154話 犬族への調査依頼とサロモの交渉術
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「ところで、あのユーリーンって方、モテたいから冒険者になったと聞いてますけど、あんな感じなのに本当にモテるんですか?」
「う~ん。冒険者になった理由は俺もそう聞いてるけど、彼がモテるって話は特に聞いたことないなあ」
Cランク君たちも口々に同意したが、それはユーリーンがモテないという意味ではなかった。
以前から聞いていたとおり冒険者は基本的にモテる。中でも魔人族は人当たりがいいから冒険者の中でもモテる方らしい。
だから、ユーリーンも一般魔族男性と比べればモテるのだろうが、魔人族冒険者の中で目立つ程ではないとのことだ。
「まあ、これに関しては魔人族冒険者ってちょっと特殊かもしれないね。魔人族のSランクってのがとんでもなくモテる人でさ、ああいうのを若い頃から身近で見てたら自分は全然モテないと思えて自信なくすかも」
「あ~。モテのレベルが違うもんねー、あの人」
魔人族のSランクといえば、サバイバル道具類をそのうち買いに行くと言っていたと獣人族のSランク2人から聞いている人だ。
そんなにモテるのか……、と言っても正直想像がつかない。モテる魔族男性というのはどんな感じなんだろう。
ミルドもモテるらしいし、城下町巡りの際には実際に誘いの声が掛かるのを何度か見たけれど、具体的にどうモテているのかはよく知らないんだよなぁ。
その魔人族Sランクが来店したら魔族のスーパーモテ男を拝めてしまうのかと思うとちょっとビビるが、まあ、考えても仕方がない。
そんなことより、今はユーリーンの問題を片付けないと。
「魔人族冒険者内の特殊事情はともかく、ああいうしつこい態度で余所でもトラブル起こしたりしてませんか? 面倒なヤツに目を付けられたなってミルドに言われたことがあるんですけど」
「トラブルかどうかはわかんないけど、商業ギルドの職員からちょっと面倒な冒険者として名前を聞いたことがあるよ」
「へえ~、商業ギルドですか。わたしも所属してるので、訊ねたら話を聞かせてくれるでしょうか」
「どうだろ? 守秘義務があるからね」
「ああ、そっか……。しつこく付きまとうような案件で解決した例があるなら、その対応を知りたかったんですけど」
人の話をちっとも聞かないあの男をどうやったらスルーできるだろう。
無視し続ければそのうち来なくなる? それとも、適当に話を合わせてあしらうとか?
いや、前者を実行するには忍耐力が足りないし、後者はスキルがない。わたしには無理だ。
「ハァ~ッ。魔族女性は一体どうやってあの人をいなしてるんですかねぇ……」
思わず深いため息と共にぼやきが零れる。
そんなわたしにサロモが軽い口調で提案した。
「調べようか?」
「えっ、そんなこと頼めるんですか!?」
「別にかまわないよ。商業ギルドの方は俺から話を聞けばいいし、彼の女性関係をちょっと当たればわかるんじゃないかな。特に込み入った話でもないから、犬族冒険者集団48人を動員すれば情報を集めるのは割と簡単だと思うよ」
「ぜひともお願いしますッ!!」
何て心強い申し出だろう。わたしはサロモの申し出に全力で乗っかると、すかさずどういう形で依頼を出せばいいかと訊ねた。
この機を逃してはならない。依頼料もケチらず、気持ちよく仕事に取り掛かってもらおうと思ってのことだったが、サロモはゆっくりと首を横に振った。
「今回は正式な依頼にしない方がいいと思う。冒険者の個人的な悪評や女性関係を調べるわけでしょ? 彼と同族のギルド員もいるから、ギルドを通したら介入されて面倒なことになるかもしれない。だから、依頼じゃなくて個人的な頼みってことにしとかない? 報酬もデニールじゃなく現物支給でさ」
「現物支給……例えば?」
「テント2つとか。販売価格だと1万Dと高額になるけど、原価を引いた利益額で考えたらそう悪くない取引なんじゃないかな」
テントの利益額は1500D。依頼料は実質3千Dということになる。
48人を動員する依頼としてはかなり安い気がするけれど、さほど手間は掛からないようだし現物支給ならこんなものなのか?
正式な依頼料を受け取り、正価で購入するより安く入手できると見込んでのことだから、その方が彼らにとって利があると判断しているんだろう。
わたしの方も金額面で特に損をするわけじゃない。だけど、ちょっと足元を見られている感はある。
何とも抜け目のないタイミングで、絶妙な取引を持ち掛けてくるなぁ。
世間知らずなお嬢さんと舐められないよう、気合い入れないと。
「正規の販売以外でのアイテム譲渡ですか……。う~ん、あの人が次に来店するまでに間に合わせたいので、できれば早めにお願いしたいんですが可能ですか?」
「中2日。定休日明けの火の日に報告する。それでどう?」
「わかりました。それでお願いします」
「じゃ、交渉成立だね。任せといてー!」
「では、手付けとしてテントを1つ今お渡ししましょう。残りの1つは情報を教えてもらった後でいいですか?」
「へえ、先に半分くれるの? それはありがたいなあ」
ギルドを通した依頼なら報酬はきっちり支払われるから問題ないが、今回はただの口約束だ。保証がない以上、何らかの配慮は必要だろう。
そう考えて、元の世界で読んだ時代小説の中で行われていた依頼の際のやり取りを真似てみた。依頼時に半額を、成功すれば報酬として残り半額を支払う手法だ。
魔族社会では後払いでOKなのか、サロモは軽く驚いていたが、喜んでもらえたみたいなので良しとしよう。
彼らを信用していることと、こちらの誠意を見せられたのなら悪くないはず。
わたしがテントを準備する間にサロモはCランク君たちに指示を出し、すぐに実行に移すべく彼らは手を振りながら店を出て行った。
そして、Bチームのリーダーたちにもせっせとメモで指示を飛ばしている。
そのやり取りの間に、わたしの方にも冒険者ギルドのハルネスから伝言が飛んで来た。
いつもの閉店間際の納品依頼で、今回は高級ピック700本とのこと。おお、前回の千本より減っている。ピークを越したんだなぁ。
閉店後に納品に行くとハルネスに答えたら、サロモが冒険者ギルドまで一緒に行こうと申し出てくれた。
途中でユーリーンに遭遇しないとも限らないと言われ、それもそうかと出掛ける準備と称して奥へ引っ込み、ネトゲ仕様のイエローリストにユーリーンの名を登録した。
よし、これでニアミスは防げるぞ。
店を閉め、冒険者ギルドへと向かう途中、サロモといろんな話をした。
彼の交渉術はどうやら商業ギルドの影響によるものらしく、よく依頼を請けるから鍛えられたんじゃないかという。
「王都の冒険者ギルドにはCランクから上の依頼が扱われるんだけど、王都で活動する冒険者ってだいたいBランク以上だから、Cランクの依頼って不人気なんだよね。そういう依頼は最終的に俺らのところへ名指しで来ることが多いんだ」
上位ランクの依頼と比べれば当然Cランクの依頼は報酬も経験値も少ないから、請けたがる冒険者は少ない。
そして、そういう依頼の多くは店や工房などが商業ギルドに相談し、商業ギルド経由で冒険者ギルドに依頼されたものが多いのだとか。
討伐系の依頼など放置できないものもあるので、最終的には間に入った商業ギルドが犬族冒険者集団に引き受けてくれないかと頼んでくるそうだ。
「弱いけど数が多い魔物の討伐なんかは手間が掛かるし、上位ランクには経験値のうまみもないんだけど、CランクやDランクにとってはすごくおいしい依頼だったりするわけ。基礎訓練にもなるから極力引き受けてるんだ。誰かがやらないと皆困るしね」
犬族の冒険者は駆け出しの段階から王都でCランクの依頼をこなしていくためランクアップが早いと以前サロモから聞いたが、彼らがやっかまれないのはこうして皆がやりたがらない依頼を引き受けていることも大きいのだろう。
冒険者はかなりソロ志向が強くて自由な気風があり、魔族社会の中では独自の路線を貫いているイメージがあるけれど、それでもやはり相互扶助の精神は根強いんだなと感心する。
うん。犬族冒険者集団、かっこいいや。それを率いるサロモの手際の良さや交渉の手腕も、しっかり見て勉強させてもらおう。
どんな依頼があるのかとサロモに聞いたら、一番回数が多くて手の掛かる依頼の話を聞かせてくれた。
何でも王都の近辺に時々小型の魔物が大量発生するそうで、その討伐依頼が多くてなかなか大変らしい。
魔物と言ってもカエルのような見た目とサイズで討伐の達成感も少ないため、CランクやDランクたちも慣れてきて作業的になってくるとモチベーションの維持が難しかったりするのだとか。
出来ればもう少し回数を減らして欲しい、他の部族や種族も下位ランクに勧めたらいいのに、とサロモはぼやいた。
「討伐っていうよりほとんど駆除なんだよな~。だから、交替で一晩中狩りまくって、なるべく大人数で一気に片付けてさっさと済ますようにしてるんだ。レンタルセットはそういう時に使わせてもらうつもり。少しでも快適に過ごせればモチベも保ちやすいでしょ?」
「なるほど。じゃぁ、討伐数が一番多かった人にレンタルの寝袋で寝る権利を与えるってのはどうでしょう。モチベ上がりませんか?」
「あー、それ良さそう! 1つしかない寝袋を誰が使うかで揉めそうだしね。今度使わせてもらおうかな~」
「へへへ。現物支給をテントにしたのも、快適に過ごせる人数を増やすためなんですか?」
「そうそう。あのテントの中にいれば普通の寝袋でも快適に眠れるからね。それに共有資産として持つなら複数で使えるテントがベストでしょ。寝袋や野外生活用具一式は個人での購入を目指してもらうつもりだよ」
「なるほど~」
そんなことを話しながら歩いていたら、あっという間に冒険者ギルドへ着いてしまった。
ギルドホールを横切りカウンターへ向かうとハルネスの姿が見えたが、彼の前には冒険者が一人立っていて何かやり取りをしているようだ。
何だかいつもより周囲がざわめいているのを不思議に思いつつ、少し離れたところで冒険者の後姿を眺めながらやり取りが終わるのを待っていると、わたしたちに気付いたハルネスが軽く手を振りながら声を掛けてきた。
「よう、サロモと一緒とは珍しいな」
「伝言をもらった時、ちょうどお店にいらしてたんですよ」
「帰り道だし、ついでにエスコートしてきたってわけ」
3人でそんな会話を交わしていたら、ハルネスの前にいた冒険者が振り返ってこちらを見た。
げッ!!
何かすっごいイケメンがいる!?
もしかして、例のスーパーモテ男、魔人族のSランクさんなのでは??
読んでいただきありがとうございます。
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