160話 ユーリーンへの提案
サバイバル道具類の無料体験会について考えを巡らせていたら、突然窓の外から声が掛かった。
「やあ! ちょっと聞きたいんだけど、イーサクがこの店に来たって本当かい?」
……声の主はもちろんユーリーンだ。
応接セットは窓際にあるので、サロモと向かい合って話をしている今なら確かに窓越しに話はできるとはいえ、マイペースな登場の仕方だな。
店の中へ入って来ないのはこれまで2回巡回班によって追い出されているからだろうか。
というか、イーサクにこだわっている割に情報遅くない? ヤノルスは翌日には知ってたよ?
「本当ですよ。3日前に来店されました」
「あのさ、君はイーサクに靡かなかったって聞いたんだけど、それが本当なら俺と付き合わない!?」
お、誘い文句が“食事に行こう”から“付き合って”に変わったぞ。イーサクと面識を持ったと知った途端にそれかい!と突っ込みたくなる。
先程聞いたばかりの調査報告とほぼ同じ展開が目の前で繰り広げられ、思わず向かい側に座るサロモを見たら目が合った。
ちょ、笑うの我慢するのやめて! こっちまでうつるじゃない!
「本当ですが、お断りします」
「何で!? イーサクのことが好きじゃないなら、俺と付き合ったっていいじゃないか」
「あなたのことが好きじゃないので付き合う理由がありません。あなただってわたしのこと好きでも何でもないでしょ? とやかく言われる筋合いないですよ」
「――俺Aランク冒険者なのに? 普通、憧れの的だよ?」
「それが何か? 女が職業や役職だけで男を選ぶと思わないことですね」
わたしがきっぱりとそう言い放つと、ユーリーンは愕然とした表情になった。漫画だったら黒ベタ塗りの背景にガーン!の白文字と顔に縦線が入りそうだ。
……まさかこの人、本当にAランク冒険者というステータスだけでモテると思ってたの?
そんなの、いくら何でも無理に決まってるでしょ!?
「あのねぇ、ユーリーンさん。わたしは自分の意思を曲げるつもりはないので誰とも交際しません。でも、もしこれ以上あなたがしつこく付きまとうようなら、わたしイーサクさんに靡きますからね!」
「げっ!!」
わたしは最後通牒を突きつけるつもりで、ビシッとユーリーンを指差した。
またもやガーン!というような顔をしたユーリーンは、今度は両手を頬に添えているせいでムンクの叫びにしか見えず、更に悲壮感を増している。
どうでもいいが、視界の端でサロモが声を殺して笑いを堪えていて、それに引き摺られそうでヤバイ。
「それだけはやめてくれよ! 人族のあんたまでイーサクに靡いたら、それこそコンプリートじゃないか。ますます差が広がっちまう……」
コンプリート? ああ、全部族の女性がイーサクLOVEになるかどうかの瀬戸際だと思っているのか。
何だそのスケールが大きいのか小さいのかわからない見解は。
頭痛いなと呆れつつも、縋るようにこちらを見るユーリーンの悲壮感溢れる顔を見ていたら、何だか不憫に思えてきた。
この人、別にビジュアルも悪くないし、本人も言うとおり皆が憧れる上位ランク冒険者なのに、何でこんな残念なことになっているんだろう。
Aランクまで昇格できるくらいだから能力もあるんだろうし、方向性はともかく努力もできるし根性だってそれなりにあるみたいなのに、もったいないとしか言いようがないよ。
「ユーリーンさん。あなたがわたしの恋愛お断りの主張を受け入れて、今後一切誘わないと約束してくれるなら、わたしは今後もイーサクさんに靡かないと約束しましょう。どうしますか」
「……嫌だと言ったら?」
「キャー、イーサクさん素敵~ッ! Sランクなのに偉ぶらないし周囲への配慮を欠かさないし見た目もかっこいいし最高! はぁ~、お近づきになりたいわぁ~」
「ブフッ」
グーにした手を口元に当ててぶりっ子ポーズをしながらひと息で言ってみたら、サロモがついに吹き出した。くそぅ。
羞恥心に負けて棒読みになりそうになるのを何とか堪えて、末尾にハートをつける勢いで頑張ったのに……!
「言っておきますけど嘘じゃないですよ。わたし、イーサクさん自体は本当に素敵な人だと思ってますから。靡きませんけど、靡こうと思えばいつだって靡けるんですからね!」
何だこの主張、どんな論理展開だよと思いつつも、ユーリーンの表情を見る限り非常に効いているようで、しまいに彼はガックリと肩を落とし俯いてしまった。
――勝った!!
こんなに打ちひしがれた人を前にして内心でガッツポーズしているなんて、我ながら性格が悪いと思う。
でも、彼のせいでストレスがマッハな日を送ったのは事実なので反省はしない。
ただ、彼を不憫に思ったのも事実だ。
モテたい願望を変に拗らせていなければ、ユーリーンは特に問題のない人物なんだろう。そうでなければ部族長が城下町へ出る許可を与えるはずがない。
同族Sランクのイーサクを意識しすぎないこと、自分の都合を押し付けないよう相手の反応を見て対応すること、そのあたりをちゃんとできれば彼の起こす問題はうんと減るんじゃないだろうか。
元の世界だったらこのままスルーして終わりだろう。面倒な人物をわざわざ相手したりなんかしない。
だけど、それなりに魔族社会の中で揉まれてきた身としては、ちょっと放っておけない気持ちになってきている。
わたしだって泣いてばかりの辛気臭い異世界人だったのに、皆が見守ってくれたから今のわたしになれたんだ。
何でこの人がこんな風に拗らせているのか、解す方法はないのか。それを探るためにも話くらい聞いたっていいと思う。
サロモにこの後の予定を訊ねたら空いていると言うので、このまましばらく同席して欲しいと頼んだ。
今月中にもう一度レンタルサービスを利用してもいいと言ったら喜んで引き受けてくれて、即座に犬族のメンバーへメモを飛ばしてスケジュールの調整を指示している。
警告文字がうるさいので、ユーリーンの名をイエローリストから削除して店内に招き入れる。
応接セットのソファーを勧めると、サロモはサッと立ってユーリーンを奥へ座らせ、自分はその隣に収まった。
あっさりと退路を塞がれてしまったが、それでいいのかユーリーン。警戒心の強いヤノルスとは対照的だけれど、まあ、これも彼の個性か。
何故そんなにイーサクのことにこだわるのか。
そう訊ねたわたしにユーリーンがぽつぽつと答えたことによると、イーサクとは同い年で物心ついた頃からずっと傍で過ごしてきたそうで、子供の頃から見た目と人柄の良さで人気者だったイーサクにコンプレックスを抱えて育ったようだ。
成人前になると志望する進路によって職業訓練の内容も変わるため、同世代でも生活環境は違っていくのが普通だが、イーサクとユーリーンの場合は2人とも冒険者志望だったため同じ環境のまま育っていく。
部族が子供をまとめて育てるシステムは親も働きやすいし、子供も独立心が育ちそうでいいなと思っていたけれど、ユーリーンのようなケースでは逃げ場がなくてつらそうだ。
魔族の成人は概ね80歳。そういう精神的にきつい状況で80年近く過ごしていれば、いろいろと歪になっても仕方ない気がする。
その点、2人が目指したのはソロ活動がメインの冒険者なので、就職後はそれぞれ自由に研鑽を積んでいけばいいのは幸いだったろう。
ただ、冒険者という職業にはランクがあり、格差が明確になるという厳しさがある。そして、イーサクはランクアップのペースがかなり早かったらしい。
それまでにも感じていたイーサクと自分との差がランクという形で如実に表れるようになっていく。
「イーサクはCランクの途中で城下町へ活動拠点を移した。あいつがいなくなったら急にモテるようになって最初は喜んだけど、それで満足したくなくてBランクになる時に俺も城下町へ移った。城下町なら他の部族もいるから、イーサクばかりがモテるわけじゃないだろうと思ってた」
ところがイーサクは城下町でもモテていて、着実に経験値を積み上げ、順調に昇格して上位ランク冒険者になり、ますます女性にモテるようになっていく。
一方で、ユーリーンは城下町に出てからは何かとうまく行かないことが多く、ランクアップに時間がかかったらしい。
これは対人スキルの問題が大きいんだろう。里では大目に見てもらえたことも、城下町には他部族もいるから同じようにはいかなくなる。
何とか頑張ってAランクにはなったものの、その時にはもうイーサクはSランク目前で、二番街周辺の魔族女性は皆イーサクに憧れていた。
さすがにこれ以上ランクを追う気にはなれなくなり、せめて女の子にモテるのだけは肩を並べたいと思うようになったという。
想像していたより重い話だった。環境のミスマッチにより起こる不幸な巡り合わせというのは異世界でもあるんだなぁ……。
軽い気持ちで話を聞いたつもりはないが、不躾に踏み込んではいけない領域だったかもしれない。
でも、首を突っ込んだ以上、自分にできるだけのことはしよう。
今日の様子を見るに、ユーリーンにはイーサク絡みとモテるかどうかを基に話を展開した方が良さそうだ。
あと、相当手厳しく指摘しないと響かないようなのでビシバシ行こうと思う。
「でも、何でイーサクさんに関心のない女性にこだわるんです? 別に憧れてたっていいじゃないですか」
「……俺のことだけ見てて欲しいんだよ」
「自分は不特定多数の女性にモテたいと考えてるのに? それはちょっと虫が良すぎじゃないですかねぇ。ユーリーンさんって自分の都合ばかり押し付けて相手にはちっとも配慮しませんけど、そんな男性がモテると思います?」
「うわあ、辛辣ぅ~」
サロモが茶々を入れてくるのを無視して考える。
ユーリーンの拗らせを解消するのに手っ取り早いのは、イーサクとの比較をやめることと、魔族女性にモテるようになることだろう。
とりあえず後者には当てがある。ファッションだ。
これまでにイーサクの姿を見たのは2回。1回目は冒険者ギルドで冒険用の服を着ていた。2回目は来店時で、こちらは一般的な魔族男性の服装。
どちらも普通で、特にオシャレ感はなかった。
付け入る隙があるとしたらここだろう。オシャレでならユーリーンにだって勝ち目はある。
この世界にもエルサみたいなオシャレに敏感な女子はいるのだ。絶対に食い付いてくる!
「ユーリーンさん、女子にモテる方法について提案があります。実行に移すにはある程度のデニールと、わたしでは能力不足なので別の人手が必要です。人材に当てがあるのですが、その人に依頼する時にユーリーンさんの事情を話してもいいですか?」
「モテる方法? ……それ、本当に効果あるの?」
「自信はあります」
「具体的に聞かせてくれないか」
「サロモさん、少しだけ内緒話をしますね」
ひと言断ると、わたしは音漏れ防止の魔術で自分とユーリーンの周囲に結界を展開した。
『同じ魔族男性のサロモさんには聞かれない方がいいでしょう?』
『そうか、真似されたら困るもんな! で、モテる方法ってどうするの?』
『オシャレするんですよ。イーサクさん、ファッションは普通だもの。デニールが必要っていうのは服を買うためですね』
『え、服買ったくらいでモテるようになるか?』
『なりますってば。わたしの知人にものすごくセンスのいい人がいるから紹介します。ただ、まだ相手の都合を聞いてないので引き受けてくれるかどうかはわかりません。依頼するのにユーリーンさんの事情を話す必要がありますが、話してもいいでしょうか』
『………………』
『あ、ちなみにその人も魔人族で、城でお勤めしてます』
『へえ~。……じゃあ、いいよ。君に任せる』
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