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聖女は返上! ネトゲ世界で雑貨屋になります!  作者: 恵比原ジル
第三章 魔族社会

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152話 ヤノルスの苦言とミントミルク

 有頂天になった後には落胆がやって来る。

 人生とは往々にしてそんなものだ。



 昨日、高額商品であるサバイバル道具類が一気に3セットも売れたと思ったら、今日は獣人族、精霊族のAランクと獣人族のBランクが来店してサバイバル道具類を購入していった。

 高いのにレンタルして試すこともなく買うなんて、Sランクの影響力は一体どれだけ強いんだろう。

 まるっきり犬族Aチーム1班のサロモの思惑どおりの展開じゃないか。


 それにしても、今日も3セット売れただなんて、ちょっと金銭感覚がおかしくなりそうで焦る。

 うちの高額商品は1つ買えばそれで終わりの非リピート型だから、元々売り上げは初動が大きくなると予測していた。

 今がその時期なだけで一時的なものに過ぎないと頭では思っていても心臓がバクバクするよ。

 雑貨屋開店後しばらくお客が来ない日々を過ごしたからか、普通に来客があるだけで嬉しくなるし、ましてや高額商品がいくつも売れれば舞い上がってしまう。



 そういう気の緩みが顔に出ていたのかもしれない。

 夕方近くに来店したヤノルスはひと通り買い物を済ませると、わたしの顔を見て苦言を呈した。



「随分と浮かれてるようだが」


「えっ! ……そんな風に見えましたか」


「ああ。いろいろと耳に入って来ている。気を緩めてると足元を掬われるぞ」



 そう言われてドキッとした。

 ヤノルスは面識も紹介もない中で、最も早くこの店にやって来た冒険者だ。

 常に情報のアンテナを張っている彼の耳には当然Sランクの件も届いていることだろう。

 その彼にそんな風に言われたらすごく気になる。



「あの、ヤノルスさんはどういう風に聞いてるんですか」


「そうだな、レンタルサービスは罰金が高くペナルティがきついらしいと噂になっている。Sランクによくそんな要求ができるなその女、とも言われてるぞ」


「ああ、それはある意味思惑どおりと言うか……。レンタルセットを高難易度エリアに持ち込まれるのを抑制するために広めてもらいました。あと、わたしがお誘い不要、恋愛お断りだということを冒険者界隈に広めるよう手を打っていたので、それも影響しているかもしれません」


「意図的だったということか? 感心しないな」



 ヤノルスは眉を顰めてそう言ったが、延滞と賠償の再発は避けたいし、ナンパ目的の来店もなくしたかったので仕方ないと思う。



「ナンパ? そんなに多かったのか」


「1人ですけど……」


「たったの1人? 何回来たんだ」


「……1回です。いや、確かにたったの1回ですけど、でもすごくしつこくて困ったんですよ!」



 ヤノルスに胡乱な目で見られて、何だかすごく自意識過剰な気がして来た。

 ブルーノたちに散々ナンパに気を付けろと言われたから注意して当然だと思っていたけれど、冷静に自分を見れば、何年も恋愛事から遠ざかっていたアラサー女が何を言っているんだと思わないでもない。

 言葉にはしないものの、明らかにヤノルスの目はそこまでする必要があるか?と言っている。



「あんたの意図はわかったが、その噂のせいでSランクに心酔する下位ランクがあんたに何かするとは考えなかったのか?」


「えっ」



 何かって?と思った次の瞬間、スッと血の気が引いた。

 警戒心の強いヤノルスがわざわざそう言うということは、わたしが思っている以上に状況は悪いのだろうか。



「今回は獣人族のSランクだったのが幸いしたな。店の相談役についてるミルドも獣人族だし、元Sランクである獣人族のギルド長もあんたに目を掛けている。冒険者内最大グループの犬族とも親交があるようだ。当のSランク2人も迷惑をかけたと反省している上に何やらあんたに恩義を感じてるようだから、今のところ獣人族の冒険者にあんたを悪く言うヤツはいない。だが、これが他の部族のSランクだったらどうなったかわからないぞ」



 現時点では特に問題は起きてないようでホッとしたが、最後の言葉に思わずごくりと唾を飲んだ。

 獣人族のSランク2人は割とざっくばらんで砕けた感じだが、Sランクは冒険者の頂点で孤高の存在だ。プライドも相応に高く影響力も強い。

 彼らが少しでも不快感を示していたら、それを敏感に察した周囲の冒険者が過激な行動に出る可能性もあると、ヤノルスは言った。



「Sランクの影響力は強いから確かに抑止効果は期待できるだろうが、あんたが予想していない反応が出る危険性も高いんだ。迂闊な真似はしない方がいい」



 今回の対応でうまく行ったからといって、次も同じように行くとは限らない。

 むしろ今回がうまく行きすぎたケースだと考えた方が良さそうだな……。

 ここのところいろんなことがうまく行っていたから、少し調子に乗っていたかもしれない。

 上向いていた気分がシュルシュルと萎んでいく。

 でも凹むのは後回しだ。まずはヤノルスにお礼を伝えなくては。



「いつも有用な情報をありがとうございます、ヤノルスさん。レンタルサービスの問題点を指摘してくれた時もですけど、本当に助かってます」


「気になったら黙ってられない質なだけだ。余計な世話だとも思うが」


「とんでもないですよ。今後は慎重に動くよう肝に銘じますね。……あの、何度も有用な情報や指摘をいただいてますし、やはり情報料をお支払いしたいのですが」


「頼まれてもないのに俺が勝手に話しただけだ。必要ない」



 前回もそう言って断られてしまったのだが、そんなわけにはいかないよ。

 先程の話じゃないけれど、Aランクから齎される貴重な情報をタダで受け取っていると他の冒険者に知られたら、あの元人族の雑貨屋は非常識だと思われてしまうんじゃないの?

 そう言って粘ったらさすがにヤノルスも否とは言えなかったようだが、自分から勝手に提供しておいて情報料を受け取るのは押し売りになるから嫌だという。



「だったら現物支給はどうでしょう? いつも買っていただくアイテムのどれかと引き換えるとか」


「……それだったら、先日の菓子がいい」


「へ? あんこ菓子のことですか?」


「そうだ。あれを作った時にいくつか譲ってくれ」



 何とかして報酬を受け取ってもらえないかと代替案を捻り出したら、まさかの答えが返ってきた。

 恋愛関係にない男女間で手料理をやり取りするのは本来なら好ましくないが、恋愛感情はないと双方が理解しあっているなら問題はない。

 どうしても報酬をというならあの菓子を提供してくれと、真面目な顔でヤノルスは言った。

 あんこ菓子、そんなに気に入ってたのか……。



「実はあのお菓子、調理法に問題を抱えてるので作るのを控えてるんです」


「そうか……」


「ああっ、ガッカリしないでください! その問題点を解消しようと友達がレシピ開発を始めまして、完成したら売り物にできるかもしれないんです!」


「ほう。その友人に必要なものがあれば声を掛けるよう伝えてくれないか。あれが気軽に食えるようになればありがたいからな、いつでも手を貸そう」



 突然前のめりになったヤノルスは、いっそのことそのレシピ開発事業に出資できないだろうかなどと言い出したので、まずは手伝いの申し出があったことを友人に伝えると言ってその場を収めた。

 ふう、エルサに話す前に大事にしてしまうところだったよ。

 あんこ菓子の話が出たせいで報酬の件は有耶無耶になってしまったけれど、ヤノルスが言うには商業方面でわたしに口利きをしてもらったことになるので、互いに利益交換ができているから問題ないらしい。

 ……タダじゃなくなったからいいのかなぁ。でもこれ以上ヤノルスから譲歩を引き出すのは難しそうだし、良しとしようか。


 しかし、夕食時にノイマンの食堂でその話をエルサに伝えたところ、ふう~んと言うだけで特に関心はなさそうだった。

 今は助力を求めてなくて、自分の力だけでやり遂げたいのかもしれない。

 ごめん、ヤノルスさん。でも、エルサがレシピを完成させたら真っ先に報告するからね!!




 そんなヤノルスとのやり取りがあった翌日の定休日。

 わたしはカフェのある小さい広場へ向かってトボトボと歩いていた。

 ここ数日テンションが高かった反動か、一気に凹んでいる。


 昨日のヤノルスの指摘には冷や水を浴びせられた気分になった。

 冒険者どころか魔族の気質自体を把握し切っていないのに、Sランクの影響力を利用しようと考えたのがそもそもおこがましかったと深く反省している。

 サロモの真似をしただけのつもりだったけれど、長年冒険者内で一定の影響力を保持してきた犬族冒険者集団を率いる彼と同じことができるわけもないのに。

 まったく、思い上がりもいいところだ。


 魔族らしくなってきたと言ってもらえることが増えて、いい気になってたんだろうなぁ。

 ハァ。ため息しか出ないよ。


 とりあえず家にいてもウジウジするだけなので、カフェへ行くことにした。

 コーヒーを飲みながらゆっくり読書でもしよう。

 冒険小説は読み終わったので、あとは寓話集と恋愛小説だ。さっさと読み終えて次の本を買いに行きたい。



 小さな広場に着き、まず最初に喫茶スタンドに寄る。

 喫茶だけ蔑ろにしていると、また店員を怒らせるのは避けたかったからだ。



「よう、どうした。今日は元気ないな」


「はぁ。いろいろありまして、凹んでるんです」


「ふ~ん。そういう時はミントミルクでも飲んどけよ」


「ミントミルクって何ですか」


「は? あんた、コーヒーなんてものを好んで飲んでる癖に、ミントミルクを知らねえのか!?」


「不勉強ですみません。本当に知らないので、良ければ教えてください」


「……本当に元気ねえな。殊勝すぎて気味悪いぜ」



 口の悪い店員の説明によると、ミントミルクとは牛乳でミントを煮出したものに砂糖を加えた飲み物だそうだ。

 子供が好んで飲むことから、魔族国ではやや子供っぽい飲み物という位置付けになっているが、たまに飲みたくなる大人の魔族もそこそこいるのでメニューに入れているのだとか。



「へえ~。じゃぁ、一度飲んでみようかな。ミントミルクをください」


「マジで知らねえのかよ……。コーヒーは飲んだことあるのにミントミルクは飲んだことないとか、人族ってのは一体どうなってるんだ」



 ブツブツ言いながらも店員は今日も丁寧に淹れてくれたようだ。

 マグカップを受け取って日除け付きのテーブルへ行こうとしたら、店員にここで飲んで行けと引き留められた。

 行儀悪くないかなと思ったけれど、スタンドなんだから立ち飲みOKだと言われればそれもそうかと思い直す。逆らってまた機嫌を損ねても面倒だし。


 ふうふうと息を吹きかけてからひと口飲んだら、ふわっとミントの爽やかな香りがして清涼感が口の中に広がった。

 その後からミルクのやさしい甘味がじんわりと来る。

 ふわああ、何これおいしい。

 おいしいけど未知の味だ。元の世界でも飲んだことがない。

 召喚後にこれまで飲み食いした中では一番異世界感あるかも!



「わあ~。人生初のミントミルク、すごくおいしいです!」


「その歳で人生初かよ、しょうがねえなあ。子供が好む飲み物ではあるが、凹んだ時に飲みたがる魔族は多い。あんたもまた飲みに来たらいいさ」


「……はい、ありがとうございます」



 気難しい喫茶スタンドの店員の優しい言葉に思わずほろりと来た。

 そうか、魔族は凹んだ時にこれを飲むんだなぁ……。

 また一つ魔族の機微を知り、少し魔族らしさを身に付けたような気になる。

 だけど、調子に乗らないように気を付けないとね。

 一気に魔族らしくなれるわけもないんだから、一歩ずつ着実に近づいていこう。


 そんな風にしみじみしていたら、喫茶の店員にテイクアウト出来るぞと言われ、思わずガッツポーズしてしまった。

 やった! 今日はスイーツとミントミルクをテイクアウトして帰るぞ!

読んでいただきありがとうございます。

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