠慮はなしで!」


「ほ、ほ。元人族のスミレちゃんにそう言われるとはなぁ。それじゃお願いしようかね」



 自分が魔族っぽくなってきている実感はあったけれど、自分の申し出をすんなり受け入れてもらう嬉しさを噛みしめながら、更にその実感を強めた。

 遠慮の塊だったわたしが、魔族に向かってこんなことを言うようになったんだと思うと、とても感慨深い。

 今度里帰りしたらヴィオラ会議の皆に報告しよう。日本食アイテムの食事会をやると言っていたからその時にでも。きっと喜んでくれると思う!


 グニラは毛織物の装備品のうち、フードとロングブーツとマントを購入した。

 結構な荷物になるけれど、馬車を降りる場所まで迎えの人が来るので心配はいらないそうだ。



「ところで、他の色はないんじゃろうか。できれば赤が欲しいと言いよってのぅ」


「あー、やっぱり火の精霊族は赤が好きなんですね。色違いの商品はないんですけど、染色料っていうアイテムを使えば色を変えられますよ」



 グニラに染色料の使い方を説明し、試しにフードを赤色へ変更させてみる。

 赤といってもいろんな色味があるから好きな赤色にして欲しいと思い、手袋の分も含めて染色料を数個持ち帰ってもらうことにした。

 次回会う時に使った分だけ支払ってもらい、残りは返してもらえばいい。




 グニラが帰る時間となり、またわたしが馬車乗り場までひとっ走りして馬車を呼んで来ると引き受けたところで、ふと思いついた。

 歩行に難があるグニラに来てもらうより、わたしが出向く方がいいのでは?



「ねえ、グニラおばあちゃん。迷惑でなければ、今度からわたしが出向きましょうか? 歩くの大変そうだし、その方がいい気がします」



 わたしがそう提案したら、グニラはほうと言って少し考え込んでいたが、場所の当てはあるものの即答はできないと言った。

 何とグニラは城下町の住人ではなく、わざわざ精霊族の里から来ていたらしい。



「えええっ! じゃあ、転移陣使って行き来してたんですか!?」


「じゃからたいした距離は歩いてないんじゃよ。ただ、スミレちゃんに転移陣近くまで来てもらえると確かに楽になるからありがたいのぅ。一旦持ち帰って相談してくるわえ」



 そう言うと、グニラは馬車に乗って帰っていった。

 ふおお……。好きなものについて語り合うためだけに転移陣でわざわざ城下町まで出て来るのか……。

 1000歳に近そうなお年寄りなのに、すごい行動力だ。

 素晴らしい。尊敬する。すごく年の離れた、すごい友達ができてしまった。



 陽月星記から話が逸れることも多かったけれど、今回もためになる話がいろいろと聞けたなぁ。

 アイテムで役に立てたみたいだし、次の約束もできて大満足だ。

 ああ、今日も楽しかった!

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