161話 スティーグの活躍と冒険者のマント
ユーリーンから許可を得ると、わたしは助っ人に連絡を取るからと断ってキッチンへと引っ込み、スティーグに今話せますかとメモを送った。
オシャレといえば天才スティーグだ。彼の手助けさえ確保できれば、この勝負は勝ったも同然。逆に言えば、彼に断られた時点で即終了となってしまうのだが。
込み入った相談とお願いがあると書いたからか、スティーグはすぐに伝言を返してくれた。
《音漏れ防止の結界を張りましたよ。スミレさん、何かありましたか?》
「あああ、スティーグさん助けてください! 実は――」
以前、冒険者のナンパで困らされたことを契機に離宮でトラブル対策会議が開催されたので、スティーグもユーリーンの件は知っている。
ここ数日また彼に悩まされていたのだが、先程ナンパをやめると約束を取り付けることに成功し、その際にいろいろと話を聞いた結果彼のために何かできないかと考えるに至ったと、ことの経緯をかいつまんで説明した。
「その人が重視しているのは女性にモテることで、そのためにはオシャレするのが一番効率良さそうなんです。だから、センスのいいスティーグさんに助力をお願いできないかと思いまして」
《なるほど、事情はわかりました。その冒険者は魔人族でしたよねぇ? 同族の服選びのお手伝いをするくらいお安い御用ですよ》
「ありがとうスティーグさん! ああ良かった、助かります!」
よっしゃ、スティーグの協力を得たぞ! フハハ、これでもうこの企画は成功したも同じだ!
わたしはすぐさま2人のスケジュール調整を始めたが、真面目に冒険者をやっていないユーリーンの予定はがら空きだった。
勤労と奉仕の精神に支えられている魔族社会において、真面目に働かない者が魅力的に映るわけがない。
怠け者のAランクより働き者のCランクの方が断然かっこいいと言ったら、ユーリーンはまたもやガーン!という顔になった。
その顔はもういいから、下がったモチベーションを上げようよ。実力はあるんだから。
調整の結果、最速の日程が選ばれ、明日の午前中と決まった。
雑貨屋は営業日だが臨時休業にして同行するつもりでいたら、スティーグにわたしは異性の服選びに関わってはいけないと言われ、今頃になって魔族のNGに抵触することに気付いた。
うわ、すっかり忘れてたよ! どうしよう。同行どころか、もしかしてわたし何もできないの?
「すみません、うっかり失念してました。でも、お願いしておいてスティーグさんに丸投げってわけにはいきませんよ」
《ああ、スミレさんから見るとそうなるんですか。けどねぇ、我々魔人族からすれば同族が迷惑を掛けているんだから事態の収拾に動くのは当然で、全面的に任せてもらってかまわないんですよ》
「でも、スティーグさんはユーリーンさんと面識ないんでしょう? なのに、わたしがうっかり頼んだせいで面倒事を押し付けてしまうなんて」
《トラブルが起こった際に部族が仲裁するのは魔族社会の基本です。今回の場合、相手と同族でありあなたの保護者枠でもある私が間に入るのが一番手っ取り早い。幸い、私は服を選ぶのが好きですし、自分の得意分野で同族とスミレさんのトラブルが解消できるなら言うことなしですよ。任せてくださいな》
スティーグにそう言われて、言われたとおり全面的に彼に任せることにした。
正直、納得はしていない。助力は頼んでも丸投げなんて無責任なことをするつもりは毛頭なかったのに。
やらかしてしまった。まさにガーン!だよ……。
でも、迷惑を掛けたと恐縮するのは喜ばれない以上、素直にスティーグの厚意を受けるのが魔族的にはベストな対応だ。自分のミスなんだから呑み込むしかない。
スティーグから冒険用の服装も見たいと言われたので、装備等を一式持って明日9時にうちに来るようユーリーンに伝えて、今日のところは解散となった。
わくわくを隠さずに店を出ていくユーリーンの後姿を見送りながら、ホッと息を吐く。ここまで怒涛の展開だったから、さすがにちょっと疲れたな。
「お疲れさん。何かいい感じに解決しそうで良かったね」
「へへ、ありがとうございます。サロモさんが同席してくれて助かりました」
「いやいや、もう1回レンタルできることになったしラッキーだったよ」
急遽同席してくれたお礼も兼ねてサロモと一緒にお茶を飲んでいたら、ヨエルに紹介された精霊族のBランクがレンタルセットを返却しにやって来た。
試してみた結果、テントの購入を最後にすることに決めたらしい。寝袋と野外生活用具一式のどちらを優先するかはもう少し考えてみるそうだ。
高い買い物だし、後悔しないためにもじっくり考えて欲しい。
返却手続きを終えた精霊族のBランクが帰る頃にはサロモの方もスケジュールの調整がついたらしく、明日Cチーム2班がレンタルしに来るということで予約を入れて帰って行った。
Cチーム2班はリーダーの他にCランクがもう1名と、Dランクが8名という総勢10名の大所帯だから、かなり賑やかになりそうだ。
翌朝、スティーグはユーリーンと約束した9時より30分以上も早くやって来て、おしゃべりしながら優雅にお茶を楽しんでいる。
たぶん、わたしが気に病んでいたことをお見通しなんだろう。
でも、昨日夕食後に改めてスティーグと伝言で打ち合わせをしたのだが、実はそのやり取りの中でわたしの屈託はほぼ解消されている。
ユーリーンとのこれまでの経緯や彼から聞いた話を詳しく伝えた際に、スティーグがこんなことを口にしたのだ。
《彼みたいなケースは魔人族ではたまにあるんですよ。魔人族は調整力が高いとか如才ないとかよく言われますが、そのせいか多少問題行動のある人物がいても皆が受け流してしまうため、問題が顕在化するのが遅くなるんですよねぇ……》
ため息交じりのスティーグの言葉を聞いて、カシュパルから竜人族の愚痴めいた話を聞いた時のことを思い出した。
どの部族もそれぞれに悩みや問題を抱えているんだなぁ……。
《彼のことは本来なら部族の問題なんです。なのに、他部族どころか異世界から来たあなたが彼のことを気に掛けてくれて、私はとても嬉しかったですよ。ありがとう、スミレさん》
「ええっ!? お願いしたのはわたしなんだから、お礼を言うのはわたしの方ですよ。こちらこそ、ありがとうスティーグさん。明日はよろしくお願いします」
スティーグに嬉しそうに言われて、同族意識の強い魔族の思考だとそうなるのかと驚きつつも納得した。
余計なことをしてしまったかと落ち込んでいたけれど、魔族視点では歓迎すべき対応だったとわかったおかげで、わたしの罪悪感はかなり軽くなっている。
それに、以前のわたしなら他部族という言葉に疎外感を覚えたと思うが、カシュパルの時と同じく、部族という枠組みの外にいるわたしの存在が誰かの救いになることもあるんだと思えたのが嬉しい。
そんな思いを噛みしめていたら、スティーグがにっこり笑いながら言った。
「スミレさんの提案どおり、彼をモテ男に仕立てて見せますよ。楽しみに待っててくださいねぇ」
スティーグはいつもわたしの気持ちを楽に解してくれるなぁ。
ホント、スティーグにはかなわない。
ユーリーンは9時きっかりに来店し、2人は挨拶を交わすとすぐに連れ立って買い物へ出掛けていった。
スティーグにお任せしたものの、どうにも落ち着かない。ユーリーンが困らせてないといいのだけれど。
そわそわしていたら犬族Cチーム2班が来店して店内が一気に賑やかになった。
総勢10名はさすがに多くて、リーダー以外の初来店メンバーは登録が必要だから手続きが大変だ。
犬族は皆いつも元気だけれど、今日は過半数がDランクで若い子ばかりだからアラサー女子は勢いに負けそうだよ。
でも、手続きを終えた彼らを見送る頃にはわたしにも元気が移ったみたいで、前向きな気分になっていた。
スティーグのコーディネートを見るのは久しぶりだし、メンズのコーデでどんな風に腕を振るってくれるのかすごく楽しみだ!
そして、出掛けてから2時間くらい経って、ついに2人が戻って来た。
ドアベルの音と共にスティーグが店に入ってきて、後ろに続いたユーリーンの姿に思わず目を見開く。
おお、ピンクだ! この世界でピンクを着ている男性なんて初めて見たよ!
出掛ける時には深い青色のシャツを着ていたユーリーンは、くすんだピンク色のシャツに白いパンツという実に爽やかなスタイルになっている。
「いいじゃないですか~。キャラが全然違って見えますよ」
「ねえ、それ褒めてるの?」
「もちろん褒めてますよ。さすがスティーグさん!」
「えっ、そっち?」
「だって選んだのスティーグさんでしょ? でも、よく似合ってますよ」
「ふふ、爽やかでいいでしょう? ここまで戻る間にも結構女性の視線を集めてましたよ」
「ホントに!? その場で言ってよスティーグ! そしたらすぐに声掛けたのに」
「だから、ユーリーンはそういうところが良くないんですってば。手当たり次第にガッつくと女性に逃げられますよ。まずはあちらから声を掛けて来るのを待って、相手の話をじっくり聞くことです。話を聞いてくれる相手を嫌う人はいませんからね」
おおお、スティーグが何気に対人スキルまで強化してるよ……。
更にスティーグは冒険用の服装にも着手し始めた。展示台の上に装備品を広げ、ユーリーンに『染色料』を購入させる。何点か色を変えるつもりらしい。
ちなみに、ユーリーンは今日で4度目の来店だが、これが初購入だ。ようこそ、お客様。今後ともご贔屓に!
スティーグは革の手袋とベルト、腰に装着するポーチとナイフホルダーを暗めのこげ茶色に統一すると、ユーリーンにトイレで冒険用の服装に着替えて来させた。
屋外でサバイバル活動をする冒険者は身に付ける物が多い。一部とはいえ、バラバラだったアイテムの色が統一されたことで、随分と落ち着いた印象になった。
「小物の色を揃えるだけでかなりすっきりしますね。何だか精悍に見えます」
「冒険者の見た目がごちゃつくのは仕方ないだろ。デザインが揃ってる装備シリーズもあることはあるけど、性能が微妙なんだよなあ」
「他の冒険者は色を揃えてないんだから、この違いは大きいですって。地味な工夫だけど、冒険者を見慣れてる二番街の女子なら結構気付くんじゃないかなぁ」
「あんまり期待させないでくれよ。反応なかったら傷付くだろ」
……そうだね、やっぱ傷付くよね。
でも、オシャレにそこまで関心のないわたしでも目が行くんだから、期待してていいと思うよ!
ユーリーンの姿を眺めていたスティーグがふいに店の隅に移動したと思ったら、トルソーから『丈夫な布のマント』を外してきてユーリーンに羽織らせた。
おお、冒険者がマントを羽織ってる!
人族と違って、魔術で雨やほこりや寒さを防げる魔族にマントの需要はない。
だから、毛織物のマントに関心を示す魔族はいても、ただの帆布でできたマントに手を伸ばした魔族は今まで一人もいなかった。
冒険者の象徴とわたしが勝手にロマンを感じていただけの商品を、今、リアル冒険者が着ている。感激だ!
「うわ~! 冒険者のマント姿、初めて見ました!」
「おや、そうなんですか?」
「はい。誰も買わないどころか、試着すらされてないんですよね……」
「じゃあ、これ着たらすごく目立つんじゃない? 俺これ欲しい!」
「いいんじゃないですか。色を変えますから、染色料も買ってくださいな」
カーキ色に変えられたマントをユーリーンが羽織る。わたしがイメージする冒険者そのものだ。
目の前でロマンが具現化し、わたしは胸がいっぱいになった。
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